豊昇龍と朝青龍は、単に同じモンゴル出身の力士という関係ではありません。豊昇龍の父親と朝青龍は実の兄弟であり、朝青龍は豊昇龍にとって父方の叔父にあたります。
この関係は、豊昇龍本人が過去のインタビューで語っています。父親は男4人・女1人のきょうだいの長男で、朝青龍は四男だったと説明しています。つまり、両者の血縁関係は明確です。
豊昇龍は1999年5月22日にモンゴルのウランバートルで生まれました。朝青龍が第68代横綱として活躍していた時期と重なり、幼い頃から叔父の存在を身近に感じて育ちました。
本人の回想によると、朝青龍がモンゴルに帰省した際には祖父の家で一緒に過ごしたり、草原へドライブに出かけたりした思い出もあります。単なる著名人の親戚という距離感ではなく、幼少期から接点のある家族関係だったことが分かります。
血縁関係を整理すると
- 朝青龍:第68代横綱。豊昇龍の父親の弟。
- 豊昇龍の父親:きょうだい5人の長男。
- 豊昇龍:朝青龍の甥にあたる第74代横綱。
この関係については、2021年に掲載されたスポーツメディアの本人インタビューでも詳しく紹介されています。血縁関係だけでなく、幼少期の思い出や叔父から受けた影響も語られています。
【豊昇龍のプロフィール】立浪部屋所属の第74代横綱

豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)は、モンゴル出身の大相撲力士です。所属は立浪部屋で、2025年3月場所から第74代横綱として土俵に上がっています。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、基本情報は次のとおりです。
- 四股名:豊昇龍 智勝
- 読み方:ほうしょうりゅう ともかつ
- 本名:スガラグチャー・ビャンバスレン
- 生年月日:1999年5月22日
- 年齢:27歳(2026年11月3日現在)
- 出身地:モンゴル・ウランバートル
- 所属部屋:立浪部屋
- 身長:188cm
- 体重:148kg
- 最高位:横綱
- 得意技:右四つ・寄り・投げ
- 横綱昇進:2025年1月29日正式決定
身長188cm、体重148kgという体格に加え、柔道やレスリングで培った身体能力が特徴です。特に、相手の体勢を崩す技術や投げ技、素早い反応を生かした取り口に持ち味があります。
日本相撲協会のプロフィールに掲載されている主な受賞歴は、幕内優勝2回、序二段優勝1回、敢闘賞1回、技能賞2回です。単純な体格やパワーだけでなく、技術面でも評価されてきた力士です。
立浪部屋とは?
立浪部屋は、豊昇龍が所属する相撲部屋です。師匠は立浪親方(元小結・旭豊)で、豊昇龍が高校卒業後に入門した場所でもあります。
叔父の朝青龍が現役時代に所属していた高砂部屋とは異なり、豊昇龍は自分の力士人生を立浪部屋で築いてきました。血縁者と同じ部屋に所属するのではなく、別の師匠のもとで独自の相撲を身につけてきた点も特徴です。
2025年の横綱昇進によって、立浪部屋から誕生した横綱としても注目を集めました。
【モンゴルでの生い立ち】柔道・レスリングから相撲に転向した理由
豊昇龍の相撲人生を理解するうえで見逃せないのが、相撲を始める前に柔道とレスリングを経験していたことです。
2021年の本人インタビューによると、5歳から柔道を習い、11歳からレスリングに取り組んでいました。幼い頃から格闘技に親しんでいたものの、当初から大相撲を目指していたわけではありません。
15歳で日本へ留学
2015年、15歳のときにモンゴルから来日。千葉県の柏日体高校(現在の日本体育大学柏高校)に留学しました。
当初の目標は、レスリングで東京オリンピックを目指すことでした。朝青龍も当初はレスリングを学ぶための日本留学を後押ししていたと、本人がインタビューで振り返っています。
ところが、日本で大相撲を実際に観戦したことが転機になります。特に、当時活躍していた横綱・日馬富士の相撲に魅了され、レスリングから相撲へと進路を変更しました。
興味深いのは、幼い頃には相撲に対して怖い印象を持っていたことです。身近にいた朝青龍の体格や迫力を見ていたため、子どもの頃は相撲をやりたいと思っていなかったと本人は語っています。
朝青龍の名前を背負うプレッシャー
豊昇龍は入門当初から「朝青龍の甥」という肩書で紹介されることが少なくありませんでした。
本人も叔父の名前が自分について回ることを強く意識していました。過去のインタビューでは、自分の頑張り次第で叔父の評価にも影響するという責任感を語っています。
一方、成長するにつれて、誰かの名前ではなく自分の相撲で評価されたいという意識も強くなっていきました。高校時代の恩師からも、親戚の実績を誇るのではなく、自分の地位を自分でつかむよう助言されたと報じられています。
こうした経験は、豊昇龍が独自の力士像を築くうえで重要な背景になっています。
【初土俵から横綱昇進まで】豊昇龍の経歴と転換点
高校卒業後、豊昇龍は立浪部屋に入門しました。日本相撲協会の公式記録では、2018年1月場所が初土俵です。
初土俵から約7年で横綱に昇進した歩みは、各段を着実に勝ち上がったキャリアでもあります。主な転換点を整理します。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 2015年 | 高校留学 | 千葉県の柏日体高校へ。レスリングから相撲へ転向 |
| 2018年1月 | 初土俵 | 立浪部屋から大相撲デビュー |
| 2018年5月 | 序二段優勝 | 7勝0敗で全勝優勝 |
| 2019年11月 | 新十両 | 関取に昇進 |
| 2020年9月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 2022年3月 | 新三役 | 小結に昇進 |
| 2023年7月 | 幕内初優勝 | 関脇で12勝3敗。初の幕内最高優勝 |
| 2023年9月 | 新大関 | 大関に昇進 |
| 2025年1月 | 幕内2度目の優勝 | 12勝3敗。優勝決定ともえ戦を制覇 |
| 2025年1月29日 | 横綱昇進決定 | 第74代横綱に正式決定 |
| 2025年3月 | 新横綱 | 春場所から横綱として出場 |
この年表から分かるように、豊昇龍は2018年の初土俵から2020年の新入幕、2023年の大関昇進と、段階的に番付を上げています。特に2023年7月場所の初優勝は、大関昇進への大きな足掛かりになりました。
2023年7月場所で初優勝
2023年7月場所では、関脇として12勝3敗を記録。優勝決定戦を制して初の幕内優勝を達成しました。
この実績を受けて、同年7月26日に日本相撲協会が大関昇進を決定。2023年9月場所から新大関として土俵に上がりました。
2025年1月場所で2度目の優勝
横綱昇進を決定づけたのが、2025年1月場所です。
豊昇龍は12勝3敗で千秋楽を終え、王鵬、金峰山と並びました。その後の優勝決定ともえ戦で2連勝し、2度目の幕内優勝を達成しました。
横綱昇進を審議した横綱審議委員会は1月27日に全会一致で推薦。日本相撲協会は2025年1月29日、番付編成会議と臨時理事会で昇進を正式決定しました。
昇進伝達式で豊昇龍が述べた口上は「横綱の名を汚さぬよう、気魄一閃の精神で精進致します」でした。25歳での第74代横綱誕生は、モンゴル出身力士の活躍を象徴する出来事にもなりました。
【2026年最新成績】場所別の戦績と休場歴を徹底確認
2026年の豊昇龍は、横綱として安定した成績を残した場所がある一方、下半期は負傷による休場が目立っています。
日本相撲協会の公式力士プロフィールに掲載された星取表をもとに、2026年の各場所の成績を整理します。
2026年の場所別成績
日本相撲協会公式記録・2026年9月場所終了時点
1月場所は10勝5敗、3月場所は11勝4敗と、前半は横綱として二桁勝利を記録しました。しかし、5月場所から負傷が続き、7月・9月場所も十分な出場ができませんでした。
なお、2026年11月場所は11月8日初日の予定です。11月3日現在はまだ本場所が始まっておらず、成績はありません。新番付では西横綱に位置しています。
2026年5月場所:右太もも裏の負傷
2026年5月場所では、初日の高安戦で敗れた際に右太もも裏を負傷しました。
日本相撲協会が公表した診断書では、傷病名は右ハムストリングス損傷。約2週間の安静が必要とされ、豊昇龍は2日目から休場しました。
初日の取組後には自力で歩くことも難しい状態となり、翌日の出場を断念。記録上は0勝2敗13休となっています。
2026年7月場所:右膝の靱帯を負傷
7月場所では、さらに右膝の状態が悪化しました。6日目の伯乃富士戦で古傷を痛め、終盤には蹲踞することも難しい状態になったと報じられています。
14日目から途中休場し、成績は7勝7敗1休。場所後の7月29日には、右膝内側側副靱帯を修復する手術を受けました。
豊昇龍は手術を決断した背景について、手術をしなければ復帰まで1年かかると医師から説明されたことを明らかにしています。約1週間入院し、その後はリハビリを続けました。
2026年9月場所:初土俵以来初の初日から全休
9月場所は、手術後の回復と稽古の遅れから出場を見送りました。
9月13日に日本相撲協会が公表した診断書では、右膝内側側副靱帯損傷により、約3週間のリハビリテーション加療が必要とされていました。
これにより、豊昇龍は3場所連続の休場となり、通算10度目の休場を記録。横綱在位10場所のうち5度目の休場でもありました。
特に注目されたのは、2018年1月の初土俵以来、初めて初日から休場したことです。横綱としての責任を果たしたい気持ちがあっても、右膝を万全な状態に戻す必要がある局面でした。
2026年の評価は?優勝争いへの復帰が課題
2026年の成績を評価する際には、勝敗だけでなく、負傷前と負傷後を分けて見る必要があります。
1月・3月場所では合計21勝9敗。横綱として十分に優勝争いへ加われる力を示しました。一方、5月以降は右脚と右膝の負傷が続き、15日間を戦い抜くことが難しくなっています。
また、2025年3月の新横綱昇進以降、2026年9月場所終了時点で幕内優勝はありません。通算の幕内優勝2回はいずれも大関以下の時期に記録したものです。
したがって、今後の評価を左右するのは、単に土俵へ戻れるかどうかだけではありません。15日間を安定して戦える体力、右膝の状態、そして横綱として優勝をつかめるかどうかが大きな判断材料になります。
【朝青龍と豊昇龍を比較】共通点・違い・叔父と甥の関係の真相
豊昇龍が横綱に昇進してから、必ず話題になるのが叔父・朝青龍との比較です。顔立ちや勝負への執念、土俵上の迫力には共通する部分がありますが、実績や取り口には明確な違いもあります。
朝青龍と豊昇龍のプロフィール・実績比較
- 朝青龍:第68代横綱。2003年3月から2010年1月まで横綱に在位し、幕内優勝25回。
- 豊昇龍:第74代横綱。2025年3月から横綱に在位し、幕内優勝2回。
日本相撲協会の歴代横綱データでは、朝青龍は幕内優勝25回、生涯戦歴669勝173敗76休。豊昇龍は幕内優勝2回で、2026年11月場所時点の公式プロフィールには401勝235敗49休と掲載されています。
2人に共通するのは勝負への積極性
両者に共通する特徴として挙げられるのが、攻めの速さと勝負に対する積極性です。
朝青龍は右四つ、寄り、突っ張りを得意とし、相手に主導権を渡さない攻撃的な相撲で一時代を築きました。
豊昇龍も右四つを得意としていますが、投げ技や足技を交えた多彩な攻めに特徴があります。体勢が崩れた状態からでも相手の力を利用して逆転する技術は、柔道やレスリングの経験とも結びついています。
2023年に豊昇龍の少年時代の恩師が共同通信の取材に応じた際には、相手の力を利用して倒す技術やスピード、感覚を評価していました。叔父と似た身体能力や吸収力を持つ一方、パワーには違いがあるという分析も紹介されています。
実績では朝青龍が大きく先行
幕内優勝回数を比較すると、朝青龍の25回に対して豊昇龍は2回です。数字だけを見れば大きな差があります。
ただし、両者の横綱としてのキャリアには約22年の時代差があり、豊昇龍はまだ27歳です。朝青龍と同じ実績を求めるには、今後の長期的な活躍を見守る必要があります。
特に豊昇龍は、横綱昇進後の優勝がまだありません。優勝回数を増やすことは、叔父との比較を超えて自分自身の横綱像を確立するための大きな課題です。
朝青龍と豊昇龍の関係は不仲なのか?
血縁関係が明確な一方で、2人の関係が常に良好だったとは限りません。
2025年2月の週刊文春は、関係者の証言として、豊昇龍と朝青龍が横綱昇進前に約1年間連絡を取っていなかった時期があったと報じました。叔父との距離感が変化していたことを伝える内容です。
一方、共同通信の2025年1月29日付の報道によると、豊昇龍は横綱昇進伝達式を前にした1月28日、約1年ぶりに朝青龍へ電話をかけました。朝青龍からは昇進を祝う言葉と、協会を代表する力士としての自覚を促す激励があったとされています。
さらに朝青龍は、甥の晴れ舞台に合わせて来日し、2025年1月31日の明治神宮での奉納土俵入りを見届けました。
この経緯から見えてくるのは、単純な不仲でも、常に一緒に行動する親密な関係でもないということです。家族としてのつながりを持ちながら、力士としての自立や距離感もある関係と考えるのが自然です。
【朝青龍の甥・豊昇龍】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:朝青龍の甥は誰ですか?
A1:大相撲の第74代横綱・豊昇龍です。2025年1月29日に横綱昇進が正式決定しました。所属部屋は立浪部屋です。
Q2:朝青龍と豊昇龍は実の叔父と甥ですか?
A2:はい。豊昇龍の父親と朝青龍は実の兄弟です。朝青龍は父方の叔父にあたります。
Q3:豊昇龍は何歳ですか?
A3:1999年5月22日生まれで、2026年11月3日現在27歳です。
Q4:豊昇龍はいつ初土俵を踏みましたか?
A4:2018年1月場所です。立浪部屋に入門し、2019年11月場所に新十両、2020年9月場所に新入幕を果たしました。
Q5:豊昇龍の幕内優勝回数は何回ですか?
A5:2026年9月場所終了時点で2回です。2023年7月場所と2025年1月場所に優勝しています。
Q6:豊昇龍は2026年現在、休場していますか?
A6:2026年9月場所は右膝の靱帯損傷と手術後のリハビリを理由に全休しました。11月3日現在、11月場所はまだ始まっていません。
Q7:豊昇龍は朝青龍を超えましたか?
A7:横綱という最高位には到達しましたが、幕内優勝回数は朝青龍の25回に対して豊昇龍は2回です。実績面で叔父を超えるには、今後の優勝と長期的な活躍が必要です。
まとめ:豊昇龍は朝青龍の甥から独自の横綱へ
朝青龍の甥は、立浪部屋所属の第74代横綱・豊昇龍です。父方の叔父にあたる朝青龍とは実の血縁関係があり、モンゴルで過ごした幼少期から交流がありました。
豊昇龍は5歳から柔道、11歳からレスリングを経験し、15歳で日本へ留学。高校時代に相撲へ転向し、2018年の初土俵から2025年の横綱昇進まで、約7年間で最高位に到達しました。
幕内優勝は2回。叔父の朝青龍が残した25回という大記録には及びませんが、豊昇龍自身も横綱として新たな歴史を築く立場にあります。
2026年は1月・3月場所で二桁勝利を記録した一方、5月の右太もも裏の負傷、7月の右膝靱帯損傷、9月場所の全休と、厳しいシーズンになりました。
今後の注目点は、右膝の完全回復、15日間を戦い抜くコンディションの再構築、そして横綱としての初優勝です。
朝青龍の甥という肩書から出発した豊昇龍は、すでに叔父と同じ横綱の地位を手にしました。これから問われるのは、叔父の名前ではなく、豊昇龍自身の優勝回数と横綱として残す実績です。
2026年11月場所以降、どのような相撲を見せるのか。復帰後の土俵が、豊昇龍の横綱人生を占う重要な局面になります。