松浦勝人氏は1964年10月1日生まれ、神奈川県出身です。幼少期から音楽に親しみ、後に音楽ビジネスを立ち上げる土台となる好奇心と情報収集力を身につけていきました。
本人のオフィシャルブログ「仕事が遊びで遊びが仕事」に掲載された「松浦勝人の音楽史 その1」には、少年時代から高校時代までの音楽遍歴が詳しく記されています。
小学生時代からレコードに夢中だった
松浦氏は横浜市神奈川区の三ツ沢小学校に通っていたことを自身のブログで明かしています。
当時から自宅にあったステレオに夢中になり、歌謡曲のレコードを集めていました。
好きだったアーティストとして、次の名前を挙げています。
- 岩崎宏美
- 野口五郎
- フィンガー5
- 山口百恵
- 桜田淳子
特に興味深いのは、ただ音楽を聴くだけではなかったことです。
ラジオのベストテン番組を欠かさず聴き、流行している曲を一覧表にまとめて学校へ持っていくほど、音楽情報を集めることに熱心でした。
この習慣は、後にダンスミュージックやユーロビートを扱う際の選曲眼にもつながっていきます。
中学・高校時代はギターとバンド活動に熱中
中学生になると、松浦氏の音楽の好みは歌謡曲からフォークやロックへと広がりました。
本人の回想によると、かぐや姫や南こうせつ、伊勢正三らの音楽に親しみ、その後はビートルズにも傾倒。中学時代はギターを演奏していました。
高校に進学すると、今度はドラムに転向します。
高校時代にはバンドを組み、文化祭だけでなくライブハウスでも演奏していたそうです。
この経験は、後年の音楽プロデュースやアーティストとの仕事を考えるうえでも見逃せません。
松浦氏は経営者として知られていますが、もともとは演奏する側の音楽好きでもありました。
【若い頃の写真】高校時代のバンド姿が話題に!ドラムを演奏する松浦勝人
松浦勝人氏の若い頃の写真を探している人にとって、注目したいのが本人のInstagramで公開された昔の写真です。
2024年3月17日、松浦氏は自身のInstagramで、若い頃の写真を公開しました。
翌18日にはデイリーニュースオンラインなどがこの投稿を取り上げています。
紹介された写真は、現在のスーツ姿や経営者としての雰囲気とは異なる、音楽に夢中だった時代の姿でした。
公開された若い頃の写真の特徴
報道によると、公開された写真は主に次のような内容です。
- ドラムスティックを手にした若い頃の姿
- ドラムを演奏している様子
- ウィンクをしながらギターを弾いている姿
写真に写っているのは、エイベックスの経営者になる前の、バンド活動に熱中していた松浦氏です。
本人は投稿に際して、昔の写真が出てきたことへの驚きを伝え、横浜市立金沢高校31期の同窓会についても触れていました。
興味深いのは、写真の内容が本人の過去の回想とも一致している点です。
松浦氏は以前から、自身のブログで高校時代にドラムを担当していたことや、バンド活動を続けていたことを語っています。
つまり、若い頃の写真は単なる懐かしい記録ではなく、現在の音楽ビジネスにつながる原点を感じさせる資料でもあります。
若い頃と現在では何が違う?
| 比較項目 | 若い頃 | 2026年現在 |
|---|---|---|
| 立場 | 大学生・アルバイト・起業家 | エイベックス代表取締役会長 |
| 音楽との関わり | ギター・ドラム・DJ文化への関心 | 音楽事業・プロデュース・経営 |
| 主な活動 | 貸レコード店の運営 | エンタテインメント事業の経営 |
| 仕事の規模 | 小規模店舗・輸入レコード卸 | 総合エンタテインメント企業 |
| 特徴 | 現場での試行錯誤 | 経営判断と事業戦略 |
外見や肩書きは変化しても、音楽を中心に仕事を組み立ててきた点は共通しています。
【大学時代】日本大学経済学部での生活と「友&愛」のアルバイト
松浦勝人氏の人生を大きく変えたのは、大学時代に始めた貸レコード店でのアルバイトでした。
幻冬舎plusの著者プロフィールなどによると、松浦氏は1983年に日本大学経済学部へ入学しています。
大学生になった当初から音楽業界を目指していたわけではありません。
本人のブログによれば、大学の軽音楽サークルなどを見て回ったものの、思うような活動にはつながりませんでした。
そんな時期に、友人に誘われて渋谷のディスコへ行き、ダンスミュージックに出会います。
ダンスミュージックとの出会いが転機に
松浦氏は当時、ロックやポップスを中心に聴いていました。
ところが、ディスコで流れるダンスミュージックに触れたことで、音楽への関心が大きく変わります。
エイベックス公式サイトの代表挨拶でも、この大学時代の出会いが創業の原点として紹介されています。
こんな音楽があるのかと、強烈な衝撃を受けた
この体験が、後のダンスミュージックを中心とする事業展開につながりました。
1985年、貸レコード店「友&愛」でアルバイトを開始
大学3年生になった1985年4月、松浦氏は横浜市港南区にあった貸レコード店「友&愛 港南台店」でアルバイトを始めます。
本人の回想によると、当時のレンタル店のアルバイトは簡単には見つからず、音楽好きの松浦氏にとっては理想的な職場でした。
特に魅力を感じていたのが、次の2点です。
- 自分の好きなダンスミュージックを自由に聴けること
- レコードの仕入れを担当できること
それまで複数のアルバイトを掛け持ちしていた松浦氏は、この店に集中するため、ほかの仕事を辞めています。
しかし、入店後に直面したのは、店舗の売り上げ不振でした。
店を経営していたオーナーから、店舗運営を任されるようになったのです。
アルバイトから店長へ!売り上げ改善に取り組む
松浦氏は、同じ高校出身の仲間たちと協力して店舗の立て直しに取り組みました。
本人のブログには、当時の具体的な取り組みが記されています。
1. 競合する貸レコード店の来客数を調べる。
2. 新譜の入荷枚数や在庫がなくなるまでの時間を観察する。
3. 自店舗の弱点を見つけて改善する。
4. 土日や連休に店頭キャンペーンを実施する。
現在のマーケティングに通じる手法ですが、当時は専門用語を意識せず、現場で必要なことを考えて実践していたそうです。
その結果、年末には店舗の売り上げに応じた報酬を受け取り、店長の肩書きと名刺まで与えられました。
本人によれば、アルバイト代は店舗売上の7%だったといいます。
単に時間を提供して給料を受け取るのではなく、自分の工夫が売り上げと報酬に直結する仕組みを経験したことは、その後の経営者としての考え方にも影響したはずです。
【起業のきっかけ】1986年のミニマックス設立からエイベックス創業へ
松浦氏の起業は、綿密に計画された大企業への道というより、貸レコード店の仕事を通して生まれた事業機会をつかんだ結果でした。
大学3年生の終わり頃、アルバイト先のオーナーから共同経営を持ちかけられます。
その提案は、単なるアルバイトの延長ではありませんでした。
出資比率を50対50とし、松浦氏を代表取締役にして新しい店舗を経営するという内容だったのです。
1986年、株式会社ミニマックスを設立
松浦氏は当初、就職活動を予定していたため、共同経営の話に戸惑ったと振り返っています。
一方で、貸レコード店の仕事には愛着があり、自分で経営してみたいという気持ちも強くなっていました。
最終的に起業を決断し、アルバイト先のオーナーと株式会社ミニマックスを設立します。
本人のブログによると、横浜市上大岡に「友&愛 上大岡店」を開業したのは、大学4年生の6月6日でした。
資金については、本人の記憶では父親から700万円を借り、オーナーから700万円の出資を受け、合計1,400万円で事業を始めたとのことです。
ここで重要なのは、松浦氏が音楽業界で最初から大きな会社を経営していたわけではないことです。
最初の事業は、わずか15坪にも満たない貸レコード店でした。
競合4店舗に対して5店舗目として出店
上大岡店の開業時には、すでに同じ駅周辺に4店舗の競合店がありました。
松浦氏の店舗は後発の5店舗目。
加えて、当時はレコードからCDへの移行期であり、CDがどれほど普及するかも不透明でした。
そんな状況で、松浦氏は大胆な仕入れ方針を選びます。
それまでのレンタル店がレコード主体だったのに対し、上大岡店ではほとんどをCDにするという戦略を採用したのです。
開業から10月までは苦戦しましたが、10月末に発売されたレベッカのCDをきっかけに売り上げが伸び始めます。
その後、数か月で地域トップクラスの店舗へと成長しました。
本人の回想では、開業から1年余りで、15坪にも満たない店舗が「友&愛」の中でも売り上げ1位を記録するまでになったそうです。
もちろん、CDプレーヤーの普及やレコード会社との係争問題の状況変化、再開発計画の延期など、幸運も重なっていました。
成功を本人の努力だけに帰するのではなく、当時の市場環境も含めて見る必要があります。
小さな貸レコード店から卸売業へ
上大岡店の成功は、松浦氏に新しいビジネスの可能性を見せました。
特に強みになったのが、輸入盤の知識と仕入れ能力です。
松浦氏は渋谷や新宿の輸入レコード専門店に足を運び、自分の耳と知識を頼りに商品を選んでいました。
加えて、商品を棚に並べるだけではなく、利用客が借りたくなるような紹介文や解説を添え、ジャンル別の分類やランキングも取り入れていました。
こうした独自の売り場づくりが、店舗の差別化につながります。
やがて、全国の貸レコード店の経営者から輸入盤の仕入れを代行してほしいという依頼が舞い込みます。
松浦氏はこの需要を捉え、最初は30店舗、その後は約50店舗の仕入れを担当するようになりました。
ここで始まった輸入盤の卸売事業が、後のエイベックスへとつながっていきます。
【年表】松浦勝人の若い頃からavex trax設立まで
松浦氏の若い頃の経歴を理解するには、大学入学からエイベックス創業までの流れを整理すると分かりやすくなります。
| 年・時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1964年 | 神奈川県で誕生 | 音楽好きな少年時代を過ごす |
| 1983年 | 日本大学経済学部に入学 | 大学生活が始まる |
| 1985年4月 | 友&愛 港南台店でアルバイト | ダンスミュージックと店舗運営に深く関わる |
| 1985年末 | 店長として店舗を運営 | 売り上げに応じた報酬を経験 |
| 1986年 | 株式会社ミニマックスを設立 | 上大岡店の経営を開始 |
| 1987年10月 | エイベックス・ディー・ディーの設立につながる共同事業が始動 | 輸入盤卸売事業を法人化 |
| 1988年4月11日 | エイベックス・ディー・ディー株式会社の登記 | エイベックス創業 |
| 1990年2月 | HI-BPMスタジオを開設 | 音源制作へ事業を拡大 |
| 1990年9月 | avex trax設立 | 自社レーベルを展開 |
※1987年10月の共同事業開始と1988年4月11日の正式な登記は、本人の回想とエイベックス公式沿革を照合したものです。
1988年4月、エイベックスが正式に誕生
1988年4月、東京都町田市にエイベックス・ディー・ディー株式会社が設立されました。
エイベックス公式沿革によると、創業当初の事業は輸入レコードの卸販売です。
創業時の拠点は町田のマンション「スカイパレス町田」でした。
現在のような音楽制作、アーティストマネジメント、ライブ、映像などを手がける総合エンタテインメント企業とは異なり、スタート地点はレコードの輸入と販売だったのです。
ここには、松浦氏の大学時代から続く経験が反映されています。
- 音楽の流行を読み取る力
- 輸入盤の仕入れに関する知識
- レコード店とのネットワーク
- 商品の魅力を伝える販売方法
貸レコード店で身につけた能力が、そのまま卸売事業の競争力になりました。
1990年、avex trax設立で音楽制作へ
エイベックスの成長を語るうえで重要なのが、1990年9月の自社レーベル「avex trax」設立です。
1988年の創業時は輸入レコードの卸売業でしたが、1990年には自社レーベルを持つ企業へと発展しました。
同年には町田にHI-BPMスタジオを開設し、『SUPER EUROBEAT VOL.1』などの作品も発売しています。
その後、1992年には『JULIANA'S TOKYO』関連作品や小室哲哉氏との取り組み、1993年にはtrfのデビューなど、ダンスミュージックを中心とした展開を進めました。
この変化は、松浦氏が単に音楽好きだっただけではなく、音楽の需要を読み、商品として届ける仕組みを作っていたことを示しています。
【2026年最新】松浦勝人の現在は?若い頃と成功の秘訣を比較
2026年11月現在、松浦勝人氏は62歳です。
エイベックス株式会社の公式役員一覧では、代表取締役会長として掲載されています。
2026年7月1日現在の役員情報では、代表取締役社長CEOは黒岩克巳氏です。
松浦氏は2020年6月に代表取締役会長へ就任しており、現在は創業者としてグループの重要な経営判断などに関わる立場にあります。
エイベックス会長としての経歴
松浦氏の主な役職の変遷を振り返ります。
| 年 | 主な役職・出来事 |
|---|---|
| 1988年 | エイベックス設立、取締役 |
| 1991年 | 専務取締役 |
| 2000年 | 執行役員 |
| 2004年 | 代表取締役社長 |
| 2010年 | 代表取締役CEO |
| 2018年 | 代表取締役会長CEO |
| 2020年 | 代表取締役会長に就任 |
| 2026年 | 代表取締役会長として在任 |
特に2004年の社長就任から2010年のCEO就任、2018年の会長CEO就任、2020年の会長就任という流れは、会社の経営体制における松浦氏の役割の変化を示しています。
若い頃と現在を比較すると見える変化
若い頃の松浦氏は、店舗の売り上げを伸ばすために競合店を調べ、商品を選び、利用客の反応を見て改善する現場型の経営者でした。
現在は、音楽だけでなく、ライブ、アニメ、映像などを含む幅広いエンタテインメント事業を展開する企業の会長です。
エイベックス公式の事業紹介でも、音楽やアニメ・映像を中核に、アーティストやクリエイターの発掘・育成を進める企業として位置づけられています。
若い頃と現在の違いは、仕事の規模と責任の大きさです。
一方で、音楽やエンタテインメントの価値を見つけ、事業として届けるという基本姿勢には一貫性があります。
松浦勝人の若い頃の成功の秘訣は3つ
松浦氏自身の起業回想から読み取れる成功の要素は、大きく3つあります。
1. 好きなことを徹底的に追求する
松浦氏はダンスミュージックを趣味として楽しむだけでなく、輸入盤の情報を集め、ジャンルや作品の特徴を理解し、仕入れに生かしていました。
好きなことに詳しくなるだけでなく、その知識を顧客が求める商品へと変換した点が重要です。
2. 顧客と競合を観察する
競合店の来客数や新譜の動きを調べ、自分の店舗に足りないものを考える。
こうした行動は、現代のマーケティングや市場調査にも通じます。
松浦氏は専門的な理論を学んでから実践したのではなく、目の前の売り上げを改善するために必要なことを考え続けていました。
3. 目の前の事業から新しい市場を見つける
最も注目したいのは、貸レコード店の経営から輸入盤の卸売業へ展開した点です。
小規模店舗だけでは売り上げに限界があると感じていた松浦氏は、全国の貸レコード店に輸入盤を卸すことで、顧客の範囲を広げました。
これは、既存事業の中から新しい需要を見つけた事例です。
松浦氏は本人のブログで、当時の成功について次のように振り返っています。
自分の好きなものをとことん追求し、それをビジネスに変え、目の前にある出来ることをあまり先のことを考えずにひたすら実行
この考え方は、単なる精神論ではありません。
実際に、商品選定、店舗運営、競合調査、卸売という具体的な行動に結びついていました。
【プロの結論】松浦勝人の成功は音楽への情熱と市場を見る力の組み合わせ
松浦氏の若い頃から学べるのは、好きなことを仕事にするだけでは成功できないという現実です。
重要だったのは、音楽への情熱を顧客の需要と結びつけたことでした。
本人が好きなダンスミュージックを仕入れるだけなら、個人的な趣味で終わっていた可能性があります。
しかし、松浦氏は利用客が何を求めているのかを調べ、商品構成や紹介文を工夫し、競合との差別化を進めました。
加えて、その知識を自分の店舗だけで使うのではなく、全国の貸レコード店に向けた卸売事業に発展させています。
音楽への情熱、現場での観察、顧客の需要を事業に変える発想。
この3つが、松浦氏の若い頃の成功を理解するうえで要点です。
【よくある質問】松浦勝人の若い頃に関するFAQ
Q1:松浦勝人は若い頃、どこの大学に通っていましたか?
A1:1983年に日本大学経済学部へ入学しています。大学3年生の頃には、貸レコード店「友&愛 港南台店」でアルバイトを始めました。
Q2:松浦勝人が若い頃に働いていた貸レコード店はどこですか?
A2:横浜市港南区にあった「友&愛 港南台店」です。その後、共同経営で株式会社ミニマックスを設立し、横浜市上大岡に「友&愛 上大岡店」を開業しました。
Q3:松浦勝人がミニマックスを設立したのは何年ですか?
A3:1986年です。大学4年生の頃に貸レコード店の経営を始め、父親からの借入金と共同経営者の出資を合わせて事業をスタートさせました。
Q4:松浦勝人がエイベックスを創業したのは何年ですか?
A4:1988年4月です。エイベックス・ディー・ディー株式会社を設立し、東京都町田市で輸入レコードの卸売事業を始めました。
Q5:avex traxが設立されたのは何年ですか?
A5:1990年9月です。1988年の会社創業から約2年後に自社レーベルを設立し、音楽制作へと事業領域を広げました。
Q6:松浦勝人の若い頃の写真は見られますか?
A6:はい。2024年3月には本人のInstagramで、高校時代と思われるドラム演奏やギターを弾く昔の写真が公開され、報道でも取り上げられました。
Q7:松浦勝人は2026年現在もエイベックスの会長ですか?
A7:はい。エイベックス公式の2026年7月1日現在の役員一覧では、代表取締役会長として掲載されています。
まとめ:松浦勝人の若い頃に見えたエイベックス成功の原点
松浦勝人氏の若い頃を振り返ると、現在のエイベックスにつながる経験が大学時代から積み重なっていたことが分かります。
日本大学経済学部に在学中、貸レコード店「友&愛」でアルバイトを始め、店舗運営や商品仕入れを経験。1986年には株式会社ミニマックスを設立し、上大岡店の経営に乗り出しました。
加えて、店舗経営で培った輸入盤の知識と販売ネットワークを卸売事業へと発展させ、1988年にエイベックスを創業。1990年にはavex traxを設立しました。
2026年現在、松浦氏はエイベックスの代表取締役会長として活動しています。
若い頃の写真に写るバンドマンとしての姿と、現在の経営者としての姿は大きく異なります。しかし、その根底には音楽への強い関心があります。
松浦勝人氏の歩みが教えてくれるのは、好きなことを深く追求し、そこで得た知識を顧客の需要に結びつけ、小さな成功を次の事業へと発展させることの大切さです。
エイベックス創業の原点は、大企業の経営計画ではなく、一人の大学生が貸レコード店で見つけた可能性にありました。