ラサール石井さんの学歴を調べると、鹿児島の名門・ラ・サール高等学校を卒業後、早稲田大学第一文学部に進学したものの、卒業ではなく「除籍」という経歴が確認できます。大学には4年間通っていたと本人が説明しており、2025年の参議院選挙への出馬会見では「中退」と表現することにも明確な異議を唱えました。
加えて、東京大学を受験した高校時代のエピソードや、母校の名前に由来する芸名の誕生秘話も、学歴を理解するうえで欠かせません。2026年11月現在の参議院公式プロフィールと本人の発言、過去のインタビューをもとに、出身中学校から大学時代、最終学歴の実態までを整理します。
【結論】ラサール石井の学歴は?高校卒業から早稲田大学除籍まで
ラサール石井さんの学歴について、最初に押さえておきたいのは、早稲田大学に入学した事実と、大学を卒業したかどうかは別問題だという点です。
参議院の公式議員プロフィールには、次のように記載されています。
- 生年・出身地:1955年、大阪市生まれ
- 出身高校:鹿児島ラ・サール学園高等学校
- 進学先:早稲田大学第一文学部
- 大学での在籍結果:除籍
つまり、早稲田大学への進学歴はありますが、卒業したわけではありません。
2025年6月30日の参院選出馬会見では、最終学歴をめぐる質問に対して本人が説明しました。
私は早稲田大学に4年通って、除籍になっています。
加えて、「中退」と記載すると経歴詐称になるという趣旨の発言をし、正確には除籍と表記してほしいと求めています。
この発言は日刊スポーツなど複数の報道でも取り上げられました。
したがって、学歴を正確に整理するなら、次のようになります。
早稲田大学第一文学部への進学歴はあるが、大学卒業ではない。最終的に卒業した学校はラ・サール高等学校である。
2026年現在も、参議院の公式プロフィールは早稲田大学第一文学部について「除籍」と記載しています。
【出身中学校・高校】大阪で育ち、鹿児島の名門ラ・サールへ
出身中学校は大阪市内?
ラサール石井さんは鹿児島出身と思われることがありますが、実際には大阪市生まれです。
2012年に江戸川北法人会の講演で自身の半生を振り返った際にも、大阪で中学時代まで過ごしたことを説明しています。
出身中学校については、大阪市立住吉中学校と紹介する人物情報サイトもあります。ただし、本人の講演記録や参議院の公式プロフィールでは学校名まで明記されていません。
そのため、確実に確認できる情報は、大阪で中学時代まで過ごしたという点です。
中学時代には、実家の近くにあった伸学社、通称「入江塾」に通っていました。
この塾は難関高校受験を目指す進学塾として知られ、灘高校などを志望する生徒が学ぶ環境でした。
本人の講演録によれば、当初は積極的に勉強していたわけではなく、塾を休みがちになることもあったそうです。
その後の高校進学につながる受験勉強の経験は、石井さんの学生時代を語るうえで興味深いエピソードです。
出身高校は鹿児島のラ・サール高等学校
ラサール石井さんが卒業したのは、鹿児島県にあるラ・サール高等学校です。
ラ・サール高等学校は、全国的にも知られる進学校です。
函館にもラ・サール学園がありますが、石井さんが通っていたのは鹿児島の学校です。
本人も2012年の講演で、芸名の由来となった高校について鹿児島のラ・サール高校だと説明しています。
大阪出身でありながら鹿児島の高校に進学したことが、後の芸名にもつながりました。
また、ラ・サール高校時代には東京大学への進学を目指して受験しています。
高校時代の成績については、2022年の日刊スポーツのインタビューで、本人が当時の順位を260人中243番だったと振り返っています。
芸名「ラサール石井」は高校の名前が由来
芸名の「ラサール」は、出身高校のラ・サール高等学校から取ったものです。
つまり、芸名は大学名や出身地に由来するものではありません。
本人の講演記録でも、この由来が明確に説明されています。
鹿児島出身と誤解されることもありますが、本人の出身地は大阪市です。
高校の名前を芸名に取り入れたことで、結果的に学校の知名度と本人の芸能活動が結び付く形になりました。
【東大受験の真相】なぜ早稲田大学第一文学部へ進学した?
ラサール石井さんの学歴を語るうえで、東京大学の受験歴も見逃せません。
実は、高校卒業後に最初から早稲田大学を第一志望としていたわけではありませんでした。
高校時代に東京大学を受験
2022年7月14日付の日刊スポーツのインタビューで、石井さんは高校時代の受験について詳しく振り返っています。
鹿児島のラ・サール高校から東京大学を受験したものの、不合格となりました。
本人の話では、早稲田大学では第一文学部と政治経済学部を受験しています。
結果は、政治経済学部が不合格、第一文学部が合格でした。
そのため、東京大学への進学がかなわなかった後、早稲田大学第一文学部に進むことになります。
浪人せず東京へ進学した理由
興味深いのは、東京大学に不合格となった後の進路選択です。
石井さんは、東京で浪人生活を送ることに不安を感じていました。
日刊スポーツのインタビューでは、東京があまりにも面白く、浪人しても勉強に集中できないと考えたことを語っています。
また、大阪に戻るよりも東京で新しい生活を始めたいという思いもあったようです。
早稲田大学第一文学部への進学は、単なる受験結果による妥協ではなく、本人にとって東京での新しい生活を選ぶ意味もありました。
約40年後に再び東京大学へ挑戦
石井さんの東大受験は、高校時代の一度だけではありません。
2015年には、日本テレビの特別番組で、約40年ぶりの東京大学合格を目指す姿が取り上げられました。
実際には2010年以降、複数回受験に挑戦していたことも報じられています。
2015年3月28日に放送された番組では、不合格という結果が伝えられました。
さらに同年11月には、還暦での合格を目指して翌年の受験に向けた準備を進めていることも報道されています。
このように、東京大学への挑戦は一時的な話題ではなく、長年にわたる本人の関心事だったことが分かります。
【学歴の年表・比較】ラ・サール高校から大学除籍までの経歴
ここまでの学歴と主な転換点を時系列で整理します。
| 時期 | 学歴・出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1955年 | 大阪市で誕生 | 大阪出身 |
| 中学時代 | 大阪で生活 | 入江塾に通った経験を講演で紹介 |
| 高校時代 | 鹿児島ラ・サール高等学校 | 東京大学受験に挑戦 |
| 1974年 | 早稲田大学第一文学部に進学 | 東京大学不合格後に進学 |
| 大学時代 | 早稲田大学に在籍 | ミュージカル研究会などで活動 |
| 1977年 | コント赤信号を結成 | 渡辺正行さん、小宮孝泰さんと活動 |
| 2015年 | 東京大学再受験 | 約40年越しの挑戦も不合格 |
| 2025年6月 | 参院選出馬会見 | 4年間在籍後の除籍を本人が説明 |
| 2025年7月 | 参議院議員に初当選 | 社民党の比例代表で当選 |
| 2026年 | 参議院議員として活動 | 公式プロフィールにも大学除籍を記載 |
この年表から分かるのは、大学時代にすでに芸能活動につながる経験を積んでいたことです。
日刊スポーツのインタビューによれば、大学1年生の頃にはミュージカル研究会に入り、コメディーの脚本を書いていました。
その作品を見た先輩から声をかけられ、放送作家としても活動するようになります。
その後、劇団テアトル・エコーにも参加し、渡辺正行さん、小宮孝泰さんと出会いました。
そして1977年にコント赤信号を結成します。
早稲田大学在学中の経験が、後の芸能活動に大きくつながっていたのです。
【中退と除籍の違い】早稲田大学の制度から正確に理解する
今回の学歴をめぐる話題で、特に注目されたのが「中退」と「除籍」の違いです。
一般的な会話では、大学を卒業せずに離れた場合、まとめて中退と表現することがあります。
しかし、大学の学籍管理では、本人が退学を願い出るケースと、大学側の規則に基づいて学籍を失うケースなどが区別されています。
中退と除籍は同じ意味ではない
早稲田大学の学則では、任意に退学する場合について、理由を付して願い出る手続きを定めています。
一方、大学の規則に基づく措置として、在学年数、進級要件、出席状況、必要単位数などに関係する退学の制度も設けられています。
また、早稲田大学文学部の現行案内では、学費未納による抹籍退学についても説明されています。
それぞれの違いを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 中退・任意退学 | 除籍・抹籍など |
|---|---|---|
| 基本的な意味 | 卒業前に大学を離れることを一般的に表す | 大学の規則に基づいて学籍を失うこと |
| 手続き | 本人から退学を願い出るケースがある | 大学の規則に基づく措置となる |
| 卒業資格 | 得られない | 得られない |
| 学歴の扱い | 大学卒業とはならない | 大学卒業とはならない |
| 石井さんの場合 | 本人は中退という表現を否定 | 本人および参議院公式プロフィールは除籍と説明 |
ここで注意したいのは、大学を離れたという結果だけでは、その手続きの種類まで分からないことです。
また、石井さんが除籍になった具体的な理由について、本人の会見や参議院公式プロフィールでは詳しい説明はされていません。
学費未納や単位不足など、早稲田大学に制度として存在する理由を、そのまま本人の除籍理由に当てはめることはできません。
なぜ本人は「中退」という表現を否定したのか
2025年6月30日の参院選出馬会見で、石井さんは学歴について質問された際、早稲田大学に4年間通ったことと、最終的に除籍になったことを明確に区別しました。
加えて、本人は「中退」と書かれると経歴詐称になるという趣旨を説明しています。
これは、大学に進学した経歴を隠したいという話ではありません。
むしろ、大学に通った事実と、卒業していない事実、そして正式な学籍上の扱いを正確に区別してほしいという主張です。
学歴を紹介する際には、入学歴、在籍歴、卒業歴、除籍歴を混同しないことが大切です。
【最終学歴の実態】早稲田大学卒業ではなくラ・サール高校卒業
では、ラサール石井さんの最終学歴は何になるのでしょうか。
答えは、ラ・サール高等学校卒業です。
早稲田大学第一文学部への入学歴と4年間の在籍歴はありますが、大学を卒業して学士号を取得したという経歴ではありません。
2025年6月30日の会見でも、本人は高校卒業が正しい最終学歴だと説明しました。
参議院の公式プロフィールでも、2026年現在、鹿児島ラ・サール学園高等学校卒業、早稲田大学第一文学部除籍という経歴が確認できます。
早稲田大学に通ったことと高卒という最終学歴は両立する
ここは誤解されやすい部分です。
大学に入学して4年間在籍していたとしても、卒業要件を満たして卒業証書を取得していなければ、大学卒業とはなりません。
したがって、次の3つは分けて考える必要があります。
- 大学への進学歴: 早稲田大学第一文学部に進学した。
- 大学への在籍歴: 本人の説明では4年間通った。
- 最終学歴: ラ・サール高等学校卒業。早稲田大学は除籍で卒業していない。
この整理なら、本人の説明と参議院の公式プロフィールの双方に矛盾しません。
学歴だけでは分からない大学時代の経験
早稲田大学を卒業していないからといって、大学時代の経験がなかったわけではありません。
本人のインタビューによると、在学中にはミュージカル研究会でコメディーを制作し、放送作家の仕事にも関わっていました。
その後、劇団テアトル・エコーに入り、演劇やコントの世界で活動を広げていきます。
1977年に結成したコント赤信号は、その後の芸能活動を代表する存在になりました。
さらに1996年から放送されたテレビアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』では、主人公・両津勘吉の声を担当しています。
俳優、声優、演出家としても活動し、ミュージカル『HEADS UP!』では読売演劇大賞の優秀演出家賞を受賞しました。
2025年には参議院議員に初当選し、2026年も国政の場で活動しています。
学歴の肩書きだけでは、こうした長いキャリアや大学時代に培った経験まで評価することはできません。
【2026年最新】ラサール石井の学歴に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ラサール石井の出身高校はどこですか?
A1:鹿児島県のラ・サール高等学校です。大阪市生まれで、中学時代まで大阪で過ごした後、鹿児島の高校に進学しました。
Q2:ラサール石井は早稲田大学の第一文学部を卒業していますか?
A2:卒業していません。本人は早稲田大学第一文学部に4年間通った後、除籍になったと説明しています。
Q3:ラサール石井の最終学歴は高卒ですか?
A3:はい。大学卒業資格はなく、本人もラ・サール高等学校卒業が正しい最終学歴だと説明しています。
Q4:早稲田大学中退と除籍は何が違いますか?
A4:中退は大学を卒業せずに離れることを広く表す言葉ですが、除籍は大学の学籍管理上の扱いを示します。退学の手続きや理由によって区別されるため、本人の正式な学籍記録に沿った表現が必要です。
Q5:ラサール石井は東京大学を受験したことがありますか?
A5:あります。ラ・サール高校時代に受験して不合格となりました。その後、2015年にも約40年越しの再挑戦をしましたが、こちらも不合格でした。
Q6:ラサール石井という芸名の由来は何ですか?
A6:卒業した鹿児島のラ・サール高等学校に由来します。本人が2012年の講演で説明しており、参議院の公式プロフィールにも記載されています。
Q7:ラサール石井の出身中学校はどこですか?
A7:大阪で中学時代まで過ごしたことは本人の講演記録で確認できます。大阪市立住吉中学校とする人物紹介もありますが、参議院の公式プロフィールには学校名の記載はありません。
まとめ:ラサール石井の学歴は「ラ・サール高校卒業、早稲田大学除籍」が正確
ラサール石井さんの学歴を整理すると、次のようになります。
- 出身地は大阪市。
- 中学時代まで大阪で過ごす。
- 鹿児島のラ・サール高等学校を卒業。
- 1974年に早稲田大学第一文学部へ進学。
- 大学には4年間通ったが、本人の説明では除籍。
- 大学卒業資格はなく、最終学歴は高校卒業。
特に重要なのは、早稲田大学への進学歴と大学卒業歴を混同しないことです。
2025年の参院選出馬会見で本人が「中退」ではなく「除籍」と説明したことで、学歴の表現が改めて注目されました。
2026年11月現在も、参議院の公式プロフィールには早稲田大学第一文学部除籍と記載されています。
また、東京大学への受験経験や、大学時代に始めた演劇・コント活動を振り返ると、石井さんの人生は単純な学歴だけでは語れません。
正確な学歴は「ラ・サール高等学校卒業、早稲田大学第一文学部除籍」。大学進学の事実と卒業資格の有無を分けて理解することが、ラサール石井さんの学歴を正しく把握するポイントです。
主要な確認資料
- 参議院公式プロフィール(2026年10月30日現在の役職情報・公式略歴)
- 日刊スポーツ(2025年6月30日、本人の除籍に関する会見報道)
- 日刊スポーツ(2022年7月14日、大学時代と東大受験のインタビュー)
- 早稲田大学学則(退学に関する規定)
- 早稲田大学文学部(学費未納による抹籍退学の案内)
- 江戸川北法人会(2012年、本人の講演記録)
- ORICON NEWS(2015年3月28日、東大再受験の結果報道)