風間トオルさんが極貧生活を送ることになった大きなきっかけは、幼少期の家庭環境の変化でした。
2023年10月の文春オンラインのインタビューと、2026年10月のCHANTO WEBの本人インタビューでは、両親の離婚から父親が家を出るまでの経緯が詳しく語られています。
母親ではなく父親についていった理由
風間さんは1962年8月19日、神奈川県に生まれました。
両親が離婚したのは、風間さんが5歳のときです。
当時は父方の祖父母、両親、風間さんの5人で暮らしていました。
母親から父親と母親のどちらについていくか尋ねられた風間さんは、父親を選びました。
その理由は、父方の祖父母と一緒に暮らしていたためです。母親についていけば、知らない男性と生活することになる。一方、父親を選べば、慣れ親しんだ祖父母がそばにいると考えたのです。
ところが、母親が家を出てからわずか1週間ほどで、今度は父親も家を出てしまいます。
父親にも新しい交際相手がいたと、風間さんは後年のインタビューで振り返っています。
祖母からは「そのうち帰ってくるよ」と言われていましたが、父親は戻りませんでした。
父親がいなくなった後、祖父母が育ての親に
両親が相次いで家を出た後、風間さんを育てたのは父方の祖父母でした。
ただし、祖父母はすでに仕事を引退しており、生活を支える収入は主に2人の年金でした。
父親の収入がなくなったうえ、祖父母の年金だけで3人が暮らさなければならなかったことが、家計を厳しくした直接的な背景です。
2023年の文春オンラインのインタビューでは、父親が後日ふらりと訪れ、祖父母にお金を求めることもあったと明かしています。
一方で、祖母は父親にお金を渡していたそうです。
風間さんは、祖父母の生活も苦しいのだから渡さなくていいのに、と感じていたといいます。
両親への恨みより、祖父母への感謝が強かった
興味深いのは、風間さんが両親について語るとき、恨みや怒りを前面に出していないことです。
2026年10月のCHANTO WEBのインタビューでは、祖父母に大切に育ててもらったことや、両親がそれぞれの人生を選んだのなら、それも仕方がないと子どもながらに受け止めていたことを語っています。
ただし、寂しさが一切なかったという単純な話ではありません。
友人の家で母親がお菓子を出してくれると、また遊びに来たいと思ったこともあったそうです。
自分の家に友達を呼ぶことを避けていたという話からも、周囲との生活環境の違いを意識していたことがうかがえます。
【極貧生活の実態】多摩川の野草、洗濯機のお風呂、冷蔵庫のない暮らし
風間さんの幼少期を象徴するのが、食事、住居、入浴にまつわるエピソードです。
単に欲しいものが買えなかったというレベルではありません。日常生活に必要な設備が十分に整っておらず、身近にあるものを使って生活を工夫していました。
祖父母と暮らしたのは6畳一間の古いアパート
父親が家を出た後、風間さんと祖父母は引っ越しを経験します。
住んでいたのは、神奈川県川崎市内の古い長屋や、錆びたトタン屋根に囲まれた6畳一間のアパートでした。
文春オンラインのインタビューによると、長屋ではトイレが隣家との共用だったそうです。
その後のアパートも決して快適とはいえませんでした。
- 雨が降ると窓や壁の隙間から水が入る
- 天井から雨漏りする
- 梅雨時には畳や天井にカビが生える
- 冬は隙間風が入り、室内でも寒さが厳しい
友人の家にはお風呂やクーラー、大きなテレビがあるのに、自宅にはない。
小学校に入ってから、風間さんは自分の家庭がほかの家とは違うことを実感するようになりました。
風間トオルの極貧生活・時系列まとめ
これまでの本人インタビューや報道を整理すると、次のようになります。
この年表から分かるのは、風間さんの貧困が一時的な金欠ではなく、幼少期から青年期にかけて生活環境に影響していたということです。
【多摩川の野草と食生活】アサガオや雑草を食べたという証言の真相
風間さんの貧乏エピソードで、とくに知られているのが多摩川の河川敷で野草を食べていたという話です。
2024年9月のフジテレビ系『ぽかぽか』や、2026年9月のテレビ大阪『大阪おっさんぽ』でも、この経験を振り返っています。
多摩川の草を食べて空腹をしのいだ
風間さんが暮らしていた川崎市には、多摩川が流れています。
近くに河川敷があったことから、空腹を感じたときに周囲の草を口にしていたそうです。
2026年9月13日配信のENCOUNTの記事では、『大阪おっさんぽ』での発言が紹介されました。
風間さんは、野草を主食にしていたわけではなく、少しお腹が空いたときに食べていたと説明しています。
また、草の種類を名前で覚えるのではなく、場所で覚えていたという話も印象的です。
以前食べられた場所、硬かった場所、口にすると舌がしびれた場所など、実際に経験した感覚を頼りにしていたといいます。
ただし、これはあくまで本人の過去の体験談です。野草には毒性のあるものや、誤食による健康被害の危険があるため、同じ方法を試すべきではありません。
紫色のアサガオがおいしかったという驚きの話
風間さんが特に印象に残っている食べ物として挙げたのが、紫色のアサガオです。
文春オンラインの2016年刊行前後のインタビューでは、紫色のアサガオを口にすると、ほんのり甘かったと振り返っています。
また、素揚げにしたらおいしそうだと思い、実際に試したことも語っています。
2024年9月の日刊スポーツの記事でも、アサガオの味について本人の発言が紹介されました。
ほかにもタンポポやミツバなどを試したことがあるそうですが、口にするとしびれる草もあったとのことです。
カマキリの足までかじったというエピソード
さらに驚くのが、カマキリを口にしたという話です。
空腹のとき、家の中に入ってきたカマキリを見て、緑色でおいしそうだと思ったそうです。
イナゴの佃煮を食べることがあったため、カマキリも食べられるのではないかと考えたといいます。
しかし、実際に足をかじってみると苦かったそうです。
この話は2024年2月のテレビ東京系『じっくり聞いタロウ』でも取り上げられ、2025年のFRIDAYデジタルでも過去の本人インタビューが再紹介されています。
【お風呂も冷蔵庫もない】洗濯機を使った入浴と驚きの保存方法
風間さんの生活の工夫を象徴するのが、洗濯機をお風呂代わりにしたことと、冷蔵庫がないときに牛乳を保存した方法です。
二層式洗濯機がお風呂代わりだった
2025年4月24日、スポニチアネックスは、風間さんがYouTubeチャンネル『ベスコングルメ【公式】チャンネル』で語った入浴エピソードを報じました。
当時、自宅にはお風呂がありませんでした。
祖父母は3日に1回程度、銭湯に行っていたそうですが、汗をかく子どもだった風間さんは毎日体を洗いたいと考えていました。
そこで思いついたのが、家の外に置かれていた二層式洗濯機を利用することでした。
本人の説明によると、洗濯槽に服を着たまま入り、固形石鹸で体を洗っていたそうです。
冬は寒かったため、Tシャツを着たまま洗濯機を回すこともあったと振り返っています。
もちろん、洗濯機の内部に人が入る行為は重大な事故につながる危険があります。本人も後年、危険な行為だったと振り返っています。
冷蔵庫がないとき、牛乳を土の中に埋めた
もう一つ有名なのが、冷蔵庫の代わりに土を利用したエピソードです。
2023年10月の文春オンラインのインタビューでは、専門学校時代に一人暮らしをしていたアパートに冷蔵庫がなかったと説明しています。
ある日、遊びに来た友人が牛乳を買ってきたものの、全部飲み切れず、夏場だったため保存方法に困りました。
そこで風間さんが考えたのが、牛乳を土の中に埋めることでした。
近くの魚屋から発泡スチロールをもらい、その中に牛乳パックを入れ、アパートの窓の外の地面を深く掘って埋めたそうです。
友人が訪ねてきたときには、土をどけて牛乳を取り出していたといいます。
2025年9月の日本テレビ系『ネツダン!』でも、冷蔵庫がなかった生活について同様のエピソードを披露しました。
ここで押さえておきたいのは、冷蔵庫の話が、祖父母と暮らした6畳一間の生活と必ずしも同じ時期ではないことです。詳しい本人インタビューでは、専門学校時代の一人暮らしの経験として説明されています。
貧しさの中で身についた発想力
こうしたエピソードに共通するのは、単に我慢するのではなく、手元にあるものを使って代わりの方法を考えていたことです。
2026年10月のCHANTO WEBのインタビューでは、風間さんは当時の自分について、次のように振り返っています。
「今あるものでどうやって近づけるか」を考えて試してみる。
お金がないから諦めるのではなく、別の方法を考える。その姿勢は、子ども時代だけでなく、大人になった現在にもつながっているようです。
【歯の治療費】虫歯を治せなかった少年時代から現在まで続く出費
風間さんの貧乏生活を語るうえで、食事や入浴と並んで見逃せないのが歯の問題です。
幼少期に歯科医院へ通う余裕がなく、虫歯を長期間放置していたことを本人が明かしています。
治療費を負担できず、虫歯を放置
2016年4月のFRIDAY掲載インタビューによると、風間さんは小学校の歯科検診で歯医者に行くよう指摘されても、治療を受けることができませんでした。
祖父母に経済的な負担をかけたくなかったためです。
虫歯が進行して歯がぐらぐらになるまで放置し、最終的には自分で抜いていたと振り返っています。
治療を受けるお金がないことが、健康面にも影響していたわけです。
メンズノンノのモデル時代から歯の治療を開始
風間さんは20代で芸能活動を始め、モデルとしても活躍しました。
しかし、子どもの頃に悪化した歯の問題は、その時点で解決していたわけではありません。
2023年5月30日の日刊スポーツによると、フジテレビ系『ぽかぽか』に出演した風間さんは、モデル時代から少しずつ歯を治療していたと説明しています。
本人は、当時は食事より治療費にお金がかかったと振り返りました。
また、ドラマの撮影中に食べ物を口にした際、歯が取れてしまった経験も明かしています。
2026年現在、歯にかけた費用は家一軒分?
2026年9月12日放送のテレビ大阪『大阪おっさんぽ』では、風間さんの現在のお金の使い道が話題になりました。
大阪・ミナミをメッセンジャー黒田有さん、橋下徹さんと巡った際、黒田さんからお金の使い道について尋ねられた風間さん。
そこで飛び出したのが、歯に関する驚きの回答でした。
「今までで一番使ったのは歯ですかね」
子どもの頃に治療できなかった歯を少しずつ治し、現在も治療を続けていると説明しました。
加えて、これまで歯にかけた金額について「たぶん家1軒くらいは口の中に入ってる」と語っています。
黒田さんから何千万円なのかと尋ねられると、インプラントの費用が高いことにも触れました。
ここでいう家一軒分は本人の表現であり、実際の累計支出額が公表されたわけではありません。それでも、歯の治療が現在まで続く大きな出費になっていることは分かります。
【2026年最新】風間トオルの現在と金銭感覚は?俳優としての活動も紹介
幼少期の極貧生活を乗り越えた風間さんは、現在も俳優として活動しています。
所属事務所のホリプロ公式プロフィールによると、1962年8月19日生まれで、2026年11月現在は64歳です。
モデルから俳優へ転身した経歴
風間さんは1980年代に男性ファッション誌などでモデルとして活躍しました。
その後、1989年のフジテレビ系ドラマ『ハートに火をつけて!』で俳優デビューを果たします。
映画『わが愛の譜 滝廉太郎物語』では、日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞しました。
加えて、テレビ朝日系『科捜研の女』シリーズでは宇佐見裕也役を長年演じています。
華やかなモデル時代や俳優としてのキャリアは、幼少期に抱いていた「自分で稼いで欲しいものを買いたい」という思いの先にあるものとも考えられます。
2026年の主な活動
所属事務所の公式プロフィールや2026年の報道で確認できる活動には、次のようなものがあります。
- テレビ朝日系『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室-』
- 映画『テレビショッピングの女王 青池春香の事件チャンネル』
- 映画『ライフセーバー!』
- 主演映画『おかえりの湯』
- テレビ大阪『大阪おっさんぽ』
- 日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』
特に2026年9月12日の『大阪おっさんぽ』では、幼少期の貧困だけでなく、現在の歯の治療費やお金の使い道についても話しています。
また、2026年10月14日にはCHANTO WEBのインタビューが掲載され、5歳での両親の離婚や祖父母との生活、子どもの頃に感じていた家庭環境の違いについて改めて語りました。
現在の金銭感覚に表れている3つの特徴
風間さんの現在のお金の使い方について、公開された本人の発言から読み取れる特徴は3つあります。
1. 健康に関わることには必要な費用をかける
最も分かりやすい例が歯の治療です。
幼少期には経済的な理由で受けられなかった治療を、大人になってから継続しています。
家一軒分という表現からも、健康に関わる問題を長期的に解決しようとする姿勢がうかがえます。
2. 自分のことは自分でする
2026年9月の『大阪おっさんぽ』では、料理についても話題になりました。
風間さんは、みそ汁や納豆、魚、ご飯などを自分で用意していると説明しています。
子どもの頃から自分のことを自分でできるようにしてきたという発言は、祖父母との生活で身につけた習慣を現在も続けていることを示しています。
3. 物を無駄にしない意識が残っている
幼少期の食料不足を経験した風間さんには、物を大切にする姿勢も見られます。
2026年2月のフジテレビ系『ぽかぽか』でも、子どもの頃に食べ物がなく、教科書の端をかんでいたというエピソードを披露しました。
こうした話は現在の金銭感覚を考えるうえで興味深いものですが、現在の資産額や年収、貯蓄額まで明らかになっているわけではありません。
現在の風間さんを「貧乏なまま」と考えるのは誤りです。 幼少期の経済状況と、現在の経済状況は分けて理解する必要があります。
【プロの結論】風間トオルの貧乏エピソードから分かる本当のこと
風間さんの極貧生活を単なる芸能人の面白い苦労話として消費してしまうと、その背景にある重要な問題を見落とします。
注目すべきなのは、経済的な困窮が子どもの健康、教育環境、生活の選択肢にまで影響していたことです。
特に歯の治療費の問題は象徴的です。
虫歯を治したくても、祖父母の家計を考えると病院へ行けない。子ども自身には収入を得る手段がなく、治療を先延ばしにするしかなかった。
その結果、大人になってからも治療費を負担し続けることになりました。
これは、子どもの頃の経済的な困難が、その時期だけで終わらず、成人後の生活にも影響することを示す事例です。
一方で、風間さんは祖父母から愛情を受け、身近な環境で工夫する力を身につけました。
2016年には中央公論新社から自伝的エッセー『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』を出版しています。
同書には、5歳で経験した一家離散や貧しい生活、祖母から受け継いだ生き方について記されています。
『ビンボー魂』
著者:風間トオル/中央公論新社/2016年刊行
この本の内容を象徴するのが、「貧乏はつらいけど、不幸じゃない」という考え方です。
ただし、貧困そのものを美化することと、逆境の中で身につけた力を評価することは別です。
風間さんの経験から読み取れるのは、経済的な困難を個人の努力だけで解決できるという話ではなく、厳しい環境でも支えてくれる人の存在や、自分で考える力が人生を支えることがあるという点でしょう。
【風間トオルの貧乏生活】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:風間トオルが貧乏になった理由は何ですか?
A1:5歳のときに両親が離婚し、その約1週間後に父親も家を出たためです。その後、父方の祖父母に育てられましたが、生活費は主に2人の年金に頼っていました。
Q2:風間トオルは本当に多摩川の草を食べていたのですか?
A2:はい。本人がテレビ番組やインタビューで語っています。紫色のアサガオや河川敷の野草などを口にしていたそうです。ただし、2026年の本人発言では、野草は主食ではなく、空腹を感じたときに食べていたと説明しています。
Q3:風間トオルは洗濯機をお風呂代わりにしていたのですか?
A3:はい。自宅にお風呂がなかった幼少期、二層式洗濯機の洗濯槽を利用して体を洗っていたと本人が明かしています。危険な行為であり、真似できる生活方法ではありません。
Q4:風間トオルは歯の治療に何千万円も使ったのですか?
A4:2026年9月の『大阪おっさんぽ』で、歯にかけた費用は家一軒分くらいと本人が語っています。何千万円かという質問にも肯定的に答え、インプラントの費用が高いと説明しました。ただし、正確な累計額は公表されていません。
Q5:風間トオルは2026年現在も俳優として活動していますか?
A5:はい。2026年も映画やテレビ番組への出演が確認できます。9月にはテレビ大阪『大阪おっさんぽ』、10月にはCHANTO WEBのインタビューが掲載されました。
Q6:風間トオルの貧乏生活は本に書かれていますか?
A6:はい。2016年に中央公論新社から『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』を出版しています。幼少期の一家離散、祖父母との生活、貧しい環境で身につけた知恵などが紹介されています。
まとめ:風間トオルの貧乏生活は現在の生き方にもつながっている
風間トオルさんが幼少期に極貧生活を送った理由は、5歳での両親の離婚と、その後の父親の家出にありました。
父方の祖父母と暮らすことになったものの、収入は主に年金だけ。6畳一間の古いアパートで、食事や入浴、暖房など、日常生活のさまざまな場面で苦労を経験しました。
多摩川の野草やアサガオを食べた話、洗濯機をお風呂代わりにした話、冷蔵庫の代わりに牛乳を土に埋めた話、歯の治療費を負担できなかった話は、いずれも本人が公の場で語ってきたエピソードです。
そして2026年9月の『大阪おっさんぽ』では、幼少期に治療できなかった歯に、現在も大きな費用をかけていることが明らかになりました。
2026年11月現在、64歳となった風間さんは俳優として活動を続けています。幼少期の苦労を単なる悲しい思い出にせず、生活の知恵や自立心につなげてきたことが、本人の発言から伝わってきます。
「風間トオル貧乏」という検索ワードの背景にあるのは、驚くようなエピソードだけではありません。祖父母との暮らし、幼少期の経済的困難、そして大人になってからも続く生活への向き合い方こそが、この話の本質です。
本人の証言を時系列で追うことで、華やかな芸能活動だけでは見えてこない風間トオルさんの人生が浮かび上がります。