2026年11月現在、元プロ野球選手・清原和博さんには、長男の清原正吾さんと次男の清原勝児さんの2人の息子がいます。2人とも慶應義塾大学と野球に縁があり、父親譲りの野球経験を持つことで注目されてきました。しかし、2026年現在の進路は異なります。長男の正吾さんは大学野球を引退して広告業界で社会人生活を送り、次男の勝児さんは慶應義塾大学野球部でプロ野球選手を目指しています。
特に注目したいのは、2026年に入ってからの2人の変化です。正吾さんは4月に新社会人となり、勝児さんは大学2年目のシーズンを迎えました。また、父・和博さんと母・亜希さんの関係にも新たな動きが見られます。2026年11月には、和博さんが息子たちの後押しを受けて左膝の手術を受けたことも明らかになりました。家族4人の歩みを、これまでの野球経歴と最新の報道から整理します。
【2026年最新】清原和博の息子は何人?長男・正吾と次男・勝児の現在
清原和博さんの息子は2人です。
長男が清原正吾さん、次男が清原勝児さんで、2人とも母親はモデルとして活動する亜希さんです。
2人の生年月日は2002年8月と2005年5月。2026年11月現在、正吾さんは24歳、勝児さんは21歳です。
父親の和博さんはプロ野球選手として西武、巨人、オリックスなどで活躍し、NPB通算525本塁打を記録した強打者です。その父の存在もあり、息子たちの野球人生には早くから注目が集まってきました。
ただし、2人の現在の進路は同じではありません。
長男・清原正吾は野球を引退して社会人に
長男の正吾さんは慶應義塾大学野球部で4番打者を務め、東京六大学野球で活躍しました。
2024年のプロ野球ドラフト会議では指名されませんでしたが、その後、独立リーグなど9球団から獲得のオファーを受けていたと報じられています。
しかし、正吾さんは野球を続けない決断をしました。
2026年4月には新社会人としての生活を開始。9月のNEWSポストセブンの報道では、大手広告代理店で勤務していると伝えられています。
次男・清原勝児は慶應大学野球部で活動
次男の勝児さんは、慶應義塾高校時代に甲子園で優勝した経験を持ちます。
2025年に慶應義塾大学へ進学し、現在は同大学野球部に所属する内野手です。
2026年2月には大学2年目の目標として、東京六大学野球のリーグ戦に絡むことを掲げました。同年6月の新人戦では主将に立候補し、東大戦で安打を記録しています。
2人の違いは、父親と同じプロ野球選手を目指すかどうかという進路の選択にも表れています。
【長男・清原正吾】慶應大学野球部からドラフト指名漏れ、そして2026年の就職先へ
特に特徴的なのは、中学・高校時代に野球から離れ、大学で本格的に競技へ復帰したことです。
小学生で野球を始め、中学・高校では別のスポーツに挑戦
正吾さんは小学生の頃に野球を始めましたが、中学ではバレーボール部、高校ではアメリカンフットボール部に所属しました。
つまり、慶應義塾大学に入学するまで、硬式野球から約6年間離れていたことになります。
父親がプロ野球界を代表する強打者だったことを考えると、野球を離れた時期があった点は興味深い経歴です。
大学進学後、正吾さんは再び野球に挑戦します。
慶應義塾大学野球部で練習を重ね、2024年には4番・一塁手としてチームの中心選手に成長しました。
朝日新聞社の学生スポーツ媒体「4years.」によると、2024年春季リーグでは一塁手のベストナインを受賞。東京六大学野球の通算成績は31試合、打率.254、3本塁打、12打点でした。
中学・高校で野球から離れていた選手が、大学野球の名門で4番を任されるまでになったことは、正吾さんの大きな実績です。
2024年のドラフト会議で指名漏れ
正吾さんの進路を大きく左右したのが、2024年10月24日のプロ野球ドラフト会議でした。
プロ志望届を提出し、父親に続くプロ野球選手を目指していましたが、支配下指名だけでなく育成指名でも名前は呼ばれませんでした。
会場には多くの報道陣が集まり、父親が清原和博さんということもあって、大きな注目を集めました。
ドラフト終了後、正吾さんは悔しさを抱えながらも、大学野球の最後の試合に向けて気持ちを切り替えました。
そして11月24日、慶應義塾大学野球部を通じて、野球を続けない意向を表明しました。
本人は今後の野球人生について熟考した結果、野球以外の道に進み、社会に出る準備をする決断をしたと説明しています。
なお、独立リーグなど9球団からオファーがあったと日刊スポーツなどが報じています。それでも野球を引退したことから、正吾さんが自分自身の将来を考えたうえで進路を選んだことが分かります。
2025年は就職活動のため慶應大学に在学
2024年に野球を引退した正吾さんは、すぐに社会人になったわけではありません。
2025年4月1日、日刊スポーツは、正吾さんが本格的な就職活動のため慶應義塾大学に引き続き在学することを報じました。
大学4年時は野球部の活動に多くの時間を費やしており、インターンシップへの参加も限られていたためです。
いわゆる就職留年の形で、社会人になる準備を進めることになりました。
2026年の就職先は大手広告代理店と報道
2026年4月2日、母親の亜希さんが自身のInstagramで、長男が新社会人になったことを報告しました。
さらに9月18日のNEWSポストセブンの記事では、正吾さんが大手広告代理店で働いていると報じられています。
同記事によると、知人の証言として、2026年4月から勤務を開始し、コンテンツの企画・制作に関わる制作営業の部署に配属されたとのことです。
ここで注意したいのは、勤務先の正式な会社名は公表されていないという点です。
ネット上では電通や博報堂などの企業名が推測されることがありますが、特定の会社への入社が確認されたわけではありません。
2026年現在、確認できる情報は次のとおりです。
- 2026年4月に社会人生活を開始
- 大手広告代理店に勤務しているとの報道
- 制作営業に関わる部署との報道
- 具体的な勤務先企業名は非公表
父親の知名度や大学野球での経験だけでなく、大学で培ったコミュニケーション能力や継続力を、社会人としてどう生かしていくのかにも注目が集まっています。
【次男・清原勝児】甲子園優勝から慶應義塾大学野球部へ!2026年の最新活動
特に大きな実績となったのが、2023年夏の全国高校野球選手権大会での優勝です。
2023年夏、慶應高校で甲子園優勝を経験
2023年8月23日、慶應義塾高校は夏の甲子園決勝で仙台育英高校を8対2で破り、107年ぶり2度目の全国制覇を達成しました。
このチームに所属していたのが勝児さんです。
父親の和博さんもPL学園時代に1983年と1985年の夏の甲子園で優勝しており、親子で夏の甲子園優勝を経験したことが大きな話題になりました。
ただし、勝児さんは決勝でスタメン出場したわけではありません。
9回に代打で登場し、四球を選んでいます。
優勝メンバーとしてチームの全国制覇を経験したことは間違いありませんが、個人の出場成績とチームの優勝実績は分けて理解する必要があります。
慶應義塾大学野球部に進学
高校卒業後、勝児さんは慶應義塾大学に進学しました。
2025年から大学野球に取り組み、現在は内野手として活動しています。
慶應義塾体育会野球部の公式選手紹介によると、プロフィールは次のとおりです。
- 氏名:清原勝児
- 生年月日:2005年5月1日
- ポジション:内野手
- 投打:右投右打
- 身長・体重:175cm・80kg
- 学部:商学部
- 出身高校:慶應高校
- 将来の夢:プロ野球選手
公式プロフィールでは、尊敬する人物として兄の正吾さんも挙げています。
兄弟で同じ慶應義塾大学野球部に所属したことも、清原家の野球の歴史を考えると興味深い点です。
2026年2月、大学2年目への抱負を語る
2026年2月1日、日刊スポーツは勝児さんが大学2年目に向けた意気込みを語ったことを報じました。
勝児さんが目標として掲げたのは、東京六大学野球のリーグ戦にしっかり絡むことです。
また、父親の和博さんからはバットを振ること、兄の正吾さんからは野球に集中して取り組むことについて助言を受けたと伝えられています。
父親だけでなく、大学野球を経験した兄からもアドバイスを受けている点が印象的です。
2026年6月には新人戦で主将に立候補
2026年6月2日の東京六大学野球春季フレッシュトーナメントでは、勝児さんが新人戦の主将に立候補しました。
慶應義塾大学は東大との試合で8対6と逆転勝利。
勝児さんは途中から二塁の守備に入り、7回の打席で左前安打を放っています。
この試合では父親の和博さんもスタンドから観戦していました。
勝児さんは父親が見守るなかで結果を残し、さらに活躍して喜ばせたいという思いを語っています。
なお、慶應義塾体育会野球部の公式プロフィールでは、東京六大学野球のリーグ戦通算出場記録はありません。フレッシュトーナメントでの活躍と、通常のリーグ戦での実績は区別して見る必要があります。
2026年11月現在、勝児さんは慶應義塾大学野球部で活動を続けており、プロ野球選手を目指す段階にあります。
【家族関係と経歴を比較】清原正吾・勝児・和博・亜希の関係と年表
清原家の歩みを理解するには、父親のプロ野球人生だけでなく、両親の結婚・離婚、息子たちの成長を時系列で整理することが大切です。
以下に主要な出来事をまとめます。
| 時期 | 人物 | 出来事・関係 |
|---|---|---|
| 1983年・1985年 | 清原和博 | PL学園で夏の甲子園優勝 |
| 2000年12月 | 和博・亜希 | 結婚 |
| 2002年8月 | 正吾 | 長男として誕生 |
| 2005年5月 | 勝児 | 次男として誕生 |
| 2014年9月 | 和博・亜希 | 離婚を公表 |
| 2023年8月 | 勝児 | 慶應高校の甲子園優勝を経験 |
| 2024年10月 | 正吾 | プロ野球ドラフト指名漏れ |
| 2024年11月 | 正吾 | 野球を引退する意向を表明 |
| 2025年 | 正吾 | 就職活動のため慶應大学に在学 |
| 2025年 | 勝児 | 慶應義塾大学で野球を開始 |
| 2026年4月 | 正吾 | 新社会人として就職 |
| 2026年6月 | 勝児 | 慶大新人戦で主将に立候補 |
| 2026年11月 | 和博・息子2人 | 息子たちの後押しを受けた父親の手術が報道 |
この年表から分かるのは、清原家では父親と息子たちの野球経験が世代を超えてつながっていることです。
一方で、長男は野球から社会人の道へ進み、次男は大学野球に挑戦しています。
父親と同じ道を歩むことだけが、2人の進路ではありません。
【清原和博と元妻・亜希】2014年の離婚経緯と2026年の家族関係
清原和博さんの元妻は、モデルとして活動する亜希さんです。
2人は2000年12月に結婚し、2002年に長男の正吾さん、2005年に次男の勝児さんが誕生しました。
しかし、2014年9月22日、清原さんは亜希さんとの離婚を公表しました。
2014年9月に離婚を発表
清原さんは2014年9月22日、報道各社に送った書面で離婚を報告しました。
結婚生活は約14年間でした。
当時、2人の息子はまだ小学生で、離婚後は亜希さんが子どもたちを育てることになりました。
清原さんは離婚を発表した際、離婚後も子どもたちの父親であることに変わりはないという趣旨を伝えています。
離婚の詳しい背景については、当時の報道で夫婦間の話し合いなどが伝えられていますが、個々の事情を単純な一つの理由に結び付けることはできません。
離婚後も父親と息子たちの交流は続いた
離婚後、清原さんと息子たちの関係が途絶えたわけではありません。
2015年には、清原さんが息子たちと久しぶりに食事をしたことを自身のブログで明かしています。
その後も、息子たちの野球を通じて父親との交流が続いてきました。
特に2023年の甲子園では、次男の勝児さんが慶應高校の一員として優勝を経験。父親の和博さんも息子の活躍を見守っていました。
2024年の正吾さんのドラフト挑戦でも、家族の支えが報道されています。
2026年8月、亜希さんが現在の関係を語る
2026年8月5日、亜希さんは自身のYouTubeチャンネル「亜希の母ちゃん食堂」で、離婚後の清原さんとの関係について語りました。
ORICON NEWSや日刊スポーツなどによると、亜希さんは離婚直後には息子たちを父親に会わせたくないと思う時期もあったと振り返っています。
しかし、時間が経過し、息子たちが成長したことで関係にも変化が生まれました。
特に、息子たちが父親と同じ野球の道を選んだことについて、亜希さんは和博さんへの尊敬の気持ちが家族の関係にもつながっているという趣旨を説明しています。
また、現在の家族関係については、復縁という意味ではなく、家族全員が支え合う関係になってきたと語りました。
息子たちも「今が一番いいよね」という気持ちを持っていると紹介されています。
つまり、離婚した夫婦が再婚するという話ではなく、親としての役割を大切にしながら、新しい家族関係を築いているということです。
2026年11月、息子たちが父親の手術を後押し
さらに注目したいのが、2026年11月の最新報道です。
清原和博さんは11月3日、自身のXで、9月中旬に左膝の人工膝関節置換術を受けたことを公表しました。
現役時代から左膝の問題を抱えており、手術後はリハビリを開始したと説明しています。
この投稿では、もう一度自由に歩いたり走ったりすること、息子たちとゴルフをすること、野球をすることへの思いにも触れました。
そして、手術を決断するにあたって、友人や息子たちの後押しがあったと明かしています。
これに対して亜希さんもInstagramのストーリーズで、清原さんを応援する人たちに感謝を伝えました。
離婚から12年が経過した2026年、家族の関係は新しい段階に入っているようです。
正吾さんと勝児さんの成長、そして父親の再出発を支える家族の姿が、現在の清原家を象徴する出来事となっています。
【プロの結論】清原和博の息子たちを理解する3つの重要ポイント
清原和博さんの息子について調べる際、押さえておきたい要点は3つあります。
1. 長男と次男の進路を混同しない
正吾さんは2024年に野球を引退し、2026年4月から社会人になりました。
一方、勝児さんは慶應義塾大学野球部に所属し、プロ野球選手を目指しています。
「清原和博の息子は現在も2人とも野球をしている」という理解は正確ではありません。
2. 甲子園優勝と個人成績は分けて考える
勝児さんは2023年夏の甲子園優勝メンバーです。
ただし、決勝では代打として出場し、四球を選んでいます。
チームの優勝実績と個人の出場成績を区別することで、経歴をより正確に理解できます。
また、大学での新人戦の成績と東京六大学野球のリーグ戦成績も別の記録です。
3. 父子関係と両親の関係を混同しない
清原和博さんと亜希さんは離婚していますが、父親と息子たちの関係は続いています。
2026年の亜希さんの発言や、和博さんの手術に際して息子たちが後押ししたという報道からも、家族としてのつながりがうかがえます。
離婚したことと、親子関係がなくなることは同じではありません。
清原家の場合、野球という共通の経験が、家族の交流を支える一つの要素になっています。
【清原和博の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:清原和博の息子は何人いますか?
A1:2人です。長男が2002年生まれの清原正吾さん、次男が2005年生まれの清原勝児さんです。母親はモデルの亜希さんです。
Q2:清原正吾の現在の就職先はどこですか?
A2:2026年9月のNEWSポストセブンの報道では、大手広告代理店に勤務しているとされています。4月から社会人生活を始めたことは母親の亜希さんも公表しています。ただし、会社名は公表されていません。
Q3:清原正吾はなぜプロ野球選手にならなかったのですか?
A3:2024年のドラフト会議で指名されなかった後、独立リーグなどからオファーを受けましたが、本人が野球を引退する決断をしたためです。その後は一般企業への就職を目指しました。
Q4:清原勝児は慶應大学野球部に所属していますか?
A4:はい。2026年11月現在、慶應義塾大学野球部に所属する内野手です。2026年6月のフレッシュトーナメントでは主将に立候補し、試合にも出場しました。
Q5:清原勝児は甲子園で優勝していますか?
A5:はい。2023年夏の甲子園で慶應義塾高校のメンバーとして全国制覇を経験しました。決勝では9回に代打で出場し、四球を選んでいます。
Q6:清原和博と亜希は復縁したのですか?
A6:2026年11月現在、復縁や再婚が発表された事実はありません。亜希さんは2026年8月の動画で、現在は家族として支え合う良好な関係になっていると説明しています。
Q7:清原和博と息子たちの現在の関係は良好ですか?
A7:近年は息子たちの野球を通じた交流が続いています。2026年11月には、和博さんが左膝の手術を決断する際に息子たちの後押しがあったことも明かされました。
まとめ:清原和博の息子2人はそれぞれの道で新たな人生へ
清原和博さんには、長男・清原正吾さんと次男・清原勝児さんの2人の息子がいます。
2026年11月現在、2人はそれぞれ異なる道を歩んでいます。
正吾さんは慶應義塾大学野球部で4番を務め、ドラフト指名漏れを経験した後、野球を引退。2026年4月から広告業界で社会人生活を始めました。
一方、勝児さんは2023年の夏の甲子園優勝を経験し、現在は慶應義塾大学野球部でプロ野球選手を目指しています。
そして、父親の和博さんと母親の亜希さんも、2014年の離婚を経て、現在は子どもたちを中心に支え合う関係を築いています。
2026年11月の左膝手術をめぐる息子たちの後押しは、家族のつながりを象徴する出来事でした。
清原家の現在を理解するうえで大切なのは、父親の実績だけで息子たちの人生を評価しないことです。
プロ野球選手を目指す勝児さん、野球から新しい仕事の世界へ進んだ正吾さん。それぞれが自分の選択を重ねています。
父親と同じ道を歩むかどうかではなく、それぞれがどのような人生を築いていくのか。今後も2人の活躍と清原家の歩みに注目が集まりそうです。
主な参照資料・報道