カルーセル麻紀さんは、長い芸能生活の中で歌手、タレント、舞台俳優、映画俳優と活動の幅を広げてきました。
2026年現在もテレビ番組への出演や公式ブログでの情報発信が確認でき、過去の出演作だけで語れる人物ではありません。
2025年には毎日映画コンクールの助演俳優賞を受賞
近年の芸能活動で特に大きな節目となったのが、映画『一月の声に歓びを刻め』への出演です。
本作は「性暴力と心の傷」をテーマにした作品です。
カルーセルさんは、過去に性別適合手術を受け、女性として生きる初老のマキを演じました。本人の人生経験とも重なる部分がある役柄で、ノーメークでの演技にも挑戦しています。
撮影は北海道の厳しい寒さの中で行われ、本人はマイナス20度にもなる環境での撮影を振り返っています。
加えて、2025年2月13日に行われた第79回毎日映画コンクールの贈呈式で、助演俳優賞を受賞しました。
この回から俳優部門では男優・女優の区別が撤廃され、主演俳優賞・助演俳優賞という男女共通の賞体系に変更されています。
カルーセルさんは82歳で新しい賞を受賞。長年の芸能活動の中でも、映画俳優として改めて評価された重要な出来事でした。
最近のテレビ出演と活動状況
主な近年の出演・活動を整理すると、次のようになります。
| 年月 | 番組・作品 | 内容 |
|---|---|---|
| 2024年9月 | 徹子の部屋 | 脳梗塞後の生活や健康習慣を語る |
| 2025年2月 | 毎日映画コンクール | 助演俳優賞を受賞 |
| 2025年5月 | 鶴瓶ちゃんとサワコちゃん | 人生やモロッコでの手術経験などを語る |
| 2026年5月 | 羽鳥慎一モーニングショー | 足の血管疾患と現在の運動習慣を紹介 |
| 2026年 | 公式ブログ | 交友関係やインタビュー、日常を発信 |
2025年5月にはBS12の「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」に出演し、笑福亭鶴瓶さん、阿川佐和子さんとともに、若い頃の芸能活動やモロッコでの手術について振り返りました。
また、2026年5月の「羽鳥慎一モーニングショー」では、健康問題をテーマにした特集に本人が出演しています。
これらの実績から分かるのは、現在の活動が単なる懐かしの芸能人としてのゲスト出演にとどまらないことです。
自分の経験を語るトーク番組への出演、映画での演技、公式ブログを通じた情報発信など、複数の形で表現活動を続けています。
【生き方の原点】モロッコでの性別適合手術と2004年の戸籍変更

カルーセル麻紀さんの人生を振り返る際、性別に関する歩みは欠かせません。
現在の日本では、トランスジェンダーや性別適合手術という言葉が広く知られるようになりましたが、彼女が若かった時代には、現在とは社会環境も制度も大きく異なっていました。
15歳で家を出て、自分の生きる道を選んだ
カルーセルさんは1942年11月26日、北海道で生まれました。
15歳で家を出て、札幌のゲイバー「ベラミ」で働き始めます。その後、大阪の「カルーゼル」などで経験を積み、芸能活動へと進みました。
芸名のカルーセル麻紀は、大阪で働いていた店の名前に由来しています。
1968年にはレコード『愛して横浜』で歌手デビュー。テレビや舞台、映画などにも活動の場を広げていきました。
1970年代前半、モロッコで性別適合手術
カルーセルさんがモロッコで性別適合手術を受けたのは、1970年代前半です。
報道によって1972年、1973年と記載に違いがありますが、1973年とする複数の報道・回顧記事が確認できます。
当時、日本国内では現在のような医療・法制度が整っておらず、海外で手術を受けるという選択には大きな決断が伴いました。
2025年5月放送の「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」でも、この手術の経緯や、その後に経験したトラブルが取り上げられています。
2004年、戸籍上も女性に変更
手術を受けた後も、長年にわたって戸籍上の性別は男性のままでした。
転機となったのが、2004年に施行された「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」です。
この法律に基づいて家庭裁判所に申し立てを行い、2004年に女性への性別変更が認められました。
それに伴い、本名も平原徹男から平原麻紀へと変更されています。
2004年10月の会見では、戸籍変更を報告。長年芸名として使ってきた「麻紀」が、本名にもなったことを明かしました。
この出来事は、本人の人生における節目であると同時に、日本の戸籍制度と性別変更をめぐる歴史を考えるうえでも象徴的な出来事でした。
【プロの結論】カルーセル麻紀の現在から分かる3つのこと
2026年の活動やこれまでの報道を整理すると、カルーセル麻紀さんの現在には、3つの大きな特徴があります。
1つ目は、病気を経験しても自分の生活を立て直してきたこと。
下肢閉塞性動脈硬化症による約10回の手術、脳梗塞、眼の疾患と、身体的な負担は決して小さくありません。それでも現在は、自宅での歩行やストレッチを続けています。
2つ目は、年齢にとらわれず芸能活動を続けていること。
80代になってから映画で重要な役を演じ、毎日映画コンクールの助演俳優賞を受賞しました。2026年にもテレビ出演があり、長年の経験を生かした活動が続いています。
3つ目は、自分の人生を自分の言葉で伝えていること。
性別適合手術や戸籍変更、芸能界での経験、病気との向き合い方など、カルーセルさんは自身の人生をテレビやインタビューで語ってきました。
その発信は、単なる芸能ニュースにとどまらず、世代や時代を超えて考えるきっかけにもなっています。
【カルーセル麻紀の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:カルーセル麻紀は2026年現在、何歳ですか?
A1:1942年11月26日生まれです。2026年11月6日時点では83歳で、11月26日に84歳を迎えます。
Q2:カルーセル麻紀は現在もテレビに出演していますか?
A2:はい。2026年5月21日にはテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に出演し、下肢閉塞性動脈硬化症の経験や現在の健康習慣について語りました。
Q3:カルーセル麻紀は脳梗塞の後遺症が残っていますか?
A3:2020年の脳梗塞は早期に治療され、報道では後遺症はなかったとされています。ただし、別の血管疾患による右目の失明なども報告されています。
Q4:カルーセル麻紀は何回手術を受けていますか?
A4:2026年5月のテレビ朝日の報道によると、下肢閉塞性動脈硬化症に関係する手術を約15年間で合計10回受けています。
Q5:カルーセル麻紀は現在、どのような健康法を実践していますか?
A5:自宅で毎日約7000歩歩くことや、前屈などのストレッチ、庭仕事を取り入れています。2026年5月のテレビ出演では、床に手が届くほどの柔軟性も披露しました。
Q6:カルーセル麻紀はいつ戸籍を女性に変更しましたか?
A6:2004年です。性同一性障害者特例法に基づいて家庭裁判所で性別変更が認められ、本名も平原麻紀に変更されました。
まとめ:カルーセル麻紀は83歳の現在も自分らしく活動を続けている
2026年11月現在、カルーセル麻紀さんは83歳。2026年5月の「羽鳥慎一モーニングショー」への出演では、約15年間で10回の手術を受けた過去を振り返りながら、自宅での7000歩のウォーキングやストレッチを続ける現在の姿を披露しました。
また、2024年公開の映画『一月の声に歓びを刻め』では助演俳優賞を受賞し、80代になってからも俳優として新たな評価を得ています。
モロッコでの性別適合手術、2004年の戸籍変更、長年の芸能活動、そして複数の病気との向き合い方。その人生には、時代の変化とともに自分らしい生き方を選び続けてきた歩みがあります。
現在の活動を知りたい場合は、2026年5月のテレビ出演と本人の公式ブログを確認するのが有効です。過去の病歴だけで現在の健康状態を判断するのではなく、最近の本人の発信や出演内容を合わせて見ることが、近況を正しく理解するポイントになります。
83歳を迎えた今も、カルーセル麻紀さんは自分らしいスタイルを大切にしながら、人生と芸能活動を歩み続けています。