2026年現在、常盤山親方は日本相撲協会の参与として、湊川部屋に所属しています。本名は金尾隆(かなお・たかし)、現役時代の四股名は隆三杉(たかみすぎ)。最高位は小結で、約50年にわたって大相撲の世界を歩んできた人物です。
2026年1月26日には、長年率いてきた常盤山部屋を元大関・貴景勝の湊川親方に継承。さらに同年3月1日には65歳の定年を迎え、再雇用制度によって参与となりました。現在は師匠の立場を退いていますが、後進の指導にも関わる意向を示しています。
【2026年最新】常盤山親方の現在は?65歳で定年後も参与として角界に在籍
常盤山親方は、2026年11月現在、日本相撲協会の参与として活動しています。所属部屋は、かつて自身が師匠を務めた常盤山部屋ではなく、元大関・貴景勝が率いる湊川部屋です。
日本相撲協会の公式年寄プロフィールにも、常盤山太一の役職は「参与」、本名は金尾隆、所属部屋は湊川と記載されています。
2026年3月1日に65歳の定年を迎える
常盤山親方は1961年3月1日生まれ。2026年3月1日に65歳となり、日本相撲協会の定年を迎えました。
ただし、65歳の定年は、そのまま相撲界から完全に引退することを意味しません。日本相撲協会には、定年後に再雇用され、参与として70歳まで在籍できる制度があります。
常盤山親方もこの制度を利用し、2026年3月から参与として引き続き協会に所属しています。つまり、部屋の師匠としての定年と、相撲協会からの完全な退職は別の話です。
地元・川崎で明かした今後の活動
2026年5月1日付のタウンニュースは、常盤山親方の定年を祝う慰労会について報じています。会は4月22日に神奈川県川崎市内で開かれ、相撲関係者や学生時代の同級生、好角家など約50人が出席しました。
同紙によると、常盤山親方は今後の部屋との関わりについて、次のように語っています。
「今後5年間は常盤山のまま、うるさく嫌がられない程度に行って指導する」
これは、定年後も湊川部屋との関係を保ち、必要に応じて後進の指導に関わっていく意向を示した発言です。
また、地元の川崎についても、地域の役に立てることがあれば貢献したいという考えを示しています。現役時代、師匠時代を通じて相撲に捧げてきた時間を、今後は後進の育成や地域とのつながりにも生かしていく姿勢がうかがえます。
【プロフィール・経歴】常盤山親方の読み方、本名、元小結・隆三杉の現役時代
常盤山親方を理解するうえで押さえておきたいのが、現役時代の隆三杉と、親方になってからの年寄名跡の変遷です。
「常盤山」は個人の本名ではなく、日本相撲協会における年寄名跡です。現役時代の四股名と現在の親方名が異なるため、検索時に混乱する人も少なくありません。
常盤山親方の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の親方名 | 常盤山太一 |
| 読み方 | ときわやま |
| 本名 | 金尾隆 |
| 生年月日 | 1961年3月1日 |
| 2026年現在の年齢 | 65歳 |
| 出身地 | 神奈川県川崎市川崎区 |
| 現役時代の四股名 | 隆三杉太一 |
| 四股名の読み方 | たかみすぎ たかかつ |
| 最高位 | 小結 |
| 所属していた部屋 | 二子山部屋 |
| 現役時代の初土俵 | 1976年3月場所 |
| 現役時代の引退 | 1995年11月場所 |
| 生涯戦歴 | 720勝753敗46休(119場所) |
| 現在の役職 | 参与 |
| 現在の所属部屋 | 湊川部屋 |
以上は日本相撲協会の年寄プロフィールに掲載されている情報を中心に整理したものです。
二子山部屋に入門し、初代若乃花の薫陶を受ける
常盤山親方の相撲人生は、1976年3月場所に始まります。
入門先は二子山部屋。師匠は「土俵の鬼」と呼ばれた第45代横綱・初代若乃花でした。
初代若乃花の指導を受けながら力士として成長した隆三杉は、入門当初は本名の金尾を四股名として使用。その後、二子錦を経て隆三杉へと改名しました。
日本相撲協会の公式記録によると、1976年3月場所に初土俵を踏み、1981年1月場所に新十両、同年7月場所に新入幕を果たしています。
さらに1991年1月場所には新三役となり、最高位の小結に昇進しました。
隆三杉の相撲スタイルと実績
現役時代の隆三杉は、179センチ、144キロの体格で、突っ張りや押し出しを得意とする力士でした。
幕内在位は71場所。生涯戦歴は720勝753敗46休で、金星を1個獲得しています。十両優勝1回、序二段優勝1回という記録も残しています。
幕内最高優勝や三賞の受賞歴はありませんが、小結まで昇進し、長期間にわたって幕内で戦い続けた実績は評価に値します。
1995年11月場所を最後に現役を引退。その後は年寄として日本相撲協会に残り、後進の指導や相撲協会の業務に携わる道へ進みました。
【部屋継承の歴史】2016年の千賀ノ浦部屋から2020年の常盤山部屋へ
常盤山親方の親方人生を語るうえで欠かせないのが、2016年の千賀ノ浦部屋継承です。
実は、現在の常盤山部屋という名称は、最初から隆三杉が使用していたわけではありません。年寄名跡の交換によって、師匠の名前と部屋の名称が変わった経緯があります。
2016年4月、千賀ノ浦部屋を異例の形で継承
2016年4月、当時の千賀ノ浦親方だった元関脇・舛田山が65歳の定年を迎えることになりました。
後継者として部屋を引き継いだのが、当時55歳だった元小結・隆三杉です。
日本相撲協会は2016年4月8日、正式に部屋の継承と年寄名跡の交換を承認しました。
このとき、隆三杉はそれまで名乗っていた常盤山の名跡を離れ、千賀ノ浦を襲名。千賀ノ浦部屋の師匠に就任しました。一方、前師匠の元舛田山は常盤山の名跡を引き継ぎ、再雇用制度によって協会に残りました。
当時の報道では、異なる一門に所属していた親方が部屋を継承するという異例の出来事として取り上げられています。
部屋の存続を優先し、所属する一門の枠にとらわれず後継者を選んだことが、この継承の大きな特徴でした。
2020年11月、常盤山の名跡を再び取得
2016年の継承から約4年半後、再び大きな転換点が訪れます。
2020年11月26日、日本相撲協会は両親方の年寄名跡交換を承認しました。
元小結・隆三杉が常盤山の名跡を再び襲名し、千賀ノ浦部屋も常盤山部屋へ名称変更となりました。
この名跡交換は、2016年の部屋継承時から予定されていたものでした。前師匠の再雇用期間が終了する時期に合わせ、両者の名跡を元に戻した形です。
こうして、2026年1月まで続く常盤山部屋の体制が整いました。
【2018年の転機】貴乃花部屋の力士受け入れと貴景勝の成長
常盤山親方の指導者としての評価を考える際、2018年の貴乃花部屋の消滅と、その所属力士の受け入れは重要な出来事です。
この出来事によって千賀ノ浦部屋は大きな転換期を迎え、後に大関となる貴景勝らを育てる環境が整いました。
2018年10月1日、貴乃花部屋の力士が転属
2018年10月1日、日本相撲協会は貴乃花部屋に所属していた力士、世話人、床山の千賀ノ浦部屋への転属を正式に承認しました。
同時に、貴乃花親方こと花田光司氏の退職届も受理されています。
これにより、貴乃花部屋に所属していた力士たちは千賀ノ浦部屋へ移籍することになりました。
当時の千賀ノ浦親方だった常盤山親方にとって、既存の弟子たちに加えて新たな力士を受け入れることは、指導体制や生活環境を整える必要がある大きな出来事でした。
単に所属先を変更するだけでなく、力士たちが安心して稽古に取り組める環境を維持することが求められたのです。
貴景勝と隆の勝を育てた師匠としての実績
受け入れた力士の中でも、特に大きな存在となったのが貴景勝です。
貴景勝はその後、大関に昇進し、幕内最高優勝4回を記録しました。常盤山親方にとっても、長年の指導が実を結んだ象徴的な弟子です。
2026年1月24日に行われた定年前の記者会見で、常盤山親方は約50年間の歩みを振り返り、次のように語りました。
「寂しさもあるがやり切った」
また、貴景勝についても、優勝4回もの幸せを運んでくれたと感慨を示しています。
貴景勝だけでなく、隆の勝も常盤山親方の指導を受けて成長した力士の一人です。幕内で活躍する力士を育てた経験は、親方としての大きな実績といえます。
なお、貴景勝は2024年に現役を引退し、湊川親方を襲名しました。かつての師匠と弟子が、2026年には新旧の師匠という関係に変わったことも、今回の継承を象徴しています。
【2026年1月26日】常盤山部屋を湊川親方へ継承!部屋名変更の全貌
2026年に入ってから、常盤山親方の長年の師匠人生を締めくくる大きな出来事がありました。
常盤山部屋の後継者となったのは、元大関・貴景勝の湊川親方です。
日本相撲協会が2025年11月27日に継承を承認
日本相撲協会は2025年11月27日の理事会で、湊川親方が常盤山部屋を継承することを承認しました。
正式な継承日は2026年1月26日。同日付で部屋の名称も湊川部屋へ変更されました。
この決定の背景には、常盤山親方が2026年3月1日に65歳の定年を迎えるという事情がありました。
1月の初場所が常盤山部屋として臨む最後の本場所となり、その後、師匠の座は湊川親方へ引き継がれました。
湊川親方は元大関・貴景勝
新しい師匠となった湊川親方は、現役時代に大関として活躍した貴景勝です。
本名は佐藤貴信。現役時代は突き押しを武器に幕内最高優勝4回を達成し、殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞2回を獲得しています。
現役時代に常盤山親方の指導を受けた弟子が、今度は師匠として部屋を率いることになりました。
この継承は、単なる年寄名跡や部屋名の変更ではありません。常盤山親方が長年築いてきた指導環境を、弟子の一人が引き継ぐ世代交代でもあります。
2026年11月現在の湊川部屋所属力士
日本相撲協会の公式部屋紹介に掲載されている2026年11月場所の番付では、湊川部屋には幕内から序二段まで幅広い番付の力士が所属しています。
- 幕内:隆の勝
- 十両:若ノ勝
- 幕下:新隆山、貴健斗
- 三段目:隆勝生、優力勝
- 序二段:城勝雄、貴大将、隆太陸
合計9人の力士が掲載されており、隆の勝が幕内力士として部屋を代表しています。
特に隆の勝は、旧常盤山部屋時代からの中心的な力士です。部屋名が変わった後も、所属力士たちが新しい師匠のもとで稽古を続けていることが分かります。
湊川部屋の所在地は東京都板橋区前野町。日本相撲協会の公式部屋紹介にも、湊川親方と参与の常盤山親方が同じ部屋に所属していることが記載されています。
部屋の継承と同時に裏方の所属も再編
2025年11月の協会発表では、部屋の継承に伴い、力士だけでなく裏方の所属変更も承認されました。
力士のほか、床山の床勝と世話人の嵐望は湊川部屋に残留。一方、行司の木村秀朗と呼び出しの広は玉ノ井部屋、床山の床千は木瀬部屋、世話人の栃の山は山響部屋へそれぞれ転籍することになりました。
相撲部屋の継承は、師匠と力士だけの問題ではありません。行司、呼び出し、床山、世話人など、日々の本場所や稽古を支える人員の配置にも関わる組織的な再編です。
【混同に注意】常盤山親方・千賀ノ浦親方・湊川親方の違いとは?
常盤山親方を調べる際に混乱しやすいのが、常盤山、千賀ノ浦、湊川という3つの名前です。
これらは同一人物の改名だけを意味するものではありません。年寄名跡を交換した時期や、部屋を継承した人物によって意味が異なります。
人物と部屋の関係を整理
| 人物・名称 | 正しい関係 |
|---|---|
| 常盤山親方 | 元小結・隆三杉。本名は金尾隆。2026年から参与。 |
| 千賀ノ浦親方(2016年当時) | 元小結・隆三杉が名乗り、千賀ノ浦部屋を継承。 |
| 元関脇・舛田山 | 2016年の継承時に常盤山の名跡を襲名した前師匠。 |
| 湊川親方 | 元大関・貴景勝。本名は佐藤貴信。2026年に部屋を継承。 |
| 常盤山部屋 | 2020年11月に千賀ノ浦部屋から名称変更。2026年1月26日に湊川部屋へ変更。 |
| 湊川部屋 | 2026年1月26日に発足。師匠は湊川親方。 |
年寄名跡と相撲部屋の名称は別のもの
相撲界には、親方個人が名乗る年寄名跡と、力士が所属する相撲部屋の名称があります。
常盤山親方の場合、2016年には年寄名跡を常盤山から千賀ノ浦へ変更し、千賀ノ浦部屋を継承しました。その後、2020年には常盤山の名跡に戻り、部屋も常盤山部屋となりました。
そして2026年1月26日、湊川親方が部屋を継承したことで、部屋名は湊川部屋へ変更されています。
一方、常盤山親方本人は、定年後も常盤山の名跡を保持し、参与として湊川部屋に所属しています。
つまり、2026年11月現在、「常盤山」という名前は親方の年寄名跡として残っていますが、「常盤山部屋」という相撲部屋は存在せず、湊川部屋へと引き継がれているのです。
【プロの結論】常盤山親方の指導者としての功績と2026年以降の役割
常盤山親方の経歴を振り返ると、力士として小結まで昇進した実績以上に、部屋の存続と後進の育成に尽力した親方としての歩みが印象に残ります。
異なる一門の部屋を引き継いだ判断
2016年の千賀ノ浦部屋継承は、相撲界の一門制度という視点からも特徴的な出来事でした。
当時、千賀ノ浦部屋は出羽海一門に所属していました。一方、隆三杉は貴乃花一門に所属する親方でした。
それぞれの一門の枠を超えて部屋を引き継いだことは、力士たちの所属先を守り、部屋の継続性を確保するうえで意味のある判断でした。
その後、2018年には貴乃花部屋の力士たちを受け入れ、貴景勝らの成長を支えています。
こうした経緯を見ると、常盤山親方の親方人生には、所属する組織の事情だけでなく、力士が相撲を続けられる環境を守るという視点が一貫していたことが読み取れます。
弟子への継承が持つ意味
2026年の部屋継承で注目したいのは、後継者が外部から招かれた人物ではなく、かつて自分が育てた弟子だったことです。
貴景勝は、常盤山親方のもとで力士として成長し、大関昇進と4度の幕内優勝を成し遂げました。その経験を持つ人物が師匠となることで、部屋の伝統や稽古環境を引き継ぐ新しい体制が始まりました。
師匠の交代は、単に組織の責任者を変更するだけではありません。弟子の育成方針、稽古場の文化、部屋を支える人間関係など、相撲部屋を形づくる多くの要素を次世代に引き渡すことでもあります。
常盤山親方が参与として残ることは、これまで培ってきた経験を新しい師匠に伝えるという点でも意味があります。
2026年以降に注目したい3つのポイント
今後の湊川部屋を見る際には、次の3点に注目すると、常盤山親方から湊川親方への継承の成果が分かりやすくなります。
- 隆の勝ら既存力士の成長:常盤山部屋時代からの力士が、新しい師匠のもとでどのような成績を残すか。
- 若手力士の育成:湊川親方が自身の現役経験と常盤山親方から受け継いだ指導環境を、どのように若手へ伝えるか。
- 常盤山親方の参与としての関わり:本人が語った5年間の指導方針が、実際の部屋運営や後進育成にどのようにつながるか。
なお、参与という役職に就いたからといって、常盤山親方が引き続き部屋の最終的な運営責任者であるわけではありません。現在の師匠は湊川親方です。この役割の違いを理解することが、今後の報道を正しく読み取るポイントになります。
常盤山親方に関するよくある質問(FAQ)
Q1:常盤山親方の読み方と本名は何ですか?
A1:読み方は「ときわやまおやかた」です。本名は金尾隆(かなお・たかし)。現役時代は隆三杉(たかみすぎ)という四股名で活躍し、最高位は小結でした。
Q2:常盤山親方は2026年に引退したのですか?
A2:2026年3月1日に65歳の定年を迎え、部屋の師匠を退きました。ただし、完全に相撲協会を退職したわけではありません。再雇用制度によって参与となり、引き続き日本相撲協会に所属しています。
Q3:常盤山部屋は現在どうなっていますか?
A3:2026年1月26日付で元大関・貴景勝の湊川親方が継承し、湊川部屋へ名称変更されました。現在の師匠は湊川親方で、隆の勝や若ノ勝らが所属しています。
Q4:常盤山親方と貴景勝の関係は?
A4:貴景勝は、常盤山親方が師匠を務めていた千賀ノ浦部屋・常盤山部屋で指導を受けた弟子です。現役引退後に湊川親方を襲名し、2026年1月に師匠の座を引き継ぎました。
Q5:常盤山親方は今後も湊川部屋で指導するのですか?
A5:2026年4月の地元川崎での慰労会で、本人は今後5年間、常盤山の名跡のまま部屋を訪れて指導する意向を語っています。ただし、現在の師匠は湊川親方であり、常盤山親方は参与という立場です。
まとめ:常盤山親方は参与として在籍、湊川部屋への継承で新たな段階へ
常盤山親方は、元小結・隆三杉として活躍した金尾隆氏です。1976年に二子山部屋で初土俵を踏み、1995年に現役を引退。その後は親方として千賀ノ浦部屋、常盤山部屋を率い、約50年にわたって大相撲に携わってきました。
2016年の千賀ノ浦部屋継承、2018年の貴乃花部屋所属力士の受け入れ、2020年の常盤山部屋への名称変更と、親方としての歩みには複数の大きな転換点がありました。
そして2026年1月26日、元大関・貴景勝の湊川親方に部屋を継承。同年3月1日には65歳の定年を迎え、現在は参与として湊川部屋に所属しています。
常盤山部屋という名称はなくなりましたが、そこで育った力士たちと、その指導環境は湊川部屋へ引き継がれています。
今後の注目点は、湊川親方がどのような部屋づくりを進めるのか、そして常盤山親方が参与としてどのように後進を支えていくのかという点です。師匠から弟子へ受け継がれた部屋の歴史は、2026年から新しい章に入っています。