お笑いコンビ「8.6秒バズーカー」のはまやねんといえば、赤い衣装と黒いサングラス、そして「ラッスンゴレライ」のリズムネタを思い浮かべる人が多いのと考えられます。しかし、若い頃の姿を調べると、現在の印象とは大きく異なる素顔や、中学時代のエピソードが話題になっていたことが分かります。
1991年生まれ、大阪府吹田市出身のはまやねんは、中学生の頃から有名人になることを夢見ていました。2014年に同級生のタナカシングルと8.6秒バズーカーを結成し、翌2015年には「ラッスンゴレライ」で大ブレイク。2026年には35歳となり、サングラスを外した近影やキッチンカー事業での活動にも注目が集まっています。昔の写真からブレイク期、現在の仕事まで、その変化を時系列で紹介します。
【昔の顔を検証】はまやねんの若い頃はイケメン?15歳の写真が話題に
はまやねんの昔の顔が注目されるようになったきっかけの一つが、2015年3月に放送された日本テレビ系の番組『行列のできる法律相談所』です。
番組では、はまやねんの15歳当時の写真が紹介されました。当時23歳だった本人のブレイク後の姿と比べると、若い頃は顔周りがすっきりしており、現在のサングラス姿からは想像しにくい素顔が映し出されていました。
この写真は当時の芸能ニュースでも取り上げられ、日刊ゲンダイDIGITALは、東野幸治が写真を見て驚いたことや、本人が学生時代によくモテたと話していたことを報じています。
15歳当時はどんな顔だった?
当時の写真について報道で紹介された特徴は、次のとおりです。
- 現在の印象よりも首周りや顔周りがすっきりしている。
- 眉毛を細く整えたスタイルだった。
- 長めの黒髪を前下がりにした髪型だった。
- 目元や歯並びなど、現在の本人と共通する特徴が見られた。
また、本人は番組内で学生時代によくモテたことを明かし、30〜40人ほどから告白されたというエピソードも報じられています。
ただし、ネット上で流通している高校時代とされる写真と、テレビ番組で紹介された15歳当時の写真は区別して考える必要があります。写真の出所や撮影時期が明確でない画像まで、すべて本人の公式な昔の写真として扱うことはできません。
中学時代は有名人を目指していた
はまやねんの若い頃を知るうえで興味深いのが、中学時代の夢です。
2015年のMANTANWEBのインタビューによると、はまやねんとタナカシングルは中学校時代の同級生でした。当時、はまやねんは有名人になりたいと考えており、タナカシングルも芸人になりたいと周囲に話していたそうです。
しかし、当時から芸人として一緒に活動していたわけではありません。中学校を卒業した後、それぞれの時間を過ごし、成人式で久しぶりに再会したことが転機になります。
再会した2人は夢を追いかけることで意気投合し、吉本興業の養成所であるNSCへの入学を決めました。現在のコンビにつながる関係は、芸人として活動を始めるよりも前に築かれていたのです。
【サングラスなしの素顔】はまやねんの昔と現在はどう変わった?
はまやねんの外見を比較するとき、特に印象を左右するのがサングラスです。
8.6秒バズーカーのブレイク期には、赤い衣装と黒いサングラスがトレードマークでした。テレビ出演やネタ動画でも同じスタイルを見せていたため、目元を含めた顔全体を覚えている人は意外と少ない可能性があります。
サングラスを外した姿が再び注目された理由
2024年5月には、TBS系『水曜日のダウンタウン』に出演。約10年前のブレイク期とは異なる茶髪の姿が話題になり、サングラスを外した顔に驚く視聴者もいました。
さらに2026年3月には、35歳の誕生日を報告した際の投稿で、トレードマークだったサングラスを外した素顔を公開したと報じられています。
同年6月11日のスポーツ報知配信記事でも、はまやねんの近影が紹介されました。茶色のサラサラした髪と、目元がはっきり見える姿が特徴で、2014〜2015年の赤い衣装とサングラス姿とは違った雰囲気を見せています。
昔と2026年の見た目を比較
| 比較項目 | 若い頃・ブレイク期 | 2026年の近影 |
|---|---|---|
| 年齢 | 15歳〜24歳頃 | 35歳 |
| 髪型 | 黒髪の長めのスタイル | 茶髪のストレートヘア |
| 顔の印象 | 顔周りがすっきりした若々しい印象 | 目元が見える大人びた印象 |
| サングラス | 黒いサングラスが定番 | 外した素顔も公開 |
| 服装 | 赤い衣装がトレードマーク | 私服など多様なスタイル |
| 活動 | テレビ・舞台のお笑い活動 | キッチンカー事業を中心に活動 |
外見の変化については、髪型や衣装、体格、サングラスの有無など、複数の要素が関係しています。顔そのものが変わったと決めつけるよりも、芸人としてのキャラクターを表現するスタイルが変化したと見るほうが自然です。
また、過去には体重を落としたことでも話題になりました。2015年のブレイク期から現在まで、体型や髪型も含めて印象が変わってきたことが、昔の写真との比較が注目される理由の一つです。
【経歴・年表】はまやねんの生い立ちから8.6秒バズーカー結成まで
はまやねんの経歴を整理すると、出身地である大阪府吹田市での学生時代、NSCへの入学、そしてタナカシングルとのコンビ結成という流れが見えてきます。
はまやねんの基本プロフィール
- 名前:はまやねん
- 本名:浜根亮太
- 生年月日:1991年3月10日
- 出身地:大阪府吹田市
- 身長:170cm
- 体重:80kg(吉本興業のプロフィール掲載情報)
- 血液型:A型
- 所属養成所:NSC大阪校36期
- 相方:タナカシングル
- 代表的な活動:8.6秒バズーカー、キッチンカー事業
はまやねんの経歴を時系列で整理
| 時期 | 出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1991年3月 | 大阪府吹田市で誕生 | 現在の芸名で知られるはまやねんの生い立ち |
| 中学時代 | タナカシングルと同級生 | 有名人になりたいという夢を持つ |
| 成人式の頃 | タナカシングルと再会 | 芸人を目指すことで意気投合 |
| 2013年 | NSC大阪校36期として入学 | 吉本興業で芸人としての基礎を学ぶ |
| 2014年4月1日 | 8.6秒バズーカー結成 | コンビとして活動開始 |
| 2014年後半 | ラッスンゴレライが拡散 | 動画をきっかけに人気が急上昇 |
| 2015年 | 全国的なブレイク | NGKで史上最速の初単独ライブ |
| 2022年 | キッチンカー事業開始 | 全国のイベントへの出店に挑戦 |
| 2025年 | キッチンカー事業について取材を受ける | コンビ活動は休止状態と説明 |
| 2026年 | 35歳で事業を継続 | テレビ密着企画や素顔の公開が話題 |
この年表から分かるように、はまやねんの芸人人生は、同級生との再会をきっかけに大きく動き始めました。
特に注目したいのは、大学卒業後にNSCへ入学したという経歴です。若くして芸人一本の道に進んだというより、学業を終えた後に本格的にお笑いの世界へ挑戦した人物です。
吉本興業の2015年の公式ニュースでも、2人はNSC大阪校36期として紹介され、デビューからわずか11カ月でNSCの講義に登壇したことが伝えられています。
【2014〜2015年】8.6秒バズーカーとラッスンゴレライのブレイク期
はまやねんの名前が全国的に知られるようになったのは、2014年に結成した8.6秒バズーカーの活動がきっかけです。
相方のタナカシングルと披露した「ラッスンゴレライ」は、独特のリズムと繰り返しのフレーズが特徴的なネタでした。赤い衣装と黒いサングラスというビジュアルも印象に残り、短期間で幅広い世代に認知されました。
ラッスンゴレライはどのように生まれた?
2025年7月のCHANTO WEBのインタビューで、はまやねんはネタが生まれた経緯を振り返っています。
NSC時代、翌日に披露する1分ネタが思いつかず、深夜まで考えていたところ、タナカシングルが突然「ラッスンゴレライ」と口にしたことが始まりでした。
最初から全国的な人気を狙って作ったわけではなく、2人の間で笑っていた身内ネタが出発点だったといいます。ネタ自体も約30分で形になったと本人は説明しています。
このエピソードは、当時の2人の関係性を理解するうえでも重要です。中学時代からの同級生だったため、ネタに登場する「お兄さん」という呼び方にも、2人だけが面白いと感じる独特の感覚がありました。
動画拡散から全国的な人気へ
MANTANWEBの2015年2月の記事によると、公式チャンネルに投稿された「ラッスンゴレライ」の動画は、約1カ月で再生回数1000万回を突破しました。
加えて、2014年11月に放送されたネタ番組『オサレもん』で全国放送に出演したことをきっかけに、視聴者による完コピ動画が次々と投稿され、人気が拡大しました。
2015年元日の『ぐるナイおもしろ荘』への出演も、大きな転機となりました。テレビ出演やイベントへの出演依頼が増え、結成からわずかな期間で売れっ子芸人の仲間入りを果たします。
結成11カ月でなんばグランド花月の単独ライブ
2015年3月23日には、大阪のなんばグランド花月で初の単独ライブを開催しました。
吉本興業によると、デビュー1年目の芸人が同劇場で単独ライブを行うのは史上最速の記録でした。チケットは発売開始から約1分で完売し、会場の858席が埋まりました。
当日は「ラッスンゴレライ」だけでなく、新しいリズムネタや初めての漫才にも挑戦。単なる一発ネタの人気にとどまらず、コンビとして新しい可能性を見せようとしていた時期でもあります。
【噂と事実を検証】8.6秒バズーカーの騒動とコンビ名の由来
8.6秒バズーカーの経歴を語る際、避けて通れないのが2015年以降にネット上で広がった騒動です。
コンビ名やネタに政治的な意味があるのではないかという憶測がネット上で広がり、2人は批判や誹謗中傷にさらされました。その後、テレビ出演などの露出も減少していきます。
コンビ名の8.6秒は何が由来?
この点については、2026年5月9日に配信されたABEMAの密着企画『NO MAKE』で、はまやねん本人が改めて説明しています。
本人の説明では、当時好きだったバンド「0.8秒と衝撃。」の名前から「○○秒」という形式を考え、さらに中学時代に流行していた漫画『頭文字D』の主人公が乗る車「ハチロク」を連想したことが、8.6秒という数字につながったとのことです。
一方、2015年のMANTANWEBのインタビューでは、NSC入学後に母校の校庭で走った50メートル走のタイムが8.6秒だったという由来も紹介されています。
つまり、初期の報道と2026年の本人の説明では、由来の語り方に違いがあります。少なくとも、2026年のABEMA出演では本人がネット上の政治的な憶測を否定し、別の由来を説明しています。
反日疑惑について本人はどう説明した?
2026年5月の『NO MAKE』では、コンビ名の8.6秒を広島への原爆投下日と結びつけたネット上の説について、番組スタッフから質問されました。
はまやねんは、その説を明確に否定。なぜそのような話が信じられるのか分からなかったという趣旨の発言もしています。
過去の2018年には、コンビの公式YouTubeチャンネルでも、コンビ名の由来やネット上の噂について説明していました。
この騒動を考える際に重要なのは、ネット上で広がった憶測と、本人たちが公に説明している内容を混同しないことです。検索結果やSNSで繰り返されている説が、そのまま事実になるわけではありません。
2026年の本人の説明では、騒動によって仕事が減少した経験も振り返られています。人気を獲得したスピードが速かった一方、ネット上の情報が広がることによる影響も大きかったことがうかがえます。
【2026年最新】はまやねんの現在は?キッチンカー事業と芸人活動
2026年現在のはまやねんは、かつてのテレビ中心の活動とは異なる働き方をしています。その中心となっているのが、2022年から始めたキッチンカー事業です。
2022年からキッチンカー事業をスタート
2025年10月の週刊女性PRIMEのインタビューによると、はまやねんはコロナ禍でお笑いの仕事が減った時期に、知人から誘われたことをきっかけにキッチンカー事業を始めました。
もともと飲食業界に興味があり、本格的に挑戦することを決意。最初はホットサンドの販売から始め、経験を積みながらメニューを増やしていきました。
現在はカレーパン、焼きそば、ハラミ焼き、ポテトフライなど、イベントの内容に合わせた商品も扱っています。
全国各地のイベントや音楽フェスに出店しており、東京から鹿児島まで車で移動した経験もあると語っています。
2026年5月のABEMA密着企画で明らかになった収入事情
2026年5月9日配信のABEMA『NO MAKE』では、はまやねんのキッチンカー事業に密着しました。
報道によると、2022年に400万円で購入したキッチンカーを使い、全国のイベントを回っています。
本人が番組内で明かした事業の数字は、次のとおりです。
- 2025年の年間売上:約1000万円
- 1日の最高売上:約120万円
- キッチンカーの購入金額:約400万円
- 2026年4月の鳥取の音楽フェスでは、2日間の売上が10万900円
- 同イベントでの食材費・移動費・出店料などの支出:約43万円
この鳥取のイベントでは、売上から経費を差し引くと約30万円の赤字になりました。本人も、売上が伸びない月には貯金を取り崩すことがあると説明しています。
一方で、2025年10月の週刊女性PRIMEの取材では、熊本の音楽フェスで塩焼きそばを販売し、1日約90万円の売上を記録した経験も明かしていました。
これらの数字から分かるのは、キッチンカー事業が常に安定した利益を生む仕事ではないということです。イベントの集客、出店料、食材費、移動距離などによって収支が大きく変わります。
8.6秒バズーカーは解散した?相方との現在
現在のコンビ活動についても気になるところです。
2025年10月の週刊女性PRIMEの取材で、はまやねんはコンビ活動をしていないものの、解散はしていないと説明しました。
相方のタナカシングルとは中学時代からの友人で、頻繁に連絡を取り合う関係ではないとのこと。最後に会ったのは2024年11月頃だったと明かしています。
さらに2026年5月のABEMA出演では、タナカシングルと再び一緒に「ラッスンゴレライ」を披露できるようになればいいという思いを語りました。
はまやねんにとって、相方は単なる仕事仲間ではなく、昔からの友人でもあります。コンビ活動が止まっていることと、2人の関係が終わったことは同じではありません。
2026年の公表情報からは、キッチンカー事業を続けながら、お笑いへの気持ちも持ち続けている姿が見えてきます。
【プロの結論】はまやねんの昔と現在から分かる3つのポイント
はまやねんの過去と現在を比較すると、単純に「昔はイケメンだった」「現在は芸人を辞めた」という説明だけでは捉えきれない変化があります。
1. 昔の写真と現在の顔は、見せ方が大きく違う
15歳当時の写真、2015年のブレイク期、2026年のサングラスなしの近影を比較すると、髪型や衣装による印象の違いがよく分かります。
特にブレイク期のサングラスは、芸人としてのキャラクターを確立するための重要なアイテムでした。素顔が見えない状態が長く続いたことで、サングラスを外した姿が改めて注目されるようになったと考えられます。
2. 2015年の成功と現在の仕事は別の能力が求められる
テレビや舞台での芸人活動では、ネタの完成度や出演機会、視聴者への認知度が重要です。一方、キッチンカー事業では、商品の品質、仕入れ、原価管理、出店場所、移動計画などが売上を左右します。
はまやねんが現在取り組んでいる仕事は、過去の芸能活動とは異なる事業運営の能力が求められるものです。1日の売上が大きくても、経費を差し引いた利益が同じように大きくなるとは限りません。
3. 芸人としての活動を完全に終えたわけではない
2025年の取材ではコンビは解散していないと説明され、2026年のABEMA出演でも芸人として再び活動したい気持ちが語られています。
キッチンカー事業と芸人活動は必ずしも相反するものではありません。全国のイベントを巡る仕事は、人との出会いや知名度を生かす機会にもなります。
今後、コンビでの活動が再開されるかどうかは分かりませんが、過去の人気を懐かしむだけでなく、新しい仕事に挑戦している現在の姿にも注目する価値があります。
はまやねんの昔と現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:はまやねんは昔イケメンだった?
A1:はい。2015年3月に放送された『行列のできる法律相談所』では15歳当時の写真が紹介され、当時の報道でも整った顔立ちが話題になりました。
Q2:はまやねんの中学時代はどんな様子だった?
A2:タナカシングルと同級生で、はまやねんは有名人になりたいという夢を持っていました。2人は成人式で再会し、芸人を目指すことになります。
Q3:はまやねんのサングラスなしの写真はある?
A3:あります。2026年3月の誕生日報告の投稿で素顔を公開したと報じられ、同年6月にもサングラスなしの近影が紹介されています。
Q4:はまやねんとタナカシングルは解散した?
A4:2025年10月の取材では、コンビ活動はしていないものの解散はしていないと説明しています。2026年5月にも、再び一緒にネタを披露したいという意向を語っています。
Q5:はまやねんは2026年現在何をしている?
A5:2022年から始めたキッチンカー事業を中心に活動しています。全国のイベントや音楽フェスで食品を販売しており、2026年5月にはABEMAの密着企画でも仕事の様子が紹介されました。
Q6:8.6秒バズーカーの結成はいつ?
A6:2014年4月1日です。はまやねんとタナカシングルはNSC大阪校36期の出身で、2015年には「ラッスンゴレライ」で全国的な人気を獲得しました。
まとめ:はまやねんの昔はイケメン、現在はキッチンカー事業でも活躍
はまやねんの昔を振り返ると、15歳当時の写真がテレビで紹介されるほど整った顔立ちが注目されていたことや、中学時代から有名人になる夢を持っていたことが分かります。
タナカシングルとの出会いは中学時代。成人式での再会を経てNSC大阪校36期に入学し、2014年4月に8.6秒バズーカーを結成しました。翌2015年には「ラッスンゴレライ」で大ブレイクし、なんばグランド花月での史上最速の単独ライブも実現しています。
その後はメディア露出が減少し、2022年からはキッチンカー事業に挑戦。2026年には35歳となり、サングラスを外した素顔や全国のイベントを巡る現在の仕事が改めて注目されています。
昔の写真だけを見ると、若い頃と現在の見た目の変化が印象に残ります。しかし、はまやねんの経歴をたどると、中学時代の夢を実現し、人気絶頂期を経験した後も、新しい仕事に挑戦し続けていることが分かります。
今後、タナカシングルとのコンビ活動が再開するのか、キッチンカー事業がさらに広がるのか。芸人としての原点を持ちながら新しい道を歩む、はまやねんの次の展開にも注目したいところです。
主な事実確認に使用した公表情報・報道
- 吉本興業公式プロフィール・2015年の公式ニュース
- MANTANWEB(2015年2月)
- 日刊ゲンダイDIGITAL(2015年3月)
- CHANTO WEB(2025年7月)
- 週刊女性PRIME(2025年10月)
- ABEMA TIMES・ABEMA『NO MAKE』(2026年5月)
- 日刊スポーツ(2026年5月)
- スポーツ報知配信記事(2026年6月)