二所ノ関一門の歴史を理解するには、現在の部屋の名前だけでなく、かつての二所ノ関部屋からどのように分家が生まれたのかを追う必要があります。
二所ノ関部屋の歴史は明治時代にさかのぼる
二所ノ関部屋の起源は明治時代にあります。東北大学に公開された文化人類学の博士論文『現代に息づく大相撲の「伝統」に関する文化人類学的研究』では、明治42年(1909年)、友綱部屋出身の2代海山太郎が弟子を連れて独立したことが、二所ノ関部屋の創設として説明されています。
その後、横綱・玉錦が部屋を大きく発展させました。玉錦の死後は弟子の玉ノ海が継承し、独立を希望する親方を支援する方針を打ち出したとされています。
この独立を認める考え方が、二所ノ関系の部屋が増えていく背景になりました。
二所ノ関一門の歴代親方と主要な分家
歴史上の主要な師匠や部屋の継承を整理すると、次のようになります。
- 二所ノ関部屋: 2代海山から玉錦、玉ノ海、佐賀ノ花、十勝岩、金剛へと継承。
- 佐渡ヶ嶽部屋: 初代琴錦が1955年に独立。琴ヶ濱、琴櫻、琴ノ若などを育てた。
- 片男波部屋: 元玉乃海の片男波親方が率いた系統。
- 花籠部屋: 元大ノ海の花籠親方から、二子山・放駒などの分家が生まれた。
- 大鵬部屋: 横綱・大鵬が独立して創設し、後の大嶽部屋につながる系統。
- 鳴戸部屋: 元隆の里が率い、稀勢の里や高安、若の里らを育てた。
- 田子ノ浦部屋: 鳴戸部屋の継承を経て、現在の田子ノ浦部屋へつながる。
この系譜で特に重要なのは、部屋の独立が一門の分裂を意味するわけではなかったことです。独立後も同じ一門に所属し、協力関係を維持するケースが多くありました。
本家の二所ノ関部屋は2013年に閉鎖している
意外に知られていないのが、歴史上の本家である二所ノ関部屋が、現在まで同じ形で存続しているわけではないという事実です。
旧二所ノ関部屋は2013年の初場所を最後に閉鎖されました。その後、元大関・若嶋津の松ヶ根親方が2014年12月に二所ノ関の名跡を取得し、部屋を再興しました。
さらに2021年、元横綱・稀勢の里の荒磯親方が二所ノ関の名跡を継承。現在の二所ノ関部屋へと名称が変わりました。
つまり、現在の二所ノ関部屋は、歴史的な旧本家の組織がそのまま続いてきたものではありません。伝統ある名跡を受け継ぎ、新たな部屋として発展している存在です。
現在の17部屋につながる分家の流れ
現在の一門には、歴史的な二所ノ関系だけでなく、別の系統から加入した部屋もあります。
特に注目したいのは次の流れです。
1.佐渡ヶ嶽から鳴戸・秀ノ山へ
佐渡ヶ嶽部屋からは鳴戸部屋が2017年に独立しました。鳴戸部屋の師匠は元大関・琴欧洲です。
また、2024年には元大関・琴奨菊が秀ノ山部屋を創設しています。両部屋は、現在の佐渡ヶ嶽系の広がりを示す存在です。
2.田子ノ浦から西岩・二所ノ関へ
元若の里の西岩親方は、2018年に田子ノ浦部屋から独立しました。
元稀勢の里も田子ノ浦部屋の出身で、荒磯部屋を創設した後、二所ノ関部屋へ名称を変更しています。
このため、二所ノ関部屋と西岩部屋には、田子ノ浦部屋を介した歴史的なつながりがあります。
3.放駒から芝田山へ
元魁傑の放駒部屋からは、元大乃国の芝田山部屋が生まれました。
元魁傑の放駒部屋が師匠の定年に伴って閉鎖される際、部屋の継承・併合を経て現在の芝田山部屋につながっています。
4.尾車系から押尾川・中村へ
元琴風の尾車部屋からは、元豪風の押尾川部屋が2022年に独立しました。
一方、元嘉風は尾車部屋の閉鎖後、二所ノ関部屋に移籍し、2024年に中村部屋を創設しています。
同じ尾車系でも、その後の独立や移籍によって異なる部屋へつながっているのです。
【勢力図と現在の役割】二所ノ関一門は相撲協会でどれほどの影響力を持つ?

二所ノ関一門は、部屋数で見ると五つの一門の中で最大規模です。しかし、部屋数が多いことと、日本相撲協会の運営における影響力が最大であることは同じではありません。
五つの一門を比較すると二所ノ関は部屋数で最多
2026年10月31日時点の各一門の部屋数と親方数を比較すると、次のようになります。
一門別の所属部屋・親方数の集計。
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ここで注目すべきなのは、二所ノ関一門が17部屋で最多である一方、親方数では出羽海一門の35人に次ぐ27人という点です。
二所ノ関一門は、部屋のネットワークという意味では大きな勢力ですが、親方の人数だけを見れば一番ではありません。
一門の役割は連合稽古と協会運営への参加
相撲の一門には、主に次のような役割があります。
連合稽古
通常、力士は所属部屋で稽古を積みます。しかし、本場所前などには同じ一門の力士が集まって連合稽古を行うことがあります。
普段は異なる部屋で生活する力士が同じ土俵で稽古するため、実戦的な相手と取り組む機会が増えます。
2025年11月2日には佐渡ヶ嶽部屋で二所ノ関一門の連合稽古が行われ、大の里と琴櫻の稽古も記録されています。
一門の枠組みは、単なる親方同士の政治的な集まりではなく、力士の交流や稽古環境にも関係しているのです。
理事候補の調整
一門の存在が特に注目されるのが、日本相撲協会の役員候補選です。
協会の理事は定員10人、副理事は定員3人。各一門は候補者を調整し、協会運営に関わる親方を送り出します。
2026年1月23日に届け出が締め切られた理事候補選では、二所ノ関一門から次の親方が候補に選ばれました。
- 佐渡ヶ嶽親方(元琴ノ若)
- 高田川親方(元安芸乃島)
- 片男波親方(元玉春日)
副理事候補には浜風親方(元五城楼)が選ばれています。
この選挙では理事10人に対して候補者10人、副理事3人に対して候補者3人となり、4期連続の無投票が決まりました。
二所ノ関一門は、理事候補を3人擁立するだけの組織力を持っていることが分かります。
一門に所属することは理事の座を保証するものではない
一門ごとに候補者を調整する仕組みがあるからといって、部屋数が多い一門ほど必ず多くの理事を確保できるわけではありません。
親方の人数、候補者の選定、協会内での役職、定年による世代交代など、複数の要素が関係します。
また、理事候補選と実際の役員選任は区別する必要があります。候補者が決まった後、評議員会の承認を経て理事が選任されます。
二所ノ関一門の勢力を評価する際は、所属部屋数だけでなく、親方の人数や役員候補の顔ぶれも合わせて見ることが重要です。
【所属の見分け方】日本相撲協会は一門の所属を公表している?
二所ノ関一門について調べる際、最も注意したいのが所属情報の確認方法です。
日本相撲協会は公式サイトで相撲部屋の一覧や師匠、所属力士、親方の名跡などを公開しています。
しかし、部屋ごとの一門所属をまとめた公式一覧は公表していません。
そのため、ネット上で見かける一門別の相関図や所属部屋一覧は、協会の公開情報に報道や歴史資料を組み合わせて作成された分類です。
一門の所属を確認するときの4つの判断基準
1.現在の所属部屋を確認する
最初に、日本相撲協会の公式サイトで力士の所属部屋を確認します。
例えば、大の里は二所ノ関部屋、琴櫻は佐渡ヶ嶽部屋、高安は田子ノ浦部屋です。
現役時代の所属部屋と現在の所属部屋を混同しないことが基本です。
2.師匠の現役時代の四股名を確認する
師匠の現役時代の四股名を調べると、部屋の歴史的な系譜をたどりやすくなります。
稀勢の里、玉乃島、琴ノ若、嘉風などの四股名は、それぞれの部屋の歴史を調べる手掛かりになります。
3.独立・移籍・継承の経緯を調べる
部屋の名称だけでは一門を判断できません。
例えば、湊部屋と錣山部屋は歴史的には時津風系ですが、2018年に二所ノ関一門へ加入しました。
また、旧貴乃花一門に所属していた阿武松部屋や大嶽部屋も、2018年の一門再編によって二所ノ関一門に加わっています。
4.直近の報道・一門会の情報と照合する
一門所属は、歴史的な出身系統と必ずしも一致しません。
一門会への参加、所属変更に関する報道、理事候補選の擁立状況などを確認すると、現在の所属を把握しやすくなります。
よくある誤解と実際の違い
- 誤解:二所ノ関一門は二所ノ関部屋だけの集まり。
実際:2026年10月末時点で17部屋が所属するグループです。
- 誤解:同じ一門なら、すべて同じ歴史的系統。
実際:他の一門から加入した部屋もあります。
- 誤解:部屋数が最多なら、協会の理事も必ず最多。
実際:親方数や候補者調整など、複数の要素が関係します。
- 誤解:現在の二所ノ関部屋は明治時代から続く旧本家そのもの。
実際:旧本家は2013年に閉鎖され、現在の部屋は名跡の継承を経て再編されたものです。
こうした違いを押さえておけば、一門の勢力図や相撲部屋の系譜をより正確に読み取れます。
【二所ノ関一門に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:二所ノ関一門には何部屋ありますか?
A1:2026年10月31日時点の分類では17部屋です。二所ノ関部屋、佐渡ヶ嶽部屋、田子ノ浦部屋、中村部屋、放駒部屋などが所属しています。
Q2:稀勢の里が師匠を務める二所ノ関部屋には誰がいますか?
A2:横綱・大の里や白熊などが所属しています。師匠は元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方です。
Q3:琴櫻と大の里は同じ一門ですか?
A3:はい。同じ二所ノ関一門です。ただし、琴櫻は佐渡ヶ嶽部屋、大の里は二所ノ関部屋に所属しており、所属する相撲部屋は異なります。
Q4:高安は二所ノ関一門ですか?
A4:はい。高安は田子ノ浦部屋所属で、田子ノ浦部屋は二所ノ関一門に分類されています。
Q5:二所ノ関一門の所属は公式サイトで確認できますか?
A5:日本相撲協会は部屋や親方の情報を公開していますが、一門別の公式所属一覧は公表していません。報道や相撲の歴史資料を照合して確認する必要があります。
まとめ:二所ノ関一門は系譜と現在の所属を分けて理解する
二所ノ関一門は、明治時代から続く二所ノ関部屋の歴史を源流とし、佐渡ヶ嶽、片男波、放駒、田子ノ浦などの分家や、後年に加入した部屋によって発展してきた組織です。
2026年10月31日時点の整理では、17部屋・親方27人。部屋数では五つの一門の中で最大ですが、親方数では出羽海一門に次ぐ規模です。
稀勢の里が率いる二所ノ関部屋、大の里、佐渡ヶ嶽部屋の琴櫻、田子ノ浦部屋の高安、中村部屋の嘉風、放駒部屋の玉乃島など、各部屋の師匠と力士をたどることで、一門の広がりが見えてきます。
【プロの結論】二所ノ関一門を理解する際に最も大切なのは、「どの部屋から独立したのか」という歴史的な系譜と、「現在どの一門に所属しているのか」という組織上の区分を混同しないことです。
相撲部屋の歴史は、師匠の引退や継承、弟子の独立、一門の再編によって変化します。所属部屋だけでなく、親方の経歴や理事候補選の動きまで追うことで、番付表だけでは見えない大相撲の組織構造を理解できます。
今後も二所ノ関部屋の大の里をはじめ、佐渡ヶ嶽部屋や田子ノ浦部屋の力士たちの活躍と、新たな親方の独立・部屋継承が、一門の勢力図を読み解く要点になります。