2026年11月2日、東京・丸の内で開催された第39回東京国際映画祭で、山﨑努さんは自身を追ったドキュメンタリー映画の上映後イベントに登壇しました。
登壇時の山﨑さんは89歳。杖をつきながらゆっくりと会場に姿を現し、観客から大きな拍手で迎えられました。
この日の注目は、単なる映画の完成披露ではありません。ステージ4の食道がんを経験した俳優が、再び公の場に立ち、自身の俳優人生について語ったことにありました。
映画.comなどの報道によると、山﨑さんは俳優業を続ける意思について、次のように話しています。
70年って実感ないし、やめる気もないし。
加えて、70年間の俳優生活についても、毎日が新鮮で、楽しく、不安で、夢中になっているうちに年月が過ぎたという趣旨の言葉を残しました。
89歳で迎えた俳優生活70周年
山﨑さんは1936年12月2日生まれ。2026年11月5日時点では89歳で、翌月に90歳の誕生日を迎えます。
俳優としての出発点は1956年の俳優座養成所への入所です。2026年は、そこから数えて70年という節目に当たります。
今回の映画祭登壇は、長いキャリアを振り返る機会であると同時に、今後も俳優として生きていく姿勢を示す場にもなりました。
現在の活動は映画への出演だけではない
今回のドキュメンタリーでは、山﨑さん本人のロングインタビューに加え、彼から影響を受けた俳優や映画関係者の証言も収録されています。
つまり、単に89歳の名優の日常を記録した作品ではありません。
一人の俳優がどのように演技と向き合い、病気や老いを経験しながら、自分の仕事を見つめ直していったのかを記録する作品です。
2026年現在の山﨑さんを知るうえで、この映画は大きな意味を持っています。
【食道がんステージ4】山﨑努の闘病生活と回復までの経緯

山﨑努さんの近況を語るうえで避けて通れないのが、2024年に判明した食道がんです。
2025年1月、山﨑さんは月刊誌『文藝春秋』のインタビューで、次女で俳優の山崎直子さんとともに闘病経験を公表しました。
その内容は、芸能ニュースとしての病気の告白にとどまらず、高齢でがんと向き合う本人の率直な体験として大きな注目を集めました。
食道がんが見つかったのは2024年2月
病気が判明したきっかけは、胆のう炎の診察でした。
山﨑さんは以前から食べ物を飲み込みにくい症状を感じていたものの、すぐには病院へ行かなかったといいます。
その後、胆のう炎による激しい痛みで受診。担当医が飲み込みにくさにも注目し、入院して精密検査を受けるよう勧めたことで、食道がんが判明しました。
本人が『文藝春秋』で明かした診断時の状況は、非常に厳しいものでした。
- 発覚時期:2024年2月
- 病名:食道がん
- 進行度:ステージⅣ
- 医師から伝えられた生存率:10~15%
- 闘病期間:約9か月
特に、医師から告げられた生存率の数字は大きな衝撃を与えました。
ただし、この10~15%という数字は山﨑さんが当時の診断で伝えられた内容です。食道がんのステージ4全体に共通する生存率として扱うべきものではありません。
胃ろうによる栄養補給を経験
闘病中、山﨑さんは口から食事を取ることが難しい時期を経験しました。
そのため、おなかに小さな穴を設け、カテーテルを通して胃に直接栄養を送る胃ろうを利用していました。
食べることは、日常生活の基本であると同時に、俳優にとっては声や身体を維持するためにも重要な要素です。
山﨑さんの場合、食事ができない状態が続いたことは、身体的にも精神的にも大きな負担だったと考えられます。
加えて、治療後には声帯を整えるためのリハビリも必要になりました。
俳優という仕事では、声の響きや発声、呼吸、身体の動きなどが表現に直結します。病気から回復することと、俳優としての身体を取り戻すことは、必ずしも同じではありません。
2025年1月には「何でも食べられる」と回復を報告
闘病生活について、山﨑さんは2025年1月の『文藝春秋』で、回復したことを自ら明かしました。
今はすっかりよくなって、何でも食べられるようになりました。
ご飯やラーメン、そばにも挑戦し、食事ができるようになった喜びを語っています。
この報告は、ステージ4の食道がんという厳しい診断を受けた後の、大きな変化でした。
一方、2026年の映画祭でも、作品紹介や本人の発言では病気を経験したことが重要なテーマとして扱われています。
現在の具体的な検査結果や医学的な寛解判定、治療終了時期については、新たな詳細が公表されているわけではありません。
したがって、2026年の近況を正確に表すなら、本人が2025年に食事を含む回復を報告し、2026年には映画祭に登壇できるまで活動の場を広げたということになります。
【俳優生活70周年】山﨑努の経歴と人生の転換点を年表で整理
山﨑努さんの魅力は、単に出演作品が多いことだけではありません。
舞台、映画、テレビドラマという異なる表現の場で、善人から悪人まで幅広い人物を演じてきたことにあります。
特に黒澤明監督との出会いは、俳優としての知名度を高めた重要な転換点でした。
山﨑努の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山﨑努(やまざき・つとむ) |
| 生年月日 | 1936年12月2日 |
| 出身地 | 千葉県 |
| 2026年11月の年齢 | 89歳 |
| 俳優としての出発点 | 1956年・俳優座養成所入所 |
| 舞台デビュー | 1960年『熱帯樹』 |
| 映画での転機 | 1963年『天国と地獄』 |
| 主な受章 | 2000年紫綬褒章、2007年旭日小綬章 |
プロフィールは本人の公式サイトに掲載された経歴を基にしています。
1956年から2026年までの主な歩み
| 年代 | 出来事・作品 | 俳優人生における意味 |
|---|---|---|
| 1956年 | 俳優座養成所に入所 | 俳優人生の出発点 |
| 1960年 | 舞台『熱帯樹』 | 三島由紀夫作品でデビュー |
| 1963年 | 『天国と地獄』 | 黒澤明監督作品で注目 |
| 1973年 | 『必殺仕置人』 | 念仏の鉄役で人気を獲得 |
| 1980年 | 『影武者』 | 映画界での評価を高める |
| 1984年 | 『お葬式』 | 伊丹十三監督作品に出演 |
| 1987年 | 『マルサの女』 | 幅広い役柄を印象づける |
| 2000年 | 紫綬褒章 | 芸術文化への功績が評価される |
| 2007年 | 旭日小綬章 | 長年の活動が評価される |
| 2024年 | 食道がんが判明 | ステージ4と診断され闘病 |
| 2025年 | 闘病経験を公表 | 回復と俳優への思いを語る |
| 2026年 | 俳優生活70周年 | 初のドキュメンタリーが映画祭上映 |
俳優生活70周年は、映画デビュー70周年とは違う
ここは間違えやすいポイントです。
山﨑さんは1956年に俳優座養成所へ入所しましたが、舞台デビューは1960年、映画で注目を集めたのは1963年です。
つまり、2026年の70周年は、俳優としての道を歩み始めた1956年を起点とするものです。
映画デビューから70年という意味ではありません。
この違いを理解すると、山﨑さんが長年積み重ねてきたキャリアの厚みが、より明確になります。
代表作から分かる山﨑努の演技の幅
山﨑さんの代表作を振り返ると、特定のイメージに固定されない俳優だったことが分かります。
- 『天国と地獄』:冷徹な誘拐犯・竹内銀次郎役
- 『必殺仕置人』:個性的な念仏の鉄役
- 『影武者』:黒澤明監督作品への出演
- 『お葬式』:伊丹十三監督作品
- 『マルサの女』:伊丹作品を代表する出演作の一つ
- 『おくりびと』:2008年公開の映画
- 『長いお別れ』:2019年公開の映画
また、舞台では『冬のライオン』『リア王』などにも出演しています。
本人の公式プロフィールには、映画・舞台・テレビドラマにわたる幅広い出演歴が記載されています。
【初のドキュメンタリー映画】『山﨑リバーサイド-俳優の肩ごしに-』とは?2027年公開予定の注目作
2026年の山﨑努さんを語るうえで、もう一つ重要なのがドキュメンタリー映画『山﨑リバーサイド-俳優の肩ごしに-』です。
本作は、山﨑さんを中心に据えた初のドキュメンタリー映画で、監督を務めるのは犬童一心さんです。
第39回東京国際映画祭の「Nippon Cinema Now」部門で特別上映され、2026年11月2日に山﨑さん本人と犬童監督が上映後のQ&Aに登壇しました。
映画の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 山﨑リバーサイド-俳優の肩ごしに- |
| ジャンル | ドキュメンタリー |
| 監督 | 犬童一心 |
| プロデューサー | 犬童みのり |
| 主な出演 | 山﨑努 |
| 上映時間 | 131分 |
| 映画祭上映 | 第39回東京国際映画祭 |
| 上映部門 | Nippon Cinema Now |
| 公開予定 | 2027年 |
| 公開日の詳細 | 未定 |
犬童一心監督が描く「俳優とは何か」
本作の大きなテーマは、俳優という仕事の本質です。
山﨑さん本人のロングインタビューを中心に、長年の俳優生活、老いとの向き合い方、食道がんの闘病経験などが描かれます。
加えて、山﨑さんから影響を受けた人々へのインタビューも収録されています。
主な関係者は次のとおりです。
- 渡辺謙
- 柄本明
- 香川照之
- 鶴見辰吾
- 山田洋次監督
- 野上照代
とりわけ興味深いのは、黒澤明監督の映画を支えたスクリプター・野上照代さんの証言が含まれることです。
1963年の『天国と地獄』で一躍注目を浴びた山﨑さんの出発点から、現在までを映画史とともに振り返る構成になっています。
山﨑努が映画への出演を決めた理由
2026年11月2日の上映後、山﨑さんは映画に参加した当時の心境を語りました。
病気で死にかけた直後だったんで、お別れのメッセージになればいいなと。
映画.comの報道によると、当初はこの作品が、自分から世の中への別れのメッセージになるかもしれないという思いもあったそうです。
しかし、完成した作品を携えて映画祭の舞台に立った山﨑さんは、俳優を辞める意思がないことも明言しました。
この変化こそ、本作の大きな見どころです。
死を意識するほどの病気を経験したからこそ、自分が何者であり、何を続けたいのかを改めて見つめる機会になったのと考えられます。
2027年公開予定だが、具体的な公開日はまだ決まっていない
映画祭での上映と一般公開は別のものです。
2026年11月時点では、2027年公開予定と報じられています。一方、日本映画データベース(JFDB)では公開日が未定と掲載されています。
したがって、2027年に公開される予定であることは確認できますが、具体的な公開日や全国の上映館などは、今後の正式発表を待つ必要があります。
【渡辺謙との関係】山﨑努は俳優としての師匠?『ピサロ』から続く交流
2026年11月2日の東京国際映画祭では、俳優の渡辺謙さんがサプライズゲストとして登壇しました。
渡辺さんは花束を持って山﨑さんを祝福し、長年の交流を感じさせる言葉を贈りました。
特に注目されたのが、渡辺さん自身が山﨑さんを「山さんの門下生」と表現したことです。
1985年の舞台『ピサロ』が接点
2人の関係を知るうえで重要なのが、舞台『ピサロ』です。
1985年の初演では、山﨑さんがピサロ役を演じ、渡辺さんはアタウアルパ役を務めました。
その後、2020年の公演では渡辺さんが山﨑さんの演じたピサロ役を引き継ぎました。
単なる共演者というだけではなく、舞台の役柄を通じて先輩から後輩へとつながる関係が見えてきます。
渡辺謙が語った山﨑努の俳優としての覚悟
映画祭で渡辺さんは、山﨑さんが自分自身をさらけ出すドキュメンタリーに参加すると聞いた際、体力面や年齢を心配したと話しています。
しかし、山﨑さんが覚悟を持って作品に臨んでいることを感じ取ったとも語りました。
完成した映画については、山﨑さんの人生と俳優としての仕事が宝石のようにちりばめられた作品だと評価しています。
この言葉からは、渡辺さんが山﨑さんを単なる尊敬する先輩ではなく、自身の俳優人生にも影響を与えた存在として見ていることが伝わります。
『天国と地獄』から始まった山﨑努の俳優としての評価
山﨑さんを語るうえで外せないのが、黒澤明監督の1963年の映画『天国と地獄』です。
山﨑さんが演じたのは、誘拐犯の竹内銀次郎。
冷静さと不気味さを併せ持つ人物を演じ、強い印象を残しました。
この作品をきっかけに、映画俳優として広く注目されるようになります。
初期の代表作を振り返ると、山﨑さんの演技には、表情や声のわずかな変化で人物の内面を伝える特徴がありました。
今回のドキュメンタリーで『天国と地獄』が重要な作品として取り上げられているのも、山﨑さんの俳優人生を理解するための出発点だからです。
【俳優引退の真相】山﨑努は芸能界を引退する?現在の活動と今後
「89歳」「ステージ4の食道がん」「長期の闘病」という情報から、山﨑さんが俳優を引退するのではないかと考える人もいる可能性があります。
しかし、2026年11月の本人の発言は、そうした見方とは異なります。
俳優引退を正式に発表した事実はない
2026年11月2日、山﨑さんは東京国際映画祭で「辞める気もない」と発言しました。
これは俳優業を続ける意志を示す、非常に明確な言葉です。
少なくとも、今回の映画祭での本人の発言を、引退宣言や芸能活動からの完全撤退と解釈することはできません。
2024年までの出演歴から見る近年の活動
本人の公式プロフィールには、近年のテレビ出演として次の作品が掲載されています。
- NHKドラマ10『正直不動産』(2022年)
- TBS日曜劇場『アトムの童』(2022年)
- NHK特集ドラマ『正直不動産スペシャル』(2024年)
- NHKドラマ10『正直不動産2』(2024年)
これらの作品では、長年培ってきた演技経験を生かした存在感を見せていました。
そして2026年には、俳優としての自分自身を記録するドキュメンタリー映画に参加し、映画祭の舞台にも立ちました。
今後、ドラマや映画への新たな出演が実現するかは、具体的な出演発表を待つ必要があります。
90歳を目前にしても俳優を続ける理由
山﨑さんの発言で印象的なのは、70年間の俳優生活を特別な偉業として語っていないことです。
毎日が新鮮で、楽しく、不安で、夢中だった。その積み重ねが70年になったという考え方です。
ここには、長く活動する俳優ならではの仕事への向き合い方が表れています。
俳優という職業は、年齢や出演本数だけで評価されるものではありません。
役柄と向き合う姿勢、表現する意欲、観客に何を届けられるかという問題は、年齢を重ねても続いていきます。
山﨑さんが「辞める気もない」と語ったことは、単なる意気込みではなく、俳優という仕事を人生そのものとして捉えていることの表れとも受け取れます。
【よくある質問】山﨑努の現在に関するFAQ
Q1:山﨑努は2026年現在、何歳ですか?
A1:1936年12月2日生まれで、2026年11月5日時点では89歳です。2026年12月2日に90歳を迎えます。
Q2:山﨑努の食道がんは完治したのですか?
A2:2025年1月に本人が『文藝春秋』で、回復して何でも食べられるようになったと報告しています。ただし、2026年現在の医学的な寛解判定や治療終了については、詳細な公表情報がありません。
Q3:山﨑努は俳優を引退したのですか?
A3:引退を発表した事実はありません。2026年11月2日の東京国際映画祭では「辞める気もない」と語り、俳優を続ける意思を示しました。
Q4:山﨑努のドキュメンタリー映画はいつ公開されますか?
A4:『山﨑リバーサイド-俳優の肩ごしに-』は2027年公開予定です。犬童一心監督による131分の作品で、具体的な一般公開日はまだ未定です。
Q5:山﨑努と渡辺謙はどのような関係ですか?
A5:舞台『ピサロ』で共演した先輩・後輩の関係です。渡辺謙さんは山﨑さんを「門下生」と表現しており、俳優として大きな影響を受けた存在として尊敬しています。
まとめ:89歳の山﨑努は引退せず、俳優として次の一歩へ
2026年11月現在の山﨑努さんは、ステージ4の食道がんという厳しい病気を経験しながらも、俳優としての活動を続ける意欲を示しています。
今回の近況を整理すると、重要なのは次の5点です。
1. 年齢は89歳。 2026年12月2日に90歳を迎える。
2. 2024年2月にステージ4の食道がんが判明。 約9か月の闘病を経験した。
3. 2025年1月には回復を報告。 食事ができるようになったことを本人が明かした。
4. 2026年は俳優生活70周年。 第39回東京国際映画祭に登壇し、現役続行への意思を語った。
5. 2027年には初のドキュメンタリー映画が公開予定。 犬童一心監督が山﨑さんの人生と演技を記録した。
山﨑努さんの現在を知るうえで、最も重要なのは「89歳だから引退する」という年齢だけを基準にしないことです。
病気を経験した後も、自身の人生をカメラの前でさらけ出し、映画祭の観客と向き合い、俳優を続ける意思を表明した。その姿こそ、2026年の山﨑さんを象徴しています。
『天国と地獄』で黒澤明監督に見いだされてから70年。渡辺謙さんをはじめ、多くの俳優に影響を与えてきた名優が、90歳を目前にしてなお俳優であり続けようとしているのです。
2027年公開予定の『山﨑リバーサイド-俳優の肩ごしに-』は、その生き方と演技哲学を知る貴重な記録になるでしょう。
山﨑努さんの次の活動にも、引き続き注目が集まります。