男子バレー日本代表の歴代メンバーを知りたい人に向けて、1964年東京オリンピックから2024年パリオリンピックまでの登録選手を大会別に整理しました。加えて、2026年度の最新代表名簿、ポジション、所属チーム、背番号、石川祐希・西田有志・髙橋藍ら現役主力選手についても詳しく紹介します。
日本男子バレーは、1964年東京五輪の銅メダル、1968年メキシコ五輪の銀メダル、1972年ミュンヘン五輪の金メダルという輝かしい時代を経験しました。その後、五輪出場を逃した時期を経て、2008年北京大会で復帰。2020年東京大会、2024年パリ大会では石川祐希や西田有志を中心とするチームが戦いました。2026年にはロラン・ティリ監督のもとで新世代の選手も加わり、2028年ロサンゼルス五輪を見据えた新たなチーム編成が進んでいます。
【歴代の流れ】男子バレー日本代表は東京五輪の銅からミュンヘン五輪の金へ
男子バレー日本代表の歴史を振り返るうえで、最初に押さえたいのが1964年東京オリンピックから1972年ミュンヘンオリンピックまでの3大会です。
1964年の東京大会では銅メダルを獲得し、1968年のメキシコ大会では銀メダルに到達。さらに1972年のミュンヘン大会では、松平康隆監督が率いるチームが優勝し、日本男子バレーは世界の頂点に立ちました。
男子日本代表のオリンピック成績一覧
- 1964年・東京:銅メダル(3位)
- 1968年・メキシコ:銀メダル(2位)
- 1972年・ミュンヘン:金メダル(優勝)
- 1976年・モントリオール:4位
- 1980年・モスクワ:不出場
- 1984年・ロサンゼルス:7位
- 1988年・ソウル:10位
- 1992年・バルセロナ:6位
- 1996年・アトランタ:出場権なし
- 2000年・シドニー:出場権なし
- 2004年・アテネ:出場権なし
- 2008年・北京:11位
- 2012年・ロンドン:出場権なし
- 2016年・リオデジャネイロ:出場権なし
- 2020年・東京:7位
- 2024年・パリ:7位
この成績から分かるのは、日本男子バレーが一貫して五輪の上位にいたわけではないということです。1970年代の黄金期から、1990年代後半から2000年代前半の出場権獲得に苦しんだ時期、そして2008年以降の再挑戦へと、代表の歴史は大きく変化しています。
2026年にはロサンゼルス五輪の出場権を獲得
2026年9月、日本代表は福岡で開催された買取大吉アジア男子バレーボール選手権大会で優勝しました。9月13日の決勝ではイランをセットカウント3対0で破り、2028年ロサンゼルスオリンピックの出場権を獲得しています。
日本オリンピック委員会(JOC)の2026年9月13日付発表でも、この大会優勝によるロサンゼルス五輪出場決定が伝えられました。2020年東京、2024年パリに続く3大会連続の五輪出場となります。
一方、同年10月の第20回アジア競技大会では、日本は決勝でイランに1対3で敗れ、準優勝でした。アジア選手権では頂点に立ち、アジア大会では銀メダルという異なる結果を残した2026年は、代表チームの実力と選手層を考えるうえでも重要なシーズンです。
【五輪別メンバー一覧】1964年東京から2024年パリまでの登録選手
ここでは、日本バレーボール協会(JVA)のオリンピック日本代表メンバー記録を基準に、主要大会の選手を紹介します。監督やコーチではなく、実際に選手として登録されたメンバーを中心にまとめています。
1964年東京オリンピック男子バレー代表
大会成績:銅メダル(3位)
日本で初めて開催された夏季オリンピックで、男子バレー日本代表は銅メダルを獲得しました。当時の代表には、後に日本バレーの歴史を語るうえで欠かせない存在となる猫田勝敏も名を連ねています。
1964年大会の登録選手12人は次のとおりです。
- 出町豊
- 小山勉
- 菅原貞敬
- 池田尚弘
- 佐藤安孝
- 小瀬戸俊昭
- 樋口時彦
- 南将之
- 徳富斌
- 森山輝久
- 中村祐造
- 猫田勝敏
監督は坂上光男、コーチには松平康隆が就任していました。企業チームを基盤とする選手たちが日本代表を構成していた時代であり、現在のプロクラブ中心の代表編成とは大きく異なります。
1968年メキシコオリンピック男子バレー代表
大会成績:銀メダル(2位)
東京大会での銅メダルから4年後、日本代表はメキシコ大会でさらに順位を上げ、銀メダルを獲得しました。監督を務めたのは松平康隆です。
登録選手12人は以下のとおりです。
- 池田尚弘
- 南将之
- 猫田勝敏
- 白神守
- 小泉勲
- 木村憲治
- 三森泰明
- 森田淳悟
- 横田忠義
- 大古誠司
- 佐藤哲夫
- 嶋岡健治
1964年大会から継続して代表入りした猫田勝敏、南将之、池田尚弘らに、新たな戦力が加わった構成です。特に猫田は、1968年大会ではセッターとして記録されており、チームの攻撃を組み立てる重要な役割を担いました。
1972年ミュンヘンオリンピック男子バレー代表
大会成績:金メダル(優勝)
日本男子バレーの歴史における最高到達点が、1972年ミュンヘン大会です。松平康隆監督のもとでチームがまとまり、日本は男子バレーで初めてオリンピック金メダルを獲得しました。
登録選手12人は次のとおりです。
- 南将之
- 猫田勝敏
- 中村祐造
- 西本哲雄
- 木村憲治
- 深尾吉英
- 野口泰弘
- 森田淳悟
- 横田忠義
- 大古誠司
- 佐藤哲夫
- 嶋岡健治
1968年大会から継続して代表に選ばれた選手が複数おり、経験を積み重ねたチームが世界一に到達したことが分かります。猫田勝敏や南将之、大古誠司らは、この黄金時代を象徴する選手です。
2008年北京オリンピック男子バレー代表
大会成績:11位
1992年バルセロナ大会以降、男子日本代表は1996年、2000年、2004年と3大会連続でオリンピック出場を逃しました。16年ぶりの五輪復帰となったのが2008年北京大会です。
植田辰哉監督が率いた登録選手12人は以下のとおりです。
- 齋藤信治
- 宇佐美大輔
- 山本隆弘
- 荻野正二
- 松本慶彦
- 山村宏太
- 清水邦広
- 福澤達哉
- 津曲勝利
- 石島雄介
- 越川優
- 朝長孝介
山本隆弘、荻野正二、越川優、清水邦広など、国内リーグで実績を積んだ選手が顔をそろえました。結果は11位でしたが、長く続いた五輪不在の期間を終え、再び世界の舞台に立った大会として記憶されています。
2020年東京オリンピック男子バレー代表
大会成績:7位
東京2020オリンピックは新型コロナウイルスの影響で2021年に開催されました。日本代表は中垣内祐一監督のもと、石川祐希や西田有志らを中心とした12人で大会に臨みました。
登録選手は次のとおりです。
- 清水邦広
- 小野寺太志
- 藤井直伸
- 山内晶大
- 西田有志
- 関田誠大
- 石川祐希
- 李博
- 高梨健太
- 大塚達宣
- 山本智大
- 髙橋藍
この大会では、石川祐希が攻撃の中心を担い、西田有志がオポジットとして得点力を発揮。若い髙橋藍や大塚達宣も五輪を経験し、その後の代表チームを支える選手へと成長していきました。
2024年パリオリンピック男子バレー代表
大会成績:7位
パリ大会では、フィリップ・ブラン監督が率いるチームが出場しました。東京大会から継続して代表入りした主力選手に加え、宮浦健人や甲斐優斗らが加わっています。
登録選手12人は以下のとおりです。
- 西田有志
- 小野寺太志
- 深津旭弘
- 宮浦健人
- 大塚達宣
- 山内晶大
- 関田誠大
- 髙橋健太郎
- 髙橋藍
- 石川祐希
- 甲斐優斗
- 山本智大
なお、JVAの大会記録には富田将馬がAP選手(補欠選手)として記載されています。大会の登録選手12人とAP選手を混同しないことが、当時のメンバーを正しく把握するポイントです。
東京大会から続く石川、西田、髙橋藍らの存在に加え、甲斐や宮浦といった選手が加わったことで、攻撃陣の選択肢が広がりました。
【世代と選手の関係】歴代メンバーの共通点と代表チームの転換点
各大会の名簿を横断すると、日本男子バレーの変化は単純な選手交代だけではありません。代表の中核となる選手の継続、ポジションの専門化、所属環境の変化という3つの要素が見えてきます。
特に注目したいのが、猫田勝敏を中心とする黄金期と、石川祐希・西田有志・髙橋藍を中心とする現代の代表チームです。
| 年代・大会 | 代表を象徴する選手 | 大会成績 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|---|
| 1964年東京 | 猫田勝敏、南将之、中村祐造 | 銅メダル | 日本男子バレーの五輪メダル獲得 |
| 1968年メキシコ | 猫田勝敏、南将之、大古誠司 | 銀メダル | 前大会からの継続と戦力強化 |
| 1972年ミュンヘン | 猫田勝敏、森田淳悟、横田忠義 | 金メダル | 男子日本代表の五輪初優勝 |
| 2008年北京 | 山本隆弘、荻野正二、越川優 | 11位 | 16年ぶりのオリンピック復帰 |
| 2020年東京 | 石川祐希、西田有志、髙橋藍 | 7位 | 現代の主力選手が五輪を経験 |
| 2024年パリ | 石川祐希、西田有志、髙橋藍 | 7位 | 東京大会から続く主力と新戦力の融合 |
| 2026年度 | 石川祐希、西田有志、髙橋藍、甲斐優斗ら | アジア選手権優勝 | ロサンゼルス五輪出場権を獲得 |
猫田勝敏と松平康隆が築いた黄金時代
1960年代から1970年代にかけての代表を語る際、欠かせない人物が猫田勝敏です。1964年東京大会、1968年メキシコ大会、1972年ミュンヘン大会と3大会連続で代表入りし、日本男子バレーの黄金期を支えました。
猫田はJVAの記録上、1964年大会ではセンター、1968年大会と1972年大会ではセッターとして登録されています。異なる役割を担いながら、長期間にわたり代表の中心にいたことが分かります。
また、松平康隆監督が率いたチームは、1968年の銀メダルから1972年の金メダルへと成績を伸ばしました。個々の選手の能力だけではなく、チームとしての継続的な強化が結果につながった時代です。
2008年から2024年にかけての代表の変化
2008年北京大会では、久しぶりに五輪の舞台へ戻った代表が11位となりました。その後、2012年ロンドン大会と2016年リオデジャネイロ大会では出場権を獲得できませんでしたが、2020年東京大会で復帰します。
東京大会では石川祐希、西田有志、髙橋藍らが代表として経験を積み、2024年パリ大会でもチームの中心を担いました。この3人が異なる大会で継続して代表入りしている点は、現代の日本代表を理解するうえで重要です。
一方、2026年度の登録名簿には、麻野堅斗、川野琢磨、一ノ瀬漣など若い選手も加わっています。ベテランと若手が同じ登録名簿に並ぶ構成は、2028年以降を見据えた世代交代の動きを示しています。
【2026年度の最新メンバー】男子日本代表36人をポジション別・所属別に紹介
2026年度の男子日本代表は、ロラン・ティリ監督が指揮を執っています。JVAは2026年4月17日に初選出4人を含む37人の登録メンバーを発表しました。
その後、佐藤駿一郎が5月28日付で登録抹消となったことが報じられています。現在のJVA年度別登録ページに掲載されている選手は36人です。以下は同ページに掲載されたポジションと所属を整理した一覧です。
セッター(5人)
- 深津英臣:ウルフドッグス名古屋
- 関田誠大:サントリーサンバーズ大阪
- 河東祐大:ジェイテクトSTINGS愛知
- 永露元稀:広島サンダーズ
- 下川諒:サントリーサンバーズ大阪
セッターは、攻撃を組み立てる司令塔です。相手ブロックの位置や味方アタッカーの状態を見ながら、トスを配分します。深津英臣、関田誠大、河東祐大らが登録されています。
オポジット(4人)
- 西田有志:大阪ブルテオン
- 宮浦健人:ウルフドッグス名古屋
- 西山大翔:大阪ブルテオン
- 高橋慶帆:ジェイテクトSTINGS愛知
オポジットは、主にセッターと対角の位置に入り、攻撃の得点源となるポジションです。西田有志や宮浦健人のような攻撃力を持つ選手が代表の得点力を支えます。
アウトサイドヒッター(11人)
- 大塚達宣:パワーバレー・ミラノ(イタリア)
- 新井雄大:広島サンダーズ
- 富田将馬:大阪ブルテオン
- 髙橋藍:ボクダンカ・LUV・ルブリン(ポーランド)
- 石川祐希:ジラート・バンク・アンカラ(トルコ)
- 甲斐優斗:大阪ブルテオン
- デ アルマス アライン:サントリーサンバーズ大阪
- 後藤陸翔:東京グレートベアーズ
- 工藤有史:VC長野トライデンツ
- 川野琢磨:早稲田大学
- 一ノ瀬漣:鎮西高校
アウトサイドヒッターは、スパイクだけでなくサーブレシーブなどでもチームに貢献するポジションです。石川祐希と髙橋藍という国際経験豊富な選手に加え、甲斐優斗や一ノ瀬漣ら将来性のある選手が登録されています。
ミドルブロッカー(10人)
- 小野寺太志:サントリーサンバーズ大阪
- 山内晶大:大阪ブルテオン
- 髙橋健太郎:ジェイテクトSTINGS愛知
- 村山豪:東京グレートベアーズ
- 西本圭吾:広島サンダーズ
- エバデダン ラリー:大阪ブルテオン
- 麻野堅斗:早稲田大学
- 三輪大将:広島サンダーズ
- 西川馨太郎:大阪ブルテオン
- 伊藤吏玖:東京グレートベアーズ
ミドルブロッカーは、相手の攻撃を止めるブロックと、素早いクイック攻撃を担います。2026年度は小野寺太志や山内晶大ら経験豊富な選手に加え、207cmの麻野堅斗など若い選手も登録されています。
リベロ(5人)
- 小川智大:ボクダンカ・LUV・ルブリン(ポーランド)
- 備一真:サントリーサンバーズ大阪
- 山本智大:大阪ブルテオン
- 武田大周:東レアローズ静岡
- 高橋和幸:ジェイテクトSTINGS愛知
リベロは守備専門のポジションで、サーブレシーブやディグなどでチームを支えます。山本智大や小川智大らの経験に加え、武田大周や高橋和幸など新たな選手にも出場機会が期待されます。
オポジットとアウトサイドヒッターを兼任する選手
- 山田大貴:東レアローズ静岡(オポジット/アウトサイドヒッター)
山田大貴は複数のポジションで登録されています。そのため、上記のポジション別人数を単純に合計すると36人を超える場合があります。実際の登録選手は、山田を含めた36人です。
この名簿で特徴的なのは、国内クラブだけでなく海外クラブに所属する選手も複数いることです。イタリア、トルコ、ポーランドなどでプレーする選手が代表に加わっており、海外で得た競技経験が日本代表の戦力を構成しています。
【ポジション・背番号・所属】2026年は大会ごとに登録メンバーが変わる
男子日本代表の背番号を調べるときに注意したいのが、年度別の登録名簿と各大会の出場メンバーは同じものではないという点です。
2026年度の登録名簿には36人が掲載されていますが、実際の大会では、その中から選ばれた選手が出場します。2026年のアジア男子選手権では14人、同年のアジア競技大会では12人が日本代表として登録されました。
2026年アジア競技大会の背番号と選手一覧
2026年10月に開催された第20回アジア競技大会の日本代表は12人編成でした。JVAの大会登録記録に掲載された背番号と選手名は以下のとおりです。
- 5:大塚達宣(アウトサイドヒッター)
- 7:新井雄大(アウトサイドヒッター)
- 9:河東祐大(セッター)
- 15:甲斐優斗(アウトサイドヒッター)
- 17:西本圭吾(ミドルブロッカー)
- 18:西山大翔(オポジット)
- 24:高橋慶帆(オポジット)
- 25:下川諒(セッター)
- 26:後藤陸翔(アウトサイドヒッター)
- 28:麻野堅斗(ミドルブロッカー)
- 30:西川馨太郎(ミドルブロッカー)
- 37:高橋和幸(リベロ)
この大会のメンバーには、石川祐希、西田有志、髙橋藍らが含まれていません。これは年度登録メンバーと大会登録メンバーが異なることを示す具体例です。
また、同じ2026年でも、アジア選手権の14人とアジア競技大会の12人では選手構成が異なります。背番号を調べる際は、必ず大会名と開催年をセットで確認する必要があります。
男子バレー日本代表のポジションの役割
- アウトサイドヒッター(OH):攻撃とレシーブの両方を担う。
- オポジット(OP):主に攻撃を担当し、得点力を発揮する。
- ミドルブロッカー(MB):ブロックとクイック攻撃を担当する。
- セッター(S):攻撃を組み立て、アタッカーにトスを供給する。
- リベロ(L):守備を専門に担当する。
なお、1964年や1968年のJVA記録には、レフト、ライト、センター、ピンチサーバーなどの表記があります。現在のOH、OP、MBと完全に同じ区分ではないため、古い大会のポジションを現代の表記に無理に置き換えないことも大切です。
【現役の中心選手】石川祐希・西田有志・髙橋藍と次世代メンバー
2026年度の男子日本代表を象徴する選手として挙げられるのが、石川祐希、西田有志、髙橋藍の3人です。いずれも2020年東京大会と2024年パリ大会の両方に出場し、2026年度の登録名簿にも名前があります。
石川祐希:日本代表の攻撃を支えるアウトサイドヒッター
石川祐希は1995年12月11日生まれのアウトサイドヒッターです。中央大学を経てイタリアのクラブでプレーし、国際舞台で経験を重ねてきました。
2020年東京大会、2024年パリ大会の両方に出場。2026年度のJVA登録名簿では、トルコのジラート・バンク・アンカラ所属として掲載されています。
石川の特徴は、攻撃力だけでなく、レシーブや試合展開への対応力も含めてチームに貢献できることです。長期にわたって代表の中心にいる選手であり、2028年ロサンゼルス五輪に向けても注目が集まります。
西田有志:得点力を担うオポジット
西田有志は2000年1月30日生まれ。ポジションはオポジットで、強力なスパイクやサーブを武器にする選手です。
2020年東京大会で五輪を経験し、2024年パリ大会でも代表入り。2026年度は大阪ブルテオンに所属し、引き続き日本代表の登録選手となっています。
石川祐希とともに攻撃の中心を担う存在であり、相手のブロックを崩す得点源として重要な役割を持っています。
髙橋藍:攻守のバランスに優れたアウトサイドヒッター
髙橋藍は2001年9月2日生まれ。アウトサイドヒッターとして、攻撃と守備の両面で活躍しています。
2020年東京大会では若手選手として代表入りし、2024年パリ大会にも出場しました。2026年度はポーランドのボクダンカ・LUV・ルブリンに所属しています。
海外リーグでの経験を積み重ねながら、日本代表でも重要な役割を担う選手です。石川、西田とともに、現在の男子日本代表を知るうえで欠かせない存在となっています。
甲斐優斗・麻野堅斗ら次世代選手にも注目
2026年度の代表名簿では、東京・パリ両大会の経験者だけでなく、若い世代の選手も目立ちます。
- 甲斐優斗:2003年生まれ。200cmの身長を持つアウトサイドヒッター。
- 高橋慶帆:2003年生まれ。オポジットとして登録。
- 麻野堅斗:2004年生まれ。207cmのミドルブロッカー。
- 川野琢磨:2006年生まれ。早稲田大学に在籍するアウトサイドヒッター。
- 一ノ瀬漣:2008年生まれ。鎮西高校に在籍するアウトサイドヒッター。
特に注目したいのが、大学生や高校生の段階からトップ代表の登録メンバーに選ばれていることです。2026年度の名簿は、現在の主力を維持しながら次の五輪を見据えた選手層の拡大が進んでいることを示しています。
【プロの結論】歴代メンバーを調べるときに押さえたい3つの判断基準
男子バレー日本代表の歴代名簿を調べるとき、選手名だけを並べても代表チームの変化は十分に理解できません。大会ごとの登録制度やポジション、所属チームの違いを合わせて見ることで、選手の役割や世代交代が明確になります。
1. 年度別登録メンバーと五輪登録メンバーを区別する
2026年度の登録名簿に名前がある選手が、必ずしも次の国際大会に出場するわけではありません。年間登録は代表候補を含む広い選手層を把握するためのもので、実際の大会ではそこから選手が選抜されます。
例えば2026年度の登録ページには36人が掲載されていますが、同年のアジア選手権では14人、アジア競技大会では12人が選ばれました。大会別の名簿を確認することが、正確な情報収集につながります。
2. 背番号は大会ごとに確認する
日本代表の背番号は、年度別の選手名簿に固定された番号として扱うべきではありません。大会によって登録選手や番号が変わるため、2026年のアジア選手権とアジア競技大会でも別々の背番号が使用されています。
背番号を調べる場合は、選手名だけでなく大会名、開催年、登録ポジションまで照合することが大切です。
3. 歴代のポジション表記をそのまま比較しない
1960年代の名簿にはレフト、ライト、センターといった表記があり、現代のポジション体系とは異なります。現在はアウトサイドヒッター、オポジット、ミドルブロッカー、セッター、リベロという区分が一般的です。
そのため、1964年の猫田勝敏と2026年のセッターを比較する場合でも、当時の登録上の役割と現代の役割を区別して考える必要があります。
歴代メンバーの調査にはJVAのオリンピック記録、現役選手の確認には年度別登録名簿、背番号の確認には各大会の公式登録情報を使い分けるのが適切です。これが、選手の経歴や所属を取り違えずに男子日本代表の歴史を理解するための基本的な方法です。
【男子バレー日本代表歴代メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:1964年東京オリンピックの男子バレー日本代表は誰ですか?
A1:出町豊、小山勉、菅原貞敬、池田尚弘、佐藤安孝、小瀬戸俊昭、樋口時彦、南将之、徳富斌、森山輝久、中村祐造、猫田勝敏の12人です。日本はこの大会で銅メダルを獲得しました。
Q2:2026年度の男子バレー日本代表は何人ですか?
A2:JVAの現在の年度別登録ページには36人が掲載されています。4月17日の当初発表は37人でしたが、佐藤駿一郎が5月28日付で登録抹消となっています。実際の大会では、さらに少人数のメンバーが選抜されます。
Q3:男子バレー日本代表の背番号は毎年同じですか?
A3:年度を通じて全選手に固定された背番号があるわけではありません。国際大会ごとに登録番号が設定されるため、アジア選手権やアジア競技大会など、調べたい大会の公式メンバー表を確認する必要があります。
まとめ:男子バレー日本代表の歴史は黄金期から新世代の挑戦へ
男子バレー日本代表の歴代メンバーを振り返ると、1964年東京大会の銅メダル、1968年メキシコ大会の銀メダル、1972年ミュンヘン大会の金メダルという黄金期から、2008年北京大会での五輪復帰、2020年東京大会と2024年パリ大会の7位まで、長い歴史と世代交代が見えてきます。
猫田勝敏らが築いた伝統は、石川祐希、西田有志、髙橋藍ら現代の選手へと引き継がれています。2026年度の代表には甲斐優斗、麻野堅斗、一ノ瀬漣ら若い選手も加わり、次世代の戦力も充実してきました。
さらに2026年9月のアジア選手権優勝によって、男子日本代表は2028年ロサンゼルスオリンピックへの出場権を獲得しました。同年10月のアジア競技大会では準優勝となりましたが、次の五輪に向けた戦いはすでに始まっています。
歴代メンバーを調べる際は、五輪大会別の登録選手、年度別の代表名簿、各大会の背番号を区別することが大切です。過去の実績と現在の選手構成を照らし合わせることで、日本男子バレーがどのように進化してきたのか、そして2028年にどのようなチームで世界に挑むのかが見えてきます。