琴ノ若晴將の読み方は、「ことのわ・てるまさ」です。「晴將」は現在一般的に使われる「晴将」とは異なる旧字体を含む表記で、現役時代の正式なしこ名です。
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、現在の年寄名は「佐渡ヶ嶽満宗」、本名は「鎌谷満也」とされています。つまり、琴ノ若晴將と佐渡ヶ嶽満宗は別人ではなく、現役時代と引退後の同一人物を指しています。
基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 現役時代のしこ名 | 琴ノ若 晴將 |
| 読み方 | ことのわ・てるまさ |
| 現在の年寄名 | 佐渡ヶ嶽 満宗 |
| 本名 | 鎌谷 満也 |
| 生年月日 | 1968年5月15日 |
| 2026年現在の年齢 | 58歳 |
| 出身地 | 山形県尾花沢市 |
| 所属部屋 | 佐渡ヶ嶽部屋 |
| 身長 | 191cm |
| 体重 | 181kg |
| 現役時代の最高位 | 関脇 |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 初土俵 | 1984年5月場所 |
| 引退場所 | 2005年11月場所 |
しこ名の変遷にも注目
琴ノ若晴將は、初土俵から引退までに何度かしこ名を変更しています。
日本相撲協会の公式プロフィールに記載された履歴は、次のとおりです。
- 今野
- 琴今野
- 琴の若
- 琴乃若
- 琴ノ若
最終的に「琴ノ若晴將」の名で長く幕内を務め、関脇まで昇進しました。
引退後は佐渡ヶ嶽の年寄名を襲名したため、現在の報道や相撲協会の資料では「佐渡ヶ嶽親方」と呼ばれることが一般的です。
【琴ノ若晴將の経歴】1984年の初土俵から関脇昇進まで
琴ノ若晴將の相撲人生は、1984年5月場所の初土俵から始まりました。
山形県尾花沢市出身の琴ノ若は、191cmという恵まれた体格を生かした四つ相撲を武器に番付を上げていきます。
1990年には十両、続いて幕内へ昇進。1993年9月場所には新三役となり、幕内上位で活躍する力士へと成長しました。
最高位は関脇。横綱・大関が並ぶ上位陣と長年対戦し、金星8個を獲得するなど、安定した実力を示しました。
琴ノ若晴將の主要経歴・年表
| 年・時期 | 出来事 | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1968年5月15日 | 山形県尾花沢市で誕生 | 相撲人生の出発点 |
| 1984年5月 | 初土俵 | 力士としてのキャリア開始 |
| 1990年7月 | 新十両 | 関取への昇進 |
| 1990年11月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 1993年9月 | 新三役 | 幕内上位で活躍 |
| 現役時代 | 最高位・関脇 | 金星8個を獲得 |
| 2005年11月 | 現役引退 | 785勝764敗100休で現役生活に幕 |
| 2005年11月 | 佐渡ヶ嶽を襲名 | 部屋の師匠に就任 |
| 2026年 | 日本相撲協会理事 | 部屋運営と協会業務を担当 |
特に注目したいのは、1990年の新入幕から2005年の引退まで、長期にわたって幕内で戦い続けたことです。
幕内在位は90場所。これは一時的に上位へ進出しただけの力士ではなく、長年にわたって幕内の番付を維持した力士だったことを示しています。
また、関脇在位は2場所、小結在位は7場所。最高位は関脇ながら、横綱や大関と何度も対戦する位置で相撲を取り続けました。
【琴ノ若晴將の通算成績】785勝764敗100休の実力を検証
琴ノ若晴將の通算成績は、785勝764敗100休(130場所)です。
日本相撲協会の公式プロフィールでも、この数字が生涯戦歴として掲載されています。
幕内だけを見ると608勝657敗84休(90場所)。幕内優勝こそありませんが、殊勲賞2回、敢闘賞5回、金星8個という実績を残しました。
主な戦績・受賞歴
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 785勝764敗100休 |
| 現役在位 | 130場所 |
| 幕内戦歴 | 608勝657敗84休 |
| 幕内在位 | 90場所 |
| 最高位 | 関脇 |
| 殊勲賞 | 2回 |
| 敢闘賞 | 5回 |
| 技能賞 | 0回 |
| 金星 | 8個 |
| 三段目優勝 | 2回 |
| 幕内最高優勝 | 0回 |
金星8個という実績の価値
琴ノ若晴將の実績で見逃せないのが、金星8個です。
金星とは、平幕力士が横綱に勝った場合に記録される特別な白星です。横綱と対戦する機会があるだけでなく、その相手を実際に破らなければ獲得できません。
琴ノ若は、横綱を相手に金星を重ねた実績を持っています。
また、殊勲賞を2回受賞している点も重要です。殊勲賞は横綱や大関を破るなど、優勝争いに大きな影響を与える活躍をした力士に贈られる三賞の一つです。
派手な優勝回数だけでは測れない、上位力士に対する競争力を持っていたことが分かります。
得意技は右四つ・寄り!相撲の特徴を解説
琴ノ若晴將の得意技は、右四つと寄りです。
右四つとは、相手と組んだ際に自分が右四つの形を作ること。相手との組み手を制し、自分に有利な体勢から攻める相撲です。
一方、寄りは相手の体に密着し、前進する圧力で土俵外へ押し出す攻め方です。
日本相撲協会が掲載する決まり手の傾向を見ると、琴ノ若の主な勝ち方は次のようになっています。
| 決まり手 | 割合 |
|---|---|
| 寄り切り | 38% |
| 上手投げ | 24% |
| 送り出し | 11% |
| その他 | 27% |
ここから分かるのは、琴ノ若が単純な押し相撲だけで勝負するタイプではなかったということです。
基本となるのは右四つからの寄り。加えて、組んだ状態から上手投げを繰り出す技術も持っていました。
191cm、181kgという体格に加え、相手との組み手を作り、前へ出る力を生かす相撲が持ち味だったといえます。
【2005年の引退と佐渡ヶ嶽親方就任】部屋を継承した理由とは?
琴ノ若晴將の現役引退は、2005年11月場所です。
この引退には、単なる現役生活の区切り以上の意味がありました。佐渡ヶ嶽部屋の次代を担う師匠として、部屋を引き継ぐという大きな転換点だったからです。
当時の報道によると、琴ノ若は2005年11月25日の九州場所13日目の取組後、日本相撲協会に引退届と年寄「佐渡ヶ嶽」の襲名願を提出しました。
この日は、義父であり先代の佐渡ヶ嶽親方だった第53代横綱・琴櫻が協会の停年を迎えた日でもありました。
そのため、琴ノ若は現役を退くと同時に部屋を継承し、後進の指導に当たる立場となったのです。
引退場所の成績と最後の取組
2005年11月場所、琴ノ若は西前頭11枚目で土俵に上がっていました。
13日目の駿傑との取組が現役最後の一番となり、この一番に敗れたことで5勝8敗の負け越しが決まりました。
引退によって14日目に予定されていた稀勢の里との取組も不戦敗となっています。
当時37歳。現役最年長関取の一人として長く土俵に立ってきた琴ノ若にとって、最後の場所は部屋の継承という新しい役割へ移る節目でもありました。
佐渡ヶ嶽親方への襲名と部屋継承
2005年11月25日に年寄名跡の襲名願が承認され、琴ノ若は佐渡ヶ嶽親方となりました。
ここで重要なのは、佐渡ヶ嶽親方への就任が、単なる引退後の職業選択ではなかったという点です。
先代親方が停年を迎えるタイミングで、部屋を存続させ、所属力士を育てていく役割を引き継いだのです。
佐渡ヶ嶽部屋は、琴櫻をはじめとする名力士を輩出してきた相撲部屋です。その伝統を受け継ぐ立場となった琴ノ若には、現役時代とは違う責任が生まれました。
現役力士として自分が勝つことから、部屋全体の力士を育てることへ。2005年の引退は、琴ノ若の相撲人生における第二のスタートだったといえます。
【琴櫻将傑との親子関係】第53代横綱・琴櫻とのつながり
琴ノ若晴將について検索する人が多い理由の一つが、息子である大関・琴櫻将傑の存在です。
琴櫻将傑は、現在の佐渡ヶ嶽親方である琴ノ若晴將の息子です。そして、第53代横綱・琴櫻は琴櫻将傑の母方の祖父に当たります。
この関係は、千葉県松戸市の公式情報でも紹介されています。
三代にわたる相撲一家の関係図
琴櫻将傑は、父と母方の祖父の両方から相撲の系譜を受け継ぐ力士です。
父親は元関脇の琴ノ若晴將
琴櫻将傑の父親は、元関脇・琴ノ若晴將です。
息子の琴櫻は、千葉県松戸市で育ち、2歳ごろから相撲に親しんでいたことが松戸市の紹介記事に記されています。
幼少期には祖父である先代佐渡ヶ嶽親方の稽古を見学するなど、相撲が身近にある環境で成長しました。
松飛台小学校を卒業後、相撲の強豪校として知られる埼玉栄中学・高校へ進学。卒業後は佐渡ヶ嶽部屋に入門しています。
第53代横綱・琴櫻は息子の祖父
ここで混同しやすいのが、琴ノ若晴將と第53代横綱・琴櫻の関係です。
両者は親子ではありません。
第53代横綱・琴櫻は、琴櫻将傑の母方の祖父です。一方、琴ノ若晴將は琴櫻将傑の父親に当たります。
第53代横綱・琴櫻傑將は、1973年3月に横綱へ昇進。幕内優勝5回を記録した名力士です。1974年7月場所に引退しています。
息子が2024年5月場所から「琴櫻」のしこ名を襲名したことは、祖父の名前と実績を受け継ぐ象徴的な出来事でした。
琴櫻将傑は2024年に大関昇進、同年11月に初優勝
琴櫻将傑は2024年1月場所後に大関へ昇進しました。
さらに同年5月場所から祖父のしこ名である「琴櫻」を襲名。2024年11月場所では14勝1敗で幕内最高優勝を果たしています。
2026年11月場所の番付でも西大関に位置しており、佐渡ヶ嶽部屋を代表する力士として土俵に立っています。
父が関脇、祖父が横綱、そして息子が大関という三代の系譜は、佐渡ヶ嶽部屋の歴史を語るうえでも象徴的です。
【琴ノ若晴將の2026年現在】佐渡ヶ嶽親方の役職と活動
2026年11月現在、琴ノ若晴將は現役力士ではありません。
年寄名「佐渡ヶ嶽満宗」として佐渡ヶ嶽部屋の師匠を務めるとともに、日本相撲協会の理事として組織運営にも携わっています。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、佐渡ヶ嶽満宗の役職は理事。2026年の職務分掌では、複数の重要な業務を担当しています。
2026年の日本相撲協会での役職
2026年3月25日に決定された日本相撲協会の職務分掌では、佐渡ヶ嶽親方は危機管理部長に就任しました。
協会の職務分掌に掲載されている担当は次のとおりです。
| 役職・担当 | 主な役割 |
|---|---|
| 理事 | 日本相撲協会の運営に参加 |
| 危機管理部長 | 危機管理に関する業務 |
| コンプライアンス部長 | 法令・規則遵守に関する業務 |
| 総合企画部長 | 協会の企画・運営に関する業務 |
| 監察委員長 | 監察に関する業務 |
| 博物館運営委員 | 相撲博物館の運営に関する業務 |
2026年3月の職務分掌を伝えたデイリースポーツの報道でも、危機管理部長への就任が確認できます。
現役時代には土俵上で勝敗を競っていた琴ノ若が、現在は相撲界全体の組織運営を担う立場になっているのです。
佐渡ヶ嶽部屋の師匠としての役割
佐渡ヶ嶽部屋は千葉県松戸市に拠点を置く相撲部屋です。
日本相撲協会の2026年11月場所に関する部屋情報では、師匠として佐渡ヶ嶽満宗の名前が掲載されています。
同部屋には大関・琴櫻をはじめ、琴勝峰、琴栄峰などの力士が所属しています。
親方の仕事は、単に稽古を見守るだけではありません。
- 力士の育成と指導
- 部屋の運営管理
- 所属力士の生活面のサポート
- 相撲協会との連携
- 本場所や巡業に関わる部屋の管理
こうした業務を担うのが部屋の師匠です。
琴ノ若自身が長年の幕内経験と関脇まで昇進した実績を持つことは、力士を育てる立場になった現在にも生かされる経験と考えられます。
現役時代から親方への転身が示すもの
琴ノ若晴將のキャリアで興味深いのは、現役時代の実績と親方としての現在が明確につながっていることです。
現役時代は、785勝という長い競技生活を通じて、幕内上位で戦う力士として実績を残しました。
引退後は佐渡ヶ嶽部屋を継承し、さらに日本相撲協会の理事として組織運営にも関与しています。
つまり、個人としての競技実績だけでなく、部屋の伝統を次世代へつなぐ役割も担っているのです。
2026年には息子の琴櫻が大関として活躍していることもあり、佐渡ヶ嶽親方の指導者としての立場にも関心が集まっています。
【琴ノ若晴將に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:琴ノ若晴將は何と読みますか?
琴ノ若晴將は「ことのわ・てるまさ」と読みます。現役時代のしこ名で、引退後は佐渡ヶ嶽満宗を名乗っています。
Q2:琴ノ若晴將は2026年現在、何をしていますか?
2026年現在は佐渡ヶ嶽部屋の師匠を務め、日本相撲協会の理事としても活動しています。危機管理部長やコンプライアンス部長などを担当しています。
Q3:琴ノ若晴將の通算成績はいくつですか?
通算785勝764敗100休、130場所です。幕内成績は608勝657敗84休で、最高位は関脇でした。
Q4:琴ノ若晴將の得意技は何ですか?
右四つと寄りです。決まり手の傾向では寄り切りが38%、上手投げが24%となっています。
Q5:琴櫻将傑の父親は琴ノ若晴將ですか?
はい。琴櫻将傑の父親は元関脇・琴ノ若晴將で、現在の佐渡ヶ嶽親方です。第53代横綱・琴櫻は琴櫻将傑の母方の祖父に当たります。
Q6:琴ノ若晴將はいつ引退しましたか?
2005年11月場所です。11月25日に引退届と佐渡ヶ嶽襲名願を提出し、部屋を継承しました。
Q7:琴ノ若晴將は横綱になりましたか?
横綱には昇進していません。最高位は関脇です。ただし、金星8個、殊勲賞2回、敢闘賞5回という実績を残しています。
まとめ:琴ノ若晴將は関脇から名門部屋の師匠へ、2026年も相撲界を支える
琴ノ若晴將は、山形県尾花沢市出身の元関脇で、現役時代に785勝764敗100休という通算成績を残しました。
右四つ・寄りを得意とし、金星8個を獲得。幕内で90場所を戦った実績は、長く第一線で活躍した力士としての存在感を示しています。
2005年11月の引退後は、先代の第53代横綱・琴櫻から佐渡ヶ嶽部屋を継承。現在は佐渡ヶ嶽満宗として、部屋の師匠と日本相撲協会の理事という二つの立場を担っています。
加えて、息子の琴櫻将傑は2024年に大関へ昇進し、同年11月には幕内優勝を達成。2026年11月場所でも大関として土俵に立っています。
【プロの結論】
琴ノ若晴將を理解するうえで重要なのは、関脇としての現役時代だけで評価しないことです。
注目すべき要点は、次の3つです。
1. 競技者としての実績: 通算785勝、金星8個、幕内90場所という長期にわたる活躍。
2. 伝統を継ぐ指導者としての実績: 2005年に佐渡ヶ嶽部屋を継承し、名門部屋の運営を担ってきたこと。
3. 次世代への継承: 息子の琴櫻将傑が大関となり、祖父のしこ名を受け継いで活躍していること。
現役時代の琴ノ若晴將、現在の佐渡ヶ嶽親方、そして大関・琴櫻という三者の関係を整理すると、佐渡ヶ嶽部屋が受け継いできた相撲の歴史が見えてきます。
2026年以降も、部屋の運営や協会での役職、そして息子・琴櫻のさらなる活躍を通じて、佐渡ヶ嶽親方の動向は相撲界を知るうえで注目すべきテーマです。