ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 宮中三殿とは?読み方・皇居での場所・三殿の役割と宮中祭祀を2026年最新解説

宮中三殿とは?読み方・皇居での場所・三殿の役割と宮中祭祀を2026年最新解説

穂積 彩花 穂積 彩花 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

宮中三殿(きゅうちゅうさんでん)とは、東京都千代田区の皇居内にある「賢所(かしこどころ)」「皇霊殿(こうれいでん)」「神殿(しんでん)」の総称です。皇室の祭祀を行う中心的な施設であり、それぞれに異なる神々や皇室の祖先がまつられています。賢所には皇祖神・天照大御神、皇霊殿には歴代天皇や皇族の御霊、神殿には国中の神々がまつられています。

宮中三殿を理解するには、建物の名前だけでなく、皇室祭祀の仕組みや年間行事との関係を知ることが欠かせません。宮内庁の公開資料によると、宮中では年間およそ20件の祭儀が行われており、2026年も天皇陛下による旬祭や神嘗祭などが続いています。この記事では、三殿それぞれの役割、歴史と由来、大祭・小祭の違い、新嘗祭の意味、祭祀を支える掌典職まで整理します。

【基本情報】宮中三殿とは?読み方・場所・建物の配置を解説

宮中三殿

宮中三殿の読み方と意味

宮中三殿の読み方は「きゅうちゅうさんでん」です。

「宮中」は天皇や皇室に関わる宮廷のこと、「三殿」は三つの殿舎を意味します。具体的には、賢所・皇霊殿・神殿という三つの施設をまとめて呼ぶ名称です。

三殿は単なる歴史的建造物ではありません。皇室の祖先を敬い、神々に感謝し、国家や国民の安寧を祈る宮中祭祀の中心的な場所として機能しています。

宮内庁の説明では、天皇皇后両陛下は宮中の祭祀を大切に受け継ぎ、国民の幸せを祈っておられます。皇族方も宮中祭祀を大切になさっているとされています。

宮中三殿は皇居のどこにある?

宮中三殿があるのは、東京都千代田区の皇居・吹上御苑の東南部です。

皇居は、かつて江戸城の主要部分を占めていた場所で、現在は天皇のお住まいである御所や公式行事を行う宮殿などが置かれています。宮中三殿も、その皇居の敷地内にあります。

三つの建物は独立した施設でありながら、渡り廊下で結ばれています。配置は中央に賢所、西側に皇霊殿、東側に神殿という構成です。

それぞれの建物には異なる祭祀上の役割があり、三殿が一体となって皇室の祭祀を支えています。

神嘉殿など、三殿に付属する施設もある

宮中三殿の構内には、三つの本殿以外にも祭祀に関係する建物があります。

  • 神嘉殿(しんかでん):新嘗祭などに使用される施設。
  • 神楽舎(かぐらしゃ):神楽などに関係する施設。
  • 綾綺殿(りょうきでん):宮中祭祀に関係する施設。
  • 奏楽舎(そうがくしゃ):祭祀における奏楽に関係する施設。
  • 幄舎(あくしゃ):祭儀に際して設けられる施設。

特に神嘉殿は、後述する新嘗祭との関係で重要です。宮中三殿そのものではありませんが、皇室祭祀を理解するうえで欠かせない建物です。

【三殿の違い】賢所・皇霊殿・神殿には何がまつられている?

宮中三殿を構成する三つの施設は、それぞれ祭祀の対象が異なります。混同されやすい部分ですが、次のように整理すると理解しやすくなります。

施設名 読み方 まつられている対象 主な意味・役割
賢所 かしこどころ 皇祖天照大御神 皇室の祖先神をまつる中心的な場所
皇霊殿 こうれいでん 歴代天皇・皇族の御霊 皇室の祖先を慰め、追悼する場所
神殿 しんでん 国中の神々 広く神々への感謝と祈りを捧げる場所

1.賢所:天照大御神をまつる皇室祭祀の中心

賢所は「かしこどころ」と読み、宮中三殿の中央に位置する施設です。

ここにまつられているのは、皇室の祖とされる天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。

天照大御神は、日本神話に登場する太陽の神であり、皇室の祖先神として位置づけられています。皇室と神道の歴史を理解するうえで、特に重要な存在です。

賢所には、三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)に関係する神鏡が御霊代として奉安されています。御霊代とは、神霊が宿るものとして祭祀の対象となるものです。

賢所では、神嘗祭や賢所御神楽など、天照大御神に関係する祭儀が行われます。

特に10月17日の神嘗祭では、その年に収穫された新穀を賢所にお供えし、神恩に感謝します。

なお、賢所は歴史的に「内侍所(ないしどころ)」とも呼ばれてきました。平安時代の宮廷にまでさかのぼる由緒を持つ施設です。

2.皇霊殿:歴代天皇と皇族の御霊をまつる場所

皇霊殿は「こうれいでん」と読み、歴代天皇や皇族の御霊をまつる施設です。

賢所が神話上の皇祖神を対象とするのに対し、皇霊殿は歴史上の天皇や皇族の御霊を対象とする点に大きな違いがあります。

宮内庁によると、歴代天皇・皇族の御霊は、崩御・薨去から1年後に合祀されます。

皇霊殿では、歴代天皇に関係する祭典が行われます。代表的なものは次のとおりです。

  • 昭和天皇祭:1月7日。昭和天皇の崩御相当日に行われる祭典。
  • 神武天皇祭:4月3日。神武天皇の崩御相当日に行われる祭典。
  • 明治天皇例祭:7月30日。明治天皇の崩御相当日に行われる祭典。
  • 春季皇霊祭:春分の日に行われる祖先祭。
  • 秋季皇霊祭:秋分の日に行われる祖先祭。

こうした祭典には、歴代天皇や皇族を敬い、その存在を受け継いでいくという意味があります。

皇霊殿は、皇室における祖先祭祀の中心を担う施設といえます。

3.神殿:国中の神々をまつる場所

神殿は「しんでん」と読み、国中の神々をまつる施設です。

賢所が天照大御神、皇霊殿が歴代天皇・皇族の御霊を対象とするのに対して、神殿はより広い範囲の神々を対象としています。

宮内庁の公開情報では「国中の神々」と説明されています。神殿は、特定の一柱だけをまつる場所ではなく、天神地祇をはじめとする広範な神々への祭祀に関係しています。

その歴史的な由来をたどると、明治初期に神祇官の仮神殿で八神と天神地祇をまつったことに行き着きます。その後、宮中に移され、八神殿を経て神殿と呼ばれるようになりました。

現在も神殿では、春季神殿祭や秋季神殿祭など、神々への感謝を捧げる祭典が行われています。

三殿の役割を簡潔に表すなら、賢所は「皇室の祖先神」、皇霊殿は「皇室の祖先の御霊」、神殿は「国中の神々」を対象とする施設です。

【歴史と由来】宮中三殿はいつ成立した?明治時代から続く変遷

宮中三殿の歴史は、現在の建物が造営された明治時代だけで完結するものではありません。特に賢所には平安時代以来の長い伝統があり、皇霊殿と神殿は明治維新期の皇室制度の再編と深く関係しています。

賢所の起源は平安時代の宮廷にさかのぼる

賢所の歴史は古く、平安時代には宮中の温明殿(うんめいでん)に神鏡が置かれていました。

当時は内侍所とも呼ばれ、宮廷における重要な祭祀の場所として位置づけられていました。

その後、宮廷の建物や制度の変化に伴い、賢所の所在地も移り変わります。鎌倉時代末期以降には春興殿に置かれるようになり、江戸時代の京都御所でもその伝統が受け継がれました。

1869年、明治天皇の東京移住と皇室祭祀の再編

明治維新によって政治の中心が大きく変わると、皇室の祭祀制度にも変化が生じました。

1869年、明治天皇が東京へ移られたことに伴い、賢所も東京の皇城内に移されました。

一方、皇霊殿と神殿の成立には、明治初期の神祇官を中心とした祭祀制度の再編が関係しています。

皇霊殿につながる皇霊の奉斎は1869年に始まり、神殿の前身となる施設では八神や天神地祇がまつられました。

その後、神祇官や神祇省の制度変更に伴い、これらの祭祀対象は宮中へ移され、現在の三殿につながる構成が整えられていきました。

1888年の造営と1889年の遷座

現在の宮中三殿につながる施設は、明治宮殿の造営に伴って整備されました。

共同通信社の用語解説では、ヒノキ造りの三殿は1888年に完成したと説明されています。

その後、1889年1月、新しい皇居の施設が整うなかで、吹上御苑に新営された殿舎へ遷座しました。

ただし、1888年の建物の完成と1889年の遷座は別の出来事です。両者を区別すると、現在の宮中三殿が成立した経緯を正確に理解できます。

宮中三殿の歴史年表

  • 平安時代:賢所の由緒につながる宮中の神鏡奉斎が行われる。
  • 1869年(明治2年):賢所が東京へ移され、皇霊奉斎や神祇の祭祀も再編される。
  • 1873年(明治6年):皇居の火災により、祭祀施設は赤坂の仮皇居内の仮殿へ移される。
  • 1888年(明治21年):明治宮殿の造営が進み、三殿の施設が完成する。
  • 1889年(明治22年):吹上御苑の新しい殿舎へ遷座する。
  • 1908年(明治41年):皇室祭祀令が制定され、大祭・小祭などの制度が定型化される。
  • 1947年(昭和22年):皇室祭祀令が廃止される。
  • 2026年(令和8年):宮内庁の公表日程に旬祭や神嘗祭などの祭祀が掲載され、伝統が継承されている。

こうして見ると、宮中三殿は明治時代に突然生まれた施設ではありません。古くからの宮中祭祀を基礎に、近代国家の成立と皇室制度の再編を経て現在の形になった施設です。

【宮中祭祀の仕組み】大祭・小祭・旬祭の違いと掌典職の役割

宮中三殿の役割を理解するうえで重要なのが、そこで行われる宮中祭祀です。

宮中祭祀とは、皇室に伝わる伝統的な祭典や祈りのことです。宮内庁によると、年間およそ20件の祭儀が行われています。

祭祀には、天皇陛下ご自身が祭典を行うもの、掌典長が祭典を担当するもの、毎月定期的に行われるものなどがあります。

大祭と小祭の違いは誰が祭典を行うか

大祭と小祭の最も分かりやすい違いは、祭典を執行する主体です。

大祭では天皇陛下ご自身が祭典を行い、御告文(おつげぶみ)を奏上されます。御告文とは、祭典に際して神々に申し上げる文のことです。

一方、小祭では掌典長が祭典を行い、天皇陛下がご拝礼になります。

つまり、両者は祭典における役割分担が異なります。大祭は天皇陛下ご自身が祭典を主宰する形式であり、小祭は掌典長が祭典を執行し、天皇陛下が拝礼される形式です。

この区分は、1908年に制定された皇室祭祀令によって制度的に整理されました。同令は1947年に廃止されていますが、現在の宮中祭祀の説明にも大祭・小祭という区分が引き継がれています。

旬祭とは?毎月1日・11日・21日に行われる定例祭

旬祭(しゅんさい)は、毎月1日・11日・21日に行われる定例の祭典です。

宮内庁の説明によると、旬祭は掌典長が祭典を行い、原則として毎月1日には天皇陛下のご拝礼があります。

ここで注意したいのは、旬祭は大祭・小祭と同じ意味の分類ではなく、一定の日に繰り返し行われる祭典の名称だという点です。

旬祭が毎月3回行われることからも、宮中祭祀が年に数回の大きな行事だけで成り立っているわけではないことが分かります。

掌典職とは?掌典長・掌典次長・内掌典の役割

宮中祭祀を実務面から支えているのが、掌典職(しょうてんしょく)です。

宮内庁の公開情報では、掌典職は国家行政機関である宮内庁の組織とは別の、内廷の組織と説明されています。皇室の祭祀をつかさどる役割を担っています。

組織の中心となるのが掌典長です。掌典長の統括の下に、掌典次長、掌典、内掌典などが置かれています。

  • 掌典長:掌典職を統括し、祭祀の執行を担当する中心的な役職。
  • 掌典次長:掌典長を補佐し、掌典職の運営を支える。
  • 掌典:宮中の祭典に関する実務を担当する。
  • 内掌典:宮中祭祀に奉仕する役割を担う。

特に小祭や旬祭では、掌典長が祭典を行うため、その存在は宮中祭祀の継続に欠かせません。

天皇陛下が祭祀を行われる場面だけでなく、祭典を準備し、日常的な祭祀を支える人々の存在にも目を向けることで、宮中三殿の仕組みがより立体的に理解できます。

【年間行事一覧】宮中三殿で行われる主要祭儀と新嘗祭の意味

宮中三殿では、年始から年末まで、季節や皇室の歴史に関係するさまざまな祭典が行われています。

宮内庁が公表している「主要祭儀一覧」には、四方拝、歳旦祭、元始祭、祈年祭、春季皇霊祭、神嘗祭、新嘗祭などが掲載されています。

宮中祭祀の主要行事を月別に整理

  • 1月1日・四方拝:早朝、天皇陛下が神嘉殿南庭で伊勢の神宮、山陵、四方の神々を遙拝される年中最初の行事。
  • 1月1日・歳旦祭:宮中三殿で行われる年始の祭典。
  • 1月3日・元始祭:皇位の大本と由来を祝い、国家と国民の繁栄を祈る祭典。
  • 1月7日・昭和天皇祭:皇霊殿で行われる昭和天皇の崩御相当日の祭典。
  • 2月17日・祈年祭:その年の穀物の豊かな実りを祈る祭典。
  • 春分の日・春季皇霊祭:皇霊殿で行われる祖先祭。
  • 春分の日・春季神殿祭:神殿で行われる神恩感謝の祭典。
  • 4月3日・神武天皇祭:神武天皇の崩御相当日に行われる祭典。
  • 6月30日・大祓:神嘉殿の前で皇族をはじめ国民のために行われるお祓い。
  • 7月30日・明治天皇例祭:皇霊殿で行われる明治天皇の崩御相当日の祭典。
  • 秋分の日・秋季皇霊祭:皇霊殿で行われる祖先祭。
  • 秋分の日・秋季神殿祭:神殿で行われる神恩感謝の祭典。
  • 10月17日・神嘗祭:賢所に新穀をお供えする神恩感謝の祭典。
  • 11月23日・新嘗祭:神嘉殿で新穀を神々にお供えし、天皇陛下も召し上がる祭典。
  • 12月中旬・賢所御神楽:賢所で御神楽を奉奏する祭典。
  • 12月23日・天長祭:天皇陛下のお誕生日を祝う三殿の祭典。
  • 12月31日・大祓:神嘉殿の前で行われる年末のお祓い。

このほか、孝明天皇例祭、香淳皇后例祭、大正天皇例祭なども年間の主要祭儀に含まれています。

春分の日や秋分の日に行われる祭典は、毎年同じ月日ではなく、該当する祝日・季節の日に合わせて実施されます。

新嘗祭とは?11月23日に神嘉殿で行われる重要な祭典

宮中祭祀のなかでも特に重要なのが、毎年11月23日に行われる新嘗祭(にいなめさい)です。

新嘗祭は、その年に収穫された新穀を神々にお供えし、収穫への感謝を捧げる祭典です。

宮内庁の主要祭儀一覧によると、天皇陛下は神嘉殿において新穀を皇祖をはじめとする神々にお供えになり、神恩に感謝された後、ご自身も新穀を召し上がります。

加えて、天皇陛下ご自身が栽培された新穀もお供えになるとされています。

この儀式には、単に収穫を祝うだけではなく、自然の恵みや農作物の実りに感謝する意味があります。日本の稲作文化と皇室祭祀が結びついた、歴史的にも重要な行事です。

神嘗祭と新嘗祭は何が違う?

神嘗祭と新嘗祭は、どちらも新穀を神々にお供えする祭典ですが、内容と場所が異なります。

神嘗祭は10月17日、新嘗祭は11月23日に行われます。

神嘗祭では、賢所に新穀をお供えして天照大御神への感謝を捧げます。この日、天皇陛下は神嘉殿で伊勢の神宮を遙拝されます。

一方、新嘗祭では神嘉殿において皇祖をはじめとする神々に新穀をお供えし、天皇陛下ご自身も召し上がります。

つまり、神嘗祭は賢所と天照大御神に関係する祭典、新嘗祭は神嘉殿で行われる新穀の奉献と共食を中心とする祭典という違いがあります。

なお、新嘗祭が行われる神嘉殿は宮中三殿そのものではありません。三殿に付属する構内施設であることを押さえておくと、場所の混同を防げます。

【2026年最新情報】現在も続く宮中三殿の祭祀と知っておきたい誤解

2026年現在も宮中三殿は皇室祭祀の中心として受け継がれています。その実態を知る手掛かりになるのが、宮内庁が公表する天皇ご一家の年間日程です。

2026年の宮中祭祀に関する公表日程

宮内庁の令和8年(2026年)の公表日程には、実際に宮中三殿や関連施設で行われた祭儀が掲載されています。

例えば、2026年1月1日には天皇陛下が神嘉殿で四方拝を行われ、宮中三殿で歳旦祭の儀に臨まれました。1月3日には元始祭の儀も行われています。

加えて、2026年10月1日には宮中三殿で旬祭が行われ、10月17日には神嘗祭神宮遙拝の儀が神嘉殿で、神嘗祭賢所の儀が賢所で行われたことが記録されています。

これらは、宮中三殿の祭祀が過去の伝統として残っているだけでなく、2026年にも実際に継続していることを示す具体的な記録です。

2026年11月23日の新嘗祭にも注目

2026年11月1日現在、年間の主要祭儀一覧に掲載されている次の重要な日程が11月23日の新嘗祭です。

新嘗祭は宮中恒例祭典のなかで最も重要なものと宮内庁が説明している祭典です。神嘉殿で行われるこの儀式では、新穀を神々に供え、天皇陛下ご自身も召し上がります。

2026年の宮内庁の公表日程では、10月21日と22日に新嘗祭の献穀者に対する天皇陛下のお会釈も確認できます。新嘗祭に向けて、献穀に関係する人々との接点が設けられていることが分かります。

なお、主要祭儀一覧は恒例行事の基本的な日程を示す資料であり、個々の年の実施状況や天皇ご一家の詳細な日程については、当該年の公表記録と区別して確認する必要があります。

宮中三殿についてよくある3つの誤解

誤解1:神殿には天照大御神がまつられている?

天照大御神がまつられているのは賢所です。神殿は国中の神々をまつる施設であり、両者は祭祀の対象が異なります。

誤解2:新嘗祭は宮中三殿の内部で行われる?

新嘗祭の中心となる儀式は、三殿に付属する神嘉殿で行われます。神嘉殿は重要な祭祀施設ですが、宮中三殿の三つの建物の一つではありません。

誤解3:宮中祭祀はすべて天皇陛下が直接執行する?

大祭では天皇陛下ご自身が祭典を行われますが、小祭や旬祭では掌典長が祭典を担当します。祭祀の種類によって役割分担が異なります。

宮中三殿について情報を調べる際の判断基準

宮中三殿に関する情報を正しく理解するには、資料の種類を区別することが大切です。

  • 施設の役割を知りたい場合:宮内庁の宮中祭祀に関する説明を確認する。
  • 年間行事を知りたい場合:宮内庁の主要祭儀一覧を確認する。
  • 2026年の実際の日程を知りたい場合:令和8年の天皇ご一家のご日程を確認する。
  • 歴史的な成立経緯を知りたい場合:歴史辞典や百科事典の解説を参照する。

特に、1908年の皇室祭祀令に記された制度と、1947年の同令廃止後の現在の祭祀運営を混同しないことが重要です。歴史的な制度の説明を、そのまま現在の法制度として理解するのは正確ではありません。

【よくある質問】宮中三殿に関するFAQ

Q1:宮中三殿の読み方は何ですか?
A1:宮中三殿は「きゅうちゅうさんでん」と読みます。皇居内にある賢所・皇霊殿・神殿という三つの施設の総称です。

Q2:宮中三殿は皇居のどこにありますか?
A2:東京都千代田区の皇居内、吹上御苑の東南部にあります。中央に賢所、西側に皇霊殿、東側に神殿が配置されています。

Q3:賢所には何がまつられていますか?
A3:皇祖天照大御神がまつられています。三種の神器の一つである八咫鏡に関係する神鏡が御霊代として奉安されていることでも知られています。

Q4:皇霊殿には誰がまつられていますか?
A4:歴代天皇や皇族の御霊がまつられています。宮内庁によると、崩御・薨去から1年後に合祀されます。

Q5:神殿にはどのような神様がまつられていますか?
A5:宮内庁は国中の神々と説明しています。歴史的には八神や天神地祇をまつった施設に由来します。

Q6:大祭と小祭の違いは何ですか?
A6:大祭では天皇陛下ご自身が祭典を行い、御告文を奏上されます。小祭では掌典長が祭典を行い、天皇陛下がご拝礼になります。

Q7:旬祭は毎月何日に行われますか?
A7:毎月1日・11日・21日に行われます。掌典長が祭典を担当し、原則として1日には天皇陛下のご拝礼があります。

Q8:新嘗祭は宮中三殿のどこで行われますか?
A8:新嘗祭の中心となる儀式は、宮中三殿の構内にある神嘉殿で行われます。毎年11月23日に新穀を神々に供え、天皇陛下ご自身も召し上がります。

Q9:掌典長とはどのような役職ですか?
A9:掌典職を統括する役職です。宮中祭祀の実務を担い、小祭や旬祭では祭典を執行します。

Q10:宮中三殿は2026年現在も使われていますか?
A10:はい。宮内庁が公表する2026年の日程にも、1月の歳旦祭・元始祭、10月の旬祭・神嘗祭などが記録されています。現在も皇室祭祀の中心的な施設として機能しています。

まとめ:宮中三殿は皇室の歴史と祭祀を受け継ぐ重要な場所

宮中三殿とは、皇居内にある賢所・皇霊殿・神殿の総称です。三つの施設はそれぞれ異なる対象をまつっており、皇室祭祀において重要な役割を担っています。

賢所には皇祖天照大御神、皇霊殿には歴代天皇や皇族の御霊、神殿には国中の神々がまつられています。この三つの役割を理解することが、宮中三殿を知る第一歩です。

また、宮中祭祀は大祭・小祭・旬祭などに分かれ、掌典職や掌典長がその運営を支えています。年間の祭儀には、年始の元始祭、春秋の皇霊祭・神殿祭、10月の神嘗祭、11月の新嘗祭などがあります。

2026年の宮内庁公表日程にも旬祭や神嘗祭が記録されており、宮中三殿は現在も皇室の伝統を継承する施設として存在しています。

宮中三殿を理解する際には、三つの建物の違いだけでなく、神嘉殿との関係、祭典を執行する人々の役割、明治時代から続く歴史的背景まで合わせて見ることが大切です。

皇室の歴史、神道、日本の伝統文化が交差する宮中三殿。その意味を知ることは、日本の皇室祭祀がどのように受け継がれ、2026年の現在に至っているのかを理解する手掛かりになります。

主な根拠資料: 宮内庁「宮中祭祀」「主要祭儀一覧」「天皇ご一家のご日程(令和8年1月・10月)」、平凡社『改訂新版 世界大百科事典』、小学館『デジタル大辞泉』・『日本大百科全書』。

同じカテゴリの記事

穂積 彩花
トレンドリサーチャー 穂積 彩花
プロフィールを見る →

取材デスクとして10年以上の取材経験。geinou領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事