2026年現在も現役のフリーアナウンサーとして活躍する徳光和夫さん。長年連れ添ってきた妻との関係にも関心が集まっています。2人の出会いは日本テレビの仕事現場。妻は日本テレビ向かいの喫茶店の娘で、人気番組「キユーピー3分クッキング」にアルバイトとして関わっていた女性でした。先輩の後押しから始まった交際は、約60年に及ぶ夫婦生活へとつながっています。
妻の名前は早苗さん。徳光さんは過去のインタビューで、ギャンブルで苦労をかけた妻への感謝や、2001年の心筋梗塞で妻に助けられた経験を語っています。また、妻の認知症についても公表しており、2026年8月には鳥取県の認知症予防関連イベントで、現在の生活や妻との向き合い方を明かしました。これまでの発言と最新の公表情報から、徳光和夫夫妻の歩みを整理します。
【妻の名前は早苗さん】徳光和夫のプロフィールと家族構成
夫婦の基本情報と、これまでに公表された家族について
徳光和夫さんの妻は、一般女性の早苗さんです。芸能活動をしている人物ではなく、夫婦生活についても徳光さんや家族がテレビ・雑誌などで語った内容を中心に知られています。
妻の名前が広く知られるきっかけの一つとなったのが、2017年10月27日放送のTOKYO MX「ひるキュン!」です。
この番組に出演した次男の徳光正行さんが、父親の過去のエピソードを紹介しました。
正行さんによると、徳光さんは新人アナウンサー時代、放送終了後に与えられた短い時間を使い、交際中だった女性に向けてメッセージを送っていたそうです。
その際、母親の名前が早苗であることを明かし、名前にちなんだ言葉を放送で伝えていたといいます。
早く苗が咲きますように
この言葉は、妻へのさりげない愛情表現として紹介されました。
派手な公開告白ではなく、放送の合間に相手だけが気づくかもしれないメッセージを送る。アナウンサーという仕事ならではの、徳光さんらしいエピソードです。
徳光和夫夫妻の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 夫 | 徳光和夫 |
| 生年月日 | 1941年3月10日 |
| 妻 | 早苗さん |
| 妻の職業 | 一般女性として紹介 |
| 出会い | 日本テレビ周辺・番組の仕事現場 |
| 子ども | 2人 |
| 次男 | 徳光正行 |
| 結婚生活 | 2026年時点で約60年 |
| 妻の健康状態 | 認知症について本人が公表 |
徳光さんは1989年に日本テレビを退社してフリーに転身。『ズームイン!!朝!』の初代総合司会や『NNNニュースプラス1』のメインキャスターなどを務め、テレビ・ラジオで長く活躍してきました。
所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツのプロフィールにも、アナウンサーとしての経歴や現在の出演番組が掲載されています。
子どもは2人で、次男は徳光正行
徳光夫妻には2人の子どもがいます。
2022年の小学館「サライ」のインタビューで、徳光さんは子どもたちがすでに独立し、妻と2人で穏やかに生活していると話しました。
次男はタレントとして活動する徳光正行さんです。正行さんはテレビ番組で父親の家庭での一面や、母親との思い出を紹介してきました。
2021年には、徳光さんが「徹子の部屋」で孫娘についても語っています。孫の成長が夫婦にとって大きな生きがいになっていると明かし、将来の結婚式では自ら司会を務めたいという思いも話していました。
【出会いは日本テレビの仕事現場】3分クッキングから始まった馴れ初め
徳光和夫さんと妻の早苗さんの出会いは、日本テレビの周辺にありました。
2021年8月10日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」で、徳光さん本人が結婚までの経緯を振り返っています。
妻は日本テレビの正面にあった喫茶店の娘で、番組制作に関わるアルバイトにも来ていた女性でした。その仕事が「キユーピー3分クッキング」に関係するものだったと紹介されています。
一目ぼれした相手に自分から告白できなかった
徳光さんは当時、早苗さんに好意を抱いていました。
しかし、仕事の現場で顔を合わせる相手ということもあってか、すぐに交際を申し込むことはできなかったようです。
そんな徳光さんの様子に気づいたのが、職場の先輩でした。
先輩から、仕事での失敗が増えていることを指摘され、好きな女性でもできたのかと尋ねられた徳光さん。思わず動揺し、早苗さんへの気持ちを打ち明けたといいます。
すると、その先輩が自ら喫茶店へ出向き、早苗さんに徳光さんとの交際について話をしてくれました。
デートの誘いは4回目で実現
先輩は徳光さんに、相手への気持ちを伝えるきっかけをつくったうえで、最後は自分で行動するよう促しました。
その後、徳光さんは早苗さんをデートに誘います。
ところが、最初から順調だったわけではありません。
報道によると、徳光さんは4回目の誘いでようやくデートに応じてもらったそうです。
一目ぼれした相手に何度も声をかけ、ようやく実現した初デート。そこから交際、結婚へと関係が発展していきました。
2人の出会いが印象的な理由
この馴れ初めには、3つのポイントがあります。
- 日本テレビという仕事の現場で自然に接点が生まれたこと
- 職場の先輩が恋愛の仲介役になったこと
- 徳光さん自身が何度も誘い、交際につなげたこと
特に興味深いのは、先輩がきっかけをつくった後、最終的には本人が行動するよう促した点です。
テレビ業界の人間関係から始まった恋愛が、長い結婚生活につながったという意味でも、印象に残るエピソードです。
【約60年の夫婦生活】ギャンブル好きの夫を支えた妻への感謝
徳光和夫さんの夫婦生活を語るうえで欠かせないのが、競馬や競艇などのギャンブルです。
徳光さんは以前から大のギャンブル好きとして知られています。仕事で成功を収める一方、趣味に多くのお金を使ってきたことも自ら明かしています。
2022年8月の「サライ」のインタビューでは、若い頃からギャンブルで何度も大きな損失を出したこと、それでも妻が自分を支えてくれたことを振り返りました。
妻がかけた言葉に表れる夫婦の関係
徳光さんによると、競馬や競艇で負けて落ち込んでいると、妻は次のように励ましてくれたそうです。
競馬と競艇で損をしているからがんばろうと思えるのね
妻はギャンブルそのものを肯定していたというより、失敗を経験した夫が仕事や生活を頑張ろうとする気持ちを受け止めていたのでしょう。
徳光さんはこの言葉を紹介したうえで、妻に対する感謝を率直に語っています。
「妻には本当に感謝してもしきれません」
加えて、妻を「わたしには過ぎたかみさんです」と表現しています。
2023年には結婚57年と告白
2023年11月5日放送のテレビ朝日「路線バスで寄り道の旅」では、妻との結婚生活について、さらに興味深い発言がありました。
ゲストの吉瀬美智子さんとの会話で、結婚生活が何年になるかを尋ねられた徳光さんは、「57年」と回答しました。
加えて、妻についた嘘の数について「2億回ぐらい」と冗談交じりに告白。吉瀬さんや田中律子さんを驚かせました。
長年の結婚生活を、深刻な表情だけで語るのではなく、笑いに変えて話すところにも徳光さんらしさが表れています。
2021年には結婚55年、2023年には57年と本人が語っていることから、2026年時点では結婚生活は約60年に及びます。
若い頃には妻に苦労をかけたと振り返りながら、年齢を重ねてから感謝の言葉を口にする。徳光さんの発言には、長年連れ添った夫婦ならではの距離感が感じられます。
【徳光和夫夫妻の年表】出会いから2026年の現在までを整理
ここでは、徳光さんの仕事と夫婦生活、妻についての公表情報を時系列で整理します。
この年表から分かるのは、徳光夫妻の関係が、若い頃の恋愛から子育て、そして高齢期の生活支援へと変化してきたことです。
特に2021年以降は、妻の認知症について徳光さん自身が複数の場で語るようになり、夫婦の現在に関する情報も具体的になってきました。
【2001年の心筋梗塞】妻のとっさの行動に徳光和夫が感謝
徳光夫妻の絆を象徴する出来事として知られているのが、2001年に徳光さんが経験した心筋梗塞です。
当時60歳だった徳光さんは、仕事も順調で、自分の健康について大きな不安を感じていなかったといいます。
しかし、突然、心筋梗塞を発症。本人は当時の状況を「もう終わっちゃったなと思った」と振り返っています。
苦しむ夫を見た妻が水を飲ませた
2025年9月29日放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」で、徳光さんは心筋梗塞を発症した当時の妻の行動について語りました。
妻は苦しんでいる徳光さんを見て、祖母から教わっていた「お腹を壊したときには水を飲む」という話を思い出したそうです。
そして、徳光さんに水やポカリスエットを飲ませました。
後に医師から、血管のわずかな隙間を水が通っていたため助かったという趣旨の説明を受けたと、徳光さんは話しています。
この出来事を振り返り、妻に対して頭が上がらなくなったという感謝の気持ちを明かしました。
西城秀樹さんの結婚式にもつながった闘病経験
心筋梗塞からの回復には、仕事上の大きな出来事も関係していました。
徳光さんは2001年、西城秀樹さんの結婚式で司会を担当する約束をしていました。しかし、心筋梗塞による入院で、その仕事を務められるか分からない状況になりました。
集中治療室での治療を経て、式の4日前に退院。最終的には司会を務めることができたと、過去のインタビューで振り返っています。
妻の対応だけでなく、周囲の人々との縁にも支えられた経験だったのでしょう。
この心筋梗塞のエピソードは、徳光さんが妻への感謝を繰り返し語る背景を理解するうえでも重要です。
長い結婚生活の中で、日常的に支えてくれた妻の存在を、命に関わる出来事を通じて改めて実感したことがうかがえます。
【2026年最新】妻の認知症を公表した徳光和夫と現在の夫婦生活
徳光和夫さん夫妻の現在を知るうえで、最も重要な情報が妻の認知症です。
徳光さんは2021年8月10日放送の「徹子の部屋」で、妻が初期の認知症を患っていることを公表しました。
その後、2022年の「サライ」のインタビュー、2024年の鳥取県公式記事などでも、妻との生活について語っています。
そして2026年8月18日、鳥取県の公式認知症ポータルサイトに掲載された記念式典での対談では、妻の症状が進んだ現在の状況を具体的に明かしました。
妻の認知症はいつから?2021年の公表内容
2021年の「徹子の部屋」出演時、徳光さんは妻について、初期の認知症だと説明しました。
当時は、同じ話を何度も繰り返したり、直前に話した内容を短時間で忘れたりすることがあったそうです。
一方で、昔の出来事については繰り返し話すことも多く、徳光さんはその話を丁寧に聞くようにしていました。
本人は、アナウンサーとして相手の話を聞く経験を生かし、妻の思い出話に質問を重ねることもあると説明しています。
また、2024年7月に公開された鳥取県の認知症予防関連の記事では、妻はアルツハイマー型認知症であると紹介されています。
2026年8月、妻の症状が進んだことを明かす
2026年8月18日、鳥取県公式サイトに掲載された「2026年 認知症予防の日 記念式典」の対談で、徳光さんは妻の症状について詳しく語りました。
妻は約8年前に認知症を発症したといい、現在は実家に帰ろうとする行動が見られるようになったそうです。
徳光さんが自宅に戻ると、妻が玄関で身支度を整えて待っていることもありました。
ところが、妻の実家はすでに売却され、建物も残っていません。
加えて、妻が一人で外出し、帰ってこなくなった出来事もあったといいます。
警察の協力を得て自宅や駅周辺の防犯カメラを確認しても見つからず、最終的には自宅近くの予備校の階段に座っていたところを警察に保護されました。
この経験から、徳光さんは妻の安全を守るため、GPSの導入も検討していると話しています。
妻の帰宅願望に対して、主治医の助言を取り入れる
同じ対談では、妻が実家に帰りたいと言い出した際の対応も紹介されました。
徳光さんが妻に、すでに亡くなっている母親のことを伝えても、妻は母親と最近話したという反応を返すことがあったそうです。
そこで、主治医からの助言を参考に、妻が帰宅を望んだときの言葉を工夫しました。
例えば、次のように話しかけたといいます。
今日はこの家に泊めてもらおうよ。
すると妻は、昨日も泊めてもらったという趣旨の返事をして、気持ちが落ち着いたそうです。
鳥取大学医学部の浦上克哉教授は、この行動について、妻が帰りたいのは単に実家の建物がある場所ではなく、昔の良かった時代の実家なのではないかと説明しています。
認知症の症状を単純に否定するのではなく、本人が求めている安心感に目を向けた対応として紹介されたエピソードです。
ベイビーブーのコンサートで妻が見せた笑顔
2026年の対談では、夫婦で出かけたコンサートについても語られました。
徳光さんは、妻に楽しんでもらおうと歌舞伎や喜劇、コントなどを一緒に見に行ったそうです。
しかし、以前は好きだった演目でも関心を示さなかったり、笑うポイントが分からなくなったりすることがありました。
そこで、今度は音楽を楽しんでもらおうと、クラシックのコンサートにも足を運びました。
ところが、こちらも思ったような反応は得られませんでした。
そんな中、妻が反応を示したのがコーラスグループのベイビーブーです。
童謡やジャズなど、昔懐かしい歌のハーモニーを聴いた妻は、目を輝かせて喜んだといいます。
そして、徳光さんにこう伝えました。
本当に今日はとってもいい日だった。
徳光さんにとっても、忘れられない一日になったことでしょう。
2026年に語った妻への感謝の言葉
今回の対談で特に印象的なのは、徳光さんが妻の認知症について話す中で、自分自身の過去を振り返っていることです。
子育てが一段落した後、妻が長年続けてきた家事を以前のようにこなせなくなったことで、自分が家庭で何もできていなかったことを痛感したといいます。
長年、家庭を支えてくれた妻の存在を改めて実感したのでしょう。
徳光さんは、対談の中で次のように語っています。
「妻が認知症になったからこそ、彼女との日々を改めて尊く感じることができたことに私は感謝しています。」
これは2026年8月18日に鳥取県公式サイトで公開された本人の発言です。
2021年の公表から5年。妻の症状は進んでいるものの、徳光さんは一緒に楽しめる時間を探しながら日々を過ごしています。
なお、2026年11月現在、妻の施設入居や具体的な介護サービスの利用状況、日々の詳しい生活環境については、本人からまとまった公表は確認できません。最新の本人発言として確認できるのは、8月の対談で語られた内容です。
【プロの結論】徳光和夫夫妻の約60年から見える夫婦の支え合い
徳光和夫さんと早苗さんの夫婦生活を振り返ると、単なる長寿婚という言葉だけでは説明できない歩みが見えてきます。
2人の関係には、大きく3つの転換点があります。
第一に、若い頃の出会いと結婚です。
日本テレビの仕事現場で出会い、先輩の後押しを受けながら交際へと進んだ2人。妻はその後、徳光さんの仕事と家庭を長年支えてきました。
第二に、2001年の心筋梗塞です。
妻の行動が徳光さんの命を救うきっかけになったという経験は、本人にとって大きな出来事でした。妻への感謝を繰り返し語る理由の一つにもなっています。
第三に、高齢期の認知症との向き合いです。
これまで家庭を支えてきた妻に変化が生じ、今度は徳光さんが妻の話を聞き、安全を考え、一緒に楽しめる時間を探しています。
ここにあるのは、一方だけが支え続ける関係ではありません。人生の段階によって夫婦の役割が変わりながらも、相手と過ごす時間を大切にしている姿です。
また、情報を読み解く際には、次の区別も重要です。
- 妻の名前は、息子の徳光正行さんが公表した「早苗」。
- 結婚年数は、2021年の55年、2023年の57年という本人発言が基準。
- 認知症については、2021年の初期症状の公表、2024年のアルツハイマー型との説明、2026年の本人による最新の生活報告を分けて理解する。
- 2026年現在の介護環境や妻の詳しい生活状況について、本人が話していない部分まで推測しない。
徳光さんが長年テレビで培ってきた「人の話を聞く力」は、現在の夫婦生活にも生かされています。妻の繰り返す思い出話に耳を傾け、昔の歌を一緒に楽しむ姿には、長年連れ添った相手を大切にする気持ちが表れています。
【徳光和夫夫の妻】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:徳光和夫の妻の名前は何ですか?
A1:妻の名前は早苗さんです。2017年、次男の徳光正行さんがテレビ番組で母親の名前を明かしています。
Q2:徳光和夫と妻の出会いはどこですか?
A2:日本テレビ周辺です。妻は日本テレビ向かいの喫茶店の娘で、「キユーピー3分クッキング」のアルバイトにも来ていました。先輩の口添えから交際に発展しました。
Q3:徳光和夫と妻は何年結婚していますか?
A3:2021年に結婚55年、2023年に結婚57年と徳光さん本人が語っています。2026年時点では約60年の夫婦生活になります。
Q4:徳光和夫の妻は認知症なのですか?
A4:はい。2021年に初期の認知症を公表し、2024年にはアルツハイマー型認知症と説明しています。2026年8月にも本人が症状の進行について語っています。
Q5:徳光和夫の妻は現在どうしていますか?
A5:2026年8月の本人発言によると、帰宅願望や一人で外出してしまう行動などが見られています。一方、ベイビーブーのコンサートでは懐かしい歌を楽しむ様子もあったそうです。
Q6:徳光和夫が心筋梗塞になった際、妻は何をしたのですか?
A6:2001年の心筋梗塞発症時、妻が水やポカリスエットを飲ませたと本人が2025年のラジオ番組で振り返っています。徳光さんは妻への感謝を語っています。
Q7:徳光和夫には子どもが何人いますか?
A7:本人の2022年のインタビューでは、子どもは2人で、すでに独立したと語っています。次男はタレントの徳光正行さんです。
まとめ:徳光和夫夫妻が歩んできた約60年と2026年の現在
徳光和夫さんと妻・早苗さんは、日本テレビの仕事現場をきっかけに出会い、約60年にわたる結婚生活を築いてきました。
4回目のデートの誘いで交際が始まった馴れ初め、ギャンブル好きの夫を支えた妻の言葉、2001年の心筋梗塞での対応など、夫婦の歴史には数々の印象的なエピソードがあります。
そして2026年、妻の認知症という新たな課題に向き合う徳光さんは、懐かしい音楽を一緒に楽しみ、妻との時間に改めて感謝していることを公表しました。
「長く一緒にいること」だけでなく、「相手の変化を受け止めながら、その人と過ごす時間を大切にすること」。
徳光和夫夫妻の歩みから伝わってくるのは、そんな夫婦関係の本質です。
85歳を迎えても現役で活動する徳光さん。これからも仕事を続けながら、妻と過ごす日々を大切にしていく姿に注目が集まります。