2026年11月現在、元アクション女優の志穂美悦子さんは71歳。芸能界を引退してからも活動の場を広げ、現在は花創作家としてのフラワーアートに加え、「鬼無里まり(きなさ・まり)」という名義でシャンソン歌手としても活躍しています。2026年には花の展示会や音楽イベント、映画関連のトークショーにも出演し、70代を迎えてなお精力的な活動を続けています。
長渕剛さんとの1987年の結婚を機に女優業から離れた志穂美さんですが、引退の背景には本人が2023年のテレビ番組で明かした意外な経緯がありました。加えて、2024年の歌手デビュー、2025年のコンクール受賞、2026年のライブ活動やインド旅行中の筋力トレーニングなど、現在の姿には現役時代とは異なる魅力があります。女優引退後の歩みと最新の近況を整理します。
【2026年最新】志穂美悦子の現在は71歳!花創作家とシャンソン歌手の二刀流
志穂美悦子さんは1955年10月29日生まれ、岡山県出身です。2026年10月29日に71歳の誕生日を迎えました。
2026年7月の報道では70歳と紹介されていましたが、これは誕生日を迎える前の記事です。11月4日現在は71歳となっています。
現在の主な活動は、次の2つです。
- 花創作家:花を使った芸術作品の制作、展示、ワークショップなど。
- シャンソン歌手:鬼無里まり名義でのコンサート、ライブ、音楽イベントへの出演。
2026年も活動は活発です。本人の公式サイトでは、2026年2月の「世界らん展2026―花と緑の祭典」への作品展示や、3月のソロライブなどが告知されました。
また、NHK文化センターは2026年2月18日付の発表で、志穂美さんを講師に迎える青山教室の講座を案内しています。3月24日に開催された講座では、花創作家としての経験や新しい挑戦について語り、シャンソン歌手・鬼無里まりとして歌を披露する企画も盛り込まれました。
加えて、2026年7月5日には主演映画『宇宙からのメッセージ』のリバイバル上映に合わせたトークショーに登壇。7月にはシャンソンの祭典「パリ祭」にも出演し、歌手としての存在感を示しました。
9月には長野県佐久市で「花&chansonライブ2DAYS」を開催。花を生けるパフォーマンス、トーク、シャンソンを組み合わせたステージを披露しています。
10月にはインド旅行中のトレーニング姿をInstagramで公開。デリーやムンドゴッド、ダラムサラでも筋力トレーニングを続ける様子が報道されました。
こうした活動を見ると、現在の志穂美さんは単に「芸能界を引退した元女優」ではありません。花と音楽という異なる表現分野を持ち、自らの経験を生かしながら活動する表現者です。
【花創作家としての現在】フラワーアートに込めた思いと東日本大震災への支援
志穂美悦子さんが花の世界に本格的に進んだのは、女優業から離れた後です。
花との出会いには、身近な家族の存在が関係していました。義父の命日に仏壇へ供えられた美しいフラワーアレンジメントに感銘を受け、自分でも同じような作品を作りたいと考えたことが始まりだったと、過去のインタビューで語っています。
2010年からは、ベルギー出身の世界的フラワーデザイナー、ダニエル・オスト氏の内弟子だった前田玲子さん、清水はるみさんに師事。基礎を学びながら、自分らしい花の表現を追求してきました。
2011年の写真集と被災地支援
花創作家としての活動で特に注目したいのが、東日本大震災後の取り組みです。
2011年、志穂美さんは自身のフラワーアートをまとめた写真集『INSPIRE』を出版。売り上げを東日本大震災の被災地支援やチベット難民キャンプへの支援に充てました。
その後も花を通じた社会貢献活動を続け、2016年にはJA長生と協力して「ひまわりプロジェクト」を立ち上げています。全国から集まったボランティアとともにヒマワリを育て、宮城県、福島県、熊本県などに花を届ける活動を展開しました。
薬師寺での花展や世界らん展への参加
作品発表の場も広がっています。2014年には奈良の世界遺産・薬師寺で「聖観世音菩薩に捧げる花展」を開催。2015年から2023年にかけては「世界らん展」にも参加し、特別展示やステージパフォーマンスを披露しました。
2026年2月5日から11日まで開催された「世界らん展2026―花と緑の祭典」でも作品を展示しています。これは本人の公式サイトで告知された活動です。
志穂美さんのフラワーアートの特徴は、単に花を美しく飾ることにとどまりません。花を通して人と人をつなぎ、復興支援や社会貢献にも結びつけてきた点にあります。
アクション女優時代に培った大胆な表現力や身体感覚が、現在のダイナミックな花の作品にも生かされていると考えられます。
【鬼無里まりとして歌手デビュー】シャンソンへの情熱と2026年のライブ活動
2024年6月、志穂美悦子さんは「鬼無里まり」という名前でシャンソン歌手としてデビューしました。
60代最後の年に始めた新しい挑戦ですが、シャンソンとの縁は実は20代前半までさかのぼります。
鬼無里まりという芸名の由来
芸名の「鬼無里」は、長野県長野市にある鬼無里地区の地名から取られています。
2024年7月、NBS長野放送の取材で、志穂美さんは長野市鬼無里を訪問。地名の美しさや力強さに惹かれたことを語っています。
また、「まり」の部分にも意味があります。1973年に出演した特撮ドラマ『キカイダー01』で演じたビジンダーの人間態、マリという役名に由来しています。
つまり、鬼無里まりという名前には、現在の新しい挑戦と、女優としての原点の両方が込められているのです。
シャンソンとの出会いは20代前半
2025年4月の光文社「Smart FLASH」のインタビューでは、22〜23歳ごろに銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」に通っていた経験を明かしています。
そこで金子由香利さんの歌声に衝撃を受け、「ろくでなし」や「サン・トワ・マミー」などの楽曲にも親しんでいたそうです。
ただし、当時はシャンソンを自分自身を癒やすための音楽として楽しんでおり、本格的に舞台で歌うことは考えていませんでした。
転機となったのは2023年6月ごろ。愛犬との散歩中、海に向かってシャンソンを口ずさんでいた際に、自分自身の時間を生きてみたいという気持ちが湧き上がったと、同インタビューで振り返っています。
3人の子どもがすでに独立していたことも、新しい人生に踏み出すきっかけになりました。
コンクール受賞と紅白歌合戦への意欲
歌手活動を始めてからの成果も着実に積み上がっています。
- 2024年6月:鬼無里まり名義でシャンソン歌手デビュー。
- 2025年:第12回東京シャンソンコンクールでグランプリを受賞。
- 2025年:日本シャンソンコンクールで優秀賞を受賞。
- 2026年:ライブや音楽イベントへの出演を継続。
NHK文化センターの2026年2月の発表でも、これらの受賞歴が紹介されています。
加えて、2026年7月5日の日刊スポーツの報道によると、志穂美さんは映画『宇宙からのメッセージ』のリバイバル上映後のトークイベントで、シャンソン歌手としてNHK紅白歌合戦を目指す意欲を明かしました。
本人は歌手活動について本気で取り組む姿勢を示しており、夫の長渕剛さんも歌うための時間を作ってくれていると感謝しています。一方、夫婦で歌手として共演する可能性については、本人は否定的な見解を示しました。
紅白歌合戦への出場はあくまで本人の目標であり、出演が決定したという発表ではありません。しかし、趣味として楽しんでいた音楽を本格的な仕事へと発展させた点は、現在の志穂美さんを象徴する出来事です。
【長渕剛との結婚と芸能界引退】1987年に何があったのか?
志穂美悦子さんと長渕剛さんが結婚したのは1987年です。
2人の出会いのきっかけは、1986年に放送されたTBS系ドラマ『親子ゲーム』での共演でした。
志穂美さんは長渕さん演じる青年と関わる女性役を演じ、劇中では夫婦のような激しい掛け合いも話題になりました。撮影中に志穂美さんが負傷した際、長渕さんが付き添ったことも交際につながるエピソードとして報じられています。
芸能界を引退した本当の理由
結婚を機に芸能活動から離れた志穂美さんですが、最初から自分の意思で完全引退を決めていたわけではありません。
2023年12月4日放送のフジテレビ系『ぽかぽか』で、本人が当時の事情を振り返りました。
番組では、音楽評論家の湯川れい子さんから、スター女優だったにもかかわらず結婚を機に女優活動をやめたことについて評価するコメントが寄せられました。
それに対して志穂美さんは、当時は引退するつもりではなく、できれば仕事を続けたい気持ちもあったと説明しています。
しかし、長渕さんから「家の中に2つの星はいらない」と言われたことが、家庭に専念する方向へ進むきっかけになったと明かしました。
加えて、結婚後に妊娠し、子どもを抱いたときに自分の仕事はもういいと思うようになったと振り返っています。
つまり、芸能界引退の背景には夫婦間の考え方だけでなく、出産や子育てという人生の転換点も重なっていました。
志穂美悦子の人生とキャリアの年表
これまでの経歴を時系列で整理すると、女優としての成功から家庭生活、花創作家、歌手へと活動の軸が変化してきたことが分かります。
| 時期 | 出来事・活動 | 関係・意味 |
|---|---|---|
| 1955年 | 岡山県で誕生 | 10月29日生まれ |
| 1973年 | 映画『ボディガード牙』でデビュー | ジャパンアクションクラブで活動 |
| 1973〜1974年 | 『キカイダー01』『女必殺拳』シリーズ | アクション女優として人気を獲得 |
| 1985年 | 映画『二代目はクリスチャン』主演 | 代表的な出演作品 |
| 1986年 | ドラマ『親子ゲーム』で長渕剛と共演 | 2人の交際につながる |
| 1987年 | 長渕剛と結婚 | 結婚を機に芸能活動から退く |
| 2010年 | 花創作の本格的な学習を開始 | 花工房胡桃で師事 |
| 2011年 | 写真集『INSPIRE』を出版 | 売り上げを被災地などへ寄付 |
| 2024年6月 | 鬼無里まり名義で歌手デビュー | シャンソン歌手として新たな活動 |
| 2025年 | シャンソンコンクールで受賞 | 東京大会グランプリ、日本大会優秀賞 |
| 2026年 | ライブ、花の展示、映画イベントに出演 | 71歳で活動の幅を拡大 |
この年表から分かるのは、1987年の引退が活動人生の終わりではなかったということです。花創作を通じて芸術活動を続け、2024年には歌手として新しい舞台に立っています。
【アクション女優時代】志穂美悦子の代表作と千葉真一との関係
現在の活動を理解するには、かつてのアクション女優としての実績も欠かせません。
志穂美悦子さんは、日本映画界で本格的なアクションを演じた女性俳優の先駆けとして知られています。
千葉真一が率いたジャパンアクションクラブに所属
志穂美さんは16歳で上京し、17歳のときに千葉真一さんが主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入りました。
中学生のころにテレビドラマ『キイハンター』を見て、アクションの道に進みたいと思ったことがきっかけだったと、2025年のSmart FLASHのインタビューで明かしています。
1973年に映画『ボディガード牙』でデビュー。同年には特撮ドラマ『キカイダー01』でビジンダーの人間態であるマリ役を演じ、幅広い世代に知られる存在になりました。
『女必殺拳』シリーズでアクションスターに
1974年には東映映画『女必殺拳』シリーズで主演。吹き替えに頼らない本格的なアクションを披露し、当時のカラテ映画ブームの中で人気を獲得しました。
代表的な出演作品には次のようなものがあります。
- 『ボディガード牙』(1973年)
- 『キカイダー01』(1973年)
- 『女必殺拳』シリーズ(1974年以降)
- 『宇宙からのメッセージ』(1978年)
- 『二代目はクリスチャン』(1985年)
- 『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年)
特に1985年公開の『二代目はクリスチャン』は代表作の一つです。また、1978年公開の『宇宙からのメッセージ』ではヒロインのエメラリーダ姫を演じています。
1986年公開の『男はつらいよ 幸福の青い鳥』は、女優としての最後の出演映画として知られています。
2026年7月5日には、同作ではなく『宇宙からのメッセージ』の上映後にトークショーへ登壇。約40年ぶりに映画館のスクリーン前で当時の作品や撮影現場について語りました。
この出演は女優としての本格復帰ではありません。映画への思いや過去の経験を観客に伝える機会でした。
【インスタと筋トレが話題】71歳でも衰えない身体能力と女優復帰の可能性
志穂美悦子さんの現在の姿を語るうえで、Instagramで公開しているトレーニング写真や動画も見逃せません。
2025年9月には、筋肉質な身体や高く脚を上げる姿などが報道され、アクション女優時代を思わせる身体能力が話題になりました。
2026年10月にはインド旅行中の筋トレ姿を公開
2026年10月16日、テレビ朝日系のABEMA NEWSは、志穂美さんがインド旅行中にもトレーニングを続けている様子を紹介しました。
本人は10月15日のInstagram投稿で、デリー、ムンドゴッド、ダラムサラでも運動したことを報告しています。
旅行先でも身体を動かす姿勢は、長年アクションに取り組んできた志穂美さんらしいものです。
投稿には、鍛え上げられた身体を称賛する反応も寄せられました。70代になっても身体づくりを継続していることが、多くの人の関心を集めています。
女優復帰の可能性はある?
気になるのが、志穂美さんが再び映画やドラマに出演する可能性です。
2025年のSmart FLASHのインタビューでは、過去に女優復帰の誘いがあったものの、結婚や出産、子育ても大きな挑戦だったため、これまで断ってきたと説明しています。
一方、2026年7月のデイリースポーツの取材では、将来的な女優復帰について質問され、興味深い回答をしています。
志穂美さんは、深作欣二監督のような人物が現れて、自分を起用したいと思ってくれるなら、復帰の可能性を否定しないという趣旨の発言をしました。
加えて、100歳ごろに魔女や妖怪の役を演じてみたいという夢も語っています。
ただし、具体的な映画出演やドラマ復帰が決まったわけではありません。本人が現在力を注いでいるのは、花創作とシャンソンです。
かつてのアクション女優としての経験を大切にしながら、年齢を理由に可能性を閉ざさない姿勢が印象的です。
【プロの結論】志穂美悦子の現在から見える引退後のキャリアと生き方
志穂美悦子さんの歩みには、芸能界引退後の人生を考えるうえで興味深いポイントがあります。
それは、過去の肩書にとらわれず、新しい分野で自分の能力を再構築してきたことです。
アクション女優として成功した後、家庭生活に軸足を移し、その後は花創作家として芸術活動を展開。さらに60代後半からシャンソン歌手として本格的な挑戦を始めました。
注目すべきなのは、これらが単なる趣味の延長ではないことです。
花創作では写真集の出版や復興支援、展示会、ワークショップなどに取り組み、歌手活動ではコンクールに挑戦して受賞を重ねています。自分の表現を社会や観客に届ける活動へと発展させてきました。
また、女優復帰についても、過去の人気を頼りに活動を再開するというより、自分が本当に演じたい役や作品との出会いを大切にしている様子がうかがえます。
現在の志穂美さんを理解するためには、「長渕剛の妻」「元アクション女優」という肩書だけで判断しないことが大切です。
花創作家、シャンソン歌手、そして身体を鍛え続ける一人の表現者。それぞれの活動を分けて見ることで、現在の彼女の姿がより明確になります。
志穂美悦子の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:志穂美悦子は2026年現在何歳ですか?
A1:1955年10月29日生まれで、2026年11月4日現在71歳です。2026年7月や10月中旬の報道では誕生日を迎える前だったため、70歳と紹介されていました。
Q2:志穂美悦子は現在も芸能界を引退しているのですか?
A2:女優業からは1987年の結婚を機に退いています。ただし、現在は花創作家やシャンソン歌手として活動しています。2026年もライブや展示会、映画関連のトークイベントなどに出演しています。
Q3:鬼無里まりとは誰ですか?
A3:志穂美悦子さんが2024年6月にシャンソン歌手としてデビューした際に使用した芸名です。長野県の鬼無里という地名と、過去に出演した『キカイダー01』のビジンダー・マリという役名に由来します。
Q4:志穂美悦子が芸能界を引退した理由は何ですか?
A4:1987年に長渕剛さんと結婚したことが大きな転機でした。2023年のテレビ番組では、長渕さんから「家の中に2つの星はいらない」と言われたことや、その後の妊娠、出産を経て家庭に専念するようになった経緯を明かしています。
Q5:志穂美悦子は現在も筋トレをしていますか?
A5:はい。本人のInstagramではトレーニングの様子を公開しています。2026年10月にもインド旅行中の運動風景を投稿し、旅行先でも身体を鍛えていることが報道されました。
Q6:志穂美悦子が女優に復帰する予定はありますか?
A6:2026年11月現在、具体的な復帰作品は発表されていません。ただし、2026年7月のトークイベントでは、将来的に魔女や妖怪の役を演じる可能性について前向きな発言をしています。
まとめ:志穂美悦子は71歳になった現在も新しい挑戦を続けている
志穂美悦子さんは2026年11月現在71歳。1987年に長渕剛さんと結婚して女優業を退いた後、花創作家として活動を続け、2024年には鬼無里まり名義でシャンソン歌手として新たな一歩を踏み出しました。
2025年にはシャンソンコンクールで受賞し、2026年もライブや花の展示、映画関連イベントなどに出演。Instagramでは旅行中の筋力トレーニングも公開しています。
女優としてのキャリアを終えた後も、花、音楽、身体づくりと、自分の可能性を広げ続けている志穂美さん。今後は鬼無里まりとしての音楽活動や、花創作家としての作品発表に加え、本人が語った将来的な女優復帰の可能性にも注目が集まりそうです。
かつてスクリーンで見せた力強いアクションとは異なる形で、現在も自分らしい表現を続ける姿こそ、志穂美悦子さんの現在を象徴しています。
主要な情報確認資料
- 志穂美悦子公式サイト:2026年の展示・ライブ出演情報。
- NHK文化センター:2026年2月の活動紹介、花創作家・歌手としての経歴。
- 日刊スポーツ:2023年の引退理由の告白、2026年7月の歌手活動。
- デイリースポーツ:2026年7月の映画イベントと女優復帰への考え。
- Smart FLASH:鬼無里まりの芸名の由来、シャンソンへの思い。
- ABEMA NEWS:2026年10月のインド旅行と筋力トレーニング。