松本潤と櫻井翔は、本当に仲が悪いのか。それとも、長い年月をともに過ごしたからこそ生まれた特別な信頼関係があるのか。嵐の活動を長年見守ってきたファンの間でも、たびたび話題になるのが2人の関係性だ。
その答えを考えるうえで欠かせないのが、2025年7月24日放送のTBS系『櫻井・有吉THE夜会』で実現した「櫻井翔×松本潤 青春旅」である。高校進学をめぐる助言、制服のボタンにまつわる思い出、ジュニア時代から続く約30年の交流など、2人の関係を象徴するエピソードが次々と明かされた。加えて、2026年5月31日には嵐がグループとしての活動を終了。2人はそれぞれ新しい個人活動の段階に入っている。
【不仲説の真相】松本潤と櫻井翔は本当に仲が悪かったのか?
最初に押さえておきたいのは、松本潤と櫻井翔の不仲説について、本人たちが過去に公の場で明確に否定しているという事実だ。
2016年、櫻井翔が不仲説を否定
2016年6月16日放送のTBS系『櫻井・有吉THE夜会』で、櫻井翔は松本潤との関係について話題を振られた。
番組では、MCの有吉弘行が2人の関係を冗談交じりに取り上げた。これに対して櫻井は、すぐに「悪くない!」と否定。不仲説を面白おかしく扱う流れに対し、本人がはっきりと反応した。
さらに櫻井は、松本について、クールに見えて実は天然なところがあると説明。話しかけても反応がないように見える場合があるが、実際には相手の話に気づいていないこともあるという趣旨のエピソードを紹介した。
この話から見えてくるのは、2人のコミュニケーションが必ずしも分かりやすいものではないということだ。反応の違いや会話のテンポだけを見て、関係が悪いと判断することはできない。
2017年には松本潤も自ら否定
2017年4月29日放送の日本テレビ系『嵐にしやがれ』でも、不仲説が話題になった。
松本は番組内で、櫻井との不仲説が出ていることに触れ、「全然、仲悪くないんですよ」と明言した。
この発言が印象的なのは、松本自身が不仲説の存在を認識し、わざわざ話題にして否定した点だ。櫻井もその場で困惑した様子を見せており、2人の間に深刻な対立があるという話とは異なる状況がうかがえる。
当時の報道でも、本人たちが不仲説を否定したことが伝えられている。少なくとも、公に確認できる発言からは、2人の不仲を裏付ける材料は見当たらない。
なぜ不仲説が繰り返し浮上したのか
背景として考えられるのが、2人の性格やコミュニケーションの違いだ。
櫻井は情報を整理して言葉にすることに長け、キャスターや司会者としても活躍してきた。一方、松本は作品やライブの演出など、表現を組み立てる仕事でも独自の存在感を発揮している。
テレビでの会話においても、常に2人が隣に座って盛り上がるわけではない。そうした一場面が切り取られると、距離があるように見えることもある。
しかし、テレビ出演の頻度や表情だけで私的な人間関係を判断するのは早計だ。本人たちの否定発言と、その後に公開された青春旅の内容を合わせて考えると、不仲説は事実として確認された関係ではなく、外部から生まれた見方と整理するのが妥当だろう。
【30年来の絆】櫻井翔が松本潤の高校進学を後押ししたエピソード
2人の関係を語るうえで重要なのが、芸能活動を始めたばかりの10代の時期だ。
櫻井と松本は約2学年差。年上の櫻井は、松本にとって芸能界の先輩であり、学生時代には進路について相談できる身近な存在でもあった。
初対面は少年隊の『PLAYZONE』のリハーサル
2025年7月24日の『櫻井・有吉THE夜会』では、2人が初めて出会った場所として東京・青山劇場が登場した。
当時、少年隊の舞台『PLAYZONE』のリハーサルが青山劇場の地下にある稽古場で行われていた。櫻井は1995年に事務所へ入り、その翌年に入所した松本とそこで顔を合わせたという。
櫻井が覚えていた松本の第一印象は、小さな顔、大きな目、長い手足が特徴的な人物だったというもの。冗談を交えながら、当時の印象を懐かしそうに語った。
一方、松本が覚えていたのは櫻井の足元だった。櫻井が履いていたナイキのエアフォース1、ノースカロライナカラーのスニーカーが印象に残っていたという。松本は当時の櫻井を、おしゃれな先輩だと感じていた。
互いに覚えているポイントが異なるところも興味深い。櫻井は松本の外見を、松本は櫻井のファッションを記憶していた。出会ったばかりの頃から、2人はそれぞれ違う視点で相手を認識していたことが分かる。
高校へ進学するか迷っていた松本潤
青春旅の中でも、特に注目を集めたのが松本の高校進学をめぐる話だった。
当時の松本は、芸能活動に専念するため、高校へ進学しないことも考えていたという。ジュニアとして忙しい日々を送りながら、音楽編集のような作業に興味を持っており、そうした時間をもっと確保したいと考えていた。
そんな松本に対して、櫻井が伝えたのが、高校には進学した方がいいという助言だった。
2025年7月24日の放送で松本は、櫻井から高校進学を勧められたことを覚えていると振り返り、その言葉が進学を決めるうえで大きかったと語った。
このエピソードが印象的なのは、単なる先輩から後輩へのアドバイスにとどまらないからだ。
当時の松本にとって、芸能活動と学校生活のどちらを優先するかは、その後の人生にも関わる選択だった。櫻井の言葉は、目の前の仕事だけでなく、将来の可能性も考えた助言として受け止められていたことがうかがえる。
松本はその後、堀越高校へ進学。櫻井は慶應義塾高校に通っていた。過去のエンタメ記事では、櫻井が松本の入学式に付き添ったことや、勉強面でも支えたことが紹介されている。
中学の卒業式の日にも訪れていた櫻井
青春旅では、松本の中学卒業式にまつわる思い出も明かされた。
櫻井は、松本が中学3年生だった頃、卒業式の日に松本の自宅を訪問したことを覚えていた。
松本もその出来事を記憶しており、卒業式から帰宅した際、櫻井から「卒業式おめでとう」と声をかけられたという。
櫻井は当時、松本の部屋にあった『ドラゴンボール』のポスターについても覚えていた。天井や壁に貼られていたポスターの話題になると、松本はほかの嵐メンバーも同じことを覚えていると笑っていた。
芸能界で知り合った2人が、仕事だけでなく学校生活や自宅での思い出まで共有していたことは、長い付き合いを感じさせるエピソードだ。
【制服のボタンの真相】第2ボタンではなく袖口だった?夜会の青春旅を検証
松本潤と櫻井翔の関係を象徴する話として、ファンの間で知られていたのが制服のボタンにまつわる逸話である。
2025年7月24日の『櫻井・有吉THE夜会』では、この話題が本人たちの会話によって改めて取り上げられた。
櫻井が気にしていたのは制服の第2ボタン
ドライブ中、櫻井は松本に対して、高校時代の制服の第2ボタンを渡したことがあったのかと質問した。
きっかけは、櫻井の実家で保管されていた学ランだった。母親が久しぶりに制服を取り出したところ、ボタンが一つなくなっていることに気づいたという。
櫻井の母親は、ボタンがなくなっていることに青春らしさを感じた様子だった。櫻井は男子校だったこともあり、一般的な卒業式の第2ボタンのエピソードとは違うと説明しながら、松本に記憶を確認した。
松本が明かしたのは袖口のボタンだった
松本の説明は、櫻井が想像していたものとは少し違っていた。
松本は、自分が通っていた堀越高校の制服の袖口にはボタンが3つ付いており、そのうち1つを櫻井の母校である慶應義塾高校のボタンに替えていたと説明した。
つまり、話題になったのは胸元の第2ボタンではなく、制服の袖口に付いていたボタンだったのである。
この違いは重要だ。一般的に知られる卒業式の第2ボタンを渡す話と、松本が実際に語った制服のアレンジは別の出来事として整理する必要がある。
櫻井は「第2じゃないか」と反応。母親とのやり取りも紹介し、松本はその母親の反応に笑いながらツッコミを入れていた。
なぜ制服のボタンが2人の絆を象徴するのか
制服のボタン自体は小さなものだ。しかし、10代の頃に相手から受け取ったものを自分の制服に取り入れ、実際に身につけていたという話には、当時の関係性が表れている。
さらに興味深いのは、櫻井自身もボタンがなくなっている理由をすぐには思い出せなかったことだ。長い時間が経過しても、松本が当時の制服について具体的に説明できたことで、忘れかけていた記憶がつながった。
このエピソードは、恋愛的な意味を持つ第2ボタンの話として過度に解釈するよりも、先輩と後輩の間で共有されていた学生時代の記憶として受け止める方が自然だろう。
【関係性の変化と共演歴】ジュニア時代から2026年の嵐活動終了まで
松本と櫻井の関係は、10代の先輩・後輩という立場から、嵐のメンバーとして同じ舞台に立つ仲間へと変わっていった。
特に2025年の青春旅は、長年の関係を振り返る機会となった。TBSで2人きりのロケが実現したのは24年ぶりと紹介され、ジュニア時代からの記憶をたどる構成になっていた。
2人の関係性を時系列で整理
不仲説や関係性の変化を理解するには、噂だけでなく、実際に確認できる出来事を時系列で見ることが大切だ。
| 時期 | 出来事・関係性 | 確認できるポイント |
|---|---|---|
| 1995年ごろ | 櫻井翔が事務所入り | 松本より先輩として活動を開始 |
| 1990年代後半 | 青山劇場で初対面 | 少年隊『PLAYZONE』のリハーサルが出会いのきっかけ |
| 10代の頃 | 高校進学をめぐる相談 | 櫻井の助言が松本の進学を後押し |
| 2016年6月 | 櫻井が不仲説を否定 | 『櫻井・有吉THE夜会』で「悪くない」と発言 |
| 2017年4月 | 松本も不仲説を否定 | 『嵐にしやがれ』で「全然、仲悪くない」と説明 |
| 2025年7月24日 | 青春旅で2人きりのロケ | 高校進学、制服のボタン、ジュニア時代の思い出を回想 |
| 2026年5月31日 | 嵐としての活動終了 | 東京ドームでラストライブを開催 |
| 2026年11月1日 | 松本のエージェント契約満了 | 今後の依頼窓口をMJC Inc.に一本化 |
この年表から読み取れるのは、2人の関係が一時的な共演者同士ではなく、人生の複数の段階を共有してきたものだということだ。2016年と2017年には不仲説を否定し、2025年には学生時代の思い出を2人で語り合っている。2026年には嵐としての最後の活動もともに経験した。
各時期の発言や出来事は、日刊スポーツ、スポニチアネックス、TBSの番組情報、2026年6月のラストライブ報道などで確認できる。
嵐の活動休止期間に変わった2人の距離感
嵐は2020年12月31日をもってグループとしての活動を休止した。その後、メンバーはそれぞれ個人の仕事を中心に活動する時期を過ごした。
松本は俳優業だけでなく、ライブの構成や演出など、表現を作り上げる仕事でも力を発揮してきた。櫻井はニュース番組のキャスターや司会業を通じて、情報を伝える仕事を続けている。
活動の中心が異なれば、以前と同じ頻度で顔を合わせる機会が減ることもある。これは必ずしも関係悪化を意味しない。
2025年の青春旅では、活動休止期間を経た2人が当時の思い出を振り返り、互いの記憶を確かめ合った。昔とまったく同じ距離感に戻るのではなく、大人になった2人が新しい関係性を築いている様子が伝わる内容だった。
2026年5月31日、嵐はグループ活動を終了
嵐は2025年5月6日、公式発表で翌年春ごろのコンサートツアーをもってグループとしての活動を終了する方針を明らかにした。
そして2026年5月31日、東京ドームで『ARASHI LIVE TOUR 2026「We are ARASHI」』の最終公演を開催。1999年のデビューから続いたグループとしての活動に区切りをつけた。
ここで注意したいのは、嵐としての活動終了と、メンバー同士の人間関係が終わることは同じではないという点だ。
グループ活動が終了しても、長年の仲間として過ごした経験や思い出まで消えるわけではない。5人それぞれが個人活動へ進むことと、これまでの関係をどう保つかは別の問題である。
【2026年11月最新】松本潤のMJC Inc.と櫻井翔の現在の芸能活動
嵐の活動終了後、特に注目されるのが松本潤と櫻井翔の個人活動だ。2026年11月1日時点では、2人とも芸能活動を続けているが、その仕事の形やマネジメント体制には違いがある。
松本潤はMJC Inc.を拠点に個人活動を展開
松本潤は2024年5月30日をもって、個人活動においてSTARTO ENTERTAINMENTから独立した。自身の会社としてMJC Inc.を設立し、個人の仕事を進める体制を整えた。
なお、独立当初は嵐とSTARTO ENTERTAINMENTとのエージェント契約は継続すると説明されていた。個人活動とグループ活動で契約上の枠組みが異なっていた点も押さえておきたい。
2024年12月からは、株式会社一瞬と永遠が出演や取材に関する業務窓口を担当していた。しかし、2026年11月1日、MJC Inc.は同社とのエージェント契約期間が満了したと公式サイトで発表した。
「この度、弊社は株式会社一瞬と永遠とのエージェント契約の期間が満了となりましたことをご報告申し上げます」
公式発表では、これまで支えてきたスタッフへの感謝も記されている。今後の出演や取材などの依頼については、MJC Inc.が受け付ける体制となった。
契約満了の理由については公式発表に記載がない。したがって、独立や事務所との関係をめぐるトラブルと結びつける根拠はない。
松本潤の2026年最新の出演・仕事
2026年の松本は、俳優としての出演に加え、企業広告やブランドアンバサダーなどにも活動の幅を広げている。
- 2026年3月:TBS系・U-NEXTの『ちるらん 新撰組鎮魂歌』に会津藩主・松平容保役として友情出演。
- 2026年8月:公式メンバーシップ「MJ's Membership」を開始。
- 2026年10月1日:SBIホールディングスのCM出演を発表。
- 2026年10月12日:Aquascutumのトレンチコートアンバサダーに就任。ブランド175周年記念のコンセプトムービーにも出演。
- 2026年11月1日:株式会社一瞬と永遠とのエージェント契約満了を発表。今後の依頼窓口をMJC Inc.に変更。
特に『ちるらん 新撰組鎮魂歌』では、松平容保という歴史上の重要人物を演じた。TBSで2026年3月26日・27日にスペシャルドラマが放送され、その後、U-NEXTでシリーズ作品が配信された。
また、2025年にはTBS日曜劇場『19番目のカルテ』で総合診療医・徳重晃を演じており、俳優として異なる役柄に挑戦する姿勢が続いている。
個人の仕事を自身の会社で管理する体制が明確になったことは、今後の活動を考えるうえで重要な変化だ。
櫻井翔はキャスター・司会・テレビ出演を継続
一方の櫻井翔は、2026年11月時点でもSTARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールに個人の出演情報が掲載されている。
主なレギュラー番組は次のとおりだ。
- 『news zero』:日本テレビ系の報道番組。
- 『櫻井・有吉THE夜会』:TBS系のバラエティー番組。
- 『真剣遊戯!THEバトルSHOW』:フジテレビ系の番組。
- 『Casa BRUTUS』:建築に関する連載「櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。」を担当。
また、2026年9月にはフジテレビの番組『櫻井翔の一覧ファクトリー』へのMC出演が発表され、2027年公開予定の映画『ぼけ日和』への出演も公式プロフィールで告知されている。
櫻井の特徴は、ニュースキャスターとしての情報発信と、バラエティー番組での進行役を両立している点にある。嵐の活動終了後も、これまで積み重ねてきた個人の仕事を継続する形だ。
嵐のメンバー5人は2026年現在どうしている?
嵐の活動終了後、5人はそれぞれ個人のファン向けサービスや仕事の窓口を整えている。2026年8月には5人全員の個別ファンクラブやメンバーシップが出そろった。
- 大野智:STARTO ENTERTAINMENTを退所し、公式ファンクラブ「さと島」を展開。2026年11月には初のバースデーイベントを開催。
- 櫻井翔:STARTO ENTERTAINMENTで個人活動を継続。ファンクラブ「THE SHOW」も開設。
- 相葉雅紀:個人ファンクラブを開設し、テレビ番組や映画などで活動。
- 二宮和也:個人ファンクラブ「オフィスにのホールディングス」を展開。
- 松本潤:MJC Inc.を拠点に俳優業や広告出演などを継続。公式メンバーシップ「MJ's Membership」も運営。
5人全員が、それぞれの活動に合わせたファンとの接点を持つようになったことは、嵐の活動終了後の大きな変化だ。
ただし、個人活動の体制が整ったことは、5人の関係が断たれたことを意味しない。グループとしての活動と個人としての活動が、それぞれ別の形で続いているのである。
【プロの結論】松本潤と櫻井翔の関係性を見極める3つのポイント
松本潤と櫻井翔の関係を考える際、重要なのは、テレビでの見え方と実際に確認できる出来事を分けて考えることだ。
1. 不仲説と本人の発言を混同しない
2016年と2017年には、2人がそれぞれ不仲説を否定している。2025年の青春旅では、10代の頃の記憶を具体的に共有し、互いの人生に関わった出来事を振り返った。
不仲という言葉だけが独り歩きしている場合は、本人の発言や番組で確認できる事実を優先したい。
2. 30年来の絆は距離の近さだけでは測れない
2人はジュニア時代から嵐の活動、活動休止、再始動、そして2026年の活動終了まで、多くの時間を共有してきた。
櫻井が松本の高校進学を後押しした話は、相手の将来を考えた助言だった。松本が櫻井のドラマ出演を喜んだエピソードも、2025年の青春旅で振り返られている。
長く続く関係には、常に一緒にいることよりも、必要なときに相手を支えられることが重要になる場合もある。
3. 嵐の活動終了と2人の関係終了を同一視しない
2026年5月31日に嵐としての活動は終了した。しかし、それは5人が個人として活動を続ける新しい段階に移ったということでもある。
2026年11月1日時点で、松本と櫻井が今後2人で新たな共演企画を行うという公式発表は確認できない。一方、2人の不仲を示す新たな公式発表もない。
したがって、現在の関係性について最も自然な評価は、長い歴史を共有した仲間であり、互いの仕事や人生の節目に関わってきた関係というものだろう。
私生活でどの程度交流しているかは公表されていないが、公開された発言やエピソードから、過去の不仲説を事実として受け取る必要はない。
【松本潤と櫻井翔の関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松本潤と櫻井翔は現在も仲が良いのですか?
A1:2026年11月現在、2人の関係が悪化したと裏付ける公式情報はありません。2016年と2017年には不仲説を否定し、2025年には『櫻井・有吉THE夜会』で約30年の思い出を振り返っています。現在の私的な交流頻度は公表されていません。
Q2:櫻井翔は松本潤の高校進学に関係していたのですか?
A2:はい。松本は高校に進学しないことも考えていましたが、櫻井から進学を勧められ、その言葉が大きなきっかけになったと2025年の青春旅で明かしています。
Q3:松本潤が櫻井翔からもらった制服のボタンは第2ボタンですか?
A3:2025年7月24日の番組で松本が説明したのは、第2ボタンではなく袖口のボタンです。堀越高校の制服に付いていたボタンの一つを、櫻井の母校である慶應義塾高校のボタンに替えていたというエピソードでした。
Q4:嵐は2026年5月31日に解散したのですか?
A4:公式に発表された表現は「嵐としての活動終了」です。2026年5月31日の東京ドーム公演をもってグループとしての活動に区切りをつけました。メンバーはそれぞれ個人活動を続けています。
Q5:松本潤の現在の所属・仕事の窓口はどこですか?
A5:松本は個人活動において独立し、自身の会社MJC Inc.を拠点に活動しています。2026年11月1日に株式会社一瞬と永遠とのエージェント契約満了を発表し、今後の依頼はMJC Inc.で受け付けると案内しました。
Q6:櫻井翔は嵐の活動終了後も芸能活動を続けていますか?
A6:はい。『news zero』『櫻井・有吉THE夜会』『真剣遊戯!THEバトルSHOW』などに出演し、キャスターや司会者として活動を続けています。
まとめ:松本潤と櫻井翔の30年来の絆は今も大切な歴史
松本潤と櫻井翔の不仲説は、本人たちが過去に明確に否定している。2025年の『櫻井・有吉THE夜会』の青春旅では、高校進学を後押しした櫻井の言葉や、制服の袖口のボタン、ジュニア時代の初対面など、2人が共有してきた記憶が明らかになった。
そして2026年5月31日、嵐は東京ドームでのラストライブをもってグループとしての活動を終了した。松本はMJC Inc.を拠点に俳優・表現者としての活動を進め、櫻井はキャスターやテレビ番組を中心に個人のキャリアを継続している。
2026年11月現在、2人の関係がどう変化していくか、今後の共演が実現するかは分からない。それでも、10代から30年近くにわたって積み重ねてきた経験や、互いの人生に影響を与えたエピソードは確かな記録として残っている。
不仲説という短い言葉だけでは説明できないのが、この2人の関係だ。嵐というグループの歴史が一つの区切りを迎えた今、松本潤と櫻井翔がそれぞれの場所でどのような新しい表現を見せていくのか、そして再び同じ場に立つ機会が訪れるのか。これからの個人活動にも注目したい。