「うらぜき」とは、相撲用語で「裏関」と書き、次位の大関を指す古称です。読み方は「うらぜき」。精選版日本国語大辞典では、相撲における次位の大関を意味し、かつての「張出大関」に相当する言葉として説明されています。
ただし、裏関は大関より一段低い地位を意味するものではありません。大関という同じ地位の中で、番付表の東西の正規の位置から外れて記載される力士との関係を理解すると、その意味がはっきりします。加えて、1994年(平成6年)に張出制度が廃止されたことで、現在の番付表には張出大関や張出横綱という正式な表記もありません。2026年11月場所の最新番付を踏まえ、言葉の意味から歴史的背景、現在の扱いまで整理します。
【意味と読み方を解説】うらぜき(裏関)は次位の大関を指す相撲用語
「裏関」は、一般の日常会話で使われる言葉ではなく、相撲の番付や歴史を理解する際に登場する専門的な用語です。
裏関の読み方は「うらぜき」
漢字では「裏関」と表記し、読み方は「うらぜき」です。「関」は関取や大関に使われる文字であり、ここでは大関という地位に関連した名称として使われています。
精選版日本国語大辞典では、裏関を「相撲で、次位の大関の古称」と定義しています。また、現在の張出大関に相当するものとして説明しています。
この定義で押さえたいのは、「次位」という言葉の意味です。大関の次に位置する関脇を指しているわけではありません。大関という地位に就いた力士のうち、正規の東西の位置に続く、次の位置に置かれる力士との関係を表した言葉です。
裏関は現役力士の正式な地位ではない
裏関という言葉を2026年現在の大相撲番付に当てはめても、正式な番付上の地位として見つけることはできません。
これは、裏関の意味と関係する張出制度そのものが1994年に廃止されたためです。現在は大関が複数人いる場合でも、それぞれの力士が大関として番付の枠内に記載されます。
したがって、裏関は現在の力士に与えられる称号ではなく、昔の番付制度を説明するための歴史的な相撲用語として理解するのが適切です。
【番付表で理解する】裏関・正位・張出大関の位置関係
裏関の意味を正確に理解するには、大相撲の番付表における「正位」と「張出」の仕組みを知る必要があります。
正位とは東西それぞれの基本位置
大相撲の番付では、力士は東方と西方に分かれて記載されます。横綱、大関、関脇、小結などの上位の地位については、基本的に東西それぞれ1人ずつ、合計2人が正規の位置に置かれる形が基本でした。
この東西それぞれの基本位置にいる力士を「正位」と呼びます。一方、同じ地位に3人以上の力士がいる場合、東西の正位以外の力士は番付表の外側に記載されました。これが「張出」です。
なお、日本相撲協会の説明によると、「正位」や「張出」という文字自体が番付表に印刷されていたわけではありません。実際の呼称として、張出横綱や張出大関などが使われていました。
裏関と張出大関の関係
裏関は、辞書上、次位の大関を意味する古称です。その位置づけは、かつての張出大関と結び付いています。
大関が3人以上いる場合、東西の正位2人に続く力士は、以前の制度なら張出大関として番付表の枠外に記載される対象でした。つまり、裏関と張出大関は、別々の階級を表す言葉ではなく、同じ大関の地位における位置関係を理解するうえで関連する名称です。
番付上の用語と位置関係の比較
| 用語 | 読み方 | 意味・役割 |
|---|---|---|
| 正位 | せいい | 東西それぞれの基本位置に置かれる力士 |
| 裏関 | うらぜき | 次位の大関を指す古称 |
| 張出 | はりだし | 同じ地位の正位以外の力士を番付の枠外に記載する仕組み |
| 張出大関 | はりだしおおぜき | 大関の地位における張出力士 |
| 張出横綱 | はりだしよこづな | 横綱の地位における張出力士 |
| 張出関脇 | はりだしかんわけ | 関脇の地位における張出力士 |
| 張出小結 | はりだしこむすび | 小結の地位における張出力士 |
この比較で重要なのは、張出が力士の実力を評価するための独立した階級ではなかったことです。番付表のどこに記載するかという表示上の仕組みであり、張出大関も大関であることに変わりはありません。
日本相撲協会の公式解説でも、東西それぞれ1人ずつを正位とし、それ以外を張出とする従来の仕組みが紹介されています。
【大関との違いを検証】裏関は関脇より上なのか?三役との関係も解説
「裏関」という言葉を初めて目にした人が迷いやすいのが、大関との上下関係です。
結論からいえば、裏関は大関より下の階級ではありません。裏関という呼称の背景にある張出大関も、正式な地位は大関です。
大関と裏関の違いは階級ではなく番付上の位置
現在の大相撲では、横綱の下に大関、さらに関脇、小結、前頭と続く番付上の序列があります。
一方、裏関や張出大関という言葉は、大関の下に新たな階級を設けるものではありません。同じ大関の地位に複数の力士がいるとき、番付上の正位と、それ以外の位置を区別するための考え方です。
このため、裏関を「大関と関脇の中間にある地位」と説明するのは誤りです。
相撲用語の三役とは何を指す?
三役という言葉にも、少し注意が必要です。
日本相撲協会の公式解説では、通常の三役は大関・関脇・小結の総称とされています。現在、横綱は三役とは別格として扱われます。
ただし、待遇や制度上の区分では、大関を除き、関脇と小結のみを三役と呼ぶ場合もあります。つまり、三役という言葉は、使われる場面によって対象範囲が異なるのです。
横綱・大関・関脇・小結の序列
- 横綱:大相撲の最高位。大関より上の別格の地位。
- 大関:横綱に次ぐ上位の地位。
- 関脇:大関の下に位置する地位。
- 小結:関脇の下に位置する地位。
- 前頭:三役より下に位置する幕内力士の地位。
この序列を踏まえると、裏関と関脇の違いも明確になります。関脇は大関の下に位置する正式な地位ですが、裏関は大関の地位に関連する歴史的な呼称です。
【1994年7月場所が転換点】張出制度が廃止された理由と歴史
裏関や張出大関を現代の番付で見かけなくなった最大の理由は、1994年(平成6年)の張出制度廃止です。
日本相撲協会が2025年10月30日に公開した大相撲クイズでも、この制度の廃止理由が取り上げられています。背景には、平成初期に起きた大相撲人気の高まりと、力士数の急増がありました。
若貴フィーバーで力士が急増した平成初期
1990年代前半は、若花田と貴花田の兄弟力士が活躍し、「若貴フィーバー」と呼ばれる大相撲ブームが起きていた時期です。
兄弟力士の人気に伴って相撲界への入門者も増加。番付表に記載する力士の数が大きく膨らみました。
日本相撲協会の公式資料によると、1994年5月場所では、番付表に記載された力士が史上最多の943人に達しました。
さらに序二段には東西210枚、合計420人が在位していました。番付表の一段に記載された人数としても史上最多の規模だったとされています。
番付表の余白が足りなくなったことが廃止の理由
張出制度には、番付表の左右の外側に力士名を記載するためのスペースが必要でした。
ところが、力士の人数が増えると、幕下以下の力士を含めて番付表全体に記載する情報も増えます。左右に張出用の余白を確保することが難しくなったのです。
その結果、1994年5月場所を最後に張出制度は廃止されました。同年7月場所からは、同じ地位に3人以上の力士がいる場合も、欄外に張り出すのではなく、番付表の枠内に記載する方式へ移行しています。
張出制度廃止の経緯を時系列で整理
| 時期 | 出来事 | 番付への影響 |
|---|---|---|
| 平成初期 | 若貴フィーバーによる大相撲人気の高まり | 入門者が増加し、力士数が拡大 |
| 1994年5月場所 | 番付記載力士が史上最多の943人に到達 | 張出用の余白を確保することが困難に |
| 1994年5月場所終了時 | 張出制度を廃止 | 従来の欄外表記が終了 |
| 1994年7月場所 | 新しい番付表記へ移行 | 同じ地位の複数力士も欄内に記載 |
ここで日付を混同しないことが大切です。張出制度の廃止は1994年5月場所を最後に行われ、実際に張出表記が見られなくなったのは同年7月場所からです。
日本相撲協会の公式解説は、廃止の理由を力士数の増加と番付表のスペース不足として説明しています。成績上の不都合や世論の反発が直接の理由だったわけではありません。
【張出横綱にも歴史がある】1890年に番付へ横綱の文字が登場した背景
張出制度の歴史を語るうえで、張出大関だけでなく、張出横綱も重要な存在です。
現在では横綱は独立した最高位ですが、歴史をさかのぼると、横綱という称号と番付上の地位は、最初から現在と同じ形だったわけではありません。
横綱が大関の地位に関連していた時代
明治時代の初期には、横綱は現在のような独立した番付上の地位ではなく、横綱免許によって認められる称号でした。
日本相撲協会の公式解説によると、1890年(明治23年)5月、横綱免許を受けていた大関・西ノ海が、張出大関として扱われることに不服を申し立てました。
当時の西ノ海は、同年3月に横綱免許を受けた力士でした。ところが、番付上では大関としての扱いが残っていたため、張出大関という位置づけに不満を示したのです。
番付に初めて「横綱」の文字が記載された
この問題に対応するため、日本相撲協会は番付に「横綱」という文字を記載しました。
これが番付表に横綱の文字が登場した最初の出来事とされています。
その後、横綱という称号が番付上の独立した地位として確立していくきっかけの一つになりました。
この歴史から分かるのは、張出制度が単なる紙面上の都合だけではなく、当時の相撲界における地位や序列の変化とも関係していたことです。
張出横綱と張出大関は同じ仕組みだったのか
基本的な仕組みは共通しています。横綱や大関などの地位に複数の力士がいる場合、正位以外の力士を番付表の外枠に記載する方式です。
ただし、横綱は大関以下の地位とは異なる歴史的経緯を持ちます。横綱免許から独立した最高位への変化を考えると、張出横綱という表記にも相撲界の制度発展の歴史が反映されていることが分かります。
【2026年現在の大相撲番付】裏関や張出大関は存在する?
2026年11月現在、大相撲の番付では、裏関や張出大関という正式な地位・表記は使われていません。
ただし、同じ地位に複数の力士が並ぶ状況は現在もあります。張出制度がなくなったからといって、大関や関脇が東西1人ずつしか在位できなくなったわけではありません。
2026年11月場所の上位番付
日本相撲協会が公表している2026年11月場所の番付トピックスと、同場所の番付情報を確認すると、上位の顔ぶれは次のとおりです。
| 地位 | 東 | 西 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 横綱 | 大の里 | 豊昇龍 | 両横綱が在位 |
| 大関 | 安青錦・霧島 | 琴櫻 | 大関は3人 |
| 関脇 | 藤ノ川 | 熱海富士 | 2場所連続・4場所連続の関脇 |
| 小結 | 美ノ海 | 義ノ富士 | 美ノ海は新小結、義ノ富士は再小結 |
特に注目したいのは、大関が3人いる点です。旧制度であれば、東西の正位以外に位置する大関が張出大関に相当する扱いとなる状況ですが、2026年11月場所では3人とも大関として番付の枠内に記載されています。
関脇についても、藤ノ川と熱海富士がそれぞれ関脇に在位しています。日本相撲協会の番付トピックスでは、藤ノ川が2場所連続、熱海富士が4場所連続の関脇であることが紹介されています。
現在の番付では「大関3枚目」も大関
現在の番付制度では、同じ地位に複数の力士がいる場合でも、張出という名称を付けて枠外に表示することはありません。
したがって、2026年11月場所のように大関が3人いる場合も、3人目の大関が別の階級に降格したり、正式に裏関と呼ばれたりすることはありません。
旧制度との比較として張出大関に相当すると説明することはできますが、現行の公式番付上の呼称とは区別する必要があります。
張出という言葉は完全に使われなくなったのか
張出という表記は正式な番付制度から姿を消しましたが、相撲の歴史を解説する場面では現在も使われています。
過去の番付表を紹介する記事や、昔の力士の地位を説明する資料では、張出大関や張出横綱という表現が登場します。また、相撲ファンや解説者が、現在の同一地位における追加の位置を歴史的な呼び方になぞらえて張出と表現する場合もあります。
ただし、そうした説明上の表現と、日本相撲協会が定める現行の番付表記は同じものではありません。
【うらぜきの意味と相撲での位置づけ】よくある質問(FAQ)
Q1:うらぜきは漢字でどう書きますか?
A1:「裏関」と書きます。読み方は「うらぜき」です。精選版日本国語大辞典では、相撲における次位の大関の古称として説明されています。
Q2:裏関は大関より下の地位ですか?
A2:いいえ。裏関は大関の下にある関脇などの地位とは異なります。大関という同じ地位の中で、正位に続く位置を説明する歴史的な呼称です。
Q3:張出大関と裏関は同じ意味ですか?
A3:辞書では裏関を現在の張出大関に相当するものとして説明しています。ただし、裏関は古称であり、張出大関は番付表の枠外に記載される力士の呼称です。用語の成り立ちと使われた時代には違いがあります。
Q4:張出制度はいつ廃止されましたか?
A4:1994年(平成6年)5月場所を最後に廃止されました。同年7月場所から、同じ地位に3人以上の力士がいる場合も番付表の枠内に記載される方式になりました。
Q5:張出横綱や張出大関は2026年にも存在しますか?
A5:正式な番付表記としては存在しません。2026年11月場所では横綱が大の里と豊昇龍、大関が安青錦、琴櫻、霧島の3人となっていますが、張出という表記は使われていません。
Q6:正位とは何ですか?
A6:従来の張出制度において、東西それぞれの基本位置に置かれた力士を指す言葉です。正位という文字が番付表に直接記載されていたわけではありません。
Q7:三役には横綱も含まれますか?
A7:通常の用法では大関・関脇・小結を三役とし、横綱は別格とされます。ただし、三役揃い踏みなどの儀式では横綱も登場します。また、待遇面では大関を除いて関脇・小結のみを三役と呼ぶ場合があります。
まとめ:裏関は大関の次位を表す古称、現代の番付では張出制度も廃止
「うらぜき」は「裏関」と書き、次位の大関を意味する相撲の古称です。精選版日本国語大辞典では、かつての張出大関に相当する言葉として定義されています。
裏関を理解するために欠かせないのが、東西それぞれの基本位置を示す正位と、番付表の枠外に力士名を記載する張出制度です。裏関は大関より下の階級を示すものではなく、同じ大関の地位における位置関係に関連する言葉でした。
そして、1994年5月場所を最後に張出制度が廃止された背景には、若貴フィーバーによる力士数の増加がありました。史上最多となる943人が番付に記載されたことで、張出用の余白を確保することが難しくなり、同年7月場所から新しい記載方式に移行しました。
2026年11月現在、大関が3人いるように、同じ地位に複数の力士が在位することは珍しくありません。しかし、現在は全員が番付の枠内に記載され、張出大関や裏関という正式な表示はありません。
相撲の番付を読むときは、現在の正式な地位と、歴史的な呼称を区別することが大切です。「裏関」という一つの言葉を手掛かりにすると、番付の東西の仕組みや張出制度の変遷、さらには横綱という地位が確立していった歴史まで理解できます。昔の番付表を見る際にも、こうした背景を知っておくと、力士の位置づけをより正確に読み取れるようになります。