ホーム スポーツ セルティック日本人選手10人の歴代実績と2026年最新移籍先・不在の理由を徹底解説

セルティック日本人選手10人の歴代実績と2026年最新移籍先・不在の理由を徹底解説

氷室 美冬 氷室 美冬 • 更新: • 公開: • 読了約 26 分
目次

スコットランドの名門セルティックFCには、これまで中村俊輔、古橋亨梧、前田大然、旗手怜央ら、多くの日本人選手が在籍してきた。日本人選手との結びつきは2005年の中村俊輔加入から始まり、リーグ優勝や国内カップ制覇、欧州大会での活躍を通じて、クラブの歴史に大きな足跡を残している。

しかし、2026年11月現在、セルティックのトップチームに日本人選手は在籍していない。前田大然はイプスウィッチ、旗手怜央はバーンリーへ移籍し、山田新はベルギーのOHルーヴェンへ期限付き移籍。稲村隼翔もFC東京への完全移籍が決まった。一方、山田はセルティックとの契約を残したまま期限付き移籍しているため、契約上の所属と実際のプレー先は区別する必要がある。

【2026年最新】セルティック日本人選手の現在と移籍先は?

セルティック日本人

2026年11月現在、セルティックの日本人選手を取り巻く状況は大きく変化している。2025年12月には日本人選手4人が在籍していたが、その後の移籍市場で全員がクラブのトップチームを離れた。

2026年現在の主な日本人選手の所属先

  • 中村俊輔:現役引退。2026年から日本代表コーチ。
  • 水野晃樹:2025年に現役引退。
  • 古橋亨梧:LAギャラクシー(アメリカ)。
  • 前田大然:イプスウィッチ・タウン(イングランド)。
  • 旗手怜央:バーンリー(イングランド)。
  • 井手口陽介:ヴィッセル神戸(日本)。
  • 小林友希:ヤギエロニア・ビャウィストク(ポーランド)。
  • 岩田智輝:バーミンガム・シティ(イングランド)。
  • 山田新:OHルーヴェン(ベルギー)。セルティックから期限付き移籍。
  • 稲村隼翔:FC東京(日本)。2026年6月に完全移籍。

このうち、2026年の移籍で特に注目されたのが、前田、旗手、山田、稲村の4人だ。

前田大然は2026年7月25日、イングランドのイプスウィッチ・タウンへ移籍した。セルティックでの4年半にわたる活動を終え、プレミアリーグで新たな挑戦を始めることになった。移籍金は約1,000万ポンドと報じられている。

旗手怜央は同年9月2日、イングランド2部のバーンリーへの移籍が発表された。セルティック公式発表によれば、4年半の在籍で191試合に出場し、33ゴールを記録。5年連続のリーグ優勝にも貢献した。

古橋亨梧は2025年1月にフランスのレンヌへ移籍した後、2025-26シーズンをバーミンガム・シティで過ごした。そして2026年7月21日、アメリカMLSのLAギャラクシーへの移籍が発表されている。

なお、2026-27シーズンのセルティック公式ファーストチーム選手一覧にも日本人選手は掲載されていない。したがって、現在の状況を「日本人選手が完全にセルティックとの契約を失った」と表現するのは正確ではないものの、「トップチームの戦力として日本人選手が不在」という理解が適切だ。

【歴代一覧】セルティック日本人選手10人の在籍期間・成績・移籍先

セルティックのトップチームでプレーした日本人選手は、歴代10人に整理できる。最初の日本人選手である中村俊輔から、2025年加入の山田新と稲村隼翔まで、それぞれ異なる役割を担ってきた。

以下は在籍時期、公式戦出場記録、2026年現在の所属先をまとめた一覧だ。

選手 在籍期間 公式戦出場・得点 2026年現在の状況
中村俊輔 2005~2009年 166試合・33得点 日本代表コーチ
水野晃樹 2008~2010年 12試合・1得点 現役引退
古橋亨梧 2021~2025年 165試合・85得点 LAギャラクシー
前田大然 2022~2026年 212試合・79得点 イプスウィッチ
旗手怜央 2022~2026年 191試合・33得点 バーンリー
井手口陽介 2022~2024年 6試合・0得点 ヴィッセル神戸
小林友希 2023~2024年 7試合・0得点 ヤギエロニア
岩田智輝 2023~2024年 42試合・1得点 バーミンガム・シティ
山田新 2025年~ 11試合・0得点 OHルーヴェンへ期限付き移籍
稲村隼翔 2025~2026年 1試合・0得点 FC東京へ完全移籍

※出場・得点は原則としてセルティック在籍中の全公式戦を対象とした記録。大会の集計範囲やデータ提供元によって数字に差が生じる場合があるため、クラブの退団発表や移籍先クラブの公表値を優先している。

中村俊輔の166試合33得点はセルティック公式の日本語特集による数字。古橋の165試合85得点はBBC Sportおよびレンヌの公式発表、前田の212試合79得点と旗手の191試合33得点はセルティックの公式発表に基づく。山田については移籍先のOHルーヴェンがセルティックでの11試合無得点を公表している。

また、井手口の6試合、小林の7試合、岩田の42試合1得点については各選手の在籍記録と報道資料を照合した数字だ。

この一覧から見えてくるのは、セルティックの日本人選手が単なる短期的な補強ではなく、約20年にわたってクラブの戦力構成に関わってきたという事実だ。特に2021年以降は複数の日本人選手が同時に在籍し、クラブの黄金期を支えた。

【歴代の中心選手】中村俊輔・古橋亨梧・前田大然の成績と評価

セルティックにおける日本人選手の歴史を語る際、中心となるのは中村俊輔、古橋亨梧、前田大然の3人だ。それぞれ異なる時代に所属しながら、クラブのタイトル獲得やサポーターの記憶に残る活躍を見せている。

中村俊輔:日本人選手の評価を一変させたレジェンド

中村俊輔は2005年夏、イタリアのレッジーナからセルティックへ移籍した。日本人選手がスコットランドの名門でプレーするという挑戦だったが、加入後は卓越した左足の技術と戦術眼で存在感を高めていった。

在籍期間は2005年から2009年。公式戦166試合出場、33得点という成績を残している。

特に印象的だったのが、チャンピオンズリーグでの活躍だ。マンチェスター・ユナイテッドとの対戦で決めたフリーキックや、レンジャーズとのオールドファームでの得点は、今もセルティックの日本人選手史を象徴する場面として語られる。

2007年にはスコットランドの選手協会が選出する年間最優秀選手賞を受賞。同年4月にはキルマーノック戦で試合終了間際の決勝ゴールを決め、リーグ優勝を決定づけた。

中村がセルティックで残した価値は、ゴール数だけではない。技術的に優れた日本人選手が欧州の名門でも中心選手になれることを示し、その後の日本人選手獲得にもつながる評価基盤を築いた。

2022年に現役を引退した後は横浜FCでコーチを務め、2026年からは日本代表のコーチとして活動している。選手としてのキャリアを終えた後も、日本サッカー界で重要な役割を担っている。

古橋亨梧:165試合85得点を記録したストライカー

2021年7月にヴィッセル神戸から加入した古橋亨梧は、セルティックの攻撃を象徴する存在になった。

最大の武器は、相手ディフェンスラインの背後を突く動きと、ゴール前での素早い判断だ。アンジェ・ポステコグルー監督が採用した攻撃的なサッカーとの相性も良く、加入直後から得点を量産した。

セルティック在籍中の成績は、公式戦165試合85得点。2022-23シーズンには公式戦34得点を挙げ、スコットランド・プレミアシップの得点王と年間最優秀選手賞を獲得した。

同シーズンはリーグ、スコティッシュカップ、リーグカップを制する国内三冠にも貢献。セルティックの攻撃をけん引する中心選手として高い評価を受けた。

2025年1月にはフランスのスタッド・レンヌへ移籍。セルティックでの3年半にわたる活動を終えた。その後、バーミンガム・シティを経て、2026年7月にLAギャラクシーへ移籍している。

2026年現在の古橋は、スコットランド時代の実績を携えてアメリカで新たなキャリアを築く段階にある。

前田大然:走力と得点力で5連覇を支えた万能型アタッカー

前田大然は2022年1月、横浜F・マリノスからセルティックに加入した。最大の特徴は、相手に休む時間を与えない前線からのプレスと、90分間走り続ける運動量だ。

加入当初はウイングやセンターフォワードなど複数のポジションで起用され、攻撃だけでなく守備面でもチームに貢献した。

2024-25シーズンには公式戦33得点を記録。クラブ年間最優秀選手賞、スコットランド・プロサッカー選手協会の年間最優秀選手賞、リーグの年間最優秀選手賞を獲得し、個人タイトルを席巻した。

さらに2025-26シーズンも重要な得点を重ね、2026年5月16日のハーツ戦では逆転優勝につながる決勝ゴールを記録。セルティックのリーグ5連覇に貢献した。

セルティックでの最終成績は212試合79得点、10個のタイトル。5度のリーグ優勝、3度のスコティッシュカップ優勝、2度のリーグカップ優勝を経験した。

2026年7月にはイプスウィッチ・タウンへ移籍。約4年半にわたるスコットランドでのキャリアを終え、イングランドで新たな挑戦を始めた。

中村が技術、古橋が得点力、前田が運動量とプレッシングで評価を確立したことは、セルティックが日本人選手に求める能力の幅広さを示している。

【中盤・守備陣の評価】水野晃樹、井手口陽介、旗手怜央、岩田智輝、小林友希

セルティックに在籍した日本人選手の全員が、中村や古橋のような大きな成功を収めたわけではない。出場機会を確保できた選手もいれば、負傷やチーム内競争によって十分な出場時間を得られなかった選手もいる。

こうした違いを理解するには、個人の能力だけでなく、監督の戦術やチーム内のポジション争いも見る必要がある。

水野晃樹:中村俊輔と同時期に在籍した技巧派MF

水野晃樹は2008年1月にジェフユナイテッド千葉からセルティックへ加入した。

当時のセルティックには中村俊輔が在籍しており、日本人選手2人が同じチームでプレーすることになった。しかし、中村と同等の評価を確立するには至らなかった。

公式戦出場は12試合、1得点。出場時間の多くが途中出場だった一方、2008年12月のフォルカーク戦では初先発でゴールを決めている。この得点をアシストしたのが中村俊輔だった。

翌週にはレンジャーズとのダービーにも先発出場した。短い出場機会の中でも、印象に残る場面を作った選手だ。

2010年にセルティックを離れ、柏レイソルなど複数の日本クラブでプレー。2025年に現役を引退した。

井手口陽介:負傷と出場機会の少なさに苦しんだMF

井手口陽介は2022年1月、ガンバ大阪からセルティックへ加入した。旗手怜央、前田大然とほぼ同じタイミングで加入した日本人選手の一人である。

ガンバ大阪時代には日本代表としても実績を残し、2016年のJリーグベストヤングプレーヤー賞や2017年のJリーグベストイレブンを受賞していた。

しかし、スコットランドでは負傷の影響もあり、十分な出場機会を得られなかった。セルティックでの出場は公式戦6試合にとどまり、2022-23シーズンは公式戦に出場できない時期も続いた。

2023年2月にはアビスパ福岡へ期限付き移籍。そこでプレーを取り戻し、2024年1月にヴィッセル神戸へ完全移籍した。

2026年現在はヴィッセル神戸でプレーしている。Jリーグ公式記録でも、神戸所属のMFとして出場を続けていることが確認できる。

井手口のケースは、過去の国内実績や代表歴だけでは海外クラブでの成功が保証されないことを示す事例だ。

旗手怜央:中盤の中心選手からバーンリーへ

旗手怜央は2022年1月に川崎フロンターレから加入。技術、判断力、運動量を兼ね備えたMFとして評価され、セルティックの中盤で重要な役割を担った。

中盤の複数ポジションをこなせる柔軟性があり、攻撃の組み立てからゴール前への飛び出しまで幅広い仕事を担当した。

セルティック公式発表によると、在籍4年半で191試合33得点を記録。5年連続のリーグ優勝に加え、スコティッシュカップ2回、リーグカップ2回の優勝を経験した。

2026年9月2日、イングランドのバーンリーへの移籍が発表された。退団理由については、公式発表は移籍と在籍実績を中心に伝えている。一方、英国メディアの報道では、2025-26シーズン終盤の出場機会減少や、2026-27シーズン序盤に出場時間が限られていたことが背景として取り上げられた。

つまり、旗手の退団は単純に実力不足だったと説明できるものではない。長期間にわたりタイトル獲得に貢献した選手が、新しい環境でプレー機会を求めるというキャリア上の転換点だった。

岩田智輝:複数ポジションをこなした守備的MF

岩田智輝は2022年12月、横浜F・マリノスから期限付き移籍で加入した。その後、買い取り条項によって2023年夏に完全移籍となった。

守備的MFを本職としながら、センターバックなども担当できるユーティリティー性が強みだった。

2022-23シーズンには18試合に出場し、スコティッシュカップの決勝などにも出場。セルティックの国内三冠達成に貢献した。

セルティックでの最終成績は公式戦42試合1得点。2024年8月にイングランドのバーミンガム・シティへ完全移籍し、2026年も同クラブでプレーしている。

小林友希:長期契約で加入するも出場機会を確保できず

小林友希は2022年11月、ヴィッセル神戸からセルティックに加入した。クラブとは5年契約を結び、将来性のある左利きのセンターバックとして期待された。

2023年1月のセント・ミレン戦でデビューし、国内三冠を達成したチームの一員となった。しかし、トップチームでの出場機会は限られ、公式戦出場は7試合にとどまった。

2024年8月にはポルトガルのポルティモネンセへ移籍。その後、2025年7月にポーランドのヤギエロニア・ビャウィストクへ移った。

2026年現在はポーランドでプレーしている。セルティックでは大きな実績を残せなかったものの、欧州での挑戦を継続している選手の一人だ。

【2026年の移籍経緯】山田新の期限付き移籍と稲村隼翔の完全移籍

2025年夏に加入した山田新と稲村隼翔は、セルティックでの出場機会という点で対照的なキャリアを歩むことになった。両選手とも将来性を期待されて加入したが、2026年には日本や欧州の別クラブへ移籍している。

山田新:川崎フロンターレからセルティック、そしてベルギーへ

山田新は2025年7月19日、川崎フロンターレからセルティックへの完全移籍が発表された。

川崎では2024年シーズンにJ1で19得点を記録。Jリーグでの実績を背景に、スコットランドの名門へ挑戦することになった。

セルティック加入時には4年契約を結んだが、チーム内の競争もあり、十分な出場時間を確保できなかった。加入後の公式戦出場は11試合で、得点はなかった。

2026年1月27日にはドイツ2部のSCプロイセン・ミュンスターへ期限付き移籍。契約期間は2025-26シーズン終了までだった。

ドイツでは出場機会を得て、リーグ戦10試合で3得点を記録。セルティック時代とは異なり、実戦の中で得点感覚を取り戻した。

そして2026年7月14日、ベルギー1部のOHルーヴェンへの期限付き移籍が発表された。期間は2026-27シーズン終了までの1年間だ。

OHルーヴェンは公式発表で、山田の動き出しやポジショニング、得点能力を評価して獲得したことを説明している。

ここで注意したいのは、山田がセルティックから完全移籍したわけではない点だ。2026年11月現在もセルティックからの期限付き移籍という形でOHルーヴェンに所属している。

稲村隼翔:セルティックでの1試合を経てFC東京へ

稲村隼翔は2025年7月、アルビレックス新潟からセルティックへ加入した左利きのDFだ。2002年生まれで、前橋育英高校、東洋大学を経てプロのキャリアを歩んできた。

セルティックでは4年契約を結んだが、トップチームでの出場は2025年8月23日のリビングストン戦の1試合のみだった。90分間プレーしたものの、その後は継続的な出場機会を確保できなかった。

2026年1月4日にはFC東京への期限付き移籍が発表された。期限は同年6月30日まで。FC東京は稲村にとって育成年代を過ごした縁のあるクラブでもある。

FC東京では2026年の特別大会で17試合に出場。実戦経験を積み、6月26日にはセルティックからの完全移籍加入が正式発表された。

つまり、稲村はセルティックでの出場機会を増やすのではなく、FC東京で継続的にプレーする道を選んだ。セルティックとの契約関係は終了し、2026-27シーズン以降もFC東京でプレーすることになった。

【日本人選手不在の理由】セルティックの5連覇と2026年のチーム編成

セルティックに日本人選手がいなくなった背景には、2026年に集中した複数の移籍がある。特定の選手が一斉に戦力外になったというより、主力のステップアップ移籍と若手の期限付き移籍・完全移籍が重なった結果だ。

2025年12月には日本人選手が4人在籍していた

2025年12月3日、在エディンバラ日本国総領事がセルティックを訪問した際、日本人選手として前田大然、旗手怜央、稲村隼翔、山田新の4人が紹介された。

当時は前田と旗手が主力として活躍し、稲村と山田が新たに加わった構成だった。日本人選手が複数在籍する状況は、セルティックと日本サッカー界の結びつきを象徴していた。

2026年に相次いだ4人の移籍

その後の動きを時系列で整理すると、日本人選手不在に至る過程が分かる。

  • 2026年1月4日:稲村隼翔がFC東京へ期限付き移籍。
  • 2026年1月27日:山田新がSCプロイセン・ミュンスターへ期限付き移籍。
  • 2026年6月26日:稲村隼翔がFC東京へ完全移籍。
  • 2026年7月14日:山田新がOHルーヴェンへ期限付き移籍。
  • 2026年7月25日:前田大然がイプスウィッチ・タウンへ完全移籍。
  • 2026年9月2日:旗手怜央がバーンリーへ移籍。

この結果、2026年11月時点でセルティックのトップチームに日本人選手はいない。ただし、山田はレンタル元がセルティックであり、クラブとの契約関係が残っている。

5連覇を支えた日本人選手たちの役割

日本人選手の存在感を語るうえで欠かせないのが、セルティックのリーグ5連覇だ。

2021-22シーズンから2025-26シーズンまで、セルティックはスコットランド・プレミアシップで5シーズン連続優勝を達成した。

この期間に重要な役割を担ったのが、前田大然と旗手怜央だ。両者は異なるポジションからチームを支え、クラブ公式発表でも5年連続のリーグタイトル獲得に貢献したことが記されている。

特に前田は、得点を挙げるだけでなく、相手のビルドアップを妨害するプレッシングでチームの戦術を支えた。旗手は中盤でボールを運び、攻守の切り替えやチャンス創出を担った。

2026年5月16日のハーツ戦では、前田が決勝ゴールを決めて劇的な逆転優勝を後押しした。退団直前までクラブに貢献し続けたという点でも、その存在感は大きかった。

日本人選手が不在になったのはなぜか?

日本人選手不在の背景を整理すると、主に3つの要素が見えてくる。

1つ目は、主力選手のキャリアアップだ。前田のイプスウィッチ移籍や旗手のバーンリー移籍は、スコットランドで積み重ねた実績を次の舞台につなげる動きだった。古橋もレンヌ、バーミンガムを経てLAギャラクシーへ移籍している。

2つ目は、若手選手の出場機会の確保だ。山田や稲村はセルティックで継続的に試合に出ることが難しく、別のクラブで実戦経験を積む道を選んだ。特に稲村はFC東京で17試合に出場した後、完全移籍に至っている。

3つ目は、チーム編成の変化だ。監督や戦術、ポジションごとの競争環境が変われば、選手の起用方針や移籍判断も変わる。2026年夏の移籍市場では複数のポジションで選手の入れ替えが進み、日本人選手の退団と新戦力の獲得が同時に発生した。

ただし、日本人選手を獲得しないという公式方針が発表されたわけではない。2026年の不在は、移籍と出場機会の問題が重なった結果として理解するのが妥当だ。

また、過去に中村俊輔や古橋亨梧が成功したからといって、すべての日本人選手が同じように活躍できるわけではない。セルティックのようなタイトル獲得を求められるクラブでは、戦術への適応、ポジション争い、負傷管理、監督の評価が出場機会を左右する。

【プロの結論】セルティック日本人選手の実績から分かる成功の条件

セルティックの日本人選手10人を振り返ると、成功の形は一つではない。

中村俊輔は技術と創造性でクラブの象徴となり、古橋亨梧は得点力で歴史に残る数字を記録した。前田大然は走力と守備貢献を武器に、旗手怜央は中盤の総合力で5連覇を支えた。

一方、水野晃樹、井手口陽介、小林友希、稲村隼翔らは、出場機会や負傷、チーム内競争などの影響を受けた。海外の強豪クラブに加入することと、そのクラブで長期的な主力になることは別の課題だ。

選手の評価を見極める際には、次の3点を押さえておきたい。

  • 公式戦の出場数と得点:在籍期間だけでなく、実際に何試合出場し、どのような結果を残したか。
  • チームへの貢献:得点だけでなく、守備、プレッシング、パス、タイトル獲得への貢献も見る。
  • 移籍の形態:完全移籍、期限付き移籍、レンタルバックを区別し、現在の所属先を確認する。

特に2026年の山田新と稲村隼翔は、同じセルティック加入組でありながら、その後の進路が異なった。山田は期限付き移籍を重ねながら欧州での挑戦を続け、稲村はFC東京への完全移籍を選択した。この違いは、海外挑戦の成功を単純に所属クラブの格だけで判断できないことを示している。

【セルティック日本人選手】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:セルティックに在籍した日本人選手は全部で何人?
A1:トップチームでプレーした日本人選手は10人。中村俊輔、水野晃樹、古橋亨梧、前田大然、旗手怜央、井手口陽介、小林友希、岩田智輝、山田新、稲村隼翔が該当する。

Q2:2026年現在、セルティックに日本人選手はいる?
A2:2026年11月現在、トップチームに日本人選手はいない。ただし、山田新はセルティックからOHルーヴェンへ期限付き移籍しており、契約上の所属関係は残っている。

Q3:セルティックで最も多くゴールを決めた日本人選手は誰?
A3:公式戦通算85得点を記録した古橋亨梧。165試合に出場し、2022-23シーズンには公式戦34得点を挙げ、スコットランドの年間最優秀選手賞とリーグ得点王を獲得した。

まとめ:【プロの結論】セルティック日本人選手の歴史と今後の展望

セルティックと日本人選手の関係は、中村俊輔が2005年に加入したことから始まり、古橋亨梧、前田大然、旗手怜央らの活躍によって大きく発展した。歴代10人の選手がクラブのトップチームでプレーし、リーグ優勝や国内カップ制覇に貢献してきた。

2026年11月現在、セルティックのトップチームには日本人選手がいない。前田はイプスウィッチ、旗手はバーンリー、古橋はLAギャラクシーへ移籍し、山田はOHルーヴェンへの期限付き移籍、稲村はFC東京への完全移籍を選んだ。

一方、セルティックは2021-22シーズンから2025-26シーズンまでリーグ5連覇を達成しており、日本人選手がその黄金期を支えた事実は変わらない。

今後の注目点は、山田新がOHルーヴェンでどこまで出場機会を増やせるか、前田大然や旗手怜央がイングランドでどのような実績を積むか、そしてセルティックが再び日本人選手を獲得するかどうかだ。

セルティック日本人選手の歴史を正しく理解するには、在籍人数や知名度だけでなく、公式戦成績、タイトルへの貢献、移籍形態、現在の所属先を分けて見ることが大切だ。2026年の日本人選手不在は一つの時代の区切りではあるが、約20年にわたって築かれた日本とセルティックのつながりが消えたわけではない。

中村俊輔が切り開き、古橋亨梧と前田大然、旗手怜央らが発展させた日本人選手の歴史は、今後セルティックに挑戦する選手たちにとっても大きな道しるべとなるはずだ。

主な確認資料:セルティックFC公式サイト、日本サッカー協会、Jリーグ公式サイト、FC東京公式発表、OHルーヴェン公式発表、BBC Sport、UEFA。

同じカテゴリの記事

氷室 美冬
コンテンツディレクター 氷室 美冬
プロフィールを見る →

人物プロフィール担当として9年以上の取材経験。profile領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事