2026年現在、感染症の専門家として知られる二木芳人(にき・よしひと)氏は、昭和大学から名称変更した昭和医科大学と現在も関係を持つ医学者です。川崎医科大学を卒業後、呼吸器内科で経験を積み、2006年に昭和大学医学部の教授に就任。その後、臨床感染症学部門の発展に携わり、客員教授を経て名誉教授の称号を授与されています。
気になるのは、現在の正式な肩書きが「名誉教授」なのか「客員教授」なのかという点でしょう。実は、昭和医科大学の公式サイトでは両方の表記が確認できます。加えて、専門分野は新型コロナウイルス感染症だけではなく、呼吸器感染症、抗菌薬の適正使用、院内感染対策など幅広い領域に及びます。
【2026年最新】二木芳人の現在の肩書きは名誉教授?客員教授?
二木芳人氏の現在を調べるうえで、最初に整理したいのが肩書きです。
昭和医科大学の公式サイトにある「内科学講座 臨床感染症学部門」のページでは、二木氏について、現在客員教授であると紹介しています。
一方、同ページの教員一覧では「名誉教授」と記載されています。
加えて、大学が公開する名誉教授称号授与者の一覧にも二木氏の名前が掲載されています。2026年5月14日現在の公式資料でも確認できる情報です。
つまり、2026年現在の肩書きを整理すると、次のようになります。
| 項目 | 2026年現在の確認内容 |
|---|---|
| 名誉教授 | 昭和医科大学の名誉教授称号授与者として掲載 |
| 客員教授 | 臨床感染症学部門の紹介文で現在の肩書きとして記載 |
| 過去の教授職 | 2006年に教授就任、2017年に特任教授 |
| 現在の大学との関係 | 医学部内科学講座臨床感染症学部門との関係が継続 |
| 大学名 | 2025年4月1日から昭和医科大学 |
ここで理解しておきたいのが、名誉教授と客員教授は同じ意味ではないということです。
名誉教授は、大学における教育・研究などの功績をたたえて授与される称号です。一方、客員教授は大学における教育・研究活動に関係する職位です。
そのため、両方の表記があるからといって、必ずしも矛盾しているわけではありません。
2026年の情報を調べる場合は、大学の名誉教授一覧と臨床感染症学部門の紹介文を併せて確認すると、二木氏の現在の立場を理解しやすくなります。
なお、大学以外の所属については、Clinic Le GINZAの公式医師紹介ページにも、二木氏が「相談役」として掲載されています。担当分野は感染症内科です。
【昭和大学との関係】教授就任から名誉教授に至るまで
二木芳人氏と昭和大学の関係は、2006年11月の教授就任から本格的に始まります。
当時の二木氏は、呼吸器内科での臨床経験や感染症分野での専門知識を持つ医師でした。
昭和大学では医学部の臨床感染症学講座を担当し、感染症の診療・研究・教育を推進する立場を担いました。
2006年に臨床感染症学講座の教授に就任
2006年11月、二木氏は昭和大学医学部の臨床感染症学講座(寄付講座)の教授に就任しました。
その後、2012年には昭和大学病院の感染管理部門の部門長を兼務。さらに同年9月には、医学部内科学講座の臨床感染症学部門教授となっています。
大学内での組織再編に伴い、講座の名称や位置づけも変化しました。
2017年に正規講座へ昇格
大きな転換点となったのが2017年4月です。
昭和大学医学部内科学講座の臨床感染症学部門が正規講座の一部門に昇格し、二木氏は特任教授に就任しました。
感染症を専門的に扱う教育・研究体制が大学内で整備されていった時期です。
2020年に客員教授へ
2020年3月、二木氏は昭和大学および昭和大学病院を退職しました。
同年4月からは昭和大学医学部内科学講座臨床感染症学部門の客員教授となっています。
その後、2024年には昭和大学の名誉教授に就任しました。
大学が2024年9月に公開した近畿連合ふるさと会の開催報告にも、名誉教授となった二木氏の就任祝いが行われたことが記されています。
この経緯を見ると、教授として大学の感染症部門を担った時期と、名誉教授・客員教授として関係を続ける現在とでは、役割が異なることが分かります。
【経歴年表】川崎医科大学卒業後から昭和大学教授時代まで
二木芳人氏は1949年、大阪市生まれです。
1976年に川崎医科大学を卒業し、呼吸器内科を中心に医学の専門性を深めました。
その後、米国の医療研究機関への留学を経験し、2006年に昭和大学へ移っています。
主な経歴を年代順に整理しました。
| 年代 | 経歴・出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1949年 | 大阪市で出生 | 二木芳人氏の生まれ年 |
| 1976年 | 川崎医科大学卒業 | 医師としてのキャリアの出発点 |
| 1982年 | 川崎医科大学呼吸器内科助手 | 呼吸器内科での勤務 |
| 1983年 | 同大学呼吸器内科講師 | 教育・研究にも従事 |
| 1988~1990年 | 米国留学 | Memorial Sloan-Kettering Cancer Center |
| 1990年 | 川崎医科大学講師 | 保健医療学・呼吸器内科 |
| 2006年4月 | 倉敷第一病院 | 呼吸器センター副センター長 |
| 2006年11月 | 昭和大学教授 | 臨床感染症学講座の教授 |
| 2012年 | 感染管理部門の部門長を兼務 | 昭和大学病院の感染管理を担当 |
| 2017年4月 | 特任教授 | 臨床感染症学部門の正規講座昇格 |
| 2020年4月 | 客員教授 | 昭和大学医学部 |
| 2024年 | 名誉教授 | 昭和大学の名誉教授称号を授与 |
| 2025年4月 | 大学名変更 | 昭和大学から昭和医科大学へ |
| 2026年 | 現在 | 名誉教授・客員教授の表記を確認 |
特に注目したいのが、川崎医科大学での呼吸器内科の経験と、米国留学を経て昭和大学の感染症部門を担当するようになった点です。
米国Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerへの留学
1988年から1990年まで、二木氏は米国ニューヨーク州のMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerに留学しました。
医学研究の国際的な環境に身を置いた経験は、その後の専門的な活動を考えるうえでも重要な経歴です。
1990年には川崎医科大学に戻り、保健医療学・呼吸器内科の講師として活動しました。
呼吸器内科から感染症学へ
二木氏のキャリアを理解するうえで、呼吸器内科から感染症学へと専門領域が広がったことは見逃せません。
呼吸器感染症は、肺炎など呼吸器に関係する感染症を扱う領域です。
感染症学はさらに広く、細菌・ウイルス・真菌などによる感染症の診断や治療、感染拡大の防止までを対象とします。
呼吸器内科で培った臨床経験は、感染症を総合的に扱う専門性につながる重要な基盤だったと考えられます。
【専門分野】感染症専門医としての強みと呼吸器病学
二木芳人氏の専門分野は、単純に新型コロナウイルス感染症だけではありません。
主な領域は、感染症学、呼吸器病学、感染制御、抗菌薬の適正使用などです。
1.感染症学と感染症専門医としての専門性
二木氏の経歴資料には、日本感染症学会の専門医・指導医としての資格が記載されています。
また、感染制御に関係する認定ICD(インフェクションコントロールドクター)としても紹介されています。
感染症専門医は、感染症の診断や治療について高度な専門知識と臨床経験を持つ医師です。
感染症は原因となる病原体によって治療方針が異なります。適切な検査による原因の特定、薬剤の選択、治療経過の確認など、総合的な判断が大切です。
2.呼吸器病学と呼吸器感染症
二木氏の出発点は呼吸器内科です。
呼吸器内科は、肺や気管支などに関係する病気を扱う診療領域であり、感染症とも深く関係しています。
代表的なテーマとしては、肺炎などの呼吸器感染症や、感染症に伴う呼吸機能への影響が挙げられます。
公開されている経歴では、日本呼吸器学会の専門医・指導医としての活動も確認できます。
3.抗菌薬の適正使用
二木氏の専門領域で特に重要なのが、抗菌薬の適正使用です。
抗菌薬は細菌による感染症の治療に使用されますが、必要以上に使用したり、適切でない薬剤を選択したりすると、薬剤耐性菌の問題につながります。
そのため、患者の状態や感染原因を踏まえ、必要な薬剤を適切な量・期間で使用が必要です。
この取り組みは、英語でAntimicrobial Stewardshipと呼ばれます。
二木氏の専門テーマには、こうした抗菌薬適正使用の推進が含まれています。
4.院内感染対策と薬剤耐性菌
病院内では、患者の免疫状態や治療内容によって感染リスクが異なります。
特に注意が必要なのが、MRSAなどの薬剤耐性菌や、クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI)などです。
二木氏の研究テーマには、次のような領域が挙げられています。
- 抗菌薬適正使用の推進
- 多剤耐性菌への対策
- MRSA感染症の治療
- CDIなどの院内感染対策
- インフルエンザなどの感染症対策
- 感染症に関する医療従事者の教育
これらは、患者一人ひとりの治療だけでなく、病院全体の感染管理にも関係する重要な分野です。
【学会活動と新型コロナ】専門家としての社会的な役割
二木芳人氏は、大学での教育・研究活動だけでなく、複数の医学系学会でも役職を歴任してきました。
主な関係学会には、日本感染症学会、日本呼吸器学会、日本化学療法学会、日本医真菌学会、日本結核・非結核性抗酸菌症学会などがあります。
主な学会活動
二木氏は、学会の理事や委員会委員、評議員などを歴任しています。
また、学術集会の会長も務めてきました。
公開されている経歴資料では、次のような実績が確認できます。
- 2010年:第57回日本化学療法学会東日本支部総会会長
- 2013年:日本結核病学会関東支部会・日本呼吸器学会関東地方会の合同学会長
- 2013年:第57回日本医真菌学会総会会長
- 2014年:第1回東京難治性感染症研究会会長
- 2015年:第49回緑膿菌研究会総会会長
- 2015年:第63回日本化学療法学会総会会長
加えて、2020年には日本感染症学会、日本医真菌学会、日本内科学会、日本化学療法学会などで名誉会員となったことも経歴資料に記載されています。
これらの実績からも、二木氏が感染症や呼吸器感染症の分野で長年活動してきたことが分かります。
新型コロナウイルス感染症で注目された理由
二木氏の名前が一般の人々に広く知られるようになった背景には、新型コロナウイルス感染症の流行があります。
感染症の専門家として、テレビや新聞などで感染状況や感染対策について解説する機会がありました。
新型コロナウイルス感染症は、感染者の増減だけでなく、重症化リスク、医療機関の受け入れ体制、院内感染対策など、複数の問題が絡み合う感染症でした。
二木氏が専門としてきた感染症学や呼吸器病学は、こうした問題を理解するうえで重要な領域です。
また、2023年2月には東京都学校歯科保健研究大会で「新型コロナウイルス感染症の現状とこれから」をテーマに特別講演を行っています。
2024年7月にも、二木名誉教授が新型コロナ感染症の次への備えについて講演したことが報道されています。
注目すべきなのは、二木氏の専門性が新型コロナウイルスだけに限定されていないことです。
感染症の予防、診断、治療、薬剤耐性、院内感染対策という幅広い経験が、パンデミック時の専門的な解説にもつながっていました。
【昭和大学から昭和医科大学へ】名称変更後の所属表記を解説
二木芳人氏のプロフィールを調べる際、混乱しやすいのが大学名の違いです。
現在の正式名称は「昭和医科大学」ですが、過去の経歴や報道では「昭和大学」と記載されています。
これは大学が別の学校に変わったという意味ではなく、同じ大学が校名を変更したためです。
2025年4月1日に昭和医科大学へ名称変更
昭和大学は2024年4月17日付の公式発表で、2025年4月1日に昭和医科大学へ校名を変更することを公表しました。
変更の理由として、医学部・歯学部・薬学部・保健医療学部を擁する医系総合大学であることを、校名からも明確に発信する方針が説明されています。
そのため、二木氏の経歴を記載する場合は、時代によって大学名を使い分ける必要があります。
| 対象となる時期 | 適切な大学名・所属表記 |
|---|---|
| 2006年の教授就任時 | 昭和大学医学部 |
| 2012年の教授時代 | 昭和大学医学部内科学講座 |
| 2017年の特任教授時代 | 昭和大学医学部臨床感染症学部門 |
| 2020年以降の客員教授時代 | 昭和大学医学部内科学講座臨床感染症学部門 |
| 2025年4月以降 | 昭和医科大学医学部内科学講座臨床感染症学部門 |
臨床感染症学部門は現在も存在する
昭和医科大学の公式サイトには、医学部内科学講座臨床感染症学部門の紹介ページがあります。
同部門は2007年4月1日に寄付講座として開講し、2017年4月1日に正規の内科講座の一部門へ昇格しました。
現在も感染症の診療・研究・教育を行っています。
具体的な業務として、次のような活動が紹介されています。
- 院内感染対策
- 抗菌薬適正使用支援
- 重症・難治性感染症の相談
- 診断が難しい感染症へのコンサルテーション
- 感染症の新しい診断法や治療法の研究
- 医療従事者への感染症教育
現在の部門紹介には、二木氏が客員教授として記載され、教員一覧には名誉教授として掲載されています。
ただし、現在の部門の診療科長・教授は時松一成氏です。
したがって、二木氏を現在の臨床感染症学部門の診療科長や現職の専任教授として紹介するのは正確ではありません。
二木氏は、昭和大学時代に同部門の教授として発展に携わり、現在は名誉教授・客員教授として大学との関係が確認できる人物です。
【プロの結論】二木芳人の経歴から分かる本当の専門性
二木芳人氏の経歴を通して見えてくるのは、呼吸器内科を出発点として、感染症の診療・研究・教育へと専門領域を広げてきた医師の姿です。
一般的には、新型コロナウイルス感染症の解説者として認識されることもありますが、その専門性はもっと幅広いものです。
特に重要なのは、次の3点です。
第一に、呼吸器病学と感染症学の両方に専門的な経験を持つこと。
呼吸器感染症の診療経験は、肺炎などの感染症を理解するための重要な基盤です。二木氏は川崎医科大学時代から呼吸器内科に携わり、その後、感染症学の分野で活動してきました。
第二に、患者の治療だけでなく、病院全体の感染管理にも関わってきたこと。
抗菌薬の適正使用や薬剤耐性菌対策は、個別の患者の治療だけでは解決できません。病院全体での感染管理と医療従事者の教育が必要です。二木氏が取り組んできた領域は、こうした医療体制の根幹に関わるものです。
第三に、大学の教育・研究と社会への情報発信を両立してきたこと。
教授時代の教育・研究活動、学会での役職、感染症に関する講演やメディアでの解説は、それぞれ異なる形で専門知識を社会に伝える活動です。
二木氏の経歴を正しく理解するには、テレビ出演などの知名度だけでなく、医学部での長年の教育・研究活動や学会活動にも目を向ける必要があります。
【二木芳人の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:二木芳人氏は2026年現在、昭和医科大学の教授ですか?
A1:現在の通常の教授職ではありません。2020年3月に昭和大学および昭和大学病院を退職し、同年4月から客員教授となっています。2024年には名誉教授の称号も授与されています。
Q2:二木芳人氏は川崎医科大学出身ですか?
A2:はい。1976年に川崎医科大学を卒業しています。その後、同大学の呼吸器内科で助手・講師を務め、米国留学を経て昭和大学に移りました。
Q3:二木芳人氏の専門分野は新型コロナウイルスだけですか?
A3:いいえ。感染症学、呼吸器病学、抗菌薬の適正使用、院内感染対策、薬剤耐性菌などが主な専門領域です。新型コロナウイルス感染症は、その幅広い専門性の一部です。
Q4:昭和大学と昭和医科大学は別の大学ですか?
A4:いいえ。同じ大学です。2025年4月1日に昭和大学から昭和医科大学へ名称変更しました。二木氏の過去の経歴には、当時の名称である昭和大学が使用されています。
Q5:二木芳人氏は現在も臨床感染症学部門に所属していますか?
A5:昭和医科大学の公式部門紹介では客員教授、教員一覧では名誉教授として掲載されています。現在の診療科長・教授は時松一成氏です。
まとめ:二木芳人の現在と昭和医科大学との関係
二木芳人氏は、1976年に川崎医科大学を卒業し、呼吸器内科を中心に経験を積んだ後、2006年に昭和大学医学部教授に就任しました。
2017年には臨床感染症学部門の特任教授となり、2020年からは客員教授として大学との関係を続けています。2024年には名誉教授の称号が授与されました。
2026年現在、昭和医科大学の公式資料では名誉教授として掲載され、臨床感染症学部門の紹介では客員教授として記載されています。
また、2025年4月の大学名変更によって、過去の資料にある「昭和大学」と現在の「昭和医科大学」という表記が混在していますが、同じ大学の名称変更によるものです。
二木氏を理解するうえで大切なのは、新型コロナウイルスの専門家という一面だけで判断しないことです。呼吸器内科から感染症学へと広がった専門性、抗菌薬適正使用や院内感染対策への取り組み、長年の学会活動を含めて見ることで、その医学者としての歩みがより明確になります。
【最終的な整理】
- 現在の称号:昭和医科大学名誉教授
- 大学の部門紹介上の肩書き:客員教授
- 出身大学:川崎医科大学
- 教授就任:2006年
- 特任教授就任:2017年
- 客員教授就任:2020年
- 名誉教授称号授与:2024年
- 主な専門分野:感染症学・呼吸器病学・感染制御・抗菌薬適正使用
今後、二木芳人氏のプロフィールや講演情報を確認する場合も、昭和医科大学の公式情報を基準に、過去の教授職と現在の肩書きを分けて把握することが大切です。
主要な確認資料
記事の主要な根拠は、以下の公式資料・公開プロフィールです。
- 昭和医科大学「内科学講座 臨床感染症学部門」:現在の肩書き、部門の沿革、教員構成。
- 昭和医科大学「名誉教授称号授与者一覧」:2026年5月14日現在の掲載状況。
- 東京都学校歯科医会会誌(2023年3月):二木氏の詳細な略歴、資格、学会活動、専門分野。
- 昭和医科大学の校名変更に関する公式発表:2025年4月1日の名称変更。
- Clinic Le GINZA公式医師紹介:相談役としての掲載と経歴。
- 昭和医科大学の2024年公式ニュース:名誉教授就任祝いに関する記録。