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令和喜多みな実の解散理由は?2026年現在の野村尚平・河野良祐を徹底解説

黒木 涼 黒木 涼 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

お笑いコンビ「令和喜多みな実」は、2025年7月11日に大阪・よしもと漫才劇場で開催した単独公演「THE LAST」をもって解散しました。2008年に「プリマ旦那」として結成してから約17年間、関西のお笑いシーンを中心に活躍した実力派コンビです。

解散の背景には、野村尚平の長期休養と心身の不調、そして相方の河野良祐が抱えていた葛藤がありました。一方、2026年11月現在、河野は「コウノ・オブ・ザ・イヤー」に改名し、きむきむとの新コンビ「アイラブ地球」として活動。野村も脚本・演出や舞台出演など、創作活動を続けています。

【まず結論】令和喜多みな実は2025年7月11日に解散!現在の2人は別々の道へ

令和喜多みな実

令和喜多みな実の解散が発表されたのは、2025年5月29日です。吉本興業所属の野村尚平と河野良祐が、それぞれ自身のXを通じて、7月11日の単独公演を最後にコンビを解散すると報告しました。

ファンの間では、野村の復帰を待つ声もありました。しかし、2023年2月から続いていた休養は長期化し、従来の2人で漫才を続けることは難しい状況になっていました。

河野は発表の中で、2人で選んだ最善の道が解散だったと説明。野村への感謝も伝えています。

一方の野村も、長く復帰を待っていたファンに謝罪し、17年間の活動を振り返りました。芸能活動を続ける意向も示しています。

2026年11月現在の2人の活動

解散後の動向を整理すると、2人はそれぞれ異なる形でお笑いの世界に残っています。

  • 野村尚平:芸人としての活動に加え、脚本・演出や創作活動を継続。
  • 河野良祐:コウノ・オブ・ザ・イヤーに改名し、きむきむと「アイラブ地球」を結成。

特に河野は、2026年に入ってからも劇場での活動を広げています。「アイラブ地球」はM-1グランプリ2026にも出場し、10月29日の大阪3回戦まで進出しました。

つまり、令和喜多みな実というコンビは解散しましたが、2人とも芸人としての歩みを終えたわけではありません。

【結成から改名まで】プリマ旦那時代から続いた17年間の軌跡

令和喜多みな実の原点は、2008年2月に結成された「プリマ旦那」です。

野村尚平と河野良祐は、ともに吉本総合芸能学院(NSC)大阪校30期生。2007年にNSCへ入学した同期で、大阪を拠点に漫才師としてのキャリアをスタートさせました。

2008年結成、NSC大阪校30期の同期コンビ

野村は1988年4月14日生まれ、大阪府大阪市出身。河野は1986年10月25日生まれ、大阪府堺市出身です。

2人はNSC大阪校30期の同期として出会い、2008年2月にコンビを結成。同期には尼神インターなどがおり、若手時代から関西のお笑い界で切磋琢磨してきました。

2009年にはM-1グランプリで準決勝に進出。2010年にも準決勝に進み、早い段階から漫才の実力を示しています。

さらに2010年にはABCお笑いグランプリで決勝進出を果たしました。2013年には第48回上方漫才大賞の新人賞を受賞。関西を代表する若手実力派として知名度を高めていきます。

2019年、プリマ旦那から令和喜多みな実へ改名した理由

大きな転換点となったのが、2019年の改名です。

プリマ旦那は2019年4月1日、大阪・よしもと漫才劇場で開催した単独ライブ「三八旦那」で、新しいコンビ名を発表しました。新元号「令和」が発表されたタイミングに合わせ、5月1日から「令和喜多みな実」として活動することになったのです。

改名には、単なる元号ブームへの便乗だけではない理由がありました。

当時の報道によると、野村は11年間使用してきた「プリマ旦那」という名前について、年齢を重ねても名乗り続けることへの違和感を感じていたと説明しています。漫才師として本格的に歩んでいくため、芸風や将来像に合った名前を選びたいという考えがありました。

新しい名前には、大阪の梅田を表す「キタ」と難波を表す「ミナミ」、そして北から南まで全国に笑いを届けたいという思いが込められています。

さらに「喜びが多く、皆が実る」という意味も重ねられました。

2019年5月1日には、なんばグランド花月で襲名披露公演を開催。約11年間続いたプリマ旦那の名前に区切りをつけ、新しいコンビ名で再出発しました。

【活動年表】令和喜多みな実の結成から解散までの重要な出来事

17年間の活動を理解するには、賞レースでの躍進、改名、野村の休養、そして解散という流れを時系列で見ると分かりやすくなります。

時期 出来事 内容・意味
2008年2月 プリマ旦那結成 NSC大阪校30期の野村と河野がコンビ結成。
2009年 M-1準決勝進出 若手漫才師として注目を集める。
2010年 賞レースで活躍 M-1準決勝、ABCお笑いグランプリ決勝進出。
2013年 上方漫才大賞新人賞 第48回上方漫才大賞の新人賞を受賞。
2017年 NHK上方漫才コンテスト 準優勝を獲得。
2019年5月1日 令和喜多みな実へ改名 なんばグランド花月で襲名披露公演を開催。
2019年 オールザッツ漫才優勝 MBS「オールザッツ漫才2019」で優勝。
2023年2月 野村が活動休止 心身の不調を理由に休養を発表。
2025年5月29日 解散発表 2人がそれぞれの公式Xで解散を報告。
2025年7月11日 THE LAST開催 約17年間のコンビ活動が終了。
2025年8月17日 河野が改名 コウノ・オブ・ザ・イヤーとして活動開始。
2025年11月22日 アイラブ地球結成 コウノ・オブ・ザ・イヤーときむきむが新コンビを結成。
2026年 それぞれの活動が進展 野村は創作・舞台活動、河野は新コンビで活動。

この年表から分かるのは、令和喜多みな実が突然活動を終えたコンビではないということです。

賞レースで結果を残し、テレビや舞台でも活動の幅を広げ、2019年には漫才師としての覚悟を込めて改名しました。その後、野村の休養という大きな変化が訪れ、最終的に解散という決断に至っています。

【解散理由を検証】野村尚平の活動休止と河野良祐が抱えていた葛藤

令和喜多みな実の解散理由を理解するうえで、最も重要なのが2023年2月の野村尚平の活動休止です。

野村尚平はなぜ活動を休止したのか

野村は2023年2月22日、自身のSNSで体調不良による休養を発表しました。

当時の報道によると、野村は心身の不調が慢性的に続いていたことを明かし、救急搬送されたことも報告しています。

本人は、単純な疲労というよりも、以前から抱えていた心身の問題が限界に達したという趣旨の説明をしていました。また、療養を考えていたものの、仕事が重なり、休養に踏み切れない状態が続いていたとしています。

2025年5月の解散発表では、本人が改めて次のように説明しました。

「2022年頃から心身の不調が続き、その対応を検討する最中の翌23年2月より休養を頂戴しておりました」

この説明から、活動休止は一時的な体調不良ではなく、2022年頃から続いていた問題への対応だったことが分かります。

河野良祐はなぜ解散を決断したのか

野村の休養後、河野はコンビとしての復帰を待ちながら、ピン芸人として活動を続けました。

しかし、2025年5月29日の発表で、河野は解散に至った背景を具体的に説明しています。

河野によると、野村からは休養に入った2023年2月以降、何度か「辞めたい」「解散したい」という意向を聞いていたそうです。当初は河野自身が引き止めていました。

ただし、時間が経過するにつれて、河野自身も限界を感じるようになりました。

特に大きかったのは、コンビを組み続けること自体が野村に精神的な負担を与えているのではないか、という懸念です。

河野は相方を思う気持ちと、自分自身の状況を考えた末に、解散という結論に至ったと説明しています。

解散は不仲やトラブルが原因だったのか

解散発表を受けて、コンビ間の不仲や何らかのトラブルを想像した人もいる可能性があります。

しかし、2025年5月29日の両者の発表で中心となっていたのは、野村の長期休養と、2人がそれぞれ抱えていた精神的な問題や今後の活動への考えでした。

河野は野村に対する感謝を繰り返し伝え、17年間を誇りに思うという趣旨のコメントを残しています。

野村も、河野について、長い旅を共にしてくれたことへの感謝を表明しました。加えて、解散後も河野が芸能活動を継続することを伝え、相方の今後を応援するようファンに呼びかけています。

したがって、解散を単純な喧嘩別れや不仲による決裂として捉えるのは正確ではありません。長期間にわたる活動休止と、双方の将来を考えた決断だったと理解するのが自然です。

【漫才の評判】令和喜多みな実が関西で評価された理由とは

令和喜多みな実の魅力は、単に賞レースで結果を残したことだけではありません。野村の自由な発想と、河野の対応力を組み合わせた、独特のしゃべくり漫才にありました。

作り込んだネタだけに頼らない会話劇

2021年のLmaga.jpなどのインタビューでは、2人の漫才について、自然な会話やその場で生まれるやり取りを大切にする姿勢が紹介されています。

結成当初は漫才コントなども取り入れていましたが、結成10年目頃からは、野村の考えもあり、より素に近い会話を中心とするスタイルへ変化していきました。

舞台に上がる前に決めていたネタの展開が、マイクの前に立った瞬間に変わることもあったといいます。

野村が予想外の言葉やボケを繰り出し、河野がその場で反応して漫才を成立させる。こうした即興性が、2人ならではの魅力でした。

観客参加型の即興漫才にも挑戦

2人の特色がよく表れていたのが、観客からテーマを募集し、その場で漫才を作り上げる企画です。

2021年のインタビューでは、野村が即興で展開を生み出し、河野がそれを受け止めてツッコミを入れるという役割が紹介されています。

完成された台本を披露するだけでなく、舞台上で生まれる予測不能な会話そのものを笑いに変える試みでした。

この形式では、野村の発想力だけでなく、河野が相手の言葉を理解し、瞬時に返す技術も欠かせません。

M-1の結果だけでは測れない実力

令和喜多みな実は、M-1グランプリで2009年、2010年に準決勝まで進出しましたが、決勝進出には届きませんでした。

一方、第48回上方漫才大賞新人賞やNHK上方漫才コンテスト準優勝、オールザッツ漫才2019優勝など、関西の舞台や賞レースでは実績を残しています。

この実績の違いは、漫才師の評価を考えるうえでも興味深い点です。

M-1のような大会では、限られた時間の中で完成度の高いネタを披露する競技性が大切です。一方、令和喜多みな実が磨いてきたのは、自然な会話や即興性を生かした漫才でした。

両者は必ずしも同じ評価軸ではありません。賞レースの決勝進出歴だけで、彼らの漫才の価値を判断することはできないでしょう。

2025年7月11日の最後の単独公演「THE LAST」でも、その持ち味は発揮されました。

お笑いナタリーのライブレポートによると、2人は約90分間、フリートークや水分補給を挟最初に、長尺の漫才を披露。これまで培ってきた掛け合いを凝縮したような舞台で、17年間の活動を締めくくりました。

【2026年最新】令和喜多みな実の解散後、野村尚平と河野良祐は何をしている?

解散後の2人について、特に注目されるのが河野の新コンビ結成と、野村の創作活動です。

野村尚平は脚本・演出家としても活動

野村は解散発表の際、自身の今後の進路は未定としながらも、創作活動に向き合いたいという意向を示していました。

もともと野村は漫才だけでなく、演劇や脚本にも力を入れてきた人物です。

2018年には自身が主宰する「劇団コケコッコー」を旗揚げ。脚本・演出を担当し、2019年の関西演劇祭では最優秀脚本賞、最優秀演出賞、アクター賞、観客賞の4部門を受賞しています。

吉本興業の公式プロフィールでも、劇団コケコッコーの主宰者として紹介され、創作落語などの活動も掲載されています。

2026年4月8日には、本人のnoteで現在の仕事について言及。裏方の仕事と舞台に立つ仕事を並行していることを明かしました。

加えて、2026年5月31日には新作戯曲「栞の住処」を上演。山名文和や吉岡友見らが出演し、野村自身が脚本・演出を担当しました。

このように、解散後の野村は漫才コンビの活動とは異なる形で、芸人としての表現や創作を続けています。

野村の現在を理解するうえで重要なのは、漫才から離れたことと、芸能活動そのものを辞めたことは別だという点です。

河野良祐は「コウノ・オブ・ザ・イヤー」に改名

河野は解散後も芸人として活動を続けています。

2025年8月17日には、名前を「コウノ・オブ・ザ・イヤー」に変更することを発表しました。

この名前は、カンテレの番組「お笑いワイドショー マルコポロリ!」で、メッセンジャーあいはらが考案し、東野幸治がアレンジしたものです。

河野は自身のSNSで改名を報告し、何らかの「オブ・ザ・イヤー」になれるよう精進したいという意気込みを伝えました。

単なる芸名の変更ではありますが、17年間続いたコンビを解散した後、新しい芸人としての立ち位置を築こうとする動きとしても注目されました。

きむきむと新コンビ「アイラブ地球」を結成

河野の解散後の活動で大きな転機となったのが、2025年11月22日の新コンビ結成です。

相方は、元パーティーパーティーのきむきむ。コンビ名は「アイラブ地球」です。

2人は以前から交流があり、ユニットとして舞台に立った経験を経て、正式なコンビを結成しました。

2026年2月には、よしもと漫才劇場のメンバーに復帰。劇場を拠点に活動を広げています。

2026年10月29日にはM-1グランプリの大阪3回戦に出場しました。公式のコンビ情報によると、1回戦と2回戦を通過したものの、3回戦で敗退しています。

そして、2026年11月15日には、よしもと漫才劇場で初の単独ライブ「アイラブ千日前」を開催予定です。

結成から約1年で劇場初の単独ライブに挑むことになり、河野ときむきむの新しいコンビとしての活動は、次の段階に入っています。

かつて野村と17年間漫才を続けた河野が、新しい相方とどのような掛け合いを見せるのか。令和喜多みな実を応援していたファンにとっても、見逃せない展開です。

【よくある質問】令和喜多みな実の解散・現在に関するFAQ

Q1:令和喜多みな実の解散理由は何ですか?
A1:野村尚平が2023年2月から心身の不調で休養していたことが大きな背景です。河野良祐は、相方の精神的な負担や自身の限界を考え、2人で話し合った末に解散を決断したと説明しています。

Q2:令和喜多みな実の最後のライブはいつですか?
A2:2025年7月11日に大阪・よしもと漫才劇場で開催された単独公演「THE LAST」です。約90分間の長尺漫才で、17年間のコンビ活動に幕を下ろしました。

Q3:野村尚平は2026年現在、芸能活動をしていますか?
A3:はい。2026年には本人のnoteで舞台出演や裏方の仕事について発信しており、5月31日には新作戯曲「栞の住処」の脚本・演出を担当しました。劇団活動や創作にも取り組んでいます。

Q4:河野良祐は現在、何という名前で活動していますか?
A4:2025年8月に「コウノ・オブ・ザ・イヤー」へ改名しました。現在は、きむきむと結成したお笑いコンビ「アイラブ地球」のメンバーとして活動しています。

Q5:アイラブ地球は令和喜多みな実の河野が結成したコンビですか?
A5:はい。コウノ・オブ・ザ・イヤーと元パーティーパーティーのきむきむが、2025年11月22日に結成したコンビです。2026年11月15日には初の単独ライブ「アイラブ千日前」を開催予定です。

まとめ:令和喜多みな実の17年間は終わっても、2人の芸人人生は続く

令和喜多みな実は、2008年にプリマ旦那として結成され、2019年の改名を経て、2025年7月11日に解散しました。

第48回上方漫才大賞新人賞を受賞するなど、関西の漫才界で確かな実績を残した2人。その歩みの途中で野村尚平の長期休養という大きな変化があり、最終的には双方が納得する形として解散を選びました。

2026年11月現在、野村は脚本・演出や舞台出演などの創作活動を続け、河野はコウノ・オブ・ザ・イヤーとして「アイラブ地球」で新しい挑戦をしています。

今回の解散を、単に人気コンビが活動を終えたニュースとして捉えるだけでは、2人の歩みの全体像は見えてきません。

野村の表現者としての新しい挑戦、河野の新コンビでの再出発。それぞれが選んだ道には、17年間の経験が生きています。

「令和喜多みな実」というコンビ名で2人が並ぶことはもうありません。しかし、プリマ旦那時代から積み重ねてきた漫才や舞台での経験は、解散後の活動にも受け継がれています。

今後は、野村の創作活動と、アイラブ地球として新たなステージに立つコウノ・オブ・ザ・イヤーの両方に注目したいところです。

主な参照資料・報道

- 日刊スポーツ:2025年5月29日の解散発表、本人コメント、経歴
- ぴあ・ナタリー:2019年の改名理由と襲名披露
- Lmaga.jp:漫才スタイルと即興漫才に関するインタビュー
- 吉本興業公式プロフィール:野村尚平の活動・受賞歴
- 野村尚平本人のnote:2026年の活動状況
- FANY Magazine:アイラブ地球の2026年初単独ライブ発表
- M-1グランプリ公式サイト:アイラブ地球の2026年大会結果

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コンテンツディレクター 黒木 涼
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映画・ドラマ担当として5年以上の取材経験。cinema領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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