竹下登の孫として広く知られているのが、DAIGOと影木栄貴です。
2人は母方の祖父が竹下登という共通点を持つ実の姉弟です。DAIGOがテレビ番組などで家族について語る機会が増えたことや、影木栄貴がインタビューで祖父との関係を明かしたことから、2人と竹下家のつながりが知られるようになりました。
DAIGOは竹下登の何親等にあたる?
DAIGOは竹下登の娘の子どもにあたるため、続柄は外孫(母方の孫)です。
祖父と孫という関係に変わりはありませんが、父方ではなく母方の血縁です。
DAIGOは1978年生まれ。芸名のDAIGOと本名の内藤大湖は読み方が同じで、内藤姓は父親の姓に由来します。
文藝春秋の2024年12月公開の本人寄稿「竹下 登 踊るおじいちゃん」では、DAIGO自身が竹下登を祖父と呼び、家族との思い出を振り返っています。
同記事では、自分が祖父にとって最後の孫だったことにも触れています。本人による回想である点は、家系を調べるうえで重要な情報です。
影木栄貴はDAIGOの実の姉
影木栄貴(えいき・えいき)は、少女漫画やBL漫画などを手掛けてきた漫画家です。
1996年に『運命にKISS』で漫画家デビュー。代表作の一つである『LOVESTAGE!!』はアニメ化、映画化、タイでのドラマ化もされています。
婦人公論.jpの著者プロフィールでも、竹下登が母方の祖父であり、DAIGOが弟、北川景子が義妹であることが紹介されています。
影木は、単に有名政治家の孫というだけではありません。漫画家として独自のキャリアを築いてきた人物です。
CHANTO WEBの2024年8月29日のインタビューでは、祖父の存在を周囲に知られた当時の心境についても語っています。
祖父の名前によって注目されることに複雑な思いがあり、自分自身の作品で評価されたいという意識を持っていたことが伝わります。
【2】竹下登の家系図を解説!母・まる子と内藤武宣の関係
竹下登の孫を理解するには、娘の世代から整理すると分かりやすくなります。
DAIGOと影木栄貴が竹下姓ではない理由も、この家系のつながりを見れば理解できます。
竹下登の家族構成
竹下登には、長女の一子、次女のまる子、三女の公子という娘がいました。
DAIGOと影木栄貴の母親は、次女のまる子です。
まる子は内藤武宣と結婚しています。毎日新聞出版のコラムでも、内藤武宣が毎日新聞の政治部記者として活動した後、竹下登の次女と結婚した経緯が紹介されています。
竹下登からDAIGOまでの家系図
DAIGO本人の2024年の回想に基づく、まる子の子ども世代の関係図。
この家系図で押さえたいのは、DAIGOが竹下登の直系の孫でありながら、戸籍上の姓や芸能活動で使う名前が異なることです。
竹下まる子と内藤武宣はどんな人物?
まる子は竹下登の次女です。
内藤武宣は毎日新聞の政治部記者を務めた人物で、竹下登の政治活動にも関わりました。
DAIGOの本名が内藤大湖なのは、父親の姓を受け継いでいるためです。
したがって、竹下登の孫であることと、内藤姓であることに矛盾はありません。
DAIGOの本人寄稿でも、母親が三姉妹の次女で、自分が3人きょうだいの末っ子だったことが説明されています。
【3】DAIGOの本名は内藤大湖!竹下登との意外なエピソード
DAIGOと竹下登の関係で興味深いのは、政治家の家系に生まれながら、DAIGO自身は音楽の道を選んだことです。
本名の「大湖」は祖父が名付けたのか?
DAIGOの本名は内藤大湖です。
ここで興味深いのが、兄と姉の名前についてのエピソードです。
文藝春秋に掲載された本人の回想によると、兄の博文は伊藤博文、姉の栄子(影木栄貴)は佐藤栄作や田中角栄にちなんだ名前で、祖父の竹下登が名付けたといいます。
一方、DAIGOの「大湖」は両親が付けた名前でした。
本人は、この違いをユーモアを交えて振り返っています。
つまり、きょうだい全員が祖父によって名付けられたわけではありません。
毎週日曜日に祖父の家へ通っていた
DAIGOが語った祖父との思い出で印象的なのが、毎週日曜日の訪問です。
子どもの頃、家族で東京にある祖父の家を訪れることが習慣になっていました。
祖父の家には秘書や支援者が出入りし、居間には一日のスケジュールがびっしり書かれた紙が貼られていたそうです。
政治家の家庭ならではの光景だったのでしょう。
しかし、孫と過ごすときの竹下登は、政治家としての顔だけではありませんでした。
本人の回想から、次のようなエピソードが確認できます。
- 孫たちと相撲を取って遊んでいた。
- 一緒にスキーに出かけた。
- 書斎に孫を呼び、政治や憲法について話した。
- 総理大臣に就任した後、冗談を言いながら帰宅した。
- 家族の前で突然「白鳥の湖」を踊ったこともあった。
特に印象的なのは、1987年11月に竹下登が総理大臣になった後の出来事です。
DAIGOによれば、帰宅した祖父は「アイムソーリー、ボクソーリー」という駄じゃれを口にしたそうです。
政治の世界では重い責任を担う立場にあった人物が、家庭では孫を笑わせようとしていたことが分かります。
祖父はDAIGOに政治家になってほしかった?
この点について、本人の寄稿から確認できるのは、DAIGOが子どもの頃に将来の夢として冗談で「総理大臣」と書いたエピソードです。
学校の先生や友人が本気にして盛り上がったため、本人は軽々しく総理大臣になりたいと言わないと決めたと振り返っています。
一方、竹下登がDAIGOに政治家になるよう具体的に勧めたという確かな発言は確認できません。
実際、DAIGOは音楽活動を中心とした芸能界の道へ進みました。
祖父の政治的な影響力と、孫自身の職業選択は別のものとして考える必要があります。
【4】竹下登とDAIGO・影木栄貴の関係を比較!事実関係一覧
ここまでの情報を人物ごとに整理します。
| 人物 | DAIGOとの関係 | 竹下登との関係 |
|---|---|---|
| 竹下登 | 母方の祖父 | 本人 |
| まる子 | 母親 | 次女 |
| 内藤武宣 | 父親 | 娘婿 |
| 影木栄貴 | 実の姉 | 母方の孫 |
| 博文 | 実の兄 | 母方の孫 |
| 北川景子 | 妻 | 孫の配偶者 |
| DAIGO | 本人 | 母方の孫 |
この一覧から分かるように、DAIGOの家族関係には血縁と婚姻による親族関係の両方があります。
特に北川景子については、竹下登と血縁関係にあると誤解しないことが大切です。
【5】北川景子と竹下登に血縁関係はある?DAIGOとの結婚を解説
結論からいうと、北川景子と竹下登に血縁関係はありません。
北川景子はDAIGOと結婚したことで、竹下家と婚姻を通じた親族関係になりました。
DAIGOと北川景子は2016年に結婚
DAIGOと北川景子は、2016年1月11日に婚姻届を提出しました。
結婚はそれぞれの公式サイトやブログで発表されています。
DAIGOは自身の公式ブログで、2人で笑顔の絶えない家庭を築いていきたいという思いを伝えました。
その結果、北川景子は影木栄貴にとって義理の妹にあたります。
また、竹下登との関係では、血縁上の孫ではなく、孫の配偶者という立場です。
DAIGOと北川景子の子どもは竹下登のひ孫
2人には子どもが2人います。
- 2020年9月:第1子となる女児が誕生。
- 2024年1月:第2子となる男児が誕生。
2024年1月31日には、DAIGOが自身のブログで第2子の誕生を報告しました。
「NPP!」というDAI語を使い、二児の父親になった喜びを伝えたことも話題になりました。
家系上の続柄を整理すると、2人の子どもは竹下登から見てひ孫にあたります。
つまり、北川景子は竹下登の血縁上の孫ではなく、孫のDAIGOと結婚した人物。そして2人の子どもが竹下登のひ孫という関係です。
【6】竹下登の孫は何人?2026年現在の活動と公表情報
「竹下登の孫は何人いるのか」という疑問については、少し注意が必要です。
DAIGOと影木栄貴の2人が孫であることは、本人たちのインタビューや著者プロフィールで確認できます。
さらにDAIGOは、兄の博文がいる3人きょうだいの末っ子であることを公表しています。
したがって、まる子の子どもは少なくとも3人です。
一方、竹下登の孫全員について、名前と続柄を網羅した政府の公式名簿は公開されていません。
一部の家系図資料には、DAIGOや影木栄貴以外の孫についても記載がありますが、資料によって掲載範囲が異なります。ネット上の人数を、そのまま公式に確定した総数として扱うことはできません。
2026年現在のDAIGO
DAIGOは結婚後も芸能活動を続け、2児の父親となりました。
祖父が元総理大臣という家系的な背景だけでなく、音楽やバラエティー番組での独自のキャラクターによって知名度を築いてきた人物です。
2026年現在の影木栄貴
影木栄貴は、祖父の知名度だけに頼らず漫画家としてのキャリアを積み重ねてきました。
2024年のインタビューでは、竹下登の孫として知られることへの複雑な思いや、漫画家として自立してきた過程を振り返っています。
DAIGOとの姉弟関係についても、音楽活動を始めた弟に創作面でアドバイスするなど、互いの仕事を理解する関係が語られています。
竹下登本人はどんな政治家だった?
家系を理解するうえで、祖父本人の経歴も押さえておきたいところです。
竹下登は1924年2月26日生まれ、島根県出身の政治家です。
首相官邸の歴代内閣資料によると、1987年11月6日に第74代内閣総理大臣に就任し、1989年6月3日まで在職しました。在職日数は576日です。
主な政治的な出来事には、次のものがあります。
- 1987年:第74代内閣総理大臣に就任。
- 1988年:リクルート事件をめぐる問題が政治課題となる。
- 1989年:消費税が導入される。
- 1989年6月:内閣総辞職。
- 2000年6月19日:死去。
竹下登は首相退任後も自民党内で影響力を持ち続けた政治家でした。
【竹下登の孫】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:竹下登の孫はDAIGOだけですか?
DAIGOだけではありません。漫画家の影木栄貴も竹下登の孫です。2人は母親が同じ実の姉弟です。
Q2:DAIGOの本名は竹下大湖ですか?
いいえ。本名は内藤大湖です。父親の内藤姓を名乗っています。竹下登は母方の祖父にあたります。
Q3:DAIGOの母親は竹下登の娘ですか?
はい。母親のまる子は竹下登の次女です。父親は内藤武宣で、DAIGOは母方の祖父が竹下登という家族構成です。
Q4:影木栄貴とDAIGOは本当に姉弟ですか?
はい。影木栄貴はDAIGOの実の姉です。2人には兄もおり、DAIGOは3人きょうだいの末っ子です。
Q5:北川景子は竹下登の孫ですか?
血縁上の孫ではありません。DAIGOと2016年に結婚したため、婚姻による親族関係にあります。
Q6:竹下登の孫は全部で何人ですか?
DAIGOや影木栄貴以外にも孫がいるとする家系図資料があります。ただし、全員を網羅した公式な人数は公表されていません。
Q7:DAIGOは祖父の竹下登と交流がありましたか?
はい。DAIGO本人は、毎週日曜日に祖父の家を訪問し、相撲やスキーを一緒に楽しんだ思い出を語っています。祖父が総理大臣になった後の家庭でのエピソードも紹介しています。
まとめ:竹下登の孫はDAIGOと影木栄貴!家系図を知れば関係が分かる
竹下登の孫として広く知られるDAIGOと影木栄貴は、母方の祖父を同じくする実の姉弟です。
今回の要点を整理すると、次のようになります。
- DAIGO:本名は内藤大湖。竹下登の次女・まる子と内藤武宣の子ども。
- 影木栄貴:DAIGOの実姉で、漫画家として独自のキャリアを築いている。
- まる子:竹下登の次女で、DAIGOと影木栄貴の母親。
- 内藤武宣:DAIGOの父親で、元毎日新聞政治部記者。
- 北川景子:DAIGOの妻であり、竹下登とは血縁ではなく婚姻による親族関係。
特に注目したいのは、DAIGO自身が語った祖父との思い出です。
政治家として歴史に名を残した竹下登も、孫にとっては相撲やスキーを一緒に楽しみ、冗談を言って笑わせてくれる祖父でした。
また、影木栄貴が漫画家として独立した道を歩んできたことも、この一族を理解するうえで見逃せません。
【プロの結論】
竹下登の孫をめぐる情報で大切なのは、「政治家の血縁」「芸能界での知名度」「結婚による親族関係」を混同しないことです。
DAIGOと影木栄貴は血縁上の孫、北川景子は孫の配偶者、2人の子どもは竹下登のひ孫にあたります。
2026年現在も、この基本的な家系関係を理解しておけば、竹下登の家族構成やDAIGOとの関係をめぐる情報を正しく読み解けます。