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尾上菊五郎家系図を2026年版で解説!親子襲名と音羽屋の血縁を徹底解剖

黒木 涼 黒木 涼 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

2026年現在、尾上菊五郎家の家系図は、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助による親子同時襲名を経て、新たな世代へと受け継がれています。八代目は七代目尾上菊五郎と女優・富司純子の長男であり、女優・寺島しのぶの弟です。そして、長男が2025年に六代目尾上菊之助を襲名したことで、父から子へと続く音羽屋の継承が大きな節目を迎えました。

加えて、六代目菊之助の母方の祖父は二代目中村吉右衛門、寺島しのぶの長男は初代尾上眞秀という関係もあります。日本俳優協会が発行する「かぶき手帖2026年版」の家系図や、松竹・歌舞伎美人の公式発表、2026年の最新インタビューを手掛かりに、血縁関係と芸の継承を整理します。

【2026年最新】尾上菊五郎家系図をわかりやすく整理!現在の家族構成は?

尾上菊五郎家系図

尾上菊五郎家の家系図を理解するには、まず七代目尾上菊五郎を中心に、二人の子どもと、その次の世代を整理すると分かりやすくなります。

現在の音羽屋の中心となる血縁関係は、七代目菊五郎の長男である八代目菊五郎、その長男である六代目菊之助へと続いています。一方、長女の寺島しのぶにも尾上眞秀という息子がおり、こちらも歌舞伎の舞台に立っています。

尾上菊五郎家の家系図(2026年版)

【七代目尾上菊五郎】+【富司純子】

│

├─ 長女:寺島しのぶ(女優)

│  └─ 長男:尾上眞秀(初代)(父:ローラン・グナシア)

│

└─ 長男:八代目尾上菊五郎(旧名:五代目尾上菊之助)

   + 妻:波野瓔子(なみの・ようこ)

   │

   ├─ 長男:六代目尾上菊之助(旧名:七代目尾上丑之助)

   ├─ 長女

   └─ 次女

   ※八代目菊五郎は二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子と結婚。二代目吉右衛門は六代目菊之助の母方の祖父にあたります。

この家系図で押さえたいのは、寺島しのぶと八代目尾上菊五郎が実の姉弟であることです。寺島しのぶは女優として活動し、弟は歌舞伎俳優として音羽屋の名跡を継承しました。

また、寺島しのぶの息子・尾上眞秀と、八代目菊五郎の息子・六代目菊之助は、いとこ同士です。二人とも七代目菊五郎の孫にあたります。

家系図の中心人物は七代目尾上菊五郎

七代目尾上菊五郎は、1942年10月2日生まれ。本名は寺嶋秀幸です。父は七代目尾上梅幸で、1948年に五代目尾上丑之助を名乗って初舞台を踏みました。

1965年には四代目尾上菊之助を襲名し、1973年10月・11月の歌舞伎座公演で七代目尾上菊五郎を襲名しています。

妻は女優の富司純子。二人の子どもが寺島しのぶと八代目尾上菊五郎です。

日本俳優協会の公式プロフィールでは、七代目の芸歴や襲名時期が記録されています。2025年に長男が八代目を襲名した後も、七代目は自身の名跡を保持しています。

【親子同時襲名の真相】八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助はどんな親子?

尾上菊五郎家の家系図で最も大きな転換点となったのが、2025年5月に実現した親子同時襲名です。

父親が八代目尾上菊五郎、息子が六代目尾上菊之助となり、長年にわたって受け継がれてきた二つの名跡が同時に新しい世代へ移りました。

八代目尾上菊五郎のプロフィールと襲名歴

八代目尾上菊五郎は、1977年8月1日生まれ。本名は寺嶋和康です。七代目尾上菊五郎と富司純子の長男として生まれました。

歌舞伎の舞台に初めて立ったのは1984年2月の歌舞伎座公演『絵本牛若丸』です。このとき六代目尾上丑之助を名乗り、初舞台を踏みました。

その後、1996年5月の歌舞伎座『弁天娘女男白浪』などで五代目尾上菊之助を襲名。約29年間にわたり菊之助の名で活躍し、2025年5月、八代目尾上菊五郎となりました。

立役と女方の双方をこなし、古典歌舞伎だけでなく、新作歌舞伎にも積極的に挑戦してきた俳優です。

代表的な取り組みには、シェイクスピア作品を歌舞伎化した『NINAGAWA十二夜』、漫画を原作とする『風の谷のナウシカ』、ゲームを題材とした『ファイナルファンタジーX』などがあります。

六代目尾上菊之助は七代目の孫で八代目の長男

六代目尾上菊之助は、2013年11月28日生まれ。本名は寺嶋和史です。

父親は八代目尾上菊五郎、母親は波野瓔子。祖父は父方が七代目尾上菊五郎、母方が二代目中村吉右衛門です。

2016年5月、歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史の名前で初お目見得を果たしました。

2019年5月には『絵本牛若丸』で七代目尾上丑之助を襲名して初舞台。2025年5月には六代目尾上菊之助を襲名し、父と同じ興行で新たな名跡を受け継ぎました。

親子同時襲名が決まった経緯

襲名のきっかけについて、七代目菊五郎は歌舞伎美人の発表時に、長年名乗ってきた七代目の名前を自身の歌舞伎人生の最後まで保持したいという意向を示しています。

七代目は、2年前に脊椎を痛めたことを契機に襲名を考え始めたと説明しました。菊五郎という名前には、常に元気で舞台に立ち続ける役者であってほしいという思いがあったといいます。

そして、長男に襲名を伝えたときの言葉は、簡潔なものでした。

「おめえ、継げよ」

この言葉には、父から息子へ名跡を託す音羽屋の継承の意思が表れています。

八代目も、2026年6月1日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』で、息子の襲名に関する経緯を語っています。

七代目から息子に菊之助を襲名しないかという話があった際、八代目は自身の経験を踏まえ、名跡を継ぐ機会はその時にしか訪れないことを息子に伝えました。それが、息子の決断を後押しした大きな理由だったと説明しています。

2025年から2026年にかけての襲名披露興行

襲名披露は2025年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」から始まりました。6月の歌舞伎座公演に続き、大阪松竹座、御園座、南座と各地で開催され、2026年6月の博多座公演が大劇場での襲名披露の締めくくりとなりました。

2026年6月の博多座では『連獅子』を親子で上演。八代目が親獅子の精、六代目が仔獅子の精を勤めました。

親獅子が仔獅子を谷底へ落とし、成長を見守るという物語は、歌舞伎の芸を父から子へ伝える姿とも重なります。襲名披露の最後を飾る演目として、音羽屋の継承を象徴する舞台となりました。

【家族構成を解説】富司純子・寺島しのぶ・尾上眞秀との関係

尾上菊五郎家の家系図を検索すると、富司純子、寺島しのぶ、尾上眞秀の名前が頻繁に登場します。それぞれの関係を整理すると、歌舞伎の家と映画・テレビで活躍する芸能一家のつながりが見えてきます。

富司純子は七代目尾上菊五郎の妻で八代目の母

富司純子は1945年生まれの女優です。かつて藤純子の芸名で活動し、『緋牡丹博徒』シリーズなどで人気を集めました。

七代目尾上菊五郎と結婚し、長女の寺島しのぶ、長男の八代目尾上菊五郎をもうけています。

したがって、富司純子は八代目にとって実の母親であり、六代目尾上菊之助にとっては父方の祖母です。

映画界で知られる女優と、歌舞伎界の名跡を継ぐ家の結び付きという点でも、尾上菊五郎家を語るうえで欠かせない人物です。

寺島しのぶは八代目尾上菊五郎の実姉

寺島しのぶは、七代目尾上菊五郎と富司純子の長女です。八代目尾上菊五郎の実姉にあたり、六代目尾上菊之助から見ると伯母です。

歌舞伎の名門に生まれましたが、本人は歌舞伎俳優ではなく、映画や舞台、テレビドラマなどで活動する女優の道を選びました。

女性が歌舞伎の正式な俳優として舞台に立つことができないという伝統的な制度のもと、寺島しのぶは俳優として独自のキャリアを築いてきました。

その歩みを象徴するのが、2003年の映画『赤目四十八瀧心中未遂』や、2006年の映画『愛の流刑地』などでの演技です。2010年には映画『キャタピラー』でベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞しました。

歌舞伎の家に生まれながら、異なる表現の世界で評価を確立した点は、尾上家の多様な芸能活動を理解するうえでも興味深いところです。

尾上眞秀は寺島しのぶの長男で八代目の甥

尾上眞秀(おのえ・まほろ)は、2012年9月11日生まれ。母親は寺島しのぶ、父親はフランス人のアートディレクター、ローラン・グナシアです。

2017年5月、4歳のときに寺嶋眞秀の名前で歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』に初お目見得しました。

その後、2023年5月の同公演で初代尾上眞秀を名乗り、正式に歌舞伎の初舞台を踏みました。初舞台の発表には、母親の寺島しのぶだけでなく、祖父の七代目尾上菊五郎や叔父の八代目尾上菊五郎も出席しています。

眞秀は八代目菊五郎の甥であり、六代目菊之助のいとこです。つまり、音羽屋の血縁を受け継ぐ孫世代には、六代目菊之助と尾上眞秀という二人の歌舞伎俳優がいることになります。

ただし、眞秀は父方にもフランスの家族的背景を持ち、母親の寺島しのぶとともに独自の芸能活動を続けています。音羽屋の伝統だけにとらわれない将来の活躍にも期待が集まります。

【二代目中村吉右衛門との関係】尾上菊五郎家に広がるもう一つの血縁

尾上菊五郎家の家系図で、少し複雑なのが二代目中村吉右衛門との関係です。

中村吉右衛門は尾上家の直系の祖先ではありません。しかし、八代目菊五郎の結婚によって両家が親戚となり、六代目菊之助は両方の名門の血縁を受け継ぐことになりました。

八代目尾上菊五郎の妻は波野瓔子

八代目尾上菊五郎は、2013年2月に二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子と結婚しました。

二人は同じ梨園で育った幼なじみです。2013年2月には結婚会見が開かれ、両家の関係者も出席しました。

同年11月28日には長男の寺嶋和史が誕生。その後、2015年と2017年にも子どもが生まれ、2026年6月の『徹子の部屋』出演時には、八代目が12歳、10歳、8歳の3人の子どもについて語っています。

長男が六代目尾上菊之助です。母方の祖父が二代目中村吉右衛門という関係になります。

二代目中村吉右衛門は六代目菊之助の母方の祖父

二代目中村吉右衛門は、昭和から平成にかけて活躍した歌舞伎界の名優です。2021年11月28日に77歳で亡くなりました。

八代目菊五郎の妻・波野瓔子の父親であるため、八代目にとっては義父、六代目菊之助にとっては母方の祖父です。

吉右衛門は、尾上家との結婚によって孫の丑之助(現在の六代目菊之助)の成長を見守る立場となりました。

2021年12月、吉右衛門の訃報を受けて七代目菊五郎は松竹を通じてコメントを発表。菊之助の結婚を機に親戚となり、孫の丑之助の初お目見得や初舞台で、ともに成長を喜び合ったことを振り返っています。

このエピソードは、尾上家と中村吉右衛門家の関係が単なる名門同士の婚姻にとどまらず、孫の舞台を通じた交流にもつながっていたことを示しています。

尾上家と中村吉右衛門家の関係一覧

人物 尾上菊五郎家との関係 家系図上の位置付け
七代目尾上菊五郎 八代目の実父 六代目菊之助の父方の祖父
富司純子 七代目の妻 八代目の母、六代目の父方の祖母
寺島しのぶ 八代目の実姉 六代目の伯母
八代目尾上菊五郎 七代目の長男 六代目菊之助の実父
波野瓔子 八代目の妻 二代目中村吉右衛門の四女
六代目尾上菊之助 八代目の長男 七代目と二代目吉右衛門の孫
二代目中村吉右衛門 八代目の義父 六代目菊之助の母方の祖父
尾上眞秀 八代目の甥 六代目菊之助のいとこ

この関係を理解すると、六代目菊之助が父方の音羽屋と母方の中村吉右衛門家という、二つの歌舞伎の家にゆかりを持つことが分かります。

【歴代尾上菊五郎の系譜】初代から八代目まで音羽屋が受け継いだもの

尾上菊五郎という名前は、単なる個人名ではありません。江戸歌舞伎の歴史とともに受け継がれてきた大名跡です。

初代が尾上菊五郎を名乗ったのは1730年。2025年の八代目襲名は、約300年に及ぶ名跡の歴史に新しい章を加える出来事でした。

歴代尾上菊五郎の代表的な歩み

初代尾上菊五郎は、1717年生まれ、1784年没。京都で活躍した後、江戸へ進出し、女方と立役の双方を演じた名優です。1730年に尾上菊五郎を名乗りました。

三代目尾上菊五郎は、1784年生まれ、1849年没。鶴屋南北との協力で江戸歌舞伎を発展させ、『東海道四谷怪談』のお岩などで知られます。幅広い役柄を演じる芸風から「兼ネル菊五郎」と称されました。

五代目尾上菊五郎は、1844年生まれ、1903年没。河竹黙阿弥の作品で活躍し、九代目市川團十郎、初代市川左團次とともに「團菊左」と称される明治歌舞伎の黄金時代を築きました。

六代目尾上菊五郎は、1885年生まれ、1949年没。舞踊や世話物を得意とし、初代中村吉右衛門との共演で「菊吉時代」を築いた名優です。

七代目尾上菊五郎は、1942年生まれ。1973年に襲名し、江戸の世話物から時代物、舞踊まで幅広く活躍してきました。

八代目尾上菊五郎は、1977年生まれ。2025年5月に襲名し、古典の継承と新作歌舞伎への挑戦を両立する新たな菊五郎として活動しています。

音羽屋とは?屋号と名跡の違い

音羽屋は尾上菊五郎家を代表する屋号です。歌舞伎では俳優の家や一門を示す呼称として使われ、舞台での掛け声にも登場します。

尾上菊五郎の定紋は「重ね扇に抱き柏」です。屋号と定紋は、役者の家の伝統や芸の系譜を象徴しています。

ここで理解しておきたいのが、屋号、名跡、本名はそれぞれ意味が異なるという点です。

  • 屋号:音羽屋。歌舞伎俳優の家や一門を表す呼称。
  • 名跡:尾上菊五郎、尾上菊之助など、代々受け継がれる芸名。
  • 本名:寺嶋和康、寺嶋和史など、戸籍上の名前。
  • 定紋:重ね扇に抱き柏。家を象徴する紋。

また、尾上菊五郎の名跡は、必ずしも一つの血筋だけで直線的に受け継がれてきたものではありません。養子による継承なども含め、家と芸を守る仕組みが形成されてきました。

国立劇場の文化デジタルライブラリーでも、尾上家の歴史や養子による継承、代々の俳優の芸風が紹介されています。血縁だけでは説明できない歌舞伎の名跡の特徴が、ここにあります。

五代目と六代目が残した新古演劇十種

音羽屋の伝統を語るうえで欠かせないのが「新古演劇十種」です。

五代目と六代目が選定・継承してきた家の芸で、歌舞伎の舞踊や演目の伝統を現在につなぐ重要な役割を担っています。

八代目も襲名後のインタビューで、新古演劇十種の復活を自身の大きな目標として挙げています。

特に、上演機会が少なくなった演目を現代の観客に届けたいという考えは、単に名跡を継ぐだけではなく、歴代の菊五郎が築いた芸を次の時代へ発展させる姿勢を示しています。

【かぶき手帖2026年版】公式家系図と襲名後の名前を確認する方法

尾上菊五郎家の家系図を正確に調べたい場合、参考になるのが日本俳優協会・松竹株式会社・伝統歌舞伎保存会が編集・発行する「かぶき手帖2026年版」です。

2026年1月2日発行の同書は全280ページで、最新の歌舞伎俳優287名を掲載。俳優のプロフィールだけでなく、俳優同士の親族関係を確認できる家系図も収録しています。

2026年1月5日に公式訂正が発表された

この2026年版について、日本俳優協会は2026年1月5日に訂正とお詫びを発表しました。

対象となったのは256ページの「中村吉右衛門家」「中村歌六家」の家系図です。尾上家に関する人物の名跡表記が、2025年の襲名後の状態と一致していなかったため、次のように訂正されました。

  • 五代目尾上菊之助(現)から八代目尾上菊五郎(現)へ訂正。
  • 七代目尾上丑之助(現)から六代目尾上菊之助(現)へ訂正。

これは、2025年に行われた親子同時襲名が、2026年の公式俳優家系図にも反映されたことを示す重要な更新です。

特に、八代目菊五郎の旧名である五代目菊之助と、六代目菊之助の旧名である七代目丑之助を混同しないことが大切です。

家系図を調べるときに確認したい3つのポイント

尾上家の情報を調べるときは、次の3点を確認すると、古い記事や更新前のプロフィールによる混乱を防げます。

  • 襲名前後の芸名:八代目菊五郎は以前の五代目菊之助、六代目菊之助は以前の七代目丑之助です。
  • 血縁と婚姻関係:二代目中村吉右衛門は八代目の義父であり、六代目菊之助の母方の祖父です。
  • 資料の発行時期:2025年以前の資料では、襲名前の名前が掲載されている場合があります。

また、2026年11月現在、八代目は歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」に出演。2026年10月の歌舞伎座公演では七代目と八代目が同じ演目に名を連ねています。

七代目が引退して八代目に名前を譲ったという単純な世代交代ではなく、二人の菊五郎がそれぞれの芸を舞台で見せる状況が続いているのです。

【尾上菊五郎家系図の疑問】よくある質問(FAQ)

Q1:八代目尾上菊五郎は七代目尾上菊五郎の息子ですか?
A1:はい。八代目尾上菊五郎は七代目尾上菊五郎と女優・富司純子の長男です。2025年5月に八代目を襲名しました。

Q2:六代目尾上菊之助と八代目尾上菊五郎は親子ですか?
A2:はい。六代目菊之助は八代目菊五郎の長男です。2025年5月に父が八代目菊五郎、息子が六代目菊之助を同時に襲名しました。

Q3:五代目尾上菊之助と八代目尾上菊五郎は別人ですか?
A3:別人ではありません。八代目尾上菊五郎が2025年の襲名前に名乗っていた芸名が五代目尾上菊之助です。

Q4:寺島しのぶと尾上菊五郎の関係は?
A4:寺島しのぶは七代目尾上菊五郎と富司純子の長女です。八代目尾上菊五郎の実姉にあたり、六代目尾上菊之助の伯母です。

Q5:尾上眞秀は尾上菊五郎家の誰にあたりますか?
A5:尾上眞秀は寺島しのぶとローラン・グナシアの長男です。七代目尾上菊五郎の孫で、八代目尾上菊五郎の甥、六代目尾上菊之助のいとこにあたります。

Q6:二代目中村吉右衛門は尾上菊五郎家の親戚ですか?
A6:はい。二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子が八代目尾上菊五郎の妻です。そのため、吉右衛門は八代目の義父であり、六代目菊之助の母方の祖父です。

Q7:七代目尾上菊五郎は八代目の襲名後に引退したのですか?
A7:いいえ。七代目は八代目への襲名後も七代目の名跡を保持しています。2026年の公演にも出演しており、親子でそれぞれの名前を名乗っています。

まとめ:【プロの結論】尾上菊五郎家系図は血縁と芸の継承を分けて理解する

2026年の尾上菊五郎家系図を理解するうえで、最も重要なのは、血縁関係と歌舞伎の名跡の継承を分けて考えることです。

七代目尾上菊五郎と富司純子の長男が八代目尾上菊五郎、そして八代目の長男が六代目尾上菊之助です。2025年の親子同時襲名によって、父から子へと音羽屋の代表的な名跡が受け継がれました。

一方、寺島しのぶは八代目の実姉であり、その長男・尾上眞秀は八代目の甥にあたります。また、八代目の妻・波野瓔子を通じて、二代目中村吉右衛門家との血縁関係も生まれています。

加えて、歴代の尾上菊五郎が築いてきた芸は、単なる親子の名前の継承にとどまりません。養子による名跡の継承や、歴代の俳優が磨き上げてきた演目、舞踊、家の芸が複雑に結び付いています。

2026年6月の博多座公演で大劇場における襲名披露興行を締めくくり、八代目と六代目は新たな世代の音羽屋として歩みを進めています。

今後、尾上眞秀を含む孫世代がどのような芸を身につけ、どのような舞台を見せていくのかも注目点です。尾上菊五郎家の歴史は、名跡を守ることと新しい表現に挑むこと、その両方によって未来へつながっていきます。

家系図を調べる際は、日本俳優協会の「かぶき手帖2026年版」と公式訂正情報を基準にし、襲名前の芸名と現在の名跡を区別することが、最も確実な理解につながります。