「記憶にございません」という言葉の歴史をたどると、1976年2月16日に行われたロッキード事件の国会証人喚問に行き着く。
当時、衆議院予算委員会に証人として出席したのが、実業家の小佐野賢治氏(国際興業社主)だった。
ロッキード事件は、米航空機メーカーのロッキード社が航空機の売り込みを進めるなかで、日本の政財界関係者に工作資金を提供した疑惑が発覚した事件である。
全日空への大型旅客機トライスターの売り込みなどをめぐり、政界との関係が追及された。
なぜ小佐野賢治氏が注目されたのか
小佐野氏は田中角栄元首相と親しい関係にあった実業家で、ロッキード社の関係者との接触や、航空機の売り込みに関する働きかけについて質問を受けた。
その際、繰り返されたのが記憶に関する回答だった。
当時の国会証言で使われた表現は、厳密には「記憶はございません」「記憶がありません」などであり、現在広く知られる「記憶にございません」は、その発言を象徴する定型表現として定着したものだ。
1976年2月16日の証人喚問は、テレビや新聞を通じて広く伝えられ、この言葉は当時の流行語にもなった。
法政大学大原社会問題研究所の歴史資料でも、小佐野氏らが記憶に関する答弁を繰り返し、ロッキード社の工作資金への関与を否定した経緯が整理されている。
なぜ政治家の常套句として残ったのか
この答弁が強烈な印象を残した理由は、証人喚問という特殊な場面にある。
宣誓した証人には、虚偽の陳述をすれば偽証罪に問われる可能性がある。
そのため、質問に対して明確に肯定も否定もせず、記憶の有無を回答することが、政治的な疑惑をめぐる象徴的な対応として受け止められるようになった。
池上彰氏も、ロッキード事件における小佐野氏の証言を振り返り、「記憶はございません」という答えが持つ意味を解説している。
ただし、記憶が本当にない場合と、覚えているのに意図的に否定する場合は、法律上も事実認定上も別の問題だ。
この違いが、現在まで続く政治家の説明責任をめぐる議論の出発点になっている。
【田中角栄との関係】発言したのは誰?ロッキード事件の真相
「記憶にございません」と答えた政治家を調べると、田中角栄元首相の名前が頻繁に登場する。
しかし、ここには大きな誤解がある。
この言葉を有名にした証人は、田中角栄氏本人ではなく、小佐野賢治氏だった。
田中氏は事件の中心人物として疑惑を追及された側であり、小佐野氏はその周辺にいた実業家として証人喚問を受けた人物である。
ロッキード事件と田中角栄氏の関係
事件の大きな転機となったのは1976年2月だった。
米国でロッキード社の不正な資金提供が明らかになり、日本でも政治家や企業関係者への追及が本格化した。
田中氏については、丸紅ルートを通じて5億円を不法に受け取った疑いが浮上した。
その後の主な経緯は次のとおりだ。
- 1976年2月16日: 衆議院予算委員会でロッキード事件の証人喚問が始まり、小佐野賢治氏らが出席。
- 1976年2月17日: 丸紅関係者らへの証人喚問が続く。
- 1976年7月27日: 田中角栄元首相が外為法違反容疑で逮捕される。
- 1976年8月16日: 田中氏が受託収賄罪で起訴される。
田中氏は1983年10月12日の東京地裁判決で懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を受けた。
これらの経緯は、法政大学大原社会問題研究所の歴史資料にも記録されている。
小佐野賢治氏と田中角栄氏を混同してはいけない理由
両者は事件を通じて深い関係が取り沙汰されたため、後年の報道やインターネット上では発言者が混同されることがある。
しかし、人物の役割は明確に異なる。
- 小佐野賢治氏:証人喚問で記憶に関する答弁を繰り返した実業家。
- 田中角栄氏:ロッキード事件の贈収賄疑惑で逮捕・起訴された元首相。
- 丸紅関係者:ロッキード社と日本側の資金の流れをめぐって追及された企業関係者。
つまり、「記憶にございません」という言葉の歴史を理解するには、田中氏の政治的責任と、小佐野氏の証人としての発言を分けて考える必要がある。
【歴代事例を比較】山際大志郎・盛山正仁・舛添要一は何と答えた?
ロッキード事件以降、政治家や行政関係者が記憶の有無を問われる場面は繰り返されてきた。
特に注目されたのが、2022年の山際大志郎氏、2024年の盛山正仁氏、2016年の舛添要一氏の事例である。
それぞれ問題の内容も、答弁の状況も異なる。
1.山際大志郎氏:旧統一教会との接点をめぐる答弁
2022年、経済再生担当大臣だった山際大志郎氏は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)および関連団体との関係をめぐり、国会で追及を受けた。
問題になったのは、過去の海外訪問や関連団体の会合への出席だった。
特に注目されたのが、2016年にネパールで開催された関連団体の会合である。
2022年10月19日の参議院予算委員会で、関連団体の会合でスピーチした写真があることを指摘された山際氏は、スピーチの記憶について「ございません」と答えた。
また、2011年にナイジェリアで開催された会議で教団の創始者夫妻に会ったかという質問にも、記憶の限りでは会っていないと説明した。
山際氏は10月3日の記者会見でも、記録が残っておらず、どこで関係者に会ったのかを特定できなかったため、正確性を重視して説明を控えていた趣旨を述べている。
内閣府の会見記録には、不正確な情報を伝えることはできないという説明とともに、説明責任を十分に果たせなかったことへの反省も記されている。
その後も国会で追及が続き、2022年10月24日、山際氏は経済再生担当大臣を辞任した。
重要なのは、山際氏の事例が単なる記憶の問題にとどまらず、過去の活動記録の管理や、政治家としての説明責任に発展したことだ。
2.盛山正仁氏:「記憶にないが署名したのではないか」
2024年に大きな議論を呼んだのが、当時の文部科学大臣だった盛山正仁氏の事例である。
旧統一教会の関連団体と選挙をめぐる関係が問題となり、2021年の衆議院議員選挙の際に、推薦確認書へ署名したのではないかと追及された。
盛山氏の説明は、報道や資料の提示を受けて少しずつ変化した。
2024年2月7日には、報道された写真を見て「うすうす思い出してきた」という趣旨の説明を行った。
翌8日の衆議院予算委員会では、推薦確認書への署名について、次のように説明している。
- 署名したかどうかは覚えていない。
- 報道された写真を見て、そういうことがあったのかもしれないと思った。
- 署名した可能性そのものは否定できない。
衆議院の公式会議録にも、署名の記憶がないという答弁が残されている。
さらに3月7日には、報道された写真などを踏まえ、署名したのではないかと考えられるという趣旨の答弁をした。
署名とされる筆跡についても、自分のサインに似ていると思ったと説明している。
2月16日の文部科学大臣記者会見では、記者から、同社の世論調査で説明責任を果たしていないと回答した人が84%だったと指摘された。
盛山氏は、世間の目が厳しいことを感じていると述べたうえで、覚えていないことを無理に思い出したと作文するわけにはいかないという趣旨の説明をしている。
この84%は記者が紹介した調査結果であり、政府による公式調査の数字ではない。
この事例で問われたのは、署名したかどうかだけではない。
選挙で掲げる政策や推薦団体との関係について、政治家本人がどこまで把握し、説明できるのかという問題でもあった。
3.舛添要一氏:政治資金問題での「記憶にない」
2016年には、東京都知事だった舛添要一氏も政治資金問題をめぐって記憶に関する答弁を行った。
問題となったのは、政治資金の使途や、公用車での移動、ホテルでの会議費用などについての説明だった。
東京都が公開している2016年5月27日の定例記者会見記録では、記者から側近や都職員に「これはまずいですよ」といった進言を受けたことがあるか質問されている。
これに対して舛添氏は、次のように答えた。
今のところそういうことはあまり記憶にないと思います。
加えて、記者が「あまりというのは」と確認すると、舛添氏は「今のところ記憶にないと思います」と答えている。
このやり取りで注目したいのは、質問が政治資金の適正性だけでなく、周囲からの指摘や助言を受けていたかという、本人の認識にも及んでいたことだ。
舛添氏の事例は、ロッキード事件のような国会の証人喚問ではなく、都知事の記者会見や都議会での政治資金問題をめぐる説明である。
したがって、小佐野氏の証言と法的な位置付けを同一視することはできない。
歴代の主な事例・関係者一覧
ここまでの事例を、発言時期と問題の内容で比較すると次のようになる。
この表に挙げた人物は、いずれも記憶に関する説明が政治問題として注目された事例だ。ただし、全員が同じ言葉を使ったわけではなく、証人として宣誓したかどうかも異なる。
また、これらの答弁だけで虚偽や犯罪が確定したことを意味するものではない。
【偽証罪の仕組み】証人喚問で「記憶にございません」と答えると罪になる?
政治家の記憶に関する答弁を理解するうえで、最も重要なのが証人喚問と偽証罪の関係だ。
実は、国会で「記憶にございません」と答えたからといって、それだけで偽証罪になるわけではない。
法律上の要点は、証人として宣誓したかどうか、そして虚偽の陳述をしたかどうかにある。
証人喚問とは何か
証人喚問とは、国会が議案の審査や国政調査を行うため、人物を証人として呼び、証言や書類の提出を求める制度だ。
根拠となるのは「議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律」である。
同法第2条では、原則として証人に証言を求める前に宣誓をさせることが定められている。
つまり、通常の質疑応答とは違い、宣誓という法的な手続きが存在する。
偽証罪はどのような場合に成立する?
同法第6条では、宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合の刑罰が定められている。
2025年6月1日から刑法改正に伴う拘禁刑制度が施行され、現在の法文では従来の懲役という表現が拘禁刑に改められている。
ここで注意したいのは、記憶がないこと自体は虚偽の陳述ではないという点だ。
本当に覚えていないのであれば、そのとおりに答えることは可能である。
一方、実際には覚えているにもかかわらず、意図的に記憶がないと偽って証言した場合は、偽証罪が問題になり得る。
通常の国会答弁と証人喚問の違い
この違いを理解していないと、政治家の答弁をめぐるニュースを誤解しやすい。
| 区分 | 宣誓 | 偽証罪 |
|---|---|---|
| 通常の国会質疑 | 原則としてなし | 証人喚問と同じ偽証罪は適用されない |
| 証人喚問 | 原則としてあり | 宣誓後の虚偽陳述は処罰対象 |
| 参考人招致 | 通常はなし | 証人喚問と同じ偽証罪の対象ではない |
通常の大臣答弁は、証人喚問とは異なる。
したがって、山際氏や盛山氏が予算委員会などで記憶に関する答弁をしたことだけを理由に、偽証罪が成立するわけではない。
ただし、法的な責任がないことと、政治的・道義的な説明責任がないことは全く別の問題である。
「記憶にない」は偽証罪を回避する魔法の言葉ではない
証人が記憶にないと述べた場合でも、証言全体や関連資料との整合性が検証される。
例えば、次のような証拠が存在すれば、証言の信用性が問題になる。
- 当時の会議録や面談記録
- 本人が写っている写真や映像
- 関係者の証言
- メールや書面への署名
- 日程表や交通記録
1976年のロッキード事件でも、米国側の証言と日本側の証言の食い違いが問題になった。
実際、同年7月14日の衆議院法務委員会では、小佐野氏の2月16日の証言と、ロッキード社幹部の米国での証言との不一致が取り上げられている。
記憶がないという一言で、証拠との矛盾まで消えるわけではないのだ。
【政治家が記憶にないと答える理由】本当に忘れたのか、それとも追及を避けているのか
なぜ政治家は、疑惑を追及されたときに記憶がないと答えるのだろうか。
その理由は一つではない。実際の記憶の問題と、政治答弁に特有の事情を分けて考える必要がある。
理由1:過去の会合や面会をすべて覚えているわけではない
政治家は選挙活動や会合、陳情、支援者との面会など、多数の人と接する。
特に選挙期間中は、短時間で多くの場所を移動し、複数の団体と接触することもある。
数年前の面会について、日時や場所、会話の内容まで正確に思い出せないケースは考えられる。
山際氏も2022年の会見で、事務所に記録が残っておらず、過去の面会を特定できなかったという趣旨の説明をしていた。
理由2:曖昧なまま答えると、後から説明が変わる
政治家にとって国会答弁は、公的な記録として残る。
そのため、曖昧な記憶をもとに「会っていない」「署名していない」と断定すると、後から写真や文書が出てきた際に説明の修正を迫られる。
この問題を避けるため、確実に覚えていないことについては記憶がないと答える場合がある。
もっとも、正確性を理由にするのであれば、後日どのように確認するのかまで説明することが望ましい。
理由3:明確な肯定や否定を避けられる
政治的な疑惑をめぐる答弁では、質問に「はい」「いいえ」で答えること自体が政治的な意味を持つ場合がある。
例えば、ある団体との面会を認めれば、次に支援の有無や政策協定の内容が追及される可能性がある。
逆に否定すれば、写真や文書などの証拠と矛盾する可能性もある。
その結果、「記憶にない」という答弁は、事実を確定させない表現として機能することがある。
ただし、実際にその目的で発言したかどうかは、個々の発言や証拠を検証しなければ判断できない。
理由4:事務所の記録管理が不十分だった可能性
政治家本人の記憶だけに依存することにも問題がある。
選挙支援の依頼、政策協定への署名、団体との面会などは、政治活動の透明性に関係する。
それらの記録が適切に保存されていなければ、数年後に問題が発覚した際、本人も事務所も正確な説明ができなくなる。
盛山氏の事例では、2021年の選挙に関する会合が問題になり、2022年の自民党による調査への報告内容も追及された。
盛山氏は、当時判明していた会合は報告した一方、2021年10月の会合については本人も地元事務所も記憶がなかったと説明している。
【プロの結論】政治家の答弁は「記憶」よりも「検証できる説明」で評価する
政治家が本当に忘れていたのか、それとも説明を避けているのか。
その判断を、発言の印象だけで決めることはできない。
読者が政治家の答弁を評価するときには、次の5つの基準が参考になる。
1. 発言の一貫性: 過去の説明と現在の説明に矛盾がないか。
2. 客観的証拠: 写真、映像、文書などの記録と整合しているか。
3. 確認作業: 本人だけでなく、事務所や関係者にも確認したのか。
4. 説明の具体性: 覚えていない理由や、確認できた事実を説明しているか。
5. 事後対応: 新しい証拠が出たときに、説明を訂正し、必要な責任を取っているか。
この基準で見ると、「記憶にない」という答え自体よりも、その後の説明や資料提出の方が重要になる。
政治家に完璧な記憶力を求めることは現実的ではない。しかし、公的な立場にある以上、自分の行動を検証できるようにしておく責任はある。
【2026年最新】「記憶にございません」は現在の政治でも問題になるのか
2026年も、政治家やその周辺人物の記憶、面識、過去の接触をめぐる説明は政治報道の論点になっている。
ただし、現在の事例をすべて小佐野氏の「記憶にございません」と同じものとして扱うことはできない。
2026年6月:高市首相が秘書の記憶について国会で説明
2026年6月19日、高市早苗首相は参議院本会議で、自身の公設第一秘書と中傷動画の作成者とされる男性との関係について説明した。
問題になったのは、自民党総裁選をめぐる中傷動画の作成者とされる男性が、秘書の参加したオンライン会議にも参加していた可能性だった。
高市首相は秘書に確認した結果、参加者全員を覚えているわけではないため、その男性が参加していた可能性は否定できないものの、秘書にははっきりした記憶がなく、直接会ったこともないとの報告を受けたと説明した。
つまり、首相本人が「記憶にございません」と答えた事例ではない。秘書の記憶と面識について、首相が国会で説明したケースである。
この問題では、オンライン会議への参加可能性と、直接会ったことがあるかどうかという異なる事実が議論された。
2026年10月:簗農水相をめぐる問題でも記録と記憶が焦点に
2026年10月13日の国会審議では、簗和生農林水産大臣の過去の道路予算に関する発言が追及された。
その過程で、栃木県選挙管理委員会に問い合わせたという大臣側の説明と、選管側には問い合わせの記録がなく、担当者にも記憶がないという説明の食い違いが報じられた。
このケースは、政治家自身が「記憶にございません」と答えたものではない。
しかし、政治的な説明を検証する際に、当事者の記憶だけではなく、組織に残された記録や関係者の証言が重要になることを示す事例だ。
2026年現在も変わらない政治家の説明責任
1976年のロッキード事件から約50年が経過した。
しかし、政治家と団体の関係、選挙支援、政治資金、過去の会合などをめぐり、記憶の有無が問われる構図は残っている。
現在は写真や動画、電子メール、オンライン会議の記録など、過去の行動を確認できる資料も増えている。
そのため、政治家が「覚えていない」と説明した場合でも、客観的な記録と照らし合わせて検証することが以前にも増して重要になっている。
2026年の政治においても、「記憶にない」という言葉だけで説明責任を終わらせることはできない。
【記憶にございませんと答えた政治家】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:最初に「記憶にございません」と答えた政治家は誰ですか?
小佐野賢治氏です。ただし、政治家ではなく国際興業の社主だった実業家です。1976年2月16日のロッキード事件の証人喚問で、記憶に関する答弁を繰り返したことが、この言葉が広まるきっかけになりました。
Q2:田中角栄も「記憶にございません」と証人喚問で答えたのですか?
この言葉を有名にした1976年2月16日の証人喚問で答弁したのは、小佐野賢治氏です。田中角栄氏は事件の贈収賄疑惑をめぐって逮捕・起訴された人物であり、小佐野氏と混同しないことが大切です。
Q3:「記憶にございません」と答えると偽証罪になりますか?
なりません。宣誓した証人が意図的に虚偽の陳述をした場合に偽証罪が問題になります。本当に記憶がない場合や、通常の国会答弁で記憶がないと説明すること自体は、直ちに偽証罪には該当しません。
まとめ:政治家の「記憶にございません」は証拠と説明責任で判断する
「記憶にございません」という言葉が日本の政治で有名になったのは、1976年のロッキード事件がきっかけだった。
発言したのは田中角栄元首相ではなく、小佐野賢治氏である。
その後、舛添要一氏、山際大志郎氏、盛山正仁氏らも、政治資金や旧統一教会との関係をめぐる問題で、記憶に関する説明を行ってきた。
一方、証人喚問での宣誓証言と、通常の国会答弁には法的な違いがある。記憶にないという発言だけで偽証罪が成立するわけではない。
政治家の答弁を評価する際に大切なのは、次の3点だ。
- 事実との整合性: 写真や文書などの客観的証拠と説明が一致しているか。
- 説明の透明性: 記憶がない理由や、確認した内容を具体的に説明しているか。
- 政治的責任: 問題が判明した後、必要な訂正や説明、責任を果たしているか。
約半世紀前に小佐野賢治氏の証言から広まった言葉は、2026年の政治報道にも通じる問題を残している。
政治家に求められるのは、すべてを記憶していることではなく、自分の行動について、記録と証拠に基づいて国民に説明する姿勢である。