女優・大竹しのぶさんとお笑いタレント・明石家さんまさん。1980年代を代表する人気ドラマでの共演をきっかけに親しくなった2人は、1988年に結婚し、翌1989年には長女のIMALUさんが誕生しました。しかし、結婚生活は長く続かず、1992年に離婚しています。夫婦として過ごした期間は約4年間でした。
2人の関係が現在も注目される理由は、離婚に至った経緯だけではありません。2026年には、大竹さんがラジオで結婚生活を振り返り、さんまさんとの金銭感覚の違いが分かる高級スーパーのメロンのエピソードや、仕事と家庭の両立に悩んだ当時の心境を語っています。1988年の結婚から1992年の離婚、そして離婚後も続く家族としての交流まで、2人の歩みを時系列で整理します。
【出会いのきっかけ】大竹しのぶと明石家さんまはドラマ『男女7人夏物語』で知り合った
1986年の共演が2人の関係の始まり
大竹しのぶさんと明石家さんまさんが知り合ったきっかけは、1986年にTBS系で放送されたドラマ『男女7人夏物語』です。
同作は、男女7人の恋愛や人間関係を描いた人気ドラマで、当時すでに女優として活躍していた大竹さんと、テレビで人気を集めていたさんまさんが共演しました。翌1987年には続編の『男女7人秋物語』でも共演しています。
この共演を通じて親しくなった2人ですが、当時の大竹さんには、すでに家庭がありました。1982年にTBSのドラマディレクターだった服部晴治さんと結婚し、1985年には長男の二千翔(にちか)さんが誕生していたのです。
服部さんは1987年7月、がんのため47歳で亡くなりました。大竹さんは夫を亡くした後、子育てをしながら女優としての活動を続けていました。
日刊ゲンダイの過去の報道によると、服部さんとさんまさんには交流があり、服部さんは生前、さんまさんに大竹さんのことを託すような手紙を残していたとされています。
結婚のきっかけは手作り弁当だった?
2人の恋愛エピソードとして知られているのが、手作り弁当にまつわる話です。
2014年7月、日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』で、さんまさんは大竹さんとの結婚のきっかけについて、ドラマの撮影中に作ってくれた弁当だったと明かしました。
さんまさんは、手料理に心をつかまれたという趣旨の話を披露。その後、実は弁当を作ったのは大竹さんではなく、おばあちゃんだったと冗談交じりに話し、スタジオを笑わせました。
このエピソードは、普段のテレビで見せる明るいさんまさんと、家庭的な一面を持つ大竹さんという2人の関係を象徴する話として知られています。
さらに2025年9月、さんまさんはMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』で、大竹さんとの結婚に至った背景にあった手紙について、長男の二千翔さんの披露宴で初めて本人に明かしたと語りました。
手紙には、亡くなる直前の服部さんから「しのぶをよろしくお願いします」という趣旨の言葉が記されていたといいます。さんまさんは、その言葉を大竹さんの人生を託されたものとして受け止め、結婚を決めた理由の一つになったと説明しました。
出会いから結婚に至るまでには、単なるドラマ共演や恋愛だけでは語りきれない、人と人とのつながりがあったことが分かります。
【結婚から離婚まで】1988年の入籍・IMALU誕生・1992年の離婚を時系列で整理
1988年9月29日に結婚、翌年にはIMALUが誕生
大竹しのぶさんと明石家さんまさんが結婚したのは、1988年9月29日です。当時、大竹さんは31歳、さんまさんは33歳でした。
2人の結婚は大きな話題となりました。翌1989年9月には長女のIMALUさんが誕生し、家族としての新しい生活が始まります。
ただし、大竹さんには前夫の服部晴治さんとの間に生まれた長男・二千翔さんもいました。IMALUさんはさんまさんとの間に生まれた子供であり、二千翔さんとは父親が異なります。この家族構成を整理しておくと、2人の結婚生活をより正確に理解できます。
2人の結婚・家族関係を一覧で確認
| 時期 | 人物・出来事 | 関係・補足 |
|---|---|---|
| 1982年10月 | 大竹しのぶ・服部晴治氏が結婚 | 大竹さんの最初の結婚 |
| 1985年 | 長男・二千翔さん誕生 | 服部晴治氏との子供 |
| 1986年 | 『男女7人夏物語』で共演 | 大竹さんと明石家さんまさんの出会い |
| 1987年7月 | 服部晴治氏が死去 | がんのため47歳で逝去 |
| 1988年9月29日 | 大竹しのぶ・明石家さんまが結婚 | 大竹さんにとって2度目の結婚 |
| 1989年9月 | 長女・IMALUさん誕生 | 大竹さんとさんまさんの実子 |
| 1992年9月9日 | 2人が離婚 | 約4年間の結婚生活に終止符 |
このように、大竹さんの結婚歴は2回です。最初の夫が服部晴治さん、2人目の夫が明石家さんまさんとなります。
なお、さんまさんとの離婚後、大竹さんは劇作家の野田秀樹さんと数年間同居生活を送ったことが文藝春秋のインタビューでも語られています。ただし、野田さんとの関係は結婚ではないため、法的な結婚歴が3回ということにはなりません。
1992年9月、約4年間の結婚生活が終わる
2人が離婚したのは1992年9月9日です。結婚から約4年後、4回目の結婚記念日を目前にして、それぞれの道を歩むことになりました。
離婚当日は、さんまさんと大竹さんが時間をずらして記者会見を開きました。さんまさんは額に小さなバツ印を描いて会見に登場し、「バツイチ」という言葉を使ったことでも知られています。
当時の離婚会見は、芸能ニュースとして大きく取り上げられました。さんまさんらしいユーモアが見られた一方、大竹さんは涙を見せながら結婚生活を振り返っています。
(出典:日刊ゲンダイDIGITAL、スポニチアネックス)
【金銭感覚の違い】高級スーパーのメロンを巡る大竹しのぶとさんまのエピソード
果物を頼んだら木箱入りの高級メロンが届いた
大竹しのぶさんと明石家さんまさんの結婚生活を語るうえで、2026年に再び話題となったのが、高級スーパーでの買い物エピソードです。
2026年5月27日放送のNHK AMラジオ『大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”』で、大竹さんはIMALUさんを妊娠していた頃の出来事を振り返りました。
当時、大竹さんは妊娠中で買い物に行くことが難しく、さんまさんに果物を買ってきてほしいと頼んだそうです。
そこで、さんまさんが向かったのは高級スーパー。買ってきたのは、なんと木箱に入った高級メロンでした。
大竹さんが想像していたのは、普段の食卓で食べるような一般的な果物です。一方、さんまさんは果物という注文に対して、特別感のある高級メロンを選んで帰ってきたのです。
2人の会話は、次のようなやり取りだったと報じられています。
大竹さん:「果物って言ったじゃない!」
さんまさん:「メロンは果物やないかい」
さらに大竹さんは、木箱入りの高級メロンは普段の買い物で購入するものではなく、お見舞いなど特別な機会に持っていくような品物だと感じていたそうです。
これに対してさんまさんは、自分のお金で自分が食べたいものを買って何が悪いのか、という考えを示したといいます。
大竹さんは、この出来事を振り返り、さんまさんとの金銭感覚の違いを実感したという趣旨の話をしています。
「ああ、この人とは合わないなって思いました」
この発言は、夫婦の価値観の違いをユーモラスに振り返ったものです。高級メロンそのものが離婚の原因だったわけではありません。
(出典:2026年5月30日付Smart FLASH、NHK AM『大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”』に関する報道)
金銭感覚の違いは収入の差だけでは説明できない
このエピソードで興味深いのは、単純にどちらが浪費家だったかという話ではない点です。
大竹さんにとって果物を買うという依頼は、日常生活に必要なものを用意してほしいという意味でした。一方、さんまさんは、相手を喜ばせることや自分が良いと思うものを選ぶことに価値を感じていた可能性があります。
同じ買い物でも、何を優先するかによって選択は変わります。価格を重視するのか、品質や特別感を重視するのか。こうした違いは、日々の生活の中で何度も表面化します。
2021年9月に放送されたフジテレビ系『突然ですが占ってもいいですか?』でも、大竹さんはさんまさんについて、家族をとても大切にし、人を喜ばせようと全力を尽くす人だったと振り返っています。
しかし、その家族愛やサービス精神が、自分の求める生活スタイルとは少しずれていたとも語りました。つまり、さんまさんに愛情がなかったという話ではなく、愛情の表現方法や生活に求めるものが異なっていたと考えられます。
【離婚理由の真相】仕事・子育て・夫婦の価値観に生じたすれ違い
大竹しのぶが女優として働き続けることへの葛藤
大竹しのぶさんと明石家さんまさんの離婚理由について、当時の会見や後年の本人の発言を整理すると、大きなテーマとして浮かび上がるのが、仕事と家庭のバランスです。
1992年9月の離婚会見で、さんまさんは夫婦の仕事量や気持ちのずれに触れました。子育てに対する考え方にも違いがあったと説明しています。
一方、大竹さんは女優としての仕事と主婦としての役割を両立することの難しさを語りました。
「女優と主婦の調整がつかなくなってしまったんです」
大竹さんは、1日が30時間あれば家事や食事の準備もできるのに、という趣旨の言葉も残しています。
当時の2人の発言からは、どちらか一方が全面的に悪かったというよりも、家庭で期待される役割と、それぞれが望む生き方との間に溝が生じていたことがうかがえます。
(出典:1992年の離婚会見を振り返った日刊ゲンダイDIGITALの報道)
2026年8月、大竹しのぶが明かした花束の記憶
離婚理由を理解するうえで、2026年に報じられた大竹さんの新たな回顧は重要です。
2026年8月19日放送のNHK AM『大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”』で、大竹さんは1990年頃の舞台出演を振り返りました。
取り上げたのは、朗読劇『LOVE LETTERS』です。大竹さんは、子供を母親に預けて久しぶりに舞台に立ち、華やかな衣装を着てライトを浴び、大きな花束を受け取った思い出を語りました。
ところが、帰宅する際に大竹さんは、マンションの扉の前で花束を隠してしまったといいます。
舞台で充実した時間を過ごした女優としての自分と、帰宅後すぐに母親として振る舞わなければならない自分。その切り替えに、当時の大竹さんは複雑な気持ちを抱えていました。
大竹さんは、自分には母親としての顔だけでなく、女優としての自分もあるのに、なぜ舞台で成功した喜びを堂々と伝えられなかったのかと振り返っています。
「私はお母さんでもあるけども、女優でもある」
加えて、母親からは子供の面倒を見るのは母親の役割だという考えを示され、さんまさんも妻には家庭にいてほしいという気持ちを持っていたと説明しました。
大竹さんは、仕事が好きな自分を相手にきちんと伝えられず、家庭の中で本来の自分を隠してしまったことが、離婚につながったのではないかと振り返っています。
これは、2026年時点で本人が語った、当時の心境を理解するうえで特に重要な証言です。
(出典:2026年8月20日付スポニチアネックス、ライブドアニュース)
離婚を決意した瞬間には映画『ローズ家の戦争』も関係
2人の離婚に関する印象的なエピソードとして、映画『ローズ家の戦争』も知られています。
2011年8月、離婚後初めてラジオで共演した2人は、結婚生活がうまくいかなくなった当時について語りました。
さんまさんによると、夫婦関係を修復するため、2人で映画『ローズ家の戦争』を見に行ったことがあったそうです。同作は夫婦の対立を描いた作品ですが、鑑賞後には2人で大笑いしたといいます。
大竹さんも、映画を見たことで2人とも気持ちが決まったという趣旨の発言をしました。
このエピソードからも、2人は関係を続ける可能性を考え、修復を試みた時期があったことが分かります。
離婚は突然の感情的な決断というより、仕事、家庭、子育て、夫婦としての距離感など、複数の問題が重なった結果だったと見るのが自然です。
(出典:2011年8月26日付ORICON NEWS)
【離婚後の現在】明石家さんまと大竹しのぶは今も良好な関係なのか
離婚後も子供たちを通じた交流が続いている
1992年に離婚した2人ですが、その後、完全に関係が途絶えたわけではありません。
2023年1月、関西テレビ系『モモコのOH!ソレ!み~よ!』に出演した大竹さんは、さんまさんが離婚後も自身のきょうだいに対して、夏と暮れにお中元やお歳暮を贈ってくれると明かしました。
しかも、贈り物はさんまさん自身が選んでいるとのこと。大竹さんが品物について意見を伝えると、さんまさんは文句を言いながらも希望に応じることがあるそうです。
加えて、2人は毎年7月に、二千翔さんとIMALUさんを交えて誕生日会を開いているとも紹介されました。
離婚した夫婦でありながら、子供たちとのつながりを大切にし、長年にわたって交流を続けていることが分かります。
2025年には長男・二千翔さんの結婚披露宴でも話題に
2025年9月には、二千翔さんの結婚披露宴を巡るエピソードも報じられました。
さんまさんはMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』で、披露宴に出席した際のスピーチについて語っています。
その中で、二千翔さんの実父である服部晴治さんが、亡くなる前に自分へ「しのぶをよろしくお願いします」という手紙を送っていたことを、二千翔さんに初めて明かしたそうです。
さんまさんは、その言葉をどう受け止めたかについても説明しました。俳優として、知人として、あるいは人生の伴侶として大竹さんをよろしくという意味だったのか、自分は人生を託されたのだと受け止めたという話です。
このエピソードは、さんまさんと服部さんの間にあった関係、そして大竹さんとの結婚に至る背景を改めて伝えるものとなりました。
(出典:2025年9月28日付スポニチアネックス)
大竹しのぶとさんまの関係について間違えやすい3つのポイント
2人の家族関係や結婚歴については、情報が混同されやすい部分があります。特に次の3点を整理しておくことが大切です。
1.大竹しのぶの結婚歴は2回
最初の夫は服部晴治さん、2人目の夫は明石家さんまさんです。野田秀樹さんとの同居生活が知られていますが、結婚したわけではありません。
2.IMALUさんと二千翔さんは父親が異なる
二千翔さんは服部晴治さんとの間に生まれた長男、IMALUさんは明石家さんまさんとの間に生まれた長女です。さんまと大竹さんの間に生まれた子供はIMALUさんです。
3.離婚後も交流は続いている
離婚したからといって、家族としてのつながりまでなくなったわけではありません。誕生日会や贈り物、子供たちの節目となる行事などを通じて、交流が続いてきたことが報じられています。
こうした事実を整理すると、2人の関係は単純な元夫婦という言葉だけでは説明できない、長年の家族としてのつながりを持っていることが分かります。
【大竹しのぶと明石家さんまの関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大竹しのぶと明石家さんまは何年に結婚しましたか?
A1:1988年9月29日に結婚しました。1986年のドラマ『男女7人夏物語』での共演が出会いのきっかけです。
Q2:大竹しのぶとさんまは何年に離婚しましたか?
A2:1992年9月9日に離婚しました。結婚生活は約4年間です。仕事と家庭の両立、子育てに対する考え方、生活スタイルの違いなどが背景にありました。
Q3:大竹しのぶと明石家さんまの子供はIMALUだけですか?
A3:2人の間に生まれた子供は長女のIMALUさん1人です。大竹さんには前夫の服部晴治さんとの間に長男の二千翔さんもいます。
Q4:大竹しのぶとさんまの離婚理由は金銭感覚の違いですか?
A4:高級スーパーで木箱入りメロンを購入したエピソードから、金銭感覚の違いはあったことがうかがえます。ただし、離婚理由はそれだけではありません。仕事と家庭の両立、子育てへの考え方、夫婦としての生活スタイルの違いなど、複数の要素が重なっていました。
Q5:大竹しのぶの結婚歴は3回ですか?
A5:法的な結婚歴は2回です。最初の夫が服部晴治さん、2人目の夫が明石家さんまさんです。野田秀樹さんとの同居生活はありましたが、結婚ではありません。
Q6:大竹しのぶとさんまは離婚後も会っていますか?
A6:はい。子供たちを交えた誕生日会や家族に関する交流が報じられています。2011年にはラジオで共演し、2025年には長男・二千翔さんの披露宴に関するエピソードも明らかになりました。
まとめ:大竹しのぶと明石家さんまの4年間が現在も語り継がれる理由
大竹しのぶさんと明石家さんまさんは、1986年の『男女7人夏物語』での共演をきっかけに知り合い、1988年9月に結婚しました。1989年9月には長女IMALUさんが誕生しましたが、1992年9月9日に離婚。夫婦として過ごした期間は約4年間でした。
離婚の背景には、仕事を続けたい大竹さんと家庭を大切にしたいさんまさんの考え方の違い、子育てへの向き合い方、生活習慣や金銭感覚の違いなどがありました。
2026年に大竹さんが語った高級メロンのエピソードは、日常の小さな出来事にも夫婦の価値観の違いが表れていたことを伝えています。また、舞台で受け取った花束を隠して帰宅したという記憶は、女優としての自分と母親としての自分の間で葛藤していた当時の心情を浮き彫りにしました。
一方、離婚後の2人は子供たちを中心に交流を続けています。2025年の二千翔さんの披露宴にまつわる手紙の話からも、さんまさんと大竹さん、そして服部晴治さんをつなぐ人間関係の深さが伝わってきます。
2人の結婚生活は約4年で終わりました。しかし、離婚によってすべての関係が終わったわけではありません。仕事への情熱、家族への愛情、それぞれの価値観を大切にしながら歩んできた2人の姿は、2026年になった今も多くの人の関心を集めています。
主な情報参照先: スポニチアネックス(2025~2026年)、Smart FLASH(2026年5月)、ORICON NEWS(2011年)、日刊ゲンダイDIGITAL、デイリースポーツ、文藝春秋。