ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 歴代女性天皇は8人10代!推古天皇から後桜町天皇までと2026年制度を徹底解説

歴代女性天皇は8人10代!推古天皇から後桜町天皇までと2026年制度を徹底解説

黒木 涼 黒木 涼 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

日本の歴史上、正式に即位した女性天皇は何人いたのでしょうか。答えは、8人・10代です。最初の女性天皇とされる推古天皇から、江戸時代最後の女性天皇となった後桜町天皇まで、古代に6人、近世に2人が即位しました。皇極天皇と斉明天皇、孝謙天皇と称徳天皇は、それぞれ同一人物が再び即位した「重祚」に当たります。

女性天皇の歴史を理解するうえで欠かせないのが、女性天皇と女系天皇の違いです。さらに2026年には皇室典範等の一部を改正する法律が成立し、10月24日に施行されました。女性皇族の婚姻後の身分や皇族数を確保するための養子制度が変更された一方、皇位継承資格を定める男系男子の原則は維持されています。歴史上の女性天皇と、2026年現在の制度を分けて整理します。

【結論】歴代女性天皇は8人10代!古代6人・近世2人の内訳

歴代女性天皇

日本史上、女性天皇として数えられるのは8人です。ただし、天皇の代数で数えると10代になります。

この違いを生んでいるのが、重祚という制度です。いったん天皇の位を退いた人物が、再び皇位に就くことを重祚といいます。皇極天皇が斉明天皇として、孝謙天皇が称徳天皇として再即位したため、人物の数と即位した代数に2つの差が生じています。

時代別に見ると、女性天皇が集中したのは飛鳥時代から奈良時代にかけてです。推古天皇から称徳天皇までの8代6人が、592年から770年までの期間に即位しました。

その後、女性天皇の即位は長期間途絶えます。次に登場するのは江戸時代の明正天皇で、最初の女性天皇である推古天皇の時代から数えると、歴史の大きな転換点を挟んだ約1,000年に及ぶ時間が流れています。

【歴代女性天皇一覧】在位年・天皇の代数・即位した理由を比較

歴代女性天皇を古い順に並べると、次のとおりです。在位期間は西暦年で表記し、重祚した天皇は同一人物であることが分かるように整理しました。

代数・天皇 在位期間 男系の系統・即位前の身分 即位の経緯・後継者
第33代・推古天皇 592~628年 欽明天皇の皇女・敏達天皇の皇后 崇峻天皇暗殺後の政治的混乱を背景に即位。次代は舒明天皇。
第35代・皇極天皇 642~645年 敏達天皇の男系子孫・舒明天皇の皇后 舒明天皇の崩御後に即位。次代は孝徳天皇。
第37代・斉明天皇 655~661年 皇極天皇と同一人物 孝徳天皇の崩御後に重祚。次代は天智天皇。
第41代・持統天皇 690~697年 天智天皇の皇女・天武天皇の皇后 草壁皇子の死後、孫の文武天皇への継承を見据えて即位。
第43代・元明天皇 707~715年 天智天皇の皇女・文武天皇の母 文武天皇の崩御後、幼い首皇子の成長を待つため即位。
第44代・元正天皇 715~724年 元明天皇の皇女・文武天皇の姉 母から譲位を受けて即位。次代は聖武天皇。
第46代・孝謙天皇 749~758年 聖武天皇の皇女・女性初の皇太子 父の譲位により即位。次代は淳仁天皇。
第48代・称徳天皇 764~770年 孝謙天皇と同一人物 淳仁天皇の廃位後に重祚。次代は光仁天皇。
第109代・明正天皇 1629~1643年 後水尾天皇の皇女 父の退位後に即位。異母弟の後光明天皇へ譲位。
第117代・後桜町天皇 1762~1770年 桜町天皇の皇女 桃園天皇の崩御後、幼い後桃園天皇への継承まで即位。

この一覧の基本的な人数と代数は、東京都立中央図書館が公開するレファレンス協同データベースの調査結果とも一致します。同館は『国史大辞典』『日本大百科全書』『日本史大事典』『皇室事典』などを参照し、女性天皇を10代8人と整理しています。

また、10人の天皇はいずれも父方をたどれば天皇につながる男系の女性でした。つまり、女性が即位した歴史的事実と、女系による皇位継承が行われたかどうかは、別の問題です。

【古代の女性天皇】推古・皇極・斉明から称徳までの即位と政治

古代の女性天皇6人は、単に男性の後継者が成長するまで皇位を預かった存在として一括りにはできません。それぞれの即位には、皇位継承をめぐる対立、皇族間の政治的調整、国家体制の整備といった背景がありました。

1.推古天皇:日本史上最初の女性天皇

推古天皇は592年から628年まで在位した第33代天皇です。欽明天皇の皇女であり、敏達天皇の皇后でした。

即位の背景には、当時の朝廷を揺るがした政治的混乱があります。592年、崇峻天皇が蘇我氏側の勢力によって暗殺され、次の天皇を誰にするかが大きな問題になりました。

当時は有力な男性皇族が複数存在していましたが、後継者をすぐに決定できる状況ではありませんでした。そこで、蘇我氏とも関係の深い推古天皇が即位し、皇室と蘇我氏の協調を図る政治的な意味合いが生まれました。

推古天皇の時代には、厩戸皇子(聖徳太子)が政治に関与したことでも知られています。冠位十二階や十七条憲法など、飛鳥時代の政治史を語るうえで重要な出来事と重なる時期です。

推古天皇は、女性天皇が皇位に就いた最初の例として、日本の皇位継承史に大きな位置を占めています。

2.皇極天皇:舒明天皇の皇后から即位

皇極天皇は642年に即位した第35代天皇です。敏達天皇の男系子孫であり、舒明天皇の皇后でした。

舒明天皇が崩御した後、後継者をめぐる政治的な調整が必要になり、皇極天皇が即位します。在位は645年までの約3年間でした。

その後、乙巳の変が起き、大化の改新につながる政治改革が始まります。皇極天皇は645年に譲位し、同母弟の孝徳天皇が第36代天皇となりました。

3.斉明天皇:皇極天皇が再び即位した重祚の例

斉明天皇は皇極天皇と同一人物です。655年に再び即位し、第37代天皇として在位しました。

孝徳天皇が崩御した後、中大兄皇子(後の天智天皇)が次の皇位を継ぐまでには政治的な調整が必要でした。そこで皇極天皇が再び皇位に就き、斉明天皇となりました。

この再即位が、重祚の代表的な事例です。皇極天皇と斉明天皇を別々の人物として数えるのではなく、1人の女性が2度即位したものとして理解する必要があります。

4.持統天皇:孫への皇位継承を支えた天皇

持統天皇は690年から697年まで在位した第41代天皇です。天智天皇の皇女で、天武天皇の皇后でした。

夫の天武天皇が崩御した後、皇位継承をめぐる状況は複雑でした。持統天皇の子である草壁皇子が有力な後継者とされましたが、草壁皇子も若くして亡くなります。

その後、持統天皇は孫に当たる珂瑠皇子(後の文武天皇)への皇位継承を見据えて即位しました。

持統天皇の時代は、藤原京への遷都など、古代国家の政治制度や都の整備が進んだ時期とも重なります。女性天皇が国家運営の重要な局面を担った代表例です。

5.元明天皇:幼い聖武天皇に代わって即位

元明天皇は707年に即位した第43代天皇です。天智天皇の皇女で、持統天皇の異母妹に当たります。

息子の文武天皇が崩御した際、その子である首皇子(後の聖武天皇)はまだ7歳でした。幼い皇子がすぐに即位するのは難しく、元明天皇が皇位を継ぎます。

元明天皇は715年まで在位し、その後、娘の元正天皇に譲位しました。なお、710年には平城京への遷都が行われています。

6.元正天皇:母娘2代で皇位を継承

元正天皇は715年から724年まで在位した第44代天皇です。元明天皇の娘であり、文武天皇の同母姉でした。

母から皇位を受け継いだことで、元明天皇と元正天皇という母娘2代の女性天皇が続きました。

ここで注目したいのは、元正天皇の父が天武天皇の皇子である草壁皇子だったことです。母が女性天皇であっても、父方をたどれば天武天皇につながるため、元正天皇は男系の女性天皇に当たります。

元正天皇の在位中、首皇子は成長し、最終的に聖武天皇として即位しました。元明・元正の母娘による継承は、皇位の安定を図る政治的な役割も果たしました。

7.孝謙天皇:女性として初めて皇太子を経て即位

孝謙天皇は749年に即位した第46代天皇です。聖武天皇の皇女であり、日本史上、女性として初めて皇太子となった人物です。

聖武天皇には皇子がいましたが、孝謙天皇の同母弟に当たる皇子が早くに亡くなったため、皇位継承者として孝謙天皇が選ばれました。

女性の皇太子を経て即位した女性天皇は、歴史上、孝謙天皇だけです。

758年に淳仁天皇へ譲位した後も、孝謙上皇は政治的な影響力を持ち続けました。

8.称徳天皇:孝謙天皇が再即位した2度目の重祚

称徳天皇は孝謙天皇と同一人物で、764年に再び即位した第48代天皇です。

譲位後、孝謙上皇と淳仁天皇を後ろ盾とする藤原仲麻呂との対立が激しくなりました。藤原仲麻呂の反乱が鎮圧されると、淳仁天皇は廃位され、孝謙上皇が再び皇位に就きます。

このときの称号が称徳天皇です。道鏡をめぐる政治的な対立も、この時代を理解する重要な論点となっています。

称徳天皇が770年に崩御すると、次の天皇には光仁天皇が即位しました。これ以降、江戸時代まで女性天皇の即位はありませんでした。

【江戸時代の女性天皇】明正天皇と後桜町天皇の即位の背景

奈良時代の称徳天皇が770年に崩御してから、明正天皇が1629年に即位するまで、女性天皇は約860年間登場しませんでした。

この長い空白の後に即位したのが、明正天皇と後桜町天皇です。いずれも江戸時代の女性天皇であり、古代とは異なる政治環境のなかで皇位を継承しました。

明正天皇:後水尾天皇の退位によって即位

明正天皇は1629年から1643年まで在位した第109代天皇です。父は第108代・後水尾天皇で、皇女として生まれました。

後水尾天皇の退位には、江戸幕府と朝廷の間に生じた政治的な緊張が関係しています。特に紫衣事件をめぐる幕府と朝廷の対立は、当時の皇室を取り巻く重要な出来事でした。

後水尾天皇の皇子たちが幼くして亡くなっていたこともあり、皇女である明正天皇が即位することになります。

その後、異母弟の紹仁親王(後の後光明天皇)が誕生しました。明正天皇は後光明天皇が成長するのを待ち、1643年に譲位しました。

明正天皇は、古代の女性天皇が即位していた時代から約860年を経て、再び女性が皇位に就いた歴史的な例です。

後桜町天皇:江戸時代最後の女性天皇

後桜町天皇は1762年から1770年まで在位した第117代天皇です。第115代・桜町天皇の皇女に当たります。

第116代・桃園天皇が崩御した際、次の皇位継承者となる英仁親王(後の後桃園天皇)はまだ5歳でした。そこで後桜町天皇が即位し、皇位継承を支える役割を担いました。

後桜町天皇は8年間在位した後、英仁親王が成長した段階で譲位しています。

後桜町天皇は、日本史上最後に即位した女性天皇です。1762年の即位以降、2026年現在まで、女性が天皇に即位した例はありません。

明正天皇と後桜町天皇の2人は、古代の女性天皇と同じく、男系の血統を受け継ぐ女性でした。女性が即位したことと、女系による皇位継承が行われたことは、ここでも区別する必要があります。

【間違えやすいポイント】女性天皇と女系天皇の違い・重祚とは?

皇室や皇位継承に関する議論では、「女性天皇」「女系天皇」「男系男子」という言葉が頻繁に登場します。しかし、この3つは同じ意味ではありません。

女性天皇とは?

女性天皇とは、女性が天皇として即位した場合を指します。判断基準は、即位した人物の性別です。

歴代の推古天皇、持統天皇、明正天皇などが該当します。女性天皇であっても、父方をたどって天皇の血統につながる男系の人物であれば、男系の女性天皇です。

女系天皇とは?

女系天皇とは、母方を通じて天皇の血統につながる天皇を意味します。重要なのは、女系天皇は必ずしも女性とは限らないことです。

例えば、母親が天皇の血統を引いていても、父親がその男系の血統に属さない場合、その子どもが皇位に就けば女系による継承となります。子どもの性別が男性であっても女性であっても、母方を通じた継承であれば女系です。

女性天皇と女系天皇の違いを比較

比較項目 女性天皇 女系天皇
判断基準 即位した人物の性別 皇統との血統上のつながり方
男性でも該当するか 該当しない 該当する
女性でも該当するか 該当する 該当する
父方の血統 男系である場合もある 男系である必要はない
日本の歴史上の例 推古天皇から後桜町天皇まで8人 即位した歴代天皇に確認されていない
2026年の皇位継承資格 現行制度では認められていない 現行制度では認められていない

この比較で特に重要なのは、女性天皇の存在が、直ちに女系天皇を認めた歴史的 precedent にはならないという点です。

過去の女性天皇8人は、いずれも父方をたどる男系の女性でした。女性が皇位に就いた前例はありますが、女系によって皇位が継承された前例とは異なります。

重祚とは?皇極・斉明と孝謙・称徳が同一人物である理由

重祚とは、一度皇位を退いた天皇が、再び即位することです。歴代女性天皇では2つの例があります。

  • 皇極天皇と斉明天皇:642~645年に皇極天皇として在位し、655~661年に斉明天皇として再即位。
  • 孝謙天皇と称徳天皇:749~758年に孝謙天皇として在位し、764~770年に称徳天皇として再即位。

したがって、女性天皇を人物単位で数えると8人、天皇の代数・即位回数で数えると10代になります。

「歴代女性天皇は10人」という説明を見かけた場合は、人物の数と代数が混同されていないか確認するとよいでしょう。

【2026年最新】皇室典範改正で女性天皇は認められた?男系男子の皇位継承資格を解説

2026年の皇室をめぐる大きな制度変更として、皇室典範等の一部を改正する法律が成立しました。

この改正は、皇族数の減少に対応し、皇族が担う公的な役割を将来にわたって維持することを目的としています。女性皇族の婚姻後の身分や、皇族の養子制度が見直されました。

2026年7月に成立、10月24日に施行

皇室典範等の一部を改正する法律は、2026年7月17日に成立し、7月24日に公布されました。法律番号は令和8年法律第66号で、同年10月24日に施行されています。

内閣官房の改正概要によると、今回の改正の中心は次の2点です。

1.女性皇族が一般男性と結婚しても皇族の身分を保持できる

改正前の制度では、内親王や女王が皇族以外の男性と結婚すると、皇族の身分を離れることになっていました。

2026年の改正後は、内親王や女王が皇族以外の男性と婚姻しても、原則として皇族の身分を保持できるようになりました。婚姻については皇室会議の議を経ることとされています。

これにより、女性皇族が結婚後も皇族としての公的活動を継続できる制度になりました。

ただし、重要な注意点があります。女性皇族の配偶者や子どもは、婚姻によって皇族になるわけではありません。皇室典範第15条に基づき、引き続き皇族ではない一般国民として扱われます。

2.皇族の養子制度を新設

今回の改正では、皇族が一定の条件を満たす男系男子を養子として迎えられる制度も設けられました。

対象となるのは、皇室典範上の皇族男子であった者の嫡男系嫡出の子孫で、現在皇族ではない15歳以上の男子です。配偶者や子どもがいないことなどの条件があり、皇室会議の議を経て養子縁組を行います。

この制度によって養子となった男子は皇族になりますが、養子本人には皇位継承資格がありません。

一方、養子となった皇族男子の子どもについては、政府の国会答弁で、皇族の夫婦の間に生まれた者として扱われ、男子であれば現行の皇室典範第1条・第2条に基づく皇位継承資格を持つとの説明がなされています。

2026年の改正後も皇位継承資格は男系男子のまま

今回の改正で最も誤解されやすいのが、女性皇族の身分保持と女性天皇の即位資格を同じ問題として捉えてしまうことです。

皇位継承資格を定める皇室典範第1条は、次のように規定しています。

「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」

つまり、2026年11月現在も、皇位を継承できるのは皇統に属する男系の男子である皇族です。

女性皇族が結婚後も皇族として残れるようになったことは、皇族数の維持に関する制度変更です。女性自身が天皇に即位できるようになったわけではなく、女性皇族の子どもに皇位継承資格が自動的に与えられるわけでもありません。

この点については、宮内庁の「皇位継承」の説明でも、憲法第2条と皇室典範第1条・第2条に基づき、皇位継承資格は男系の男子たる皇族に限られるとされています。

現在の皇位継承順位はどうなっている?

皇室典範第2条では、皇位継承の順位について、皇長子、皇長孫、その他の皇長子の子孫、皇次子とその子孫などの順序を定めています。

2026年の国会審議では、皇位継承資格を持つ皇族男子は3方と説明されました。現在の皇位継承の流れについて、政府は次の世代の資格者として悠仁親王殿下がいらっしゃることを前提とする立場を示しています。

2026年7月27日の首相官邸による書面回答でも、政府は2021年の有識者会議報告を尊重し、今上天皇、秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下という皇位継承の流れを維持する考えを示しました。

したがって、今回の改正を女性天皇や女系天皇を認める制度改革と解釈するのは正確ではありません。皇族数を確保するための措置と、皇位継承資格の見直しは、分けて考える必要があります。

女性天皇や女系天皇を将来認めるかどうかについては、皇室典範第1条の改正を含む別の制度上の論点です。2026年10月24日の改正法施行によって、その資格が変更されたわけではありません。

【よくある質問】歴代女性天皇の人数・一覧・皇位継承に関する疑問

Q1:歴代女性天皇は全部で何人いますか?
A1:日本史上、正式に即位した女性天皇は8人です。皇極天皇と斉明天皇、孝謙天皇と称徳天皇がそれぞれ同一人物の重祚に当たるため、即位した代数では10代になります。

Q2:日本で最初の女性天皇は誰ですか?
A2:推古天皇です。592年に第33代天皇として即位し、628年まで在位しました。崇峻天皇の暗殺後の政治的混乱を背景に即位したとされています。

Q3:最後の女性天皇は誰ですか?
A3:後桜町天皇です。1762年に第117代天皇として即位し、1770年まで在位しました。江戸時代の女性天皇であり、2026年現在まで最後の女性天皇です。

Q4:女性天皇と女系天皇は何が違うのですか?
A4:女性天皇は即位した人物の性別を表す言葉です。一方、女系天皇は母方を通じて皇統につながる人物を意味します。女性天皇であっても父方から皇統につながっていれば男系です。歴代女性天皇8人は全員、男系の女性でした。

Q5:重祚した女性天皇は誰ですか?
A5:皇極天皇と斉明天皇、孝謙天皇と称徳天皇です。それぞれ同一人物が一度退位した後に再び即位しています。このため、女性天皇は8人ですが、代数では10代となります。

Q6:2026年の皇室典範改正で女性天皇は認められましたか?
A6:認められていません。2026年10月24日に施行された改正では、女性皇族の婚姻後の身分保持や皇族の養子制度などが変更されましたが、皇室典範第1条の男系男子による皇位継承資格は維持されています。

Q7:過去に女系天皇は存在しましたか?
A7:歴代天皇のなかに、女系によって皇位を継承したとされる天皇はいません。歴代女性天皇8人も、全員が父方をたどって皇統につながる男系の女性でした。

まとめ:歴代女性天皇の歴史と2026年の皇位継承制度を正しく理解する

日本の歴代女性天皇は、推古天皇から後桜町天皇までの8人10代です。古代には推古、皇極、斉明、持統、元明、元正、孝謙、称徳の6人が即位し、江戸時代には明正、後桜町の2人が皇位に就きました。

その歴史を整理すると、女性天皇の即位には、後継者をめぐる政治的調整、幼い皇族への継承、皇室の安定など、時代ごとに異なる事情があったことが分かります。女性天皇を単なる中継ぎとして一括りにするのではなく、それぞれの時代背景と政治的役割を見ることが大切です。

また、女性天皇と女系天皇は同じ意味ではありません。歴代女性天皇8人はいずれも男系の女性であり、女性が即位した前例と女系による皇位継承の前例は明確に区別されます。

2026年の皇室典範改正では、女性皇族の婚姻後の身分保持や男系男子の養子制度が整備されました。しかし、皇位継承資格そのものは男系男子のままです。

今後、皇位継承をめぐる報道や制度改正の議論を読む際には、次の3点を確認が必要です。

  • 人数と代数を区別する:女性天皇は8人、即位した代数は10代。
  • 性別と血統を区別する:女性天皇と女系天皇は別の概念。
  • 皇族の身分と皇位継承資格を区別する:女性皇族が結婚後も皇族でいられることと、天皇に即位できることは別問題。

過去の女性天皇の歴史を知ることは、日本の皇位継承制度がどのように変化してきたかを理解する手がかりになります。歴史的事実と現在の法律を正確に分けて捉えることが、皇室をめぐる議論を読み解く第一歩です。

主な根拠資料: 東京都立中央図書館・レファレンス協同データベース、宮内庁「皇位継承」、内閣官房「皇室典範等の改正」、衆議院第221回国会議院運営委員会会議録、首相官邸2026年7月27日書面回答。

同じカテゴリの記事

黒木 涼
コンテンツディレクター 黒木 涼
プロフィールを見る →

映画・ドラマ担当として5年以上の取材経験。cinema領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事