真由子さんの夫は、俳優の友山裕之助(ともやま・ゆうのすけ)さんです。
2人は演劇を通じて知り合い、長い交際期間を経て2018年に結婚しました。
結婚が注目された理由は、父・津川雅彦さんが当初、娘の結婚に強く反対していたためです。
友山裕之助とはどんな人物?
2人は芸能活動を通じて接点を持ち、友山さんは真由子さんの両親にも交際相手として紹介されていました。
しかし、津川さんは娘を大切に思うあまり、結婚を簡単には認めませんでした。
津川雅彦が結婚を認めるまでに何があった?
この経緯については、2024年12月26日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』で、真由子さん本人が詳しく振り返っています。
話の要点は次のとおりです。
1. 真由子さんは交際相手として友山さんを両親に紹介した。
2. 友山さんは津川さんに結婚を申し出たが、3度ほど断られた。
3. 2018年4月に母・朝丘雪路さんが亡くなった。
4. 津川さん自身も体調を崩した時期に、友山さんが改めて結婚を申し出た。
5. 4度目の申し出で、津川さんが結婚を認めた。
友山さんは津川さんに対し、真由子さんを一生幸せにしたいという思いを伝えました。
それを聞いた津川さんは涙を流し、娘を託す言葉を口にしたといいます。
日刊スポーツが伝えた『徹子の部屋』での真由子さんの回想では、父親から許しを得るまでの期間について、次のように語られています。
「最後の4回目でやっと…その間が26年ぐらいありましたね」
なお、交際期間については報道によって10年、20年以上、23年など異なる説明があります。2024年の本人の回想では約26年という数字が出ています。年数の表現には違いがありますが、長い時間をかけて父親の理解を得た結婚だったことは共通しています。
2018年夏に結婚、両親の合同葬で夫婦の姿を披露
結婚したのは2018年です。
報道では、6月に津川さんから結婚の許しを得て、7月に結婚したと伝えられています。
その後、2018年8月4日に津川さんが亡くなり、11月21日に行われた両親の合同葬では、友山さんが夫として真由子さんの隣に立ちました。
日刊スポーツやスポニチは、結婚後初めて夫婦そろって公の場に登場した姿を報じています。
このとき、真由子さんは両親の合同葬の喪主を務めました。
両親を相次いで亡くした真由子さんにとって、夫の存在は大きな支えになったようです。
2024年の『徹子の部屋』でも、両親の死後に感じた孤独や不安と、それを支えてくれた夫への思いを語っています。
【赤坂のライブレストラン】MY one and onlyの経営と2026年の現状
真由子さんの現在を語るうえで見逃せないのが、飲食店経営への挑戦です。
2025年1月、ENCOUNTは真由子さんが東京・赤坂にライブレストラン「MY one and only」を開業したことを報じました。
この店舗は、食事と生演奏を一緒に楽しめる空間として企画されたものです。
1軒目のMY ROOMから赤坂への再挑戦
実は、MY one and onlyは真由子さんにとって初めての飲食店経営ではありません。
2019年12月、東京の奥渋エリアにライブレストラン「MY ROOM」を開業していました。
ところが、開店して間もなく新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、短期間で閉店せざるを得なくなりました。
一度は飲食店経営から離れることになったものの、以前の店を気に入っていた顧客から再挑戦を勧められたことが、次の店舗を開くきっかけになったとENCOUNTのインタビューで説明しています。
MY one and onlyの店名に込めた意味
2024年12月20日に開業した「MY one and only」は、両親への思いが込められた店名です。
- M:父・津川雅彦さんの名前の頭文字
- Y:母・朝丘雪路さんの名前の頭文字
- MY:真由子さんと夫・友山裕之助さんのイニシャルでもある
- one and only:唯一無二という意味
つまり、両親と夫婦の双方に結びついた名前です。
店内には津川さんが集めていたサンタクロースの絵画も飾られていました。
料理は創作イタリアンを中心とし、音楽ライブやイベントも楽しめる構成です。
2025年1月のENCOUNTの取材では、1人当たりの飲食予算は6,000~8,000円を目安に設定していると紹介されました。
真由子と友山裕之助の夫婦経営
この店舗の経営体制も特徴的です。
2025年1月のENCOUNTによると、レストラン経営のために新会社を設立し、真由子さんが代表取締役、夫の友山さんが支配人を務めていました。
夫婦で役割を分担し、芸能活動と飲食事業の両方に取り組んでいたことが分かります。
【重要】2026年現在もMY one and onlyは営業している?
ここは、2025年の報道と2026年の店舗情報を区別する必要があります。
2026年11月5日時点では、MY one and onlyという名称の店舗がそのまま営業を続けているとは確認できません。
現在の状況を整理すると、次のとおりです。
| 確認時期 | 店舗・情報 | 状況 |
|---|---|---|
| 2019年12月 | MY ROOM | 奥渋で開業後、コロナ禍で閉店 |
| 2024年12月20日 | MY one and only | 赤坂で開業 |
| 2025年1月 | ENCOUNTの取材 | 真由子さんが代表、夫が支配人 |
| 2025年12月31日 | 港区の店舗一覧 | MY one and onlyの掲載あり |
| 2026年11月 | DELA COSTA AKASAKA | 同じ住所の現行サイトが稼働 |
特に注目したいのが、現在のDELA COSTA AKASAKAの公式サイトです。
同サイトには、2026年3月末までの過去のイベント記録が前店舗「MY ONE AND ONLY」で開催されたものだと説明されています。
所在地も東京都港区赤坂6丁目3番15号、J-AKASAKAビル9階と一致しています。
加えて、2026年11月のイベントスケジュールも掲載されており、現在はDELA COSTA AKASAKAという名称で音楽イベントやメンバー向け営業が案内されています。
一方、食べログではMY one and onlyの掲載が保留され、営業状況が確認できない状態です。
したがって、次のように理解するのが正確です。
- 真由子さんがMY one and onlyを経営していたことは報道で確認できる。
- 2025年末までの店舗掲載も確認できる。
- 2026年には同じ場所でDELA COSTA AKASAKAの公式サイトが稼働している。
- 真由子さんが新店舗の運営にも関与しているかは、公表情報から確認できない。
赤坂での飲食店経営は真由子さんの重要な挑戦ですが、2026年現在も同じ店を経営していると断定することはできません。
この点は、古い店舗紹介記事だけを読んだ場合に見落としやすい情報です。
【1974年の誘拐事件】生後5カ月で連れ去られた真由子と41時間の救出劇
真由子さんの人生を振り返る際、避けて通れないのが1974年8月15日に発生した誘拐事件です。
当時、生後わずか5カ月だった真由子さんが、東京都世田谷区にあった自宅から連れ去られました。
事件は「津川雅彦長女誘拐事件」として知られています。
事件の概要と41時間の経緯
事件の主な経緯は以下のとおりです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1974年8月15日未明 | 生後5カ月の真由子さんが世田谷区の自宅から誘拐される |
| 同日 | 犯人が身代金500万円を要求 |
| 8月15日 | 津川さんが指定口座に150万円を振り込む |
| 8月16日 | 銀行のオンラインシステムを利用した捜査が進む |
| 8月16日 | 東京駅周辺で現金を引き出した男を確保 |
| 事件発生から約41時間後 | 千葉県我孫子市で真由子さんを無事保護 |
事件当時、犯人は23歳の男でした。
身代金の受け渡しには、当時普及し始めていた銀行の現金自動支払機が利用されました。
警察と銀行が連携し、引き出し場所を特定するためにオンラインシステムを更新したことが、犯人の確保につながりました。
真由子さんは千葉県我孫子市にあった犯人の住居から無事に救出されています。
真由子本人は事件をどう受け止めている?
この事件について、真由子さんは2025年1月のENCOUNTのインタビューで、自身には当時の記憶がないと説明しています。
事件について詳しく知ったのは中学生になってからでした。
父親から聞かされた後、幼少期から帰宅時間や学校への送り迎えが厳しかった理由を理解したそうです。
また、犯人が出所する時期には、学校への通学以外の外出を認められなかったとも振り返っています。
本人は、事件について次のように話しています。
「私には一切、記憶がないので、トラウマにもなっていないんですよ」
一方で、事件が父・津川雅彦さんに与えた影響は大きかったようです。
津川さんは娘の安全を非常に気にかけ、生活面でも厳しく見守っていました。
2013年には北朝鮮による拉致問題の啓発活動にも協力し、親の立場から被害者家族の心情に寄り添う姿勢を示しています。
真由子さん自身は事件当時の記憶を持っていませんが、父親の人生観や家族との関係には、その出来事が長く影響していたことがうかがえます。
【子供の有無・グランパパ】家族構成とネット情報の真相
真由子さんについては、結婚相手だけでなく、子供がいるのか、現在どのような家族構成なのかという疑問も多く検索されています。
ここでは、公開されている情報を整理します。
真由子と友山裕之助に子供はいる?
真由子さんと友山裕之助さんの間に子供がいるかどうかについては、本人や所属事務所による明確な公表を確認できません。
芸能ニュースや2024年の『徹子の部屋』出演時の報道でも、主に夫婦の関係や両親との思い出が取り上げられており、子供の誕生について確定的な情報は示されていません。
そのため、次のように整理するのが適切です。
| 検索される疑問 | 確認できる情報 |
|---|---|
| 結婚している? | 2018年に友山裕之助さんと結婚 |
| 夫の職業は? | 俳優 |
| 子供はいる? | 公表情報では確認できない |
| 子供の人数は? | 公表されていない |
| 離婚している? | 離婚を裏付ける公表情報は確認できない |
「子供はいない」と断定する情報も見かけますが、本人が公表していない家族情報を、報道がないという理由だけで確定することはできません。
グランパパプロダクションとの関係
もう一つ、真由子さんの現在を理解するうえで重要なのが、グランパパプロダクションです。
父・津川雅彦さんは俳優として活躍する一方、玩具事業にも携わり、「グランパパ」の経営者としても知られていました。
真由子さんは現在、グランパパプロダクションの公式プロフィールに掲載されています。
同プロフィールには、次のような情報があります。
- 1998年の女優デビュー以降の出演歴
- テレビドラマや映画、舞台の経歴
- 日本舞踊や三味線などの特技
- 2019年からの東京エキゾチカ with 真由子としての音楽活動
ただし、芸能事務所に所属していることと、会社の経営権を引き継いでいることは別の話です。
津川さんが築いた事業と、真由子さん本人の芸能活動を混同しないことが大切です。
両親の死後、真由子が語った家族への思い
2018年4月27日に母・朝丘雪路さん、同年8月4日に父・津川雅彦さんが亡くなりました。
わずか数カ月の間に両親を失った真由子さんは、2024年の『徹子の部屋』で当時の心境を振り返っています。
特に印象的なのは、両親が亡くなって初めて、自分がどれほど守られていたかを実感したという話です。
「だからやっと大人になれた気分です。二十歳を迎えられたみたい」
この発言からは、両親の存在が真由子さんの人生にとってどれほど大きかったかが伝わってきます。
また、母の死後に見つかった「大切なもの」と書かれた箱についても、2024年の番組で語っています。
そこには真由子さんが母の日に渡したカードや、幼少期に描いた絵などが保管されていました。
子供の頃には気づかなかった母の愛情を、亡くなった後に改めて知ったというエピソードです。
【津川真由子の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:津川真由子さんは2026年現在も芸能活動をしていますか?
女優・歌手として活動しており、グランパパプロダクションの公式プロフィールには「東京エキゾチカ with 真由子」の活動中という記載があります。2025年には映画『シンペイ 歌こそすべて』にも出演しました。2026年の具体的な出演予定は個別の公式発表を確認する必要があります。
Q2:真由子さんの夫は誰ですか?
俳優の友山裕之助さんです。2018年に結婚しました。津川雅彦さんは当初、結婚に反対していましたが、最終的に4度目の申し出を受け入れたと真由子さん本人が明かしています。
Q3:真由子さんに子供はいますか?
子供の有無や人数について、本人や所属事務所から確定的な公表は確認できません。子供がいないと断定できる情報もありません。
Q4:赤坂のMY one and onlyは2026年も営業していますか?
2026年11月現在、同店舗の営業継続は確認できません。同じ住所ではDELA COSTA AKASAKAの公式サイトが稼働しており、2026年のイベント情報も掲載されています。真由子さんが現在もその店舗を経営しているかは不明です。
まとめ:真由子の現在は芸能活動と新たな挑戦の両立
2026年現在の真由子さんは、津川雅彦さんと朝丘雪路さんの娘という肩書だけでは語りきれない活動を続けています。
今回確認できた情報を整理すると、次のようになります。
- 年齢:1974年3月18日生まれの52歳。
- 芸能活動:1998年に女優デビューし、映画・ドラマ・舞台に出演。
- 音楽活動:2019年から東京エキゾチカ with 真由子として活動。
- 映画出演:2025年公開の『シンペイ 歌こそすべて』で佐藤千夜子役。
- 結婚:2018年に俳優・友山裕之助さんと結婚。
- 飲食店経営:2024年に赤坂でMY one and onlyを開業したが、2026年の店舗運営状況には変化が見られる。
- 子供:有無や人数は公表されていない。
- 誘拐事件:1974年に生後5カ月で誘拐され、約41時間後に無事救出。
【プロの結論】注目すべきは両親の知名度よりも本人の選択
真由子さんの人生には、芸能一家に生まれたこと、幼少期の誘拐事件、両親との別れ、結婚、歌手活動、飲食店経営という大きな転機がありました。
その中でも注目したいのは、両親が亡くなった後に歌手として本格的に活動を始めたことです。
母・朝丘雪路さんの歌を受け継ぎ、父・津川雅彦さんが大切にしていた作品を後世に伝えようとする姿勢には、家族の歴史を自分の仕事へとつなげる意味があります。
また、赤坂でのライブレストラン経営も、芸能活動だけに依存しない新しい挑戦でした。
一方、2026年の店舗名や運営状況には変化が確認できるため、過去の開業報道をそのまま現在の営業情報として扱わないことも大切です。
真由子さんのこれからを考えるうえでは、両親の遺産や知名度だけでなく、本人が選んだ女優・歌手としての表現活動に注目する必要があります。
両親の七回忌を経て、人生の第二幕を歩み始めた真由子さん。これからどのような作品や音楽を届けてくれるのか、今後の活動にも関心が集まります。