ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【はまやねんの若い頃】学生時代と昔の写真から見える素顔

【はまやねんの若い頃】学生時代と昔の写真から見える素顔

氷室 美冬 氷室 美冬 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
目次

はまやねんの昔を振り返るうえで、まず注目したいのが学生時代です。現在の赤い衣装とサングラス姿からは想像しにくいものの、若い頃は容姿でも話題になった人物でした。

はまやねんの基本プロフィール

吉本興業の公式プロフィールによると、はまやねんは1991年3月10日生まれ、大阪府吹田市出身。2026年11月現在は35歳です。身長170cm、趣味はスノーボード、自転車、野球観戦で、特技は野球と紹介されています。

芸人としての出発点は、吉本興業の養成所であるNSC大阪校36期です。相方のタナカシングルも同じ36期生で、2人とも大学を卒業してから芸人の道へ進みました。

NSC入学前から芸能界を目指していたというより、学生時代の友人との再会をきっかけに、改めて夢を追う決断をしたという経緯が特徴的です。

15歳当時の写真がテレビで紹介されて話題に

はまやねんの昔の写真が注目された大きなきっかけは、2015年3月8日放送の日本テレビ系「行列のできる相談所」でした。番組では15歳当時の写真が紹介され、共演者の東野幸治もその若々しい姿に驚いたと報じられています。

当時の報道によると、本人は学生時代について「めっちゃモテた」と振り返り、30~40人ほどから告白された経験があるとも明かしていました。

ブレーク時のはまやねんは、赤い衣装とサングラス、ふっくらした体形が印象的でした。そのため、昔の写真との雰囲気の違いが大きな話題になったのです。

ただし、インターネット上で流通している高校時代とされる写真のすべてが、テレビ番組で紹介された本人の写真とは限りません。昔の写真を探す場合は、放送時の写真や当時の報道写真と区別する必要があります。

大学卒業後に芸人を目指した理由

はまやねんとタナカシングルは中学校時代の同級生です。中学生の頃、はまやねんは有名人になりたいという思いを持っており、田中シングルも芸人になりたいと話していたと、2015年のMANTANWEBのインタビューで紹介されています。

2人が再び意気投合したのは成人式での再会でした。久しぶりに顔を合わせたことから、夢を追いかけようという話になり、吉本興業のNSCへ入学することになります。

興味深いのは、NSCに通っていた頃、はまやねんは芸人を目指していることを周囲にあまり話していなかった点です。2015年のインタビューでは、テレビに出るタイミングで初めて周囲に報告しようと考えていたと語っています。

つまり、昔から目立つことだけを目的に活動していたのではなく、一般の学生生活を経て、友人との再会をきっかけに本格的な芸人生活へ踏み出した人物だったのです。


【芸人デビューの経緯】8.6秒バズーカー結成とラッスンゴレライ誕生

はまやねん昔

はまやねんの芸人人生が大きく動いたのは2014年です。NSC大阪校36期を卒業した2人は、同年4月1日にお笑いコンビ「8.6秒バズーカー」を結成しました。

相方タナカシングルとの関係

タナカシングルは、はまやねんと同じ1991年生まれの大阪府出身です。吉本興業の公式プロフィールでは、1991年2月26日生まれ、NSC大阪校36期生と紹介されています。

担当はツッコミで、音楽やスケートボード、サッカーが趣味。ギターやバンドも特技として挙げられています。

コンビのネタ作りを中心的に担っていたのもタナカシングルでした。2015年のMANTANWEBの取材では、ラッスンゴレライの誕生について、相方を笑わせようとして歌って踊ったことが始まりだったと説明しています。

ラッスンゴレライが生まれた意外な理由

現在では誰もが知る代表ネタですが、最初から全国的なヒットを狙って作られたわけではありません。

ネタ作りに行き詰まった際、タナカシングルがはまやねんを笑わせようと、歌いながら踊ったことがきっかけでした。

本人たちの当時の説明では、最初の半年ほどは事務所のネタ見せライブでも披露していなかったそうです。しかし、新しいネタがなくなったタイミングで披露すると、ライブで人気1位を獲得しました。

さらに2014年11月、フジテレビ・関西テレビ系のネタ番組「オサレもん」で全国放送に出演。視聴者による振り付けのコピー動画が広まり、動画を見た別の視聴者がさらにまねをするという連鎖が生まれました。

2015年1月には「ぐるナイおもしろ荘」に出演し、その後「爆笑ヒットパレード」などにも登場。知名度が急速に高まっていきます。

2015年2月時点のMANTANWEBの報道では、公式YouTubeチャンネルに投稿されたネタ動画は約1か月で再生回数1000万回を突破。テレビだけでなく、動画を通じて人気が拡大した点が当時の特徴でした。

一気に人気芸人へと駆け上がった2015年

2015年の2人は、デビュー間もない若手芸人としては異例の忙しさを経験しました。

吉本興業の2015年3月の公式ニュースでは、コンビ結成から約11か月でNSCの説明会に登壇し、デビューから短期間でなんばグランド花月の単独公演なども実現したことが紹介されています。

同年には単独DVDの発売も決定。Yahoo!検索大賞2015のお笑い芸人部門賞や、第1回上方漫才協会大賞の話題賞など、人気を裏付ける実績も残しました。

この時期の特徴は、ネタの完成度だけでなく、視聴者が簡単にまねできる振り付けと短いフレーズが組み合わさっていたことです。テレビで見た人が学校や友人同士で再現し、それが動画サイトで拡散されるという流れが、人気をさらに押し上げました。


【2014年から2026年まで】はまやねんの昔と現在をつなぐ活動年表

はまやねんの経歴を整理すると、学生時代から芸人としての成功、ネット上の騒動、キッチンカー事業への転身という大きな転換点が見えてきます。

特に重要なのは、コンビが正式に解散したわけではない一方、実際のコンビ活動は長期間行われていないことです。

時期 出来事・関係者 確認できる内容 学生時代 はまやねん・タナカシングル 中学校の同級生。成人式で再会し、芸人を目指すことに。 2014年 NSC大阪校36期 大学卒業後にNSCへ入学。同年4月1日にコンビ結成。 2014年後半 ラッスンゴレライ ネタ見せライブで人気を集め、全国放送や動画サイトで認知度が上昇。 2015年 ブレーク期 テレビ出演、単独公演、DVD発売など仕事が急増。 2015年以降 反日疑惑騒動 ネット上の憶測が拡散し、芸人としての仕事が大幅に減少。 2018年 公式YouTubeで説明 コンビ名やネタをめぐる疑惑について本人たちが説明。 2022年 キッチンカー事業 400万円で車両を購入し、全国のイベントで飲食物を販売。 2024~2025年 コンビ活動の停滞 本人がコンビ活動をしていないことを説明。ただし解散はしていない。 2026年5月 ABEMA「NO MAKE」 騒動の真相、収入の変化、キッチンカーの経営状況、再活動への思いを語る。

この年表から分かるのは、はまやねんのキャリアが単純に「売れた後に消えた」というものではないことです。コンビ活動の縮小後も、飲食事業という別の仕事を始め、自分で収入を得る方法を模索してきました。

また、吉本興業の公式プロフィールには現在も8.6秒バズーカーのコンビ情報が掲載されています。活動実態と正式な解散は、分けて理解する必要があります。


【反日疑惑の真相】8.6秒バズーカーのコンビ名の由来と騒動を検証

はまやねんの昔を調べる際、避けて通れないのが2015年頃に広がった反日疑惑です。

当時は「8.6秒」という数字や「ラッスンゴレライ」という言葉に、原爆投下や軍事的な意味が隠されているという説がネット上で拡散されました。その結果、コンビは大きな批判にさらされ、テレビ出演などにも影響が出ました。

コンビ名の由来について本人が2026年に説明

2026年5月9日配信のABEMA「NO MAKE」で、はまやねんはコンビ名の由来を改めて説明しました。

本人の説明によると、当時好きだったバンド「0.8秒と衝撃。」の名前から「○○秒」という形式を思いつき、中学生の頃に流行していた漫画『頭文字D』の主人公が乗る車、ハチロクから「8.6秒」という数字を考えたそうです。

さらに「8.6秒」だけではスタイリッシュすぎるため、濁点が付いた強そうな言葉として「バズーカー」を組み合わせたと話しています。

この説明は、8月6日の広島への原爆投下日を意識したというネット上の説とは異なります。

過去の説明と2026年の説明には違いもある

ここには、情報を読む際に押さえておきたいポイントがあります。

2015年のMANTANWEBのインタビューでは、NSC入学式の後に母校へ立ち寄り、はまやねんが50メートル走をした際のタイムが8.6秒だったことが、コンビ名の由来として紹介されていました。

また、2018年にコンビの公式YouTubeチャンネルで公開された説明動画でも、8.6秒ははまやねんの50メートル走のタイムだと説明しています。

一方、2026年のABEMAでの説明では、バンドと漫画『頭文字D』に由来する経緯が語られています。つまり、過去のインタビューと近年の説明では、由来の語り方に違いがあります。

これらを無理に一つの説明にまとめるのではなく、本人が各時点で語った内容を分けて把握することが大切です。2026年の密着番組では、本人が改めてバンドと漫画に関する経緯を説明したことが新しい情報となっています。

ラッスンゴレライに隠された意味はあったのか

ネット上では「ラッスンゴレライ」という言葉を、爆撃に関係する架空の命令語と結び付ける説も広がりました。

しかし、2018年の公式説明動画では、田中シングルがこの言葉について、深夜のノリで思いついた意味のないフレーズだと説明しています。ネタの中に政治的・軍事的な暗号を仕込んだという主張も否定しました。

サングラスについても、本人たちは緊張で目が泳ぐのを隠すためだったと説明しています。

こうした説明は、2018年2月のJ-CASTニュースでも報じられました。同記事では、噂が拡散した後、出演番組のスポンサーに苦情が寄せられ、テレビ出演が急減した経緯も紹介されています。

学生時代の政治的な発信については本人が謝罪

一方で、騒動の背景を理解するには、すべてを同じ種類の噂として扱わないことも必要です。

はまやねんは、学生時代に政治的な内容を安易に発信したことで誤解を招いた点について、2018年の公式動画で謝罪しています。2024年1月にも、本人は自身のXで過去の説明動画を紹介し、誤った情報や中傷に対する思いを発信しました。

ここで区別すべきなのは、本人が謝罪した過去の発信と、コンビ名やネタに政治的な意図が隠されていたというネット上の憶測は別の問題だということです。

そして2026年5月のABEMA出演では、スタッフから陰謀論について尋ねられた際、本人は「ウソ、ウソ、ウソです」と明確に否定しました。

「逆になんで、そんな意味わからんことを信じるんやろ、って思ってました」

これは2026年5月9日配信の「NO MAKE」での発言です。長年続いた疑惑に対して、本人が現在の心境を語った場面として注目されました。


【2026年現在】キッチンカー事業と収入の変化、コンビ再開の可能性

2026年現在のはまやねんは、テレビ出演を中心とする芸人活動から、キッチンカーによる飲食事業を中心とする働き方へ移っています。

この転身は一時的なアルバイトではなく、車両購入から商品開発、全国のイベント出店まで、自分で事業を運営する取り組みです。

2022年にキッチンカーを購入して飲食事業を開始

週刊女性PRIMEの2025年10月のインタビューによると、はまやねんがキッチンカーを始めたのは2022年です。

もともと飲食業界に興味があり、新型コロナウイルスの影響でお笑いの仕事が減った時期に知人から誘われたことが参入のきっかけでした。

購入した車両は400万円。4年ローンを組み、全国各地のイベントや音楽フェスを回る営業スタイルを始めました。

最初から順調だったわけではありません。初出店では会場への到着が予定より約2時間遅れ、営業自体を中止。その次の出店では食材の準備不足に直面するなど、失敗も経験しています。

しかし、テレビやネットニュースでキッチンカー事業が紹介されると、各地のイベントから出店依頼が来るようになりました。大阪から鹿児島まで車を走らせるなど、全国を回る事業へと成長しています。

販売商品はカレーパンだけではない

2024年7月の「行列のできる相談所」出演時には、カレーパンを中心とした営業について紹介されました。

当時の報道では、1個500円のカレーパンを販売し、好調な日は約700個を売り上げると説明。購入者との写真撮影や、複数購入した人へのサインなど、芸人としての知名度を生かしたサービスも実施していました。

その後、メニューはさらに広がっています。2025年の週刊女性PRIMEの取材では、ホットサンドに加えて、カレーパン、焼きそば、鶏ハラミ焼き、ポテトフライなどを扱っていると紹介されました。

2026年4月のABEMA密着取材では、鳥取県の音楽フェスに出店し、塩焼きそばや鶏ハラミ焼きなどを販売。出店先やイベントの客層に合わせて商品を変える柔軟な営業を続けています。

はまやねんの収入推移は?ブレーク時と現在を比較

はまやねんの収入は、芸人としての全盛期と現在では大きく変わっています。

2026年5月のABEMA「NO MAKE」では、本人がブレーク時の収入とキッチンカー事業の現状を説明しました。


出典:2026年5月9日配信のABEMA「NO MAKE」関連報道。各数値は異なる時期・営業条件の実績です。

注目したいのは、キッチンカーの売上が1000万円あっても、それがそのまま本人の年収になるわけではないことです。

2024年7月のテレビ出演では、前年の売上が1200万円で、手元に残る金額は約7割と説明していました。しかし、2026年の取材では2025年の売上は約1000万円で、生活費が足りず貯金を取り崩す月もあると明かしています。

加えて、2026年4月に密着された鳥取県の音楽フェスでは、2日間の売上が合計10万900円だったのに対し、食材費・移動費・出店料などの支出は約43万円。結果として約30万円の赤字になりました。

一方、過去には熊本の音楽フェスで塩焼きそばを販売し、1日約90万円の売上を記録したことも週刊女性PRIMEが報じています。2026年の番組では、1日の最高売上が約120万円に達したことも明らかになりました。

つまり、キッチンカー事業は高い売上を記録する日がある一方、出店場所や客足、仕入れ、移動費によって収益が大きく変動するビジネスなのです。

コンビ活動は休止状態?タナカシングルとの現在の関係

8.6秒バズーカーについては、テレビで見かけなくなったことから解散したと思われることもあります。しかし、はまやねん本人は2025年の週刊女性PRIMEのインタビューで、次のように説明しています。

「今、コンビ活動はまったくしていないですね。でも、解散はしていません」

同インタビューでは、タナカシングルとは中学校時代からの友人であり、頻繁に連絡を取る関係ではないことも明かしています。

最後に会ったのは2024年11月。コンビ活動を再開するタイミングについて相談したものの、当時はまだその時期ではないという話になったそうです。

2026年5月のABEMA出演でも、はまやねんは相方について、2年前に食事をしたことや、現在は悠々自適に過ごしていると聞いたことを説明しました。

ただし、本人はお笑いへの思いを失っていません。

「お笑いはめっちゃ好きです。普通にまた一緒に、相方と『ラッスンゴレライ』できるようになっていけばいいな、と思いますね」

2026年5月時点では、コンビ活動の具体的な再開日や正式な復活発表はありません。それでも、はまやねん自身は再び相方と舞台に立つ可能性を否定していないのです。

現在のはまやねんが目指す次の目標

週刊女性PRIMEの2025年の取材では、はまやねんは現在の生活について、ブレーク時よりも心に余裕があると話しています。

芸人時代は1日に何本もの仕事をこなし、移動中に睡眠を取るほどの忙しさでした。一方、キッチンカー事業では通常7時間ほど眠れるようになり、現在の生活のほうが自分に合っていると語っています。

また、将来的には小籔千豊のように自ら音楽フェスを主催し、キッチンカー事業で知り合った業者や仲の良いバンドを集めたいという構想も明かしました。

そこにタナカシングルを呼び、再びラッスンゴレライを披露できればという思いもあるようです。

かつての知名度を単に懐かしむのではなく、飲食事業で築いた人脈や経験を新しい活動につなげようとしている点は、現在のはまやねんを理解するうえで見逃せません。


【はまやねんの昔と現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:はまやねんは若い頃、イケメンだった?

A1:2015年3月のテレビ番組で15歳当時の写真が紹介され、当時の容姿が話題になりました。本人も学生時代はよくモテたと語っています。

Q2:はまやねんとタナカシングルはどこのNSC出身?

A2:2人ともNSC大阪校36期生です。大学卒業後に入学し、2014年4月1日に8.6秒バズーカーを結成しました。

Q3:8.6秒バズーカーのコンビ名の由来は?

A3:2026年5月の本人の説明では、好きだったバンド「0.8秒と衝撃。」と漫画『頭文字D』のハチロクが由来です。2015年と2018年には50メートル走のタイムが由来と説明しており、過去の説明との違いもあります。

Q4:はまやねんは2026年現在、何をしている?

A4:2022年に始めたキッチンカー事業を中心に、全国のイベントや音楽フェスで飲食物を販売しています。芸人としての活動再開にも意欲を示しています。

Q5:8.6秒バズーカーは解散した?

A5:2025年の本人インタビューでは、コンビ活動はしていないものの解散していないと説明されています。2026年5月にも、はまやねんは相方との再共演への希望を語っています。


まとめ:はまやねんの昔を知ると現在の活動も見えてくる

はまやねんの昔を振り返ると、中学校時代の友人であるタナカシングルとの再会、NSC大阪校36期への入学、2014年のコンビ結成、そして2015年のラッスンゴレライによる大ブレークという歩みが見えてきます。

若い頃の写真が話題になったことや、短期間で全国的な人気を獲得したことも、彼のキャリアを語るうえで欠かせないエピソードです。

一方、反日疑惑騒動によって仕事が激減したことは、その後の人生を大きく変える出来事となりました。本人は2026年のABEMA出演でも疑惑を否定し、コンビ名の由来や当時の心境を改めて説明しています。

現在はキッチンカー事業を軸に全国を回り、飲食業という新しい分野で経験を積んでいます。売上が大きい日もあれば赤字になる日もあるなど、経営には苦労もありますが、芸人時代とは異なる生活の充実感も得ているようです。

そして、タナカシングルとの正式なコンビ再開は未定ながら、本人は再びラッスンゴレライを披露することを望んでいます。

はまやねんの昔は、単なる一発屋芸人の成功と失速の物語ではありません。若い頃に抱いた夢を実現し、予期せぬ騒動を経験した後も、新しい仕事に挑戦し続けるキャリアの変化こそが、2026年現在の彼を理解する要点です。

同じカテゴリの記事

氷室 美冬
コンテンツディレクター 氷室 美冬
プロフィールを見る →

人物プロフィール担当として9年以上の取材経験。profile領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事