2026年11月現在、元日本テレビアナウンサーの上重聡は、フリーアナウンサーとしてテレビ出演、スポーツ関連の仕事、YouTube番組の進行、講演活動などを続けている。2024年3月末に21年間勤務した日本テレビを退社してから約2年半。かつて「ズームイン!!サタデー」の総合司会を務めた人気アナウンサーは、現在どのような仕事をしているのだろうか。
注目されるのは、フリー転身後の仕事の変化だ。2026年2月にはフジテレビ「ぽかぽか」でレギュラー番組がない現状を明かし、同年10月にはTOKYO MX「5時に夢中!」で自虐的な発言を披露した。一方、野球経験を生かした活動や講演会など、テレビのレギュラー出演だけでは見えない仕事もある。PL学園時代の甲子園での激闘、松坂大輔との関係、立教大学での完全試合という異色の経歴も含め、現在の実像を整理する。
【2026年最新】上重聡アナウンサーは現在何をしている?仕事と出演番組を調査
2026年11月6日時点の情報
上重聡の現在を理解するうえで重要なのは、フリー転身後にテレビの固定レギュラーを獲得できたかどうかだけで判断しないことだ。
2026年は、テレビのゲスト出演に加えて、野球を軸にした仕事や講演活動など複数の活動が確認できる。
2026年のテレビ出演とレギュラー番組
2026年2月11日、上重はフジテレビの昼番組「ぽかぽか」にゲスト出演した。
番組ではフリーアナウンサー軍団の一員として登場。紹介時には、かつて「ズームイン!!サタデー」5代目総合司会を務めた経歴が紹介される一方、現在のレギュラー番組が0本であることも話題になった。
ハライチの岩井勇気から、以前出演した際もレギュラーがなかったのに、今回も変わっていないと突っ込まれると、上重は笑いながら「まもなくつきます」と返答した。
このやり取りは、フリー転身後の仕事事情を象徴する場面だった。
加えて、2026年10月16日にはTOKYO MX「5時に夢中!」にゲスト出演している。
同番組では、元NHKアナウンサーの青井実との共演が実現。日本テレビとNHKにそれぞれ2003年に入社した同学年のアナウンサーとして、互いのキャリアについて話題になった。
上重はフリー転身後の状況を自虐的に表現し、青井の仕事と自身の境遇を対比させてスタジオを笑わせた。番組ではMCのポストにも関心を示していたことが話題になっている。
現在確認できる主な活動
| 活動 | 2026年の状況 | 内容 |
|---|---|---|
| 5時に夢中! | ゲスト出演 | 10月16日に出演 |
| ぽかぽか | ゲスト出演 | 2月11日に出演 |
| シューイチ | 出演実績あり | 2026年にも複数回出演 |
| 上原浩治の雑談魂 | 野球関連の活動 | 進行役・アシスタントとして活動 |
| 講演会 | 活動実績あり | 野球経験やテレビ局時代の経験を講演 |
| ゴルフパラダイス | 11月8日放送予定として掲載 | テレビ埼玉・tvkの番組表に出演情報 |
番組出演履歴では、2026年6月、7月、9月、10月にも「シューイチ」への出演が確認できる。また、8月には「ジャンクSPORTS」の出演記録もある。
11月8日には「ゴルフパラダイス THE GAME CHANGER」の出演予定が番組表に掲載されている。
上原浩治のYouTube番組でも活躍
テレビ以外で注目したいのが、元プロ野球選手・上原浩治のYouTubeチャンネル「上原浩治の雑談魂」だ。
上重は同チャンネルで進行役を務め、野球選手や関係者とのトークを支えている。
2025年には、同番組での活動がフリー転身後の仕事として紹介された。さらに2026年10月には、上原浩治とともにMLBのポール・スキーンズを迎えた収録についても報道されている。
テレビ局の看板番組で培った進行能力と、PL学園・立教大学での野球経験を同時に生かせる仕事だ。
2026年の上重聡は仕事がないのか?
「レギュラー番組がない」という話と「仕事がない」という話は、分けて考える必要がある。
2026年2月には本人がレギュラー0本と認めている。しかし、実際にはテレビへのゲスト出演、野球関連のYouTube、講演活動などが続いている。
10月の「5時に夢中!」では仕事がないことを自虐的に語ったものの、それは番組内の笑いを交えた表現でもある。
したがって、現在の状況は、テレビの固定レギュラーを持たない一方で、複数の仕事を組み合わせて活動しているフリーアナウンサーと捉えるのが実態に近い。
【退社理由を検証】上重聡はなぜ21年間勤めた日本テレビを辞めたのか
上重聡が日本テレビを退社したのは、2024年3月31日。
2003年に入社してから約21年間、スポーツ実況、情報番組、バラエティーなど幅広い仕事を担当してきた。
知名度のある局アナが、仕事の予定を確保しないままフリーに転身したことは、当時大きな話題になった。
本人が明かした退社の理由
2024年1月、上重は日本テレビを通じて退社に関するメッセージを発表した。
その中で、今回の決断について、次のような思いを明らかにしている。
「厳しい道ではあるが、人生後悔しないように、チャレンジしたい」
これは、メジャーリーグに挑戦する野球選手の言葉を自分自身にも問いかけたものだった。
局アナとして安定した立場にいることよりも、もう一度自分に負荷をかけ、新しい仕事に挑戦することを選んだという。
また、2024年4月に出演したTOKYO MX「5時に夢中!」では、退社について円満退社だったと説明している。
30代前半からフリー転身を考えていた
2024年4月、松坂大輔のYouTubeチャンネルに出演した際には、フリー転身についてさらに詳しく語っている。
上重によれば、フリーアナウンサーへの挑戦は突然思いついたものではなく、30代前半から考えていたことだった。
本人は局アナを日本のプロ野球選手、フリーアナウンサーをメジャーリーグに挑戦する選手になぞらえ、より厳しい世界に身を置いてみたかったという趣旨を説明した。
日本テレビに在籍していれば、一定の安定とキャリアを維持できる。しかし、その環境に甘んじてよいのかという自問が、退社を決断する背景にあった。
退社直後は仕事が決まっていなかった
興味深いのは、フリー転身後の仕事が事前に確約されていたわけではないことだ。
2024年4月5日の「5時に夢中!」では、何も決まっていない状態で日本テレビを辞めたことを本人が認めている。
同時期にフリー転身した藤井貴彦が「news zero」のキャスターに就任したことと比較し、自分には仕事がないと自虐的に話した。
加えて、当初は所属事務所もマネージャーも置かず、自分で仕事やスケジュールを管理していた。
この状況から見えてくるのは、上重の退社が次の大型番組への移籍ではなく、キャリアを一度リセットして挑戦する選択だったということだ。
【経歴・年表】PL学園から日本テレビ、フリー転身までの歩み
上重聡のキャリアを語る際、アナウンサーとしての実績と野球選手としての実績は切り離せない。
1980年5月2日、大阪府八尾市生まれ。PL学園高校から立教大学へ進み、大学卒業後の2003年に日本テレビへ入社した。
公式プロフィールでも、PL学園での甲子園出場と立教大学での完全試合が代表的な経歴として掲載されている。
上重聡のプロフィール
年代別キャリアと関係者のつながり
上重の経歴を、関係する人物や組織とのつながりから整理すると次のようになる。
甲子園で松坂大輔と戦った延長17回の死闘
上重の野球人生を語るうえで欠かせないのが、1998年8月20日の全国高校野球選手権大会準々決勝だ。
PL学園と横浜高校が対戦し、横浜のエースは後にプロ野球やメジャーリーグで活躍する松坂大輔だった。
試合は9回を終えて5対5。延長戦に突入しても両チームが得点を重ね、17回までもつれ込んだ。
上重はPL学園の投手として7回から登板。17回には横浜の常盤良太に勝ち越し2ランを浴び、最終的に横浜が9対7で勝利した。
松坂が投げた250球目で最後の打者が三振に倒れ、3時間37分に及ぶ試合が決着した。
この試合は高校野球史に残る名勝負として知られている。上重にとっても、投手としての人生を象徴する経験になった。
立教大学で達成した東京六大学野球の完全試合
高校時代の甲子園経験だけではない。大学時代にも、野球史に残る記録を打ち立てている。
2000年10月22日、東京六大学野球秋季リーグ戦の東京大学戦で、上重は完全試合を達成した。
東京六大学野球公式記録室によると、試合結果は立教大学7対0東京大学。上重は87球を投げ、7奪三振で相手打線を一人も出塁させなかった。
この記録は東京六大学野球史上2人目。前回の達成は1964年の慶応大学・渡辺泰輔だった。
73シーズンぶりに達成された記録であり、大学野球の歴史に名を残す快挙だ。
この経験は、後にスポーツ実況や野球番組の進行を担当する際にも大きな強みとなった。
【フリー転身後の年収】上重聡の収入源と生活はどう変わった?
フリーアナウンサーへの転身で、多くの読者が気になるのが年収だろう。
会社員時代には日本テレビから給与を受け取っていたが、独立後は出演料、講演料、番組出演など、仕事ごとの報酬が収入の中心になる。
上重本人も、転身直後から収入について率直に語ってきた。
2024年は仕事が少なく収入も不安定だった
2024年6月に出演した「ダウンタウンDX」では、フリー転身直後の仕事事情を明かした。
当時は事務所にも所属せず、マネージャーもいない状態。5月は仕事がほとんどなく、古巣の「シューイチ」で約1カ月半に1回のロケを担当することが主な仕事だったという。
また、野球関連のYouTube動画への出演料については、1本当たり3万〜5万円と説明していた。
フリー転身後の仕事が必ずしも順調に増えていたわけではなく、収入面でも不安定な時期を経験していた。
2025年には日本テレビ時代の年収を上回ったと発言
状況が変わったのは、フリー転身から約1年が経過した2025年4月だ。
TOKYO MX「5時に夢中!」に出演した際、日本テレビ時代と比較した年収について質問され、上重は次のように説明した。
「まあ、若干超えたぐらいですかね」
つまり、2025年4月時点では、局アナ時代の年収を少し上回ったと本人が明かしている。
ただし、具体的な年収額は公表していない。したがって、ネット上で見かける数百万円、数千万円といった推定額を確定情報として扱うことはできない。
フリー転身後の主な収入源
報道で紹介された仕事を整理すると、次のようになる。
1. スポーツ関連の仕事
野球経験を生かしたスポーツ実況や関連番組への出演。選手としての経験を持つことが、一般的なアナウンサーとの差別化につながっている。
2. YouTube番組の進行
「上原浩治の雑談魂」でアシスタントを務め、野球関係者とのトークを進行する。
3. 講演会
2025年の「5時に夢中!」では、講演会が収入源の大きな部分を占めていると説明した。講演では「ズームイン!!」時代の決めゼリフも披露しているという。
4. 新人アナウンサーの研修
2025年4月には新人研修の仕事も担当していたことを明かしている。
特に注目したいのは講演活動だ。
テレビのレギュラー番組がなくても、野球の経験、甲子園での実績、日本テレビでの21年間の経験は講演テーマとして成立する。
フリー転身後の上重は、テレビ出演だけに収入を依存しない働き方を模索している。
【結婚・独身の真相】上重聡に妻や彼女はいる?現在の恋愛事情
上重聡については、仕事だけでなく結婚や恋愛事情にも関心が集まっている。
1980年生まれで2026年に46歳を迎えた上重だが、これまで結婚を公表した事実は確認できない。
結婚願望について本人が語ったこと
2024年7月、上重は料理トーク番組に出演し、結婚願望について率直に語った。
結婚したい気持ちはあるものの、当時はフリー転身直後で仕事が安定しておらず、自分の生活だけで精いっぱいという心境だったという。
その際、他人の人生を背負う資格が自分にあるのかと考えてしまうことも明かした。
一方で、料理や家事が好きなので、結婚相手には無理をさせず、自分が家事を担いたいという考えも話している。
現在も独身なのか?
2025年5月のインタビューでも、上重は独身男性として紹介されている。
ただし、2026年11月現在の交際相手や恋愛事情について、本人から新たな公表があったことは確認できない。
そのため、現状については、結婚発表は確認されておらず、交際相手などの詳細も公表されていないという整理が妥当だ。
プライベートの情報と、テレビでの発言を混同しないことが大切である。
【評判とフリー転身の実態】上重聡は成功している?今後の課題を分析
上重聡のフリー転身を評価する際には、テレビのレギュラー番組の本数だけでなく、仕事の幅や専門性も見る必要がある。
強みは野球経験とスポーツ実況の実績
上重の大きな強みは、野球選手としての経験を持つアナウンサーであることだ。
PL学園での甲子園出場、松坂大輔との延長17回の試合、立教大学での完全試合という経歴は、スポーツ番組での説得力につながる。
加えて、日本テレビ時代には箱根駅伝、プロ野球、日本シリーズ、北京冬季五輪などの実況も担当した。
単に野球に詳しいだけではなく、競技者としての視点と、放送局で培った伝える技術を持っている点が特徴だ。
自虐を交えたトークも個性になっている
2026年10月の「5時に夢中!」では、同時期にフリー転身した青井実との仕事の違いを自虐的に語った。
青井はフジテレビ「Live News イット!」のキャスターを務める一方、上重は仕事がないと笑いに変えた。
こうした発言からは、かつての局アナとしてのプライドだけにこだわらず、現在の立場をバラエティーの話題にできる柔軟さがうかがえる。
また、2026年には同番組のMCポストにも関心を示していたことが報じられている。
フリー転身の課題は固定番組と仕事の安定性
一方で、課題も明確だ。
局アナ時代は、テレビ局が番組や仕事を割り振り、組織としてスケジュールや出演機会を管理していた。
フリーになると、自ら仕事を獲得し、営業や交渉、スケジュール調整なども行う必要がある。
上重自身も転身直後には、マネージャーを置かず自分で仕事を管理する大変さを語っていた。
2026年になっても、レギュラー番組が0本という状況を本人が話題にしている。テレビの固定ポストを獲得することは、依然として大きな課題と考えられる。
【プロの結論】上重聡のフリー転身をどう評価すべきか
上重のキャリアから読み取れるのは、局アナとしての成功と、フリーアナウンサーとしての成功は必ずしも同じではないということだ。
日本テレビ時代には、看板番組の総合司会やスポーツ実況という実績を積み重ねてきた。しかし、フリー転身後は、その実績が自動的に仕事につながるわけではなかった。
一方で、2025年には局アナ時代を上回る年収を報告し、講演会やYouTubeなどにも活動領域を広げている。
つまり、テレビのレギュラー獲得という点ではまだ課題があるものの、収入源や仕事の種類という面では新しいキャリアを築いている途中だ。
上重の今後を評価するなら、単純な出演本数だけではなく、スポーツ実況、講演、番組進行といった専門性がどこまで継続的な仕事につながるかに注目したい。
【FAQ】上重聡アナウンサーの現在に関するよくある質問
Q1:上重聡アナウンサーは現在何をしていますか?
A1:2026年11月現在、フリーアナウンサーとしてテレビ番組へのゲスト出演、スポーツ関連の仕事、上原浩治のYouTube番組の進行、講演活動などを行っています。
Q2:上重聡に現在レギュラー番組はありますか?
A2:2026年2月には本人がレギュラー0本と明かしています。10月にも「5時に夢中!」にゲスト出演していますが、固定レギュラーへの就任は確認できていません。
Q3:上重聡の日本テレビ退社理由は何ですか?
A3:本人は、安定した局アナの立場を離れ、厳しい環境で新しいことに挑戦したいという思いを説明しています。2024年3月末に21年間勤務した日本テレビを退社しました。
Q4:上重聡のフリー転身後の年収はいくらですか?
A4:正確な金額は公表されていません。2025年4月のテレビ出演では、日本テレビ時代の年収を若干上回ったと本人が話しています。
Q5:上重聡は結婚していますか?
A5:結婚の公表は確認されていません。2024年には結婚願望について語り、2025年のインタビューでも独身として紹介されています。
Q6:上重聡と松坂大輔はどのような関係ですか?
A6:1998年夏の甲子園準々決勝で、上重が所属するPL学園と松坂大輔が所属する横浜高校が対戦しました。延長17回、9対7で横浜が勝利した名勝負です。
Q7:上重聡は立教大学で何を達成しましたか?
A7:2000年10月22日の東京大学戦で完全試合を達成しました。東京六大学野球史上2人目となる快挙で、87球、7奪三振という記録が残っています。
まとめ:上重聡アナウンサーの現在は新しいキャリアを築く挑戦の途中
上重聡は2024年3月末に日本テレビを退社し、21年間の局アナ生活に区切りをつけた。
2026年11月現在は、テレビの固定レギュラーを持たない状況が続いている一方、ゲスト出演、スポーツ関連の仕事、YouTube番組、講演活動などを通じて活動を続けている。
フリー転身後の年収については、2025年に日本テレビ時代を若干上回ったと本人が説明している。少なくとも、テレビ出演の本数だけでは現在の仕事や収入の全体像は判断できない。
PL学園での甲子園出場、松坂大輔との延長17回の激闘、立教大学での完全試合、そして日本テレビでの21年間。こうした経験は、上重聡にとって現在も大きな財産となっている。
今後の注目点は、スポーツ分野での専門性を生かした仕事をどこまで広げられるか、そして本人が希望するテレビのレギュラー番組を獲得できるかという点だ。
かつての人気局アナという肩書だけに頼らず、自分自身の名前と経験で仕事を築こうとする上重聡。そのフリーアナウンサーとしての挑戦は、まだ続いている。