山崎怜奈(やまざき・れな)は、乃木坂46の2期生として2013年に加入し、約9年3か月にわたってグループで活動した元アイドルです。2022年7月17日に卒業するまで、慶應義塾大学との両立、歴史・クイズ分野での専門性、ラジオパーソナリティとしての活動など、独自のキャリアを築いてきました。
卒業後も活動の幅は広がり、TOKYO FMの冠番組「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」や歴史関連のテレビ番組、エッセイ執筆などで存在感を発揮しています。2026年11月現在は、妊娠に伴う一時休業に入っており、ラジオの代演体制や今後の復帰にも関心が集まっています。
【人物像を解説】山崎怜奈と乃木坂46の関係は?2期生としての加入から始まったキャリア
山崎怜奈は1997年5月21日生まれ、東京都江戸川区出身。ファンからは「れなち」の愛称で親しまれています。
2013年、乃木坂46の2期生オーディションに合格。当時15歳だった山崎は、堀未央奈や北野日奈子らと同じ2期生としてグループに加わりました。
2期生は、1期生によって形作られていたグループに新しい風を吹き込む存在として加入しました。しかし、加入直後から正規メンバーとして活動できたわけではありません。
研究生時代を経て正規メンバーへ
山崎は加入後、研究生として活動する期間を経験しています。2期生の一部は研究生制度のもとで活動しており、正規メンバーへの昇格を待つ立場でした。
2015年2月には正規メンバーへ昇格。その後、乃木坂46のアンダーメンバーとして、ライブやイベント、個人のメディア出演などに取り組んでいきます。
グループの活動では、必ずしも選抜メンバーとして前面に出る機会に恵まれたわけではありませんでした。一方、歴史やクイズへの関心を生かした個人活動では、徐々に独自のポジションを確立していきます。
アイドルの肩書だけでは語れない存在
山崎の特徴は、アイドル活動と並行して、自分の関心領域を仕事へと結び付けていったことです。
歴史をテーマにした番組への出演、クイズ番組での活躍、ラジオでのトークなど、歌やダンスとは異なる分野でも経験を積みました。
こうした活動が、後の卒業後のキャリアにつながっています。乃木坂46のメンバーという肩書を持ちながら、グループ外でも自分の専門性を育てていた点は、山崎の経歴を理解するうえで重要です。
【完全年表】山崎怜奈の乃木坂46在籍期間と主な活動歴
山崎怜奈の乃木坂46在籍期間は、2013年から2022年までの約9年3か月です。この期間には、研究生から正規メンバーへの昇格、大学卒業、冠ラジオ番組の開始、アンダー楽曲での初センターなど、複数の転換点がありました。
特に注目したいのは、アイドルとしての活動が続く一方で、個人名義の仕事が徐々に拡大していったことです。
| 時期 | 出来事・活動 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 2013年 | 乃木坂46の2期生として加入 | 15歳で芸能活動を開始 |
| 2015年2月 | 正規メンバーへ昇格 | 研究生期間を経て活動の幅を広げる |
| 2019年まで | 「乃木坂46山崎怜奈 歴史のじかん」 | 歴史をテーマにした冠番組でMCを担当 |
| 2020年3月 | 慶應義塾大学を卒業 | 学業と芸能活動の両立を実現 |
| 2020年10月 | 「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」開始 | TOKYO FMの帯番組を担当 |
| 2021年2月 | 『歴史のじかん』発売 | 自身初の書籍を出版 |
| 2021年6月 | 「錆びたコンパス」で初センター | アンダー楽曲のセンターを務める |
| 2022年5月 | 乃木坂46の10周年記念ライブ | 本人が事実上のラストライブと説明 |
| 2022年6月13日 | 卒業を発表 | 自身のラジオ番組で報告 |
| 2022年7月17日 | 乃木坂46としての最終活動 | オンラインミート&グリート |
| 2026年 | 執筆・テレビ出演など | 7月に新作エッセイを刊行、10月から一時休業 |
2021年の「錆びたコンパス」は大きな転換点
山崎の乃木坂46時代を振り返る際、外せないのが27枚目シングル「ごめんねFingers crossed」に収録されたアンダー楽曲「錆びたコンパス」です。
2021年5月、山崎は自身のラジオ番組で同楽曲のセンターを務めることを発表しました。同月開催のアンダーライブ2021では座長も担当しています。
それまで長くアンダーメンバーとして活動してきた山崎にとって、グループ内で自分の役割を示す重要な機会でした。
この経験は、単にセンターというポジションを獲得したというだけではありません。ライブを作る側としてメンバーをまとめる経験を積み、グループ内での存在感を示した出来事でもありました。
【学歴と選抜回数】慶應義塾大学との両立、選抜0回の意味とは?
山崎怜奈を語るうえで欠かせないのが、慶應義塾大学での学生生活です。
山崎は慶應義塾大学環境情報学部を卒業しています。高校時代から乃木坂46の活動を続けながら受験勉強に取り組み、大学進学後も芸能活動を継続しました。
高校時代から続いた学業とアイドル活動の両立
大学合同説明会を主催するユニフェスのインタビューでは、山崎本人が高校時代の勉強と芸能活動について振り返っています。
高校1年生の春に乃木坂46へ加入した山崎は、仕事と学業の両立に苦労したと語っています。移動中や楽屋で勉強し、帰宅後も課題に取り組む生活を送っていました。
大学受験の際には、仕事を約3か月休んで受験勉強に専念したことも明かしています。
このエピソードから分かるのは、大学進学が単なるプロフィール上の肩書ではなく、本人にとって継続的に取り組んできた目標だったということです。
2020年には慶應義塾大学を卒業。乃木坂46の活動と大学生活を両立させた経験は、その後の知的なイメージや教育・情報番組への出演にもつながっています。
乃木坂46の選抜回数は0回だった
山崎怜奈のグループ活動で、多くのファンが気にするのが選抜回数です。
結論からいうと、山崎は乃木坂46在籍中、一度も表題曲の選抜メンバーに選ばれていません。
2024年には、日本テレビ系「ウェークアップ」で乃木坂46の運営を統括する今野義雄氏との対談が実現し、この点についても話題になりました。
山崎自身も選抜に入れなかったことを今なお心残りとして語っています。一方、今野氏は山崎の探求心を評価し、アイドル活動とは異なる方向で力を発揮していることに言及しました。
ただし、選抜回数だけで山崎のグループ内での実績を判断するのは適切ではありません。
アンダー楽曲「錆びたコンパス」でセンターを務め、アンダーライブの座長を担当したほか、歴史番組やラジオなど個人活動でも実績を積み重ねています。
選抜回数0回と、乃木坂46での活動実績が少ないことは同じ意味ではありません。山崎のキャリアは、グループ内の序列とは異なる軸で成長したケースとして捉える必要があります。
【卒業理由を検証】2022年6月13日の発表から7月17日の卒業まで
山崎怜奈が乃木坂46からの卒業を発表したのは、2022年6月13日です。発表の場となったのは、自身がパーソナリティを務めていたTOKYO FMの「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」でした。
グループ公式サイトも同日に卒業を発表。最終活動日は2022年7月17日と告知されました。
卒業理由は一つではなかった
卒業発表の際、山崎は15歳で加入してから25歳になるまでの経験を振り返り、最終的に卒業を選んだと説明しました。
オリコンニュースが掲載した発表時のコメントでは、本人は卒業の理由について、一つの単純な理由ではないと語っています。
グループの関係者や先輩と将来のこと、自分の興味のある分野について話すなかで、少しずつ気持ちが整理されていったと説明しました。
「このタイミングで一歩踏み出すのが、今の私にできるベスト」
この発言に表れているのは、乃木坂46での活動を否定するのではなく、グループで経験したことを土台にして次の段階へ進もうとする姿勢です。
本人は、卒業後の生活にも楽しみを感じられるようになったことを決断の背景として挙げています。
卒業発表が6月になった理由
発表から最終活動日まで約1か月という短い期間だったことも注目されました。
山崎は、2022年5月に開催された乃木坂46の10周年記念ライブを事実上のラストライブと説明しています。
卒業発表をライブの前に行わなかったのは、メンバー全員で作り上げるライブの見え方に影響を与えたくなかったためです。
また、7月から始まる全国ツアーなど、グループ全体の活動にも配慮したタイミングで発表したことを明かしています。
2022年6月13日に卒業を発表し、7月17日のオンラインミート&グリートをもって乃木坂46としての活動を終了しました。
この卒業は、突然のトラブルやグループとの対立によるものではありません。本人の説明から読み取れるのは、今後の人生を考えたうえで、自分の意思で新しい道を選択したということです。
【卒業後の現在】ラジオ・テレビ・執筆で広がった山崎怜奈の活動
乃木坂46卒業後の山崎怜奈は、アイドルという肩書に依存しないタレント・ラジオパーソナリティとして活動を続けてきました。
特に大きな柱となっているのが、ラジオ、歴史・教育関連の番組、そして執筆活動です。
「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」
TOKYO FMの「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」は、2020年10月にスタートした冠ラジオ番組です。
通称は「ダレハナ」。リスナーから寄せられる日常の疑問や社会の話題を取り上げ、ゲストとの対話を通してさまざまなテーマを掘り下げていく番組です。
注目すべきなのは、この番組が乃木坂46在籍中に始まり、卒業後も継続したことです。
現役アイドルでありながら平日昼の帯番組を担当するという経験は、山崎のキャリアを特徴付けるものとなりました。
アイドルとしての知名度だけではなく、話を聞く力、情報を整理する力、幅広いテーマに対応する力が評価され、ラジオパーソナリティとしての地位を築いていきました。
「歴史のじかん」と歴史への関心
山崎のもう一つの代表的な活動が歴史関連の仕事です。
「乃木坂46山崎怜奈 歴史のじかん」は、2019年までひかりTV・dTVチャンネルで放送されていた歴史番組です。
歴史に関する専門家を招き、さまざまなテーマを学びながら掘り下げる内容で、全50回が放送されました。
2021年2月10日には、この番組を基にした初の書籍『歴史のじかん』が幻冬舎から発売されています。全50回から本人が選んだ14回を収録し、専門家による解説と山崎自身の考察を組み合わせた構成です。
歴史への関心をテレビ出演だけで終わらせず、書籍として形にした点は、卒業後の文筆活動にもつながる重要な実績です。
エッセイや連載などの文筆活動
山崎は卒業後、文章を書く仕事にも力を入れています。
Hanako Webでは「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」を連載。日常生活で感じたこと、人間関係、社会に対する考えなどを自分の言葉で綴っています。
2026年10月29日には第85回「女性であるということ」が公開されました。
また、幻冬舎plusでも「山崎怜奈と『学ぶ』を考える」という連載を展開してきました。
2026年7月には、角川春樹事務所から書き下ろしエッセイ『すべては果てしない賭け』も刊行されています。アイドル時代の経験、学業との両立、卒業後のラジオや歴史番組への挑戦など、自身の歩みを振り返る内容です。
こうした仕事を見ると、山崎の活動は単なるテレビ出演の増加ではなく、話すことと書くことの両方を通して、自分の考えを伝える方向へ広がっていることが分かります。
【2026年11月最新】山崎怜奈の現在は?妊娠公表・産休・今後の活動
2026年の山崎怜奈については、活動状況に大きな変化がありました。
2026年7月30日、山崎はTOKYO FMの「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」で妊娠を公表。その後、公式発信でも新しい命を授かっていることを報告しました。
公表に際しては、今後いくつかのレギュラー番組を休む予定があることや、自身の心身の健康を大切にしたいという考えを説明しています。
10月1日からラジオを一時休業
2026年10月1日、山崎は「ダレハナ」に生出演し、同日の放送をもって一時休業に入ることを発表しました。
復帰時期については、本人が「年明けごろから戻れたらいい」と希望を語っています。ただし、体調と相談しながら進めるとしており、確定した復帰日が発表されたわけではありません。
約6年間続けてきた番組への思いも語られ、番組を辞めたいと思ったことは一度もないと説明しました。
「ダレハナ」の代演は森音朱里と潮紗理菜
山崎の休業期間中も、番組は継続しています。
2026年9月22日、番組公式発信を通じて、10月以降の代演パーソナリティが発表されました。
- 月曜日・火曜日:森音朱里
- 水曜日・木曜日:潮紗理菜
山崎が築いてきた番組を、TOKYO FMにゆかりのあるパーソナリティが引き継ぐ体制です。番組自体が終了したわけではなく、本人の休業期間に合わせた代演となっています。
2026年11月のテレビ・教育番組の掲載情報
山崎怜奈の公式サイトに掲載されている2026年11月のスケジュールには、次の番組が記載されています。
- NHK Eテレ「NHK高校講座 世界史探究」
- テレビ東京系列「アップデート偉人伝~ただいま、はみ出し中…~」
また、歴史関連の番組出演やエッセイ連載など、これまで築いてきた活動領域も確認できます。
なお、公式サイトの出演スケジュールへの掲載と、本人が現在リアルタイムで収録・出演していることは別です。休業中の出演については、各番組の放送情報を確認する必要があります。
卒業後のキャリアは一時休業で終わるわけではない
2026年の山崎の動きを見ると、乃木坂46卒業後に築いてきた仕事の基盤は、ラジオ、教育、歴史、執筆と複数の分野に広がっています。
今回の休業は、本人が公表した妊娠に伴う一時的な活動調整です。復帰時期は体調次第ですが、ラジオ番組の継続や代演体制が整えられていることからも、復帰後の活動に向けた環境が維持されています。
今後は本人の発信や公式サイトの更新を通じて、復帰時期や新たな出演情報を確認することが大切です。
【誤解を整理】山崎怜奈と乃木坂46について知っておきたい3つの事実
誤解1:選抜に入れなかったから卒業した?
選抜入りを経験できなかったことは本人にとって心残りだったと、2024年の対談で語られています。しかし、2022年の卒業発表で本人が説明した理由は、単純に選抜入りできなかったことではありません。
15歳から25歳までの経験を振り返り、グループの外にも挑戦したいことがあると感じたことが、決断の背景にありました。
誤解2:卒業と同時にラジオ番組も終了した?
これは事実ではありません。「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」は乃木坂46卒業後も継続し、2026年には放送7年目を迎えています。
2026年10月からは本人の一時休業に伴い、森音朱里と潮紗理菜が代演を担当しています。
誤解3:山崎怜奈の現在は芸能活動を完全に引退した?
引退したわけではありません。2026年10月から一時休業しているものの、公式サイトには11月の番組スケジュールが掲載され、Hanako Webでは10月29日にも連載記事が公開されています。
休業と引退は明確に異なります。復帰の具体的な日程は確定していませんが、今後の活動については本人の公式発表を基準に判断する必要があります。
【よくある質問】山崎怜奈と乃木坂46に関するFAQ
Q1:山崎怜奈が乃木坂46を卒業したのはいつですか?
A1:2022年7月17日です。卒業発表は同年6月13日に行われ、最終活動はオンラインミート&グリートでした。
Q2:山崎怜奈は乃木坂46の何期生ですか?
A2:2期生です。2013年に加入し、研究生期間を経て2015年2月に正規メンバーへ昇格しました。
Q3:乃木坂46時代の選抜回数は何回ですか?
A3:表題曲の選抜入りは0回です。ただし、2021年にはアンダー楽曲「錆びたコンパス」で初センターを務め、アンダーライブの座長も担当しました。
Q4:山崎怜奈の出身大学はどこですか?
A4:慶應義塾大学環境情報学部です。2020年に卒業しており、乃木坂46の活動と学業を両立していました。
Q5:山崎怜奈の愛称は何ですか?
A5:「れなち」です。ファンやラジオリスナーの間でも広く親しまれている呼び名です。
Q6:山崎怜奈は2026年現在、ラジオに出演していますか?
A6:2026年10月1日の放送を最後に、妊娠に伴う一時休業に入っています。本人は年明けごろの復帰を希望していますが、体調と相談しながら決めるとしており、確定日は発表されていません。
Q7:山崎怜奈の代表的な著書は何ですか?
A7:2021年刊行の『歴史のじかん』と、2026年刊行のエッセイ『すべては果てしない賭け』です。歴史への関心や、自身の経験から得た考えを文章で表現しています。
まとめ:【プロの結論】山崎怜奈の乃木坂46時代は卒業後のキャリアにつながっている
山崎怜奈と乃木坂46の関係を振り返ると、2013年の2期生加入から2022年7月17日の卒業まで、約9年3か月にわたる活動がありました。
慶應義塾大学との両立、研究生時代、選抜未経験という経験を重ねながら、2021年には「錆びたコンパス」のセンターを担当。加えて、歴史番組やラジオなど、グループ外でも自分の強みを育ててきました。
卒業理由は、選抜制度への不満やグループとの対立ではなく、長年の経験を踏まえて新しい挑戦へ進むという本人の意思によるものでした。
卒業後は「ダレハナ」を中心としたラジオ活動、歴史・教育番組への出演、エッセイ執筆などへ活動を広げ、2026年には新作エッセイも刊行しています。
そして2026年11月現在は、妊娠に伴う一時休業中です。ラジオは代演体制で継続し、復帰については本人が体調を考慮しながら判断する予定です。
山崎怜奈のキャリアを評価するうえで重要なのは、乃木坂46時代の選抜回数だけではなく、在籍中に培った知識や経験を卒業後の仕事へどう結び付けたかという点です。
アイドル、大学生、ラジオパーソナリティ、歴史番組のMC、執筆者。複数の役割を経験しながら、自分の得意分野を仕事へと変えてきた歩みは、乃木坂46卒業後のキャリア形成を考えるうえでも興味深い事例です。
今後の復帰時期や新たな活動については、本人の公式サイト、TOKYO FM、各出演番組の発表を確認していくことが、最新情報を正確に把握する方法です。
主な事実確認資料
- 乃木坂46公式サイトの卒業発表・最終活動日
- TOKYO FM公式番組情報
- ORICON NEWSの卒業発表時の本人コメント
- 幻冬舎の書籍情報
- 山崎怜奈公式サイトの2026年スケジュール
- Hanako Webの2026年連載情報
- 2026年10月の休業・代演に関する報道
確認に使用した主な情報源