2026年の大相撲で、横綱・大の里を擁する二所ノ関部屋。その背景にあるのが、数々の名力士を輩出してきた二所ノ関一門です。2026年11月場所時点では、二所ノ関部屋をはじめ、佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、放駒部屋、高田川部屋など、17部屋が所属する一門として整理されています。五つある大相撲の一門のなかでも、部屋数は最多です。
その歴史をたどると、戦前の名横綱・玉錦が発展させた二所ノ関部屋と、後を継いだ玉ノ海梅吉による分家独立の奨励に行き着きます。一方、現在の二所ノ関部屋は、元横綱・稀勢の里が2021年に荒磯部屋から名称を変更して発足させた部屋です。歴史上の本家との関係や、現在の所属17部屋、師匠と力士、一門と部屋の違いまで整理します。
【基礎知識】二所ノ関一門とは?相撲部屋との違いと現在の役割

二所ノ関一門とは、複数の相撲部屋が歴史的な師弟関係や親方同士のつながりを通じて形成しているグループです。大相撲には、出羽海一門、二所ノ関一門、時津風一門、高砂一門、伊勢ヶ濱一門という五つの一門があります。
一門は単に同じ名前を持つ部屋の集まりではありません。師匠同士の協力、合同稽古、親方の組織的な連携など、相撲界の運営にも関係する存在です。共同通信の用語解説でも、一門は伝統的な部屋の系統に基づく集まりであり、役員候補選挙や冠婚葬祭などで協力する関係として説明されています。
一門と相撲部屋は何が違うのか
初めて大相撲の組織を調べる人が混同しやすいのが、一門と部屋の違いです。両者は上下関係というより、役割の異なる二つの組織単位と考えると理解しやすくなります。
相撲部屋は、力士が所属し、師匠の指導を受けながら稽古や日常生活を送る直接的な組織です。所属力士の育成や部屋の運営は、それぞれの師匠が担います。
一門は、複数の相撲部屋を横断して結び付ける組織です。部屋同士の交流や合同稽古、親方間の協力などが主な役割となります。
例えば、横綱・大の里は二所ノ関部屋に所属しています。同部屋は二所ノ関一門の一部でもありますが、大の里の直接の師匠は二所ノ関親方(元稀勢の里)です。一門の親方が全力士を直接指導するわけではありません。
一門内の力士同士は本場所で対戦する?
かつては同じ一門の力士同士を本場所で対戦させない仕組みがありました。しかし、現在は一門が同じという理由だけで取組が禁止されることはありません。同じ一門の別々の部屋に所属する力士同士なら、本場所で対戦することがあります。
現在も基本的に対戦が組まれないのは、同じ相撲部屋に所属する力士同士です。この違いを理解しておくと、番付や取組表を見るときにも混乱しません。
また、日本相撲協会は2018年9月、協会所属の親方が五つの一門のいずれかに所属することや、一門に関する規程の整備を決定しました。一門は単なるファン向けの呼称ではなく、協会運営にも関わる組織的な位置付けを持っています。
【2026年最新版】二所ノ関一門の所属17部屋と師匠・主な力士一覧
2026年11月場所時点で、二所ノ関一門に属する部屋として整理されているのは次の17部屋です。日本相撲協会の各部屋紹介や、2026年10月末時点の部屋情報を基に、師匠と主な関取をまとめました。
特に注目したいのは、横綱・大の里の二所ノ関部屋だけでなく、大関・琴櫻の佐渡ヶ嶽部屋、王鵬の大嶽部屋、高安の田子ノ浦部屋など、複数の部屋が幕内上位で存在感を示していることです。
| 所属部屋 | 現在の師匠(現役時代の四股名) | 主な関取・注目力士 |
|---|---|---|
| 二所ノ関部屋 | 二所ノ関 寛(稀勢の里) | 大の里、白熊 |
| 佐渡ヶ嶽部屋 | 佐渡ヶ嶽 満宗(琴ノ若) | 琴櫻、琴勝峰、琴栄峰 |
| 高田川部屋 | 高田川 勝巳(安芸乃島) | 輝、竜電、湘南乃海 |
| 片男波部屋 | 片男波 良二(玉春日) | 玉鷲、玉正鳳 |
| 芝田山部屋 | 芝田山 康(大乃国) | 該当する幕内・十両力士なし |
| 押尾川部屋 | 押尾川 旭(豪風) | 風賢央 |
| 鳴戸部屋 | 鳴戸 勝紀(琴欧洲) | 欧勝馬 |
| 西岩部屋 | 西岩 忍(若の里) | 該当する幕内・十両力士なし |
| 田子ノ浦部屋 | 田子ノ浦 伸一(隆の鶴) | 高安 |
| 放駒部屋 | 放駒 新(玉乃島) | 一山本 |
| 阿武松部屋 | 阿武松 健二(大道) | 阿武剋 |
| 大嶽部屋 | 大嶽 大輔(玉飛鳥) | 王鵬 |
| 錣山部屋 | 錣山 矩幸(豊真将) | 阿炎 |
| 湊部屋 | 湊 孝行(湊富士) | 該当する幕内・十両力士なし |
| 湊川部屋 | 湊川 貴信(貴景勝) | 隆の勝、若ノ勝 |
| 中村部屋 | 中村 雅継(嘉風) | 嘉陽、友風 |
| 秀ノ山部屋 | 秀ノ山 和弘(琴奨菊) | 該当する幕内・十両力士なし |
一覧の見方:師匠は2026年10月末時点の部屋情報に基づくものです。主な関取は2026年11月場所の番付を基準にしています。「該当する幕内・十両力士なし」は、幕下以下に力士がいないという意味ではありません。
この一覧のうち、二所ノ関部屋、佐渡ヶ嶽部屋、高田川部屋、片男波部屋などは、歴史的な分家関係をたどるうえでも重要です。押尾川部屋や阿武松部屋、放駒部屋などは、さらに独立や継承を重ねて現在の形になっています。
なお、一門への所属区分は日本相撲協会の公式な部屋一覧とは別に整理される情報です。協会公式サイトは各部屋の師匠、所在地、所属力士などを掲載していますが、一門別の所属17部屋を公式名簿として公表しているわけではありません。
【歴史と系譜】玉錦が発展させ、玉ノ海が広げた二所ノ関一門
二所ノ関一門の歴史を理解するには、まず現在の二所ノ関部屋という名称だけでなく、明治時代から続く旧二所ノ関部屋の系譜を知る必要があります。
明治42年に始まった二所ノ関部屋
旧二所ノ関部屋の起源は、1909年(明治42年)にさかのぼります。友綱部屋に所属していた関脇・海山が二所ノ関を襲名し、引退後に部屋を興したことが始まりです。
その後、昭和に入って第32代横綱・玉錦が登場します。玉錦は現役力士でありながら親方としても部屋を率いる二枚鑑札を務め、二所ノ関部屋を発展させました。
玉錦が亡くなった1938年には、弟子の玉ノ海梅吉が二枚鑑札で部屋を継承します。ここから二所ノ関一門の大きな特徴となる、分家独立の歴史が始まります。
玉ノ海梅吉が進めた分家独立
玉ノ海の時代に特徴的だったのは、弟子を育てて独立する意思のある親方に、部屋を持つ機会を与える考え方です。部屋付き親方が自分の弟子を育てられる環境を整えることが、結果として一門全体の発展につながりました。
玉ノ海が年寄名跡を佐賀ノ花に譲った後、二所ノ関部屋からは芝田山、花籠、佐渡ヶ嶽、片男波、大鵬などの系統が広がっていきます。
特に注目したいのが、次のような分家関係です。
- 二所ノ関部屋から佐渡ヶ嶽部屋:琴錦などが師匠を務めた系統で、後に琴櫻、琴欧洲などの大関・横綱級の力士を輩出する。
- 二所ノ関部屋から片男波部屋:元玉乃海が独立した系統で、現在も玉鷲らが所属する。
- 二所ノ関部屋から花籠部屋:大ノ海が率いた系統で、初代若乃花の二子山部屋につながる。
- 二所ノ関部屋から大鵬部屋:横綱・大鵬が独立して創設した系統で、現在の大嶽部屋にも歴史がつながる。
- 二所ノ関部屋から押尾川部屋:大麒麟が独立した系統で、後に阿武松部屋などへとつながる。
こうした独立が重なった結果、二所ノ関一門は一つの本家部屋だけでは説明できない大きな系統になりました。
旧二所ノ関部屋の本家はなぜ消滅したのか
旧二所ノ関部屋は、二所ノ関親方を継承した元関脇・金剛の時代まで続きました。しかし、師匠の健康問題や後継者の問題などから、2013年1月の初場所を最後に閉鎖されます。
この閉鎖は、横綱・大鵬や玉錦を生んだ名門の歴史にとって大きな転換点でした。ただし、部屋の閉鎖によって一門そのものが消滅したわけではありません。すでに独立していた佐渡ヶ嶽、片男波、花籠の系統などが、それぞれの部屋を通じて伝統を受け継いでいました。
つまり、二所ノ関一門は「本家がなくなったのに、分家が発展して存続した」という特徴を持っています。この点が、現在の一門の系譜を理解するうえで重要です。
【歴代力士と現在の注目株】二所ノ関一門を代表する名力士たち
二所ノ関一門の魅力は、長い歴史のなかで横綱や大関を数多く生み出してきたことです。旧二所ノ関部屋から独立した部屋も含めると、戦前から現代まで、相撲史に名を残す力士が並びます。
歴代の代表的な力士
玉錦は、第32代横綱であり、二所ノ関部屋の中興を担った人物です。現役時代から親方として部屋の運営にも携わり、後の一門の発展につながる基盤を作りました。
玉ノ海梅吉は玉錦の後を継いだ親方です。自身の現役時代の実績だけでなく、弟子の独立を後押ししたことが、二所ノ関一門の系譜に大きな影響を与えました。
大鵬は第48代横綱で、幕内優勝32回を記録した昭和の大横綱です。二所ノ関部屋を代表する存在であり、独立後には大鵬部屋を率いました。
初代若乃花は第45代横綱で、花籠系統から生まれた二子山部屋の象徴的な存在です。後の二子山系統からも多くの名力士が育ちました。
このほか、佐賀ノ花、大麒麟、力道山、琴ヶ濱なども旧二所ノ関部屋の歴史を語るうえで欠かせない人物です。
2026年に注目したい現役力士
2026年11月場所では、二所ノ関一門の複数の部屋に注目力士が在籍しています。
- 大の里(二所ノ関部屋):第75代横綱。稀勢の里が育てた現在の一門を象徴する存在。
- 琴櫻(佐渡ヶ嶽部屋):大関として活躍する佐渡ヶ嶽部屋の看板力士。
- 高安(田子ノ浦部屋):長年にわたり幕内上位で活躍してきた実力者。
- 王鵬(大嶽部屋):大鵬の系譜につながる大嶽部屋を代表する力士。
- 阿炎(錣山部屋):独自の突き押し相撲で存在感を示す幕内力士。
- 玉鷲(片男波部屋):長い現役生活と力強い突き押しで知られるベテラン。
- 一山本(放駒部屋):幕内で活躍する放駒部屋の主力力士。
- 隆の勝(湊川部屋):元大関・貴景勝が率いる新しい体制を代表する力士。
2026年11月場所の番付は10月30日に更新され、大の里は横綱、琴櫻は大関として掲載されています。二所ノ関一門は、歴史的な名力士を輩出してきただけでなく、現在も上位番付に複数の力士を送り込んでいる点が特徴です。
【稀勢の里と大の里】現在の二所ノ関部屋はどのように誕生した?
二所ノ関一門を検索する人が特に気になるのが、元横綱・稀勢の里が率いる現在の二所ノ関部屋です。ここで押さえておきたいのは、現在の部屋と2013年に閉鎖された旧二所ノ関部屋の歴史には、名称の継承と部屋の運営上の変遷があるという点です。
2013年の閉鎖から2014年の復活へ
2013年1月、元関脇・金剛が率いていた旧二所ノ関部屋は閉鎖されました。しかし、伝統ある二所ノ関の名跡と部屋の名称は、その後も受け継がれます。
2014年12月には、元大関・若嶋津の松ヶ根親方が二所ノ関を襲名し、松ヶ根部屋が二所ノ関部屋に改称されました。これによって二所ノ関部屋の名称が復活します。
2021年、稀勢の里が二所ノ関を襲名
次の大きな転換点は2021年12月です。元横綱・稀勢の里の荒磯親方が年寄二所ノ関を襲名し、荒磯部屋の名称も二所ノ関部屋へ変更されました。
一方、それまでの二所ノ関部屋は、元関脇・玉乃島の放駒親方が継承して放駒部屋となりました。つまり、部屋の名称と師匠の継承が同時に行われたのです。
この経緯を整理すると、現在の二所ノ関部屋は、2013年に閉鎖された旧部屋がそのまま同じ形で復活したものではありません。松ヶ根部屋による名称復活を経て、2021年に荒磯部屋が二所ノ関部屋となったものです。
稀勢の里が育てた横綱・大の里
現在の二所ノ関親方は、第72代横綱・稀勢の里です。本名は萩原寛で、茨城県出身。日本相撲協会の公式プロフィールにも、二所ノ関親方として掲載されています。
現役時代は横綱まで上り詰め、引退後は指導者として後進の育成に取り組んできました。その指導の成果を象徴するのが、現在の横綱・大の里です。
大の里は第75代横綱に昇進し、二所ノ関部屋の看板力士となりました。部屋の公式ホームページには、若乃花、隆の里、稀勢の里、大の里という四人の横綱の名前が掲げられています。
「横綱から横綱を。」
二所ノ関部屋の公式サイトに掲げられた言葉です。
これは単に強い力士を育てるという目標にとどまりません。横綱経験者が自らの経験を弟子に伝え、次の横綱を育成するという部屋の理念を表しています。
2026年の二所ノ関部屋は、大の里だけでなく、十両の白熊や幕下以下の力士も含めた育成の場です。現役時代の実績を持つ師匠が、どのように次世代の力士を育てていくかという点でも注目されています。
【所属は公式発表?】二所ノ関一門17部屋の情報を正しく見分ける方法
二所ノ関一門を調べる際に注意したいのが、17部屋という数字や所属区分の扱いです。
日本相撲協会は2018年に親方の一門所属を義務付ける方針を決定し、一門の位置付けを明確にするための規程整備を進めました。したがって、一門そのものは単なるファンの分類ではありません。
しかし、相撲協会の公式サイトに掲載されているのは、基本的に各部屋の師匠、所属力士、所在地などの情報です。二所ノ関一門にどの17部屋が所属するかという一覧が、協会公式の一門別名簿として公開されているわけではありません。
17部屋という数字はどのように確認する?
17部屋という区分は、日本相撲協会の各部屋情報に加え、相撲専門媒体による系譜の整理や報道などを照合したものです。部屋の名称や師匠は公式情報で確認できますが、一門への所属区分は、親方同士の関係や歴史的な独立経緯などを踏まえて判断されています。
このため、次の三つを分けて考えると、情報の混乱を避けられます。
- 公式に確認できる情報:部屋名、師匠、所属力士、所在地、番付。
- 系譜資料から整理する情報:どの部屋から独立したか、師弟関係、歴史的な分家のつながり。
- 一門の所属情報:親方や部屋の関係を基にした一門別の分類。公式の部屋情報とは区別して扱う必要がある。
2026年の大きな変更は湊川部屋の誕生
2026年の所属部屋一覧で押さえておきたい変更が、湊川部屋の発足です。
日本相撲協会は2025年11月27日の理事会発表で、2026年1月26日付で元大関・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承し、湊川部屋とすることを承認しました。
これにより、常盤山部屋という名称は湊川部屋に変わり、隆の勝や若ノ勝らの所属も新しい部屋名に移っています。
このように、部屋の継承や名称変更によって一門の所属部屋一覧も変わる可能性があります。2026年の情報を調べるときは、過去の一覧をそのまま使うのではなく、最新の番付と協会の部屋情報を確認することが大切です。
【よくある質問】二所ノ関一門に関するFAQ
Q1:二所ノ関一門には2026年現在、何部屋が所属していますか?
A1:2026年11月場所時点では17部屋です。二所ノ関部屋、佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、田子ノ浦部屋、放駒部屋などが含まれます。五つの一門のなかで部屋数が最も多いグループです。
Q2:二所ノ関一門の現在の中心となる親方は誰ですか?
A2:二所ノ関部屋を率いる二所ノ関寛親方、元横綱・稀勢の里が代表的な存在です。ただし、一門全体を一人の師匠が直接運営しているわけではなく、それぞれの部屋に師匠がいます。
Q3:二所ノ関一門で現在最も注目されている力士は誰ですか?
A3:2026年11月場所時点では、二所ノ関部屋の横綱・大の里が代表的な存在です。そのほか、佐渡ヶ嶽部屋の大関・琴櫻、田子ノ浦部屋の高安、大嶽部屋の王鵬なども注目されています。
Q4:佐渡ヶ嶽部屋や片男波部屋も二所ノ関一門ですか?
A4:はい。どちらも二所ノ関一門に属する部屋として整理されています。歴史的にも旧二所ノ関部屋から広がった分家の系統に位置付けられます。
Q5:二所ノ関一門の所属部屋は日本相撲協会が公式発表していますか?
A5:一門への所属に関する制度的な位置付けはありますが、17部屋の一覧が協会公式の一門別名簿として公表されているわけではありません。各部屋の公式情報と歴史的な系譜、報道などを照合して確認する必要があります。
Q6:現在の二所ノ関部屋は玉錦や大鵬がいた旧二所ノ関部屋と同じですか?
A6:名称と伝統的な名跡は受け継がれていますが、運営上の歴史は異なります。旧二所ノ関部屋は2013年に閉鎖され、2014年に松ヶ根部屋の改称で名称が復活しました。その後、2021年に稀勢の里が率いる荒磯部屋が二所ノ関部屋となり、現在に至っています。
まとめ:二所ノ関一門の本質は分家の系譜と次世代への継承にある
二所ノ関一門は、玉錦が発展させた旧二所ノ関部屋を源流とし、玉ノ海梅吉による分家独立の奨励を通じて大きく広がった相撲界の伝統的なグループです。佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、花籠系統、大鵬部屋など、多くの名門がその歴史に連なっています。
2026年11月場所時点では17部屋が所属する一門として整理され、横綱・大の里をはじめ、琴櫻、高安、王鵬、阿炎などの力士が活躍しています。加えて、元大関・貴景勝が率いる湊川部屋の誕生も、現在の一門が変化し続けていることを示しています。
【プロの結論】 二所ノ関一門を理解するうえで大切なのは、「部屋の名前」「師匠の継承」「一門の系譜」を同じものとして扱わないことです。旧二所ノ関部屋が閉鎖されても一門が存続し、後に別の部屋が二所ノ関の名称を継承したように、相撲界では名称と組織の歴史が必ずしも一致しません。
歴史を知りたい人は玉錦から玉ノ海、佐賀ノ花へと続く系譜を、現在の勢力を知りたい人は2026年の17部屋と師匠、所属力士を確認すると、二所ノ関一門の全体像をより正確に把握できます。
そして、稀勢の里が育てた大の里の活躍は、かつて玉錦や大鵬らが築いた二所ノ関の伝統が、現代の土俵へとつながっていることを象徴しています。次世代の横綱や大関をどの部屋が育てるのか。その動向こそ、2026年以降も二所ノ関一門を追い続ける大きな見どころです。
編集上の重要な確認点: 2026年11月場所の番付と、2026年10月末時点の部屋情報を基準に構成しています。一門別17部屋の区分は協会公式の一門別名簿ではなく、公開情報と系譜資料に基づく整理です。