お笑いコンビ「2700」のツネが脱退したのは、2023年8月15日です。脱退の理由は、アメリカでスタンダップコメディに挑戦するという長年の夢でした。しかし、ツネが抜けた後も2700は解散せず、相方の八十島がグループ名を引き継いで活動を続けています。
さらに2026年10月には、代表ネタ「右ヒジ左ヒジ交互に見て」の使用をめぐり、八十島がツネに苦言を呈する騒動が発生。その翌日にはツネが直接謝罪し、ヒジネタを2人の共有ネタとする形で話し合いがまとまりました。2026年11月現在のツネは、ZUMBAインストラクターや動画発信など、新しい分野にも活動の幅を広げています。
【結論】2700ツネは2023年8月15日に脱退!コンビ解散ではなかった
まず押さえておきたいのは、ツネの脱退と2700の解散は別の出来事だという点です。
2023年8月7日、ツネは自身のXなどを通じて、同月15日をもって2700を脱退すると発表しました。吉本興業のオウンドメディア「FANYマガジン」でも発表され、残る八十島は新しいメンバーを募集する方針を明らかにしました。
当時、八十島はツネのアメリカ挑戦を尊重する姿勢を示し、脱退という形であってコンビは残ると説明しています。つまり、2700という名前を消すのではなく、八十島が新体制で継続するという判断でした。
8月15日には、新宿のルミネtheよしもとで2700として最後のステージを実施。ツネは相方の八十島と肩を組んだ写真とともに、15年間の活動への感謝を発信しました。
脱退後、ツネは「ハッピーマン」として新たな活動を開始。一方、八十島は2700の名前を守りながら、新しい相方を探す道を選びました。
この経緯は、2023年8月7日のナタリーによる発表報道や、8月15日のスポーツニッポンの記事でも確認できます。
【脱退理由】ツネがアメリカでスタンダップコメディに挑戦したかった背景
ツネが2700を離れた最大の理由は、アメリカで芸人として活動したいという夢でした。
中学生の頃から抱いていたアメリカへの憧れ
2026年9月30日公開のCHANTO WEBのインタビューで、ツネは中学生の頃からアメリカに憧れ、芸人として現地で活躍することが長年の夢だったと明かしています。
その夢を現実的な目標に変えるきっかけとなったのが、キッチンカーでの活動でした。
コロナ禍に芸人としての仕事が減った時期、ツネはキッチンカー事業にも取り組んでいました。その活動を通じて、アメリカのフェスへの出店を手伝わないかという話が舞い込みます。
現地のジャパンフェスに出店すると同時に、屋外ステージにも出演。アメリカの観客に向けて身体を使った芸を披露したところ、手応えを感じたといいます。
CHANTO WEBのインタビューでは、米国の観客の前で英語を使い、約30分間ステージを盛り上げた経験も紹介されています。
なぜ八十島と一緒に渡米しなかったのか
ツネのインタビューによると、八十島はもともと海外進出に強い関心を持っていなかったとのことです。
一方、ツネはアメリカでの活動を本格化させたいと考えていました。同じコンビで活動を続けながら、海外進出に対する方向性の違いを解消することは簡単ではありません。
そこでツネは、八十島と話し合った末、自分の夢を優先して2700を離れる決断をしました。
この選択は、単なる相方との不仲による離別ではなく、将来の活動方針が異なったことによるキャリア上の転換だったと整理できます。
アメリカ挑戦は実現したのか?ビザ取得を断念した経緯
ここが2026年現在、特に誤解されやすい部分です。
ツネは脱退後、アメリカで約2年間にわたりステージ出演やオーディションに挑戦しました。しかし、本格的に現地で生活しながら芸人活動を続けるには、適切なビザが必要だと判断します。
2026年9月30日のCHANTO WEBのインタビューでは、本人がビザ取得に向けた準備について詳しく説明しています。
日本での出演歴や掲載記事などを集め、弁護士に相談したものの、申請自体は可能でも、当時の実績では十分な強さがないと助言されたそうです。そのため、申請そのものを断念しました。
重要なのは、アメリカ政府からビザを不許可にされたわけではないという点です。申請準備の段階で、実績不足を理由に申請を見送ったという経緯です。
ツネはアメリカ進出を諦めたわけではなく、まず日本で活動基盤を整え、将来的に再挑戦する考えを示しています。
【年表】2700の結成からツネ脱退、2026年の騒動まで
2700の歴史を理解するには、2011年のブレイクから2023年の脱退、そして2026年の再接触までを時系列で見ると分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事 | 内容・意味 |
|---|---|---|
| 2008年 | 2700結成 | 八十島とツネによるお笑いコンビとして活動開始。 |
| 2008年 | キングオブコント決勝進出 | 結成から約8か月で決勝進出。 |
| 2011年 | キングオブコント準優勝 | 「右ひじ左ひじ交互に見て」などの音ネタで人気を獲得。 |
| 2019年 | 謹慎処分 | 事務所を通さない仕事をめぐる問題で約3か月の謹慎。 |
| 2023年8月7日 | 脱退発表 | ツネがアメリカ挑戦を理由に脱退を発表。 |
| 2023年8月15日 | 最後のコンビ出演 | ルミネtheよしもとで2700としての活動を終了。 |
| 2025年 | ZUMBA資格取得 | ツネが新しい活動分野としてインストラクターに挑戦。 |
| 2025年12月 | 膝の半月板損傷 | 手術を受け、ダンス活動を一時休止。 |
| 2026年9月 | 本人インタビュー | 米国での挑戦やビザ問題、ZUMBAの現状を説明。 |
| 2026年10月19日 | ヒジネタ騒動 | 八十島が脱退時の約束をめぐりツネに苦言。 |
| 2026年10月20日 | 謝罪と和解 | ツネが電話で謝罪し、ヒジネタを共有する方向で合意。 |
2011年のキングオブコント準優勝は、2700のキャリアを語るうえで欠かせない実績です。
TBSチャンネルの大会紹介によると、2011年大会ではロバートが優勝し、2700が準優勝。「右ひじ左ひじ交互に見て」と「キリンスマッシュ」という音ネタが大会後も大きな反響を呼びました。
ツネ自身も2026年のインタビューで、準優勝までの道のりは決して順風満帆ではなかったと振り返っています。2008年の初出場では最下位を経験し、その後も大阪から上京してアルバイトをしながら活動を続けていました。
華やかなブレイクの裏には、地道な下積みと挫折があったのです。
【2026年10月】八十島とツネのヒジネタ騒動!謝罪と和解の全容
2026年10月19日、2700の八十島が自身のXで、元相方のツネに対する不満を投稿しました。
問題となったのは、2700の代表的なリズムネタ「右ヒジ左ヒジ交互に見て」の使用です。
発端は脱退時に交わしたヒジネタ禁止の約束
八十島の説明によると、ツネがアメリカでスタンダップコメディに挑戦するため脱退を相談した際、八十島は本人の意思を尊重しました。
ただし、その際に一つの条件を伝えたといいます。それは、2700のネタを今後は使用しないこと。特に代表作のヒジネタについても使用を控えるよう求めたというものです。
八十島は、ツネがその条件を了承したと説明しています。
ところが脱退から3年以上が経過した2026年、ツネが出典元などでヒジネタを披露していることが問題になりました。
八十島は、アメリカでの活動がまだ本格的な移住につながっていないことにも触れ、約束が守られていないことへの不満を表明。「もう応援はしない」とまで投稿しました。
なぜツネはヒジネタを再び披露したのか
翌10月20日、ツネは八十島に電話で直接謝罪しました。
日刊スポーツの報道によると、ツネは脱退後の最初の約1年間はヒジネタを披露することを断っていたものの、周囲から求められる機会が増え、断り切れなくなっていったと説明したそうです。
そして、八十島からヒジネタを今後も使いたいのかと尋ねられ、正直に使いたいと伝えました。
八十島がヒジネタの共有を提案して和解
電話での話し合いを受け、八十島は考えを改めました。
八十島が提案したのは、ヒジネタを自分だけのもの、あるいはツネだけのものとするのではなく、2人のネタとして共有するという考え方でした。
「それなら、ヒジは2人のネタで良いよ」
このやり取りについて、ツネは自身のXで謝罪と感謝を報告。約束を守らなかったことを謝り、八十島が自分の気持ちも聞いてくれたことへの感謝を伝えました。
八十島も同日夜に出典元で電話の内容を説明し、ヒジネタの共有に合意した経緯を明らかにしています。
つまり、10月19日の対立から10月20日の話し合いまで、騒動は比較的短期間で収束に向かいました。
今回の騒動は再結成を意味するのか
ここは慎重に区別する必要があります。
今回の合意は、ヒジネタの使用について2人が話し合い、共有する方向で折り合ったというものです。2700の再結成や、2人でのコンビ活動再開が発表されたわけではありません。
また、ネタの共有について法的な権利関係まで正式に確定したと発表されたわけでもありません。あくまで当事者間の話し合いによる合意として理解するのが適切です。
2026年10月21日の日刊スポーツ、デイリースポーツなども、双方の説明を報じています。
【2026年最新】ツネの現在の活動は?ZUMBA・YouTube・米国再挑戦
2700脱退後のツネは、単にアメリカ進出だけを目指しているわけではありません。複数の仕事や資格取得を通じて、自分の活動基盤を作っています。
① ZUMBAインストラクターとして活動
2026年現在、特に注目されているのがZUMBAインストラクターとしての活動です。
ZUMBAは、ラテン系の音楽などに合わせて身体を動かすダンスフィットネス。ツネは芸人として培ってきたリズム感や身体表現を生かせる分野として、この活動に取り組み始めました。
2025年にインストラクター資格を取得し、各地のイベントやスタジオでレッスンを経験。掲げている目標は、「1年後に1万人とZUMBAを踊ること」です。
単にダンスを教えるだけでなく、芸人としての知名度やエンターテインメント性を生かして、多くの人にZUMBAを知ってもらうことも狙いとしています。
② 膝の手術でZUMBAは一時休止
ただし、ZUMBAの活動は順調なことばかりではありません。
2025年12月、ツネは別の運動が原因で膝の半月板を損傷し、手術を受けました。
2026年9月30日のインタビューでは、手術後の回復に時間がかかっており、ZUMBAをしばらく休んでいると説明。術後に無理をしたことで状態が悪化した経験もあり、焦らず回復を優先する姿勢に切り替えています。
本人によると、取材時点で回復度は約8割。ネオンカラーだった髪色や服装も落ち着いたものに変え、身体を整えることを優先していました。
③ 応急手当普及員の資格も取得
2026年8月には、応急手当普及員の資格を取得したことも紹介されています。
応急手当普及員は、心肺蘇生法やAEDの取り扱いなどを周囲に教えるための認定資格です。
ツネは救急救命士とともに、胸骨圧迫やAEDの使い方を伝える動画制作・発信にも取り組んでいます。
お笑い、ダンス、健康・救命教育と、活動分野が広がっていることが現在の特徴です。
④ YouTubeやキッチンカー事業
ツネは「ツネファミリーちゃんねる」でも家族との日常などを発信しています。また、過去にはキッチンカー事業や動画編集など、芸人以外の仕事にも取り組んできました。
ただし、キッチンカーは売り上げが思うように伸びなかったことや、膝の手術などもあり、2026年9月のインタビュー時点では休止しています。
芸人の仕事だけに収入を依存せず、複数の活動を組み合わせて生活とキャリアを立て直そうとしている点は、ツネの現在を理解するうえで重要です。
⑤ アメリカ再挑戦はまだ諦めていない
アメリカでの長期滞在はビザの問題で実現していませんが、ツネは将来的な挑戦を続ける意向を示しています。
2026年10月20日の八十島の説明でも、ツネはビザの関係でアメリカに住むことは難しいものの、将来的に挑戦したい気持ちは変わっていないと話したとされています。
したがって、2026年11月現在の状況は、アメリカ進出を完全に断念したのではなく、日本で実績を積みながら再挑戦の機会を探している段階です。
【八十島の現在】2700はどうなった?新メンバー募集とツネとの関係
ツネが脱退した後、八十島は2700という名前を残す選択をしました。
2023年8月の脱退発表時には、新メンバーの募集を明言。ツネが抜けても2700の活動を終わらせないという意思を示しました。
2700は八十島を中心に継続
2026年10月の報道でも、八十島のXプロフィールには新メンバーを探している旨が記載されていました。
吉本興業の公式プロフィールについても、2700のメンバーとして八十島の名前が掲載されている状況が報じられています。
つまり、ツネの脱退によって2700という名称そのものが消滅したわけではありません。
八十島とツネの関係は修復されたのか
2026年10月のヒジネタ騒動を見ると、2人の間には脱退時の約束をめぐる認識の違いがあったことが分かります。
八十島は、ツネの新しい挑戦を応援するために送り出した一方、2700の代表ネタを使わないという条件を重視していました。
一方のツネは、周囲から求められるうちにヒジネタを披露するようになり、今回の騒動で改めて八十島に謝罪しました。
電話で話し合った結果、ヒジネタを共有することで合意。少なくとも今回の問題については、双方が歩み寄った形です。
ただし、今後2人がコンビとして再び活動するかどうかは別問題です。八十島には2700を新しい形で続ける考えがあり、ツネにもZUMBAや米国再挑戦など、自分自身の目標があります。
今回の和解は、過去の活動をめぐるわだかまりを整理する一歩と見るのが自然でしょう。
【ツネの2700脱退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2700のツネが脱退したのはいつですか?
A1:2023年8月15日です。8月7日に脱退を発表し、15日のルミネtheよしもと出演を最後にコンビを離れました。
Q2:2700のツネの脱退理由は何ですか?
A2:アメリカでスタンダップコメディに挑戦するためです。中学生の頃からの夢であり、米国のジャパンフェスでのステージ経験が本格的な挑戦を決意するきっかけになりました。
Q3:2026年10月の八十島とツネの騒動はどうなりましたか?
A3:ツネが八十島に電話で直接謝罪しました。その後、八十島がヒジネタを2人の共有ネタにすることを提案し、双方が合意したと報じられています。2700の再結成が決まったわけではありません。
まとめ:2700ツネの脱退は新しい人生への転換点だった
2700のツネがコンビを脱退したのは、2023年8月15日。解散ではなく、アメリカでスタンダップコメディに挑戦するという夢を追うための決断でした。
しかし、アメリカでの活動にはビザという壁があり、申請準備を進めたものの実績不足を指摘され、長期滞在は実現していません。2026年現在は日本で活動基盤を整えながら、ZUMBAインストラクターやYouTube、応急手当の普及など、新しい分野に挑戦しています。
また、2026年10月に発生した八十島とのヒジネタ騒動は、直接謝罪と話し合いによって和解に向かいました。
今回の一連の出来事から見えてくるのは、長年続けたコンビの代表ネタや名前には、本人たちそれぞれの思いがあるということです。独立後も過去の実績をどう扱うかは、芸人にとって簡単な問題ではありません。
今後注目したい要点は3つです。
- ツネが膝の回復を経て、ZUMBAの活動をどこまで本格化できるか。
- 日本での芸能活動を通じて、アメリカ再挑戦に必要な実績を積めるか。
- 八十島が新メンバーを迎え、新しい2700をどのように展開するか。
ツネの脱退は2700の終わりではありませんでした。それぞれが異なる道を歩みながら、2026年10月には再び向き合う機会を得ています。今後の2人の活動は、引き続き注目されそうです。