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キングコングは今どうしてる?西野亮廣・梶原雄太の歩みと2027年全国漫才ツアーを徹底解説

安曇 春香 安曇 春香 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
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2026年11月現在、お笑いコンビ・キングコングは、新たな漫才活動に向けて大きく動き出している。西野亮廣と梶原雄太が1999年に結成した同コンビは、NSC大阪校22期生として出会い、若手時代の爆発的なブレーク、2003年の活動休止、そして復帰後のテレビ・YouTube活動を経て、芸歴25年以上のコンビとなった。2026年8月には2027年春の全国漫才ツアーを発表。さらに札幌・熊本での追加公演も決まり、全国8都市を巡る計画へと広がっている。

かつて『はねるのトびら』で若者を中心に人気を集めた2人は、なぜ一度活動を止め、再び漫才に力を注ぐようになったのか。西野が率いるCHIMNEY TOWN、カジサックとして活動する梶原、そして毎週キングコングの現在を整理すると、単なる懐かしの人気コンビではない、2人の新しい関係性が見えてくる。

【キングコングとは?】西野亮廣と梶原雄太のプロフィール・結成秘話

キングコングお笑いコンビ

キングコングは、西野亮廣と梶原雄太による吉本興業所属のお笑いコンビだ。

2人は1980年生まれの同世代。NSC大阪校22期生として出会い、1999年にコンビを結成した。

現在では、西野は芸人・童話作家・実業家として、梶原は芸人・YouTuberとして、それぞれ異なる分野でも知られている。しかし、2人のキャリアの出発点は、あくまでも漫才だった。

西野亮廣のプロフィールと現在の活動

西野亮廣(にしの・あきひろ)は1980年7月3日生まれ、兵庫県出身。

キングコングではツッコミを担当してきたが、活動領域はお笑いだけにとどまらない。

代表的な活動には、次のようなものがある。

- お笑いコンビ・キングコングとしての漫才活動
- 絵本『えんとつ町のプペル』などの創作活動
- 小説・ビジネス書の執筆
- 映画『えんとつ町のプペル』の脚本・製作総指揮
- 株式会社CHIMNEY TOWNの経営
- 国内外でのエンターテインメント事業

特に注目されるのが、株式会社CHIMNEY TOWNでの活動だ。

同社は2017年10月設立で、公式会社概要では西野亮廣が代表取締役社長を務めている。エンターテインメント事業を軸に、舞台、映画、イベントなど複数のプロジェクトを展開している。

西野は芸人という肩書きを残しながら、企画・制作・経営にも活動を広げてきた人物だ。

梶原雄太のプロフィールとカジサック

梶原雄太(かじわら・ゆうた)は1980年8月7日生まれ、大阪府出身。

キングコングではボケを担当する。

梶原の現在を語るうえで欠かせないのが、YouTubeでの活動名「カジサック」だ。

2018年10月1日、梶原はYouTubeチャンネル「カジサックの部屋」で本格的にYouTuberとして活動を開始した。

当初は、2019年末までに登録者数100万人を達成できなければ芸人を引退するという目標を掲げていた。その後、2019年7月には100万人を突破し、YouTubeでの活動を確立した。

現在は「カジサック KAJISAC」を中心に、ゲストとのトークや企画動画などを配信している。

2人がコンビを組んだ理由

キングコングの結成には、NSC時代の互いへの強い関心があった。

読売テレビの『八方・陣内・方正の黄金列伝』で紹介されたエピソードによると、梶原は西野の面白さや華やかさに惹かれ、西野も梶原の独特な存在感に魅力を感じていたという。

互いにコンビ結成を切り出すことをためらっていた時期を経て、西野からの申し出によってコンビが成立した。

この出会いからわずかな期間で、2人は若手芸人として頭角を現す。

【1999年~2003年】若手時代の大ブレークと突然の活動休止

キングコングのキャリアを振り返ると、最初の数年間は驚くほど急速な成長を遂げている。

1999年に結成した2人は、NSC在学中から賞レースで結果を残し、テレビ番組にも出演するようになった。

2000年のNHK上方漫才コンテストで最優秀賞

大きな転機となったのが、2000年の第30回NHK上方漫才コンテストだ。

キングコングはNSC在学中に最優秀賞を受賞。結成から間もない若手コンビとして、業界内で大きな注目を集めた。

さらに2001年には、第22回ABCお笑い新人グランプリで最優秀新人賞を受賞。同年の上方お笑い大賞最優秀新人賞、上方漫才大賞新人賞など、複数の賞を獲得した。

当時のキングコングは、単に若いというだけではなく、舞台上で観客を引きつける力を持ったコンビとして評価されていた。

『はねるのトびら』で全国的な人気を獲得

2001年4月には、フジテレビ系の若手芸人によるバラエティ番組『はねるのトびら』が深夜番組としてスタートした。

キングコングはロバート、ドランクドラゴン、北陽、インパルスとともに出演。

番組は若い視聴者を中心に人気を獲得し、2005年にはゴールデンタイムへ進出した。

この番組によって、キングコングは漫才ファンだけでなく、テレビのバラエティ番組を楽しむ幅広い層にも知られる存在となった。

しかし、人気の急上昇は必ずしも順調な成長だけを意味しなかった。

2003年の活動休止はなぜ起きたのか?

キングコングの歴史における最大の転換点が、2003年の梶原雄太の活動休止だ。

2026年3月24日放送のテレビ朝日系『深夜のダイアン』では、西野と梶原本人が当時の出来事を振り返った。

当時の梶原は、テレビやラジオのレギュラー番組を複数抱え、休みを取ることも難しいほどの過密スケジュールで活動していた。

しかし、芸歴の浅い段階で急激に仕事が増えたことで、テレビの現場に対応する経験や精神的な余裕が十分に備わっていなかった。

西野も番組内で、当時の状況について次のように説明している。

- テレビで披露するネタを覚えてこられないことがあった。
- 収録現場でうまく結果を出せない状況が続いた。
- 周囲との人間関係を築く余裕もなかった。
- 梶原が収録現場のトイレから出られなくなることもあった。

やがて梶原は突然姿を消し、約2カ月半にわたって活動を休止することになった。

当時、キングコングにはレギュラー番組が7~8本ほどあったと西野は振り返っており、活動休止の影響は非常に大きかった。

重要なのは、これが単なるコンビ間の不仲による活動停止ではなかったという点だ。

過密スケジュールと精神的な負担が重なり、梶原が芸能活動を続けること自体に困難を抱えていたのである。

西野亮廣がコンビ解散を選ばなかった理由

梶原が戻らない状況が続くなか、所属事務所から西野に対して、1人で活動することを打診された。

西野自身も、突然仕事を放棄した梶原に対して苛立ちを感じていたという。

それでも最終的には、梶原の復帰を待つことを決断した。

2026年3月の『深夜のダイアン』で西野は、1人で活動して成功すれば、梶原が戻ってくる場所を失ってしまう可能性を考えたと説明している。

また、2人で漫才をしている時間が純粋に楽しかったことも、待つ決断につながった。

この選択は、キングコングというコンビの存続にとって大きな意味を持っていた。

約2カ月半の休止から復帰まで

梶原は休止から約2カ月半後、西野に連絡を取り、謝罪したいと伝えた。

2013年に出演した読売テレビのトーク番組でも、梶原本人が当時の経緯を振り返っている。

久しぶりに西野のもとを訪れた梶原に対し、西野は怒鳴ったり責めたりするのではなく、ギターを抱えて独特の格好で迎えたという。

梶原は、その対応に西野なりの気遣いを感じたと語っている。

こうして2人は再び活動を続けることになった。

2003年の出来事は、キングコングにとって単なる過去のトラブルではない。コンビとしての関係を見つめ直す、大きな転換点だった。

【M-1グランプリの成績】キングコングの漫才はどこまで評価された?

キングコングの実力を振り返るうえで欠かせないのが、M-1グランプリだ。

2001年の第1回大会から出場し、2007年には決勝3位という好成績を残している。

一方で、M-1優勝経験があるコンビだと誤解されることもあるが、キングコングは歴代優勝者ではない。

M-1グランプリの主な成績

年度 大会結果 得点・備考
2001年 決勝7位 707点
2007年 決勝3位 650点
2008年 決勝8位 612点

出典はM-1グランプリ公式大会記録および吉本興業の公式プロフィール。

特に2007年大会は印象的だ。

優勝したサンドウィッチマンが651点、2位のトータルテンボスが646点、キングコングが650点という結果だった。

キングコングは優勝争いに加わる実力を見せたものの、最終的には3位となった。

2008年にも決勝進出を果たしており、複数回にわたって全国トップクラスの漫才コンビとして評価されていたことが分かる。

キングコングの漫才の特徴

2人の漫才を特徴づけてきたのは、テンポのよさと掛け合いの勢いだ。

梶原の身体的な動きや感情表現、西野の言葉による展開やツッコミが組み合わさり、独特のスピード感を生み出してきた。

また、西野は2026年8月の公式ブログで、キングコングの役割について、本来はボケとツッコミの関係が一般的なイメージとは逆だと説明している。

つまり、単純に担当を固定して見るだけでは、2人の漫才の面白さを理解しきれない。

互いのキャラクターを引き出し合うことが、長年のコンビ活動を支えてきた要素の一つだ。

現在の漫才は若手時代とどう違う?

若手時代のキングコングは、勢いと瞬発力を前面に出した漫才で知られていた。

一方、現在は2人とも芸人以外の活動経験を積み、YouTubeや舞台などを通じて、それぞれの個性が広く知られるようになった。

そのため、昔と同じ役割やキャラクターだけで漫才を成立させることは簡単ではない。

2027年の全国ツアーでは、こうした変化をどうネタに反映させるかも見どころになる。

【2026年最新活動】カジサック・CHIMNEY TOWN・毎週キングコングの現在

2026年のキングコングを理解するには、コンビとしての活動と、個人としての活動を分けて考える必要がある。

西野と梶原は別々の分野でキャリアを築いているが、コンビとしての接点も継続している。

梶原雄太はカジサックとしてYouTube活動を継続

梶原のYouTube活動は、現在のキャリアを支える重要な柱だ。

「カジサックの部屋」から始まった活動は、ゲストとの対談や企画動画などを中心に広がり、独自の視聴者層を獲得した。

2018年の挑戦は、テレビ中心だった芸人が動画配信プラットフォームへ本格的に進出する事例としても注目された。

2026年8月には、カジサックの8周年イベントが富士急ハイランドで開催された。

西野も自身の公式ブログで、このイベントに触れており、梶原のYouTube活動が単なる個人チャンネルの運営にとどまらず、イベント事業にも発展していることが分かる。

西野亮廣はCHIMNEY TOWNを通じてエンタメ事業を展開

西野の現在の活動を象徴するのが、株式会社CHIMNEY TOWNだ。

同社の代表取締役社長を務めながら、映画や舞台、出版、イベントなどを手掛けている。

特に『えんとつ町のプペル』関連のプロジェクトは、西野の創作活動を代表するものだ。

キングコングとしての漫才活動と、CHIMNEY TOWNでの事業活動は別の領域だが、両方を継続していることが西野のキャリアの特徴となっている。

毎週キングコングは2人をつなぐ重要な場所

キングコングの現在を語る際に忘れてはならないのが、YouTubeチャンネル『毎週キングコング』だ。

同チャンネルは2013年8月にスタートした。

カジサックの個人チャンネルとは異なり、こちらは西野と梶原の2人が出演するコンビのチャンネルである。

テレビの番組とは異なり、2人が自由に会話する形式が中心となっている。

そのため、漫才の舞台では見えにくい互いの考え方や、普段の距離感を知ることができる。

長年にわたって更新されていること自体が、コンビとしての関係が継続している証拠の一つでもある。

2026年の主な活動と転換点

時期 出来事 2人の活動上の意味
2013年8月 毎週キングコング開始 コンビのトーク活動を継続
2018年10月 カジサック本格始動 梶原の個人活動が拡大
2026年3月 深夜のダイアンで2003年の休止を回想 過去の転換点を本人たちが語る
2026年8月 カジサック8周年イベント 梶原のYouTube活動が節目を迎える
2026年8月23日 全国漫才ツアー2027を発表 コンビとしての舞台活動を本格化
2026年10月29日 西野が梶原とのLINEのやり取りを公開 新ネタの相談や準備が明らかになる
2027年2~4月 全国漫才ツアー開催予定 8都市で漫才を披露

この流れを見ると、2人は個人活動を拡大しながら、キングコングというコンビの活動も手放していない。

【コンビ仲は悪い?】2026年の発言ややり取りから実態を検証

キングコングについて検索される疑問の一つが、2人のコンビ仲だ。

若手時代の急激な成功、2003年の活動休止、復帰後の活動スタイルの違いなどから、不仲説を連想する人もいる。

しかし、2026年の本人たちの発言や活動を見ると、単純な不仲という言葉では説明できない関係が浮かび上がる。

2026年8月の西野による「お詫び」が話題に

2026年8月7日、西野は梶原の46歳の誕生日に合わせ、自身の公式Xなどで「お詫び」と題した文章を発表した。

その内容は、一見すると相方への厳しい批判だった。

梶原のテレビ出演時の振る舞いやギャグについて、ユーモアを交えながら厳しく指摘するというものだった。

しかし、文章全体は西野らしい誇張と皮肉を使った内容で、一般的な謝罪やコンビ解消の発表とはまったく異なる。

梶原本人もSNSで反応しており、2人のやり取りはニュースとして取り上げられた。

2026年10月には新ネタを巡るLINEも公開

さらに2026年10月29日、西野は梶原とのLINEのやり取りを公開した。

内容は、全国漫才ツアーに向けた新ネタについての相談だった。

西野が新しいネタをマネージャーに送ったことを伝えると、梶原は内容を確認し、自分が練習していたネタとの兼ね合いについて返信している。

このやり取りからは、2人が実際にネタの内容を検討し、舞台に向けて準備を進めていることが分かる。

日刊スポーツなどの報道では、この投稿に対して、2人の仲のよさを感じるという反響も紹介された。

コンビ仲を判断するうえで重要な3つの事実

1. 2003年に西野は梶原の復帰を待った

一時的に関係が難しくなった時期があっても、コンビを解散する選択はしなかった。

2. 2013年から共同のYouTube活動を継続している

毎週キングコングでは、長年にわたって2人の掛け合いが公開されている。

3. 2027年のツアーに向けて新ネタを準備している

2026年10月のLINE公開は、コンビとして舞台に取り組む姿勢を示す具体的な材料だ。

2人の関係を評価する際は、SNSの一部分だけを切り取るのではなく、長期的な活動や実際の共同プロジェクトを見ることが大切だ。

西野は2026年8月の公式ブログで、梶原について「一番好きなヤツとコンビを組んだ」という趣旨の思いも語っている。

25年以上の活動を経ても、互いの存在がコンビの中心にあることが伝わる発信だ。

【2027年最新情報】キングコング全国漫才ツアーは8都市で開催!

2026年のキングコングの活動で、最も注目すべき発表が全国漫才ツアー2027だ。

2026年8月23日に開催が発表され、翌24日には西野が公式ブログで詳細を説明した。

当初は全国6都市の予定だったが、その後、北海道と熊本での追加公演も決定。現在は全国8都市を巡るツアーとなっている。

全国漫才ツアー2027の日程・会場一覧

公演日 都道府県 会場
2027年2月11日 東京 浅草公会堂
2027年2月13日 宮城 電力ホール
2027年2月20日 大阪 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
2027年2月24日 福岡 SAWARAPIA 福岡県立ももち文化センター
2027年3月6日 愛知 ウインクあいち
2027年3月25日 北海道 札幌教育文化会館 大ホール
2027年3月31日 熊本 熊本城ホール シビックホール
2027年4月2日 兵庫 川西キセラホール

※開催日・会場は2026年11月3日時点の公式チケット情報に基づく。

なぜ全国漫才ツアーを開催するのか?

西野が2026年8月24日に公開した公式ブログでは、全国ツアーの開催について、コンビだけで全国を回ることを以前から決めていたと説明している。

また、ツアーの内容を考える過程で、キングコングとして何を見せるべきかを改めて検討したことも明かしている。

ここで注目したいのは、今回のツアーが単なる記念イベントではなく、漫才そのものを中心に据えた企画であることだ。

西野は現在、映画や舞台、会社経営など幅広い活動をしている。一方の梶原も、YouTubeで独自の活動基盤を築いた。

それぞれが異なる分野で経験を積んだうえで、もう一度コンビとして全国の観客に向き合う。

この構図には、若手時代の人気を再現するだけではない意味がある。

追加公演の札幌・熊本は11月15日にチケット発売予定

当初の6公演に加え、2026年10月には北海道と熊本での追加公演が発表された。

追加公演の日程は次のとおり。

- 2027年3月25日:札幌教育文化会館 大ホール
- 2027年3月31日:熊本城ホール シビックホール

追加公演のチケット発売日は、2026年11月15日と案内されている。

CHIMNEY TOWN関連の発表では、当初の販売分が全公演で即日完売したことも紹介されており、追加公演が実施される背景には観客からの需要がある。

25年以上活動してきたコンビが、全国で新たに漫才を披露する機会を増やすという点でも注目される。

2027年ツアーで注目したいポイント

今回のツアーで特に見ておきたいのは、次の3点だ。

- 若手時代からの漫才との違い: 経験を重ねた2人が、現在のキャラクターをどうネタに反映するのか。
- 西野と梶原の役割: 個人活動を通じて変化した2人の立ち位置が、漫才の中でどう生かされるのか。
- 川西での千秋楽: 4月2日の兵庫・川西キセラホールは、2人がコンビを組んだ場所にゆかりのある公演として位置づけられている。

特に川西公演は、結成の原点を振り返る意味でも興味深い。

全国ツアーを通じて、キングコングが現在の自分たちにしかできない漫才をどう形にするのかが最大の見どころとなる。

【キングコングに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:キングコングはいつ結成された?

A1:1999年に結成された。西野亮廣と梶原雄太は、吉本興業の養成所であるNSC大阪校22期生として出会った。

Q2:キングコングは2003年になぜ活動休止した?

A2:梶原雄太が過密スケジュールや精神的な負担によって活動を続けられなくなり、約2カ月半休止したため。西野亮廣はコンビ解散を選ばず、梶原の復帰を待った。

Q3:キングコングはM-1グランプリで優勝した?

A3:優勝経験はない。2001年に決勝7位、2007年に決勝3位、2008年に決勝8位を記録している。最高成績は2007年の3位だ。

Q4:キングコングは現在も漫才をしている?

A4:活動している。毎週キングコングでの共同活動に加え、2027年には全国漫才ツアーを開催する予定だ。

Q5:カジサックとキングコングの梶原雄太は同一人物?

A5:同一人物。カジサックは梶原雄太がYouTubeで使用している活動名で、キングコングとしての芸人活動も続けている。

Q6:西野亮廣のCHIMNEY TOWNとは?

A6:西野亮廣が代表取締役社長を務める株式会社CHIMNEY TOWN。映画、舞台、イベントなどのエンターテインメント事業を展開している。

Q7:キングコングの2027年全国漫才ツアーは何都市で開催される?

A7:追加公演を含めて全国8都市。東京、宮城、大阪、福岡、愛知、北海道、熊本、兵庫で開催される予定だ。札幌・熊本の追加公演のチケット発売日は2026年11月15日と案内されている。

まとめ:【プロの結論】キングコングは過去の人気コンビではなく、現在進行形の漫才コンビ

キングコングの歩みを振り返ると、1999年の結成から若手時代の大ブレーク、2003年の活動休止、復帰後のテレビ・YouTube活動まで、決して平坦ではない道のりだったことが分かる。

西野亮廣はCHIMNEY TOWNを率いる実業家・クリエイターとして活動領域を広げ、梶原雄太はカジサックとしてYouTubeに新しい活躍の場を築いた。

2人の活動スタイルは大きく変わったが、キングコングというコンビは現在も続いている。

2026年10月には新ネタについて相談するやり取りが公開され、2027年の全国漫才ツアーに向けた準備も進んでいる。

今回の動きを評価するうえで重要なのは、キングコングを「かつて人気だった芸人」としてだけ見ないことだ。

過去の実績を知りたい人にはM-1グランプリや『はねるのトびら』、2人の現在の関係を知りたい人には毎週キングコング、梶原の個人活動を知りたい人にはカジサック、西野の創作活動を知りたい人にはCHIMNEY TOWNが、それぞれ異なる入口となる。

そして、漫才コンビとしての現在地を確かめたい人にとって、2027年の全国ツアーは見逃せない機会だ。

2003年に一度は活動の継続が危ぶまれた2人が、25年以上の時間を経て、再び全国の舞台で漫才を披露する。

若手時代の勢いだけではなく、それぞれが歩んできた人生や経験をどう笑いに変えるのか。キングコングの次のステージは、2人のコンビとしての本当の強さを知る機会になりそうだ。

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安曇 春香
トレンドリサーチャー 安曇 春香
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