愛子さまの大学生活で特に注目されたのが、卒業論文です。研究テーマは、鎌倉時代初期を代表する歌人の一人、
論文の正式な題名は、「式子内親王とその和歌の研究」です。2023年12月20日に提出されたことが報じられています。
なぜ式子内親王を研究テーマに選んだ?
愛子さまは卒業に際しての文書で、中世の和歌の授業を履修するなかで、和歌の美しさや解釈の多様さに感銘を受けたことを説明されています。
式子内親王は後白河天皇の皇女で、優れた和歌を残した人物です。恋愛や人生の機微、自然などを題材とする歌には、複数の解釈が可能な奥深さがあります。
愛子さまは、こうした和歌の表現や背景を研究対象に選ばれました。卒業論文は大学での学びを集約するものとなりました。
卒業論文の執筆で見えた研究への姿勢
テレビ朝日などの報道によると、愛子さまは学科の書庫や閲覧室、大学図書館などで資料を集め、数十ページにわたる論文を執筆されました。
指導を担当したのは、学習院大学文学部の中野貴文教授です。教授は、愛子さまが参考文献を丁寧に読み込み、最後まで自分の言葉で文章をより良くしようと粘り強く取り組まれたと振り返っています。
また、対面で何度も時間をかけて議論を重ねたことも紹介されました。単に資料をまとめるだけではなく、自分自身の解釈を深める姿勢が研究の過程に表れていたことが分かります。
なお、卒業論文の全文が一般公開されているわけではありません。研究の具体的な内容を知る際には、卒業時の本人の説明や指導教授の報道各社へのコメントが参考になります。
【大学院進学ではなく就職】日本赤十字社を選んだ理由
大学卒業後の愛子さまの進路については、大学院への進学や海外留学ではなく、社会人として働く道を選ばれたことも大きな話題になりました。
2024年4月1日、愛子さまは
この選択の背景については、2024年4月2日に宮内記者会からの質問に文書で回答されています。そこには、福祉やボランティア活動に関心を持つようになった経緯が詳しく記されています。
大学院に進学しなかったのはなぜ?
まず押さえておきたいのは、愛子さまが大学院に進まれなかったことと、大学での研究に関心がなかったことは別問題だという点です。
ご本人の説明によると、大学では福祉に関する授業も履修され、福祉活動への関心が深まっていきました。そして、大学卒業後は社会に出て、困難を抱えている人の力になれる福祉関係の仕事に就きたいという思いを抱かれるようになったそうです。
つまり、卒業後に就職を選ばれた背景には、学生時代から育まれてきた福祉への関心がありました。大学院への進学を否定したというより、社会に出て活動するという希望を具体的な進路にされたと理解できます。
日本赤十字社を選ばれた3つの背景
災害ボランティアへの関心
被災地で厳しい環境のなか活動するボランティアの姿をニュースで見たことが、関心を持つきっかけの一つだったと説明されています。
身近な友人の影響
中学・高校時代からの親しい友人が東日本大震災の復興支援にボランティアとして携わっており、その活動について話を聞いたことも影響したそうです。
日本赤十字社の活動への理解
両陛下とともに日本赤十字社から説明を受け、関東大震災から100年の節目に開催された企画展も見学。災害救護や人道支援、社会福祉事業などの役割を知り、就職を希望されました。
本人の説明から分かるのは、大学での学びと、卒業後の仕事が別々の選択ではなかったということです。大学で福祉への関心を深め、それを実際の仕事につなげる進路を選ばれたのです。
常勤嘱託職員としてどんな仕事をしている?
日本赤十字社での勤務は、皇族としての立場だけで活動するものではなく、職員として日々の業務に携わるものです。
2025年末の報道では、ボランティア関連の情報誌の編集や研修会の運営などに取り組まれていることが紹介されました。また、2026年5月の全国赤十字大会では、皇后雅子さまが名誉総裁として出席される一方、愛子さまも日赤のスタッフとして会場に入られています。
ここで重要なのは、職員としての勤務と皇族としての公務を両立されていることです。2026年現在も、その二つの役割を続けられています。
【2026年最新】愛子さまの大学卒業後の現在と活動
2026年11月現在、愛子さまは日本赤十字社で勤務を続けられています。2024年4月の入社から3年目に入り、大学卒業後に始まった社会人生活も新たな段階を迎えています。
2026年2月の天皇陛下のお誕生日に際する会見では、愛子さまについて、日本赤十字社での勤務が間もなく2年となり、社会人3年目を迎えることが説明されました。職場の人々と協力しながら仕事に取り組み、少しずつ業務にも慣れてきた様子が伝えられています。
2026年の勤務状況は?
2026年10月10日のテレビ朝日・ABEMA TIMESの報道では、日本赤十字社に勤務する愛子さまは、平日はほぼ毎日出社され、時にはテレワークも活用しながら仕事に取り組まれていると紹介されました。
同報道では、仕事を終えた後の時間を活用し、ご一家で東京都美術館の「大英博物館 日本美術コレクション」展を訪問されたことも取り上げられています。仕事と皇族としての活動、そして日常生活を調整しながら過ごされている様子がうかがえます。
大学卒業後に広がった皇族としての活動
大学在学中は学業を優先されていましたが、卒業後は日本赤十字社での勤務と並行して、皇族としての活動にも取り組まれています。
宮内庁の活動記録や報道で確認できる主な転機には、次のようなものがあります。
- 2024年4月: 日本赤十字社で勤務開始。
- 2025年5月: 第23回世界災害救急医学会の開会式に出席し、おことばを述べられる。
- 2025年9月: 防災推進国民大会に出席。新潟県の旧山古志村を訪問し、中越地震からの復興の歩みを視察。
- 2025年11月: 初めての外国公式訪問としてラオスを訪問。
- 2026年5月: 全国赤十字大会に日本赤十字社のスタッフとして参加。
- 2026年10月: 日赤での勤務3年目の生活と仕事・公務の両立が報じられる。
2025年のラオス公式訪問は、大学卒業後の活動範囲が広がったことを示す出来事の一つです。現地の歴史や文化、自然に触れ、さまざまな人々と交流されました。
こうした活動を見ると、大学で学ばれた日本文学や歴史への関心だけでなく、福祉や人道支援への関心も、卒業後の歩みに結び付いていることが分かります。
学習院大学での経験は現在にどうつながっている?
大学時代に学ばれた日本語や文学の研究と、日本赤十字社での仕事は、一見すると異なる分野に見える可能性があります。
しかし、文学研究で求められる資料を読み解く力、異なる解釈を考える力、自分の考えを言葉にする力は、社会生活のさまざまな場面でも役立つ能力です。
加えて、大学で履修された福祉関連の授業が、卒業後の進路選択につながったことは、ご本人の文書回答からも確認できます。学習院大学での4年間は、専門知識を身に付けるだけでなく、社会人としての進路を考える時間でもあったのです。
【愛子さまの大学に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:愛子さまはどこの大学を卒業されましたか?
A1: 学習院大学です。2020年4月に文学部日本語日本文学科へ入学し、2024年3月20日に卒業されました。
Q2:愛子さまの卒業論文のテーマは何ですか?
A2: 「式子内親王とその和歌の研究」です。中世の歌人である式子内親王と、その和歌の美しさや解釈を研究されました。
Q3:愛子さまの大学の偏差値はいくつですか?
A3: 河合塾Kei-Netの掲載データでは、学習院大学文学部日本語日本文学科のボーダー偏差値は57.5です。ただし、これは入試難易度の目安であり、愛子さま個人の入試偏差値ではありません。
Q4:愛子さまは大学院に進学されましたか?
A4: 大学院には進学されていません。2024年3月の大学卒業後、同年4月に日本赤十字社へ就職されました。福祉関係の仕事に就きたいというご本人の希望が、進路選択の背景にありました。
Q5:愛子さまは大学を卒業した現在、何をされていますか?
A5: 2026年11月現在、日本赤十字社の常勤嘱託職員として勤務されています。仕事と並行して、皇族としての公務にも取り組まれています。
まとめ:愛子さまの大学生活から卒業後の現在まで
愛子さまの大学は学習院大学文学部日本語日本文学科です。2020年4月に入学され、コロナ禍によるオンライン授業を経験しながら、2024年3月に4年間の大学生活を終えられました。
卒業論文では式子内親王とその和歌を研究され、日本文学への関心を学業の集大成として形にされました。そして卒業後は大学院ではなく就職を選び、日本赤十字社の常勤嘱託職員として社会人生活をスタートされています。
2026年現在は勤務3年目。日赤での仕事と皇族としての公務を両立しながら、活動の幅を広げられています。
愛子さまの大学生活を振り返ると、注目すべきなのは大学名や偏差値だけではありません。コロナ禍で制約を受けた学生生活、専門的な卒業研究、そして福祉への関心を生かした進路選択という、一貫した歩みがあります。
大学で何を学び、その経験を卒業後の社会でどう生かすのか。愛子さまの2026年現在の姿は、大学生活とその後の進路を考えるうえでも興味深い事例となっています。