村主章枝さんが結婚を明らかにしたのは、2026年7月10日に放送されたABEMAのオリジナル番組『ダマってられない女たち season3』の初回です。
番組の密着映像で、村主さんは夫を紹介し、13歳年下のアメリカ人男性・デビンさんとの結婚を初めてメディアに公表しました。これまで結婚について大きく語ってこなかったため、突然の報告に驚いた視聴者も少なくありません。
翌11日には、ABEMAの公式プレスリリースや日刊スポーツ、オリコンなども国際結婚を報道。単なる交際や結婚の噂ではなく、本人が番組で夫を紹介したことに基づく事実です。
ここで押さえておきたいのは、2026年7月10日は結婚の公表日であって、結婚した日と確認されたわけではないという点です。入籍日や挙式日、結婚式の詳細については公表されていません。
また、夫の名前はデビンさんと紹介されていますが、フルネームや詳しいプロフィールは広く公開されていません。アメリカ人であること、村主さんより13歳年下であること、映像・映画制作の仕事に携わっていることが報道で確認できる情報です。
したがって、2026年の結婚報道の要点は、突然結婚したという話ではなく、以前から築いていた夫婦関係を初めて公にしたということです。
【夫デビンとの出会い】ラスベガスのエレベーターが交際のきっかけ
村主章枝さんとデビンさんの出会いは、アメリカ・ネバダ州ラスベガスでした。
2026年9月7日に公開されたCHANTO WEBの本人インタビューでは、2人は同じアパートの同じフロアに住んでいたと説明されています。エレベーターで偶然顔を合わせたことが、最初の接点になりました。
アメリカでは住民同士が気軽に話しかける習慣があり、何度か顔を合わせるうちに、お互いの仕事について話すようになったそうです。
当時の村主さんはラスベガスでアイスショーの企画に取り組んでいました。ショーの演出に使う映像を制作するため、映像チームを探していたところ、映画制作の仕事をしていたデビンさんと知り合います。
仕事上の協力から恋愛関係へ
2人の関係が深まった大きなきっかけは、映像制作でした。
村主さんはデビンさんにアイスショー用の映像制作を依頼。ところが、新型コロナウイルスのパンデミックによって予定していたショーが開催できなくなります。
そこで2人は、せっかく出会ったのだから一緒に何かを作ろうと考え、映像や映画の制作会社を立ち上げました。共同で仕事をする時間が増え、やがて交際に発展したといいます。
つまり、2人の関係は出会ってすぐに恋愛へ進んだというより、共通の仕事や目標を通じて信頼を育てたものです。
CHANTO WEBのインタビューで村主さんは、デビンさんの映像制作に対する情熱や、夢に向かって努力する姿に惹かれたと説明しています。
加えて、夫は自分をフィギュアスケーターという肩書きで判断せず、一人の人間として率直に意見を伝えてくれる存在だとも語っています。
13歳の年齢差だけでなく、競技者と映像制作者という異なる仕事の背景を持つ2人が、仕事を通じて共通の価値観を見つけたことが結婚につながったと考えられます。
【村主章枝の結婚までの経緯】フィギュア時代から2026年までの年表
村主さんの結婚を理解するには、競技生活からアメリカ移住、映像制作への転身までを時系列で見ると分かりやすくなります。
特に重要なのは、2014年の現役引退と2018年のアメリカ移住です。競技生活を終えた後、新しい仕事や生活の基盤を築いたことが、デビンさんとの出会いにもつながりました。
競技歴については、日本オリンピック委員会(JOC)の選手紹介や早稲田大学のインタビュー記事に記録があります。村主さんは全日本選手権で通算5度優勝し、世界選手権でも複数のメダルを獲得した実績を持っています。
2014年11月13日には現役引退を表明。JOCの当時の発表でも、ソルトレークシティー大会とトリノ大会で2大会連続入賞した選手として紹介されています。
なお、デビンさんとの交際開始時期や入籍の年月は、公開された年表だけでは特定できません。ラスベガスでの出会い、共同会社の設立、交際、結婚という順序が本人の説明から分かっています。
【村主章枝の現在】ダラスでの生活とフィギュアスケート以外の仕事
2026年現在、村主さんはアメリカのテキサス州ダラスを生活の拠点にしています。
2018年の渡米以降、フィギュアスケートの指導だけでなく、映像・映画制作にも活動の幅を広げてきました。結婚公表後の本人インタビューでも、夫婦で映像制作会社を運営していることが紹介されています。
フィギュアスケートのコーチとして活動
2026年2月のスポーツニッポンの報道によると、村主さんはダラスで約20人の生徒を指導していました。
現役時代の実績を知る保護者から、指導を希望されるケースもあるといいます。競技者として培った技術や表現力を、次の世代へ伝える仕事です。
映画プロデューサーとしても挑戦
もう一つの仕事が映画制作です。
アイスショーの演出用映像を作るために映像チームを集めていた経験が、映画制作への転身につながりました。コロナ禍でショーが中止になったことをきっかけに、デビンさんと映画制作に取り組むようになったと本人が説明しています。
スポーツニッポンの2026年2月の報道では、村主さんは映画プロデューサーとしても活動し、これまでに8本の映画を制作したと紹介されています。
かつては氷上で観客を魅了していた村主さんが、現在は競技指導と映像制作という異なる分野で活動している点は、結婚報道と並んで注目したい変化です。
夫婦で仕事を共有できることは強みですが、本人は9月のインタビューで、仕事とプライベートの境界をどう作るかが課題だとも話しています。生活と仕事の両方でパートナーになることには、独特の難しさもあるようです。
【妊活・流産を告白】体外受精4回に挑戦した経緯と本人の思い
2026年7月の結婚公表とともに大きな関心を集めたのが、村主さんが語った妊活の経験です。
村主さんはデビンさんとの間に一度妊娠したものの、流産を経験したことを明かしました。その後、検査を通じて自身の身体の状態についても課題が分かったと説明しています。
現役時代から抱えていた身体への不安
村主さんは現役選手だった頃、生理が止まっていた時期があり、ホルモン治療を受けたこともあったと語っています。
2026年9月のCHANTO WEBのインタビューでは、15歳、16歳の頃から将来子どもを持てない可能性を考えていたと振り返りました。
ただし、現役時代の競技生活だけが現在の妊娠の難しさの原因だと医学的に断定されたわけではありません。本人が語った身体の経験と、医療機関で受けた検査の結果は区別して受け止める必要があります。
日本とトルコで合計4回の体外受精
村主さんは日本とトルコで不妊治療に取り組み、体外受精に合計4回挑戦したと明かしています。
9月の本人インタビューでは、それぞれの治療についても詳しく説明しています。
- 日本:体外受精を2回試みたものの、受精卵の状態が思わしくなく、子宮に戻す段階には進めなかった。
- トルコ:2つの病院で治療に取り組み、採卵や凍結卵子の移送なども経験した。
- 結果:トルコでの2回の挑戦も妊娠には結びつかなかった。
トルコでの治療では、凍結した卵子を保管したタンクを自分で持って病院間を移動したというエピソードも紹介されています。治療のために約1か月滞在し、航空券やホテルの予定を変更する必要もあったそうです。
治療は身体面だけでなく、仕事の調整や費用、精神面にも大きな負担を伴いました。村主さんは、努力すれば結果を出せると信じて競技生活を送ってきた一方、妊活では努力が必ずしも結果につながらない現実に直面したと語っています。
妊活を公表した理由は同じ悩みを持つ人への共有
村主さんは、治療中は誰にも話したくなかったと説明しています。
しかし、実際に治療を経験してみると、必要な情報を見つけることが難しいと感じたそうです。自分の経験が誰かの参考になるなら共有したいという思いから、テレビやインタビューで語ることを決めました。
この告白は、単なる著名人のプライベートの公表にとどまりません。競技生活を長く続けたアスリートが、妊娠や出産についてどのような不安や選択に直面するのかを伝える機会にもなりました。
なお、治療回数や経過は村主さん本人の体験です。同じ結果がほかの人にも当てはまるわけではなく、妊娠の可能性や治療方針は個々の医学的状況によって異なります。
【離婚を考える理由と夫婦関係の現在】好きだからこその葛藤
今回の結婚報道で最も大きな反響を呼んだのが、村主さんが夫との離婚について言及したことです。
2026年7月の『ダマってられない女たち season3』では、妊活が思うような結果につながらなかったことを受け、夫の将来を考えて離婚したほうがよいのではないかと悩む気持ちを明かしました。
村主さんが心配していたのは、13歳年下のデビンさんが、自分と一緒にいることで父親になる機会を失ってしまうのではないかということでした。
つまり、夫への愛情がなくなったから離婚を考えたのではありません。むしろ、夫の人生や将来を大切に思うからこそ、自分がどのような選択をすべきか悩んでいたのです。
2026年9月の本人インタビューで明らかになった夫婦の現在
その後の状況を知るうえで重要なのが、9月7日に公開されたCHANTO WEBの本人インタビューです。
村主さんは、夫が13歳年下であることを踏まえ、別の相手であれば子どもを持てる可能性があるのではないかと考えることがあると説明しています。
一方で、不妊治療については前年まで取り組んでいたものの、インタビュー時点ではいったん休止しており、今後について考えている段階でした。
また、アメリカには卵子提供や養子縁組という選択肢もありますが、夫は理解を示しながらも、現時点で積極的に選ぼうとは考えていないと説明しています。こうした点についても、夫婦で話し合っているとのことです。
特に重要なのは、9月の本人取材でも離婚の結論は出ていないという点です。7月の発言だけを切り取って、離婚が決まった、すでに別居している、夫婦関係が破綻したと理解するのは正確ではありません。
13歳差の夫婦が直面する生活と仕事のバランス
同じインタビューでは、年齢差によって人生の優先順位に違いを感じることも語られています。
村主さんは、40代に入って家族との生活を充実させたいと考える一方、夫は仕事や新しい挑戦にエネルギーを注ぐ時期にあると説明しています。
また、2人とも映画制作やスケートショー、次世代の育成など、それぞれ実現したい仕事上の目標を持っています。
夫婦であり仕事のパートナーでもあるため、常に一緒にいることが必ずしも円満につながるとは限りません。2人で過ごす時間を意識的に作り、仕事と家庭のバランスを取ることが課題になっています。
村主さんは、夫婦としても仕事のパートナーとしても、バランスを考えながら仲良く生活していきたいという考えを示しています。
したがって、2026年11月時点での夫婦関係を理解する際は、7月の離婚への葛藤と、9月に語られた今後の話し合いの両方を見る必要があります。
【村主章枝の結婚に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:村主章枝は結婚していますか?
A1:はい。2026年7月10日放送のABEMA『ダマってられない女たち season3』で、13歳年下のアメリカ人男性・デビンさんとの国際結婚を初めて公表しました。
Q2:村主章枝の夫デビンは何者ですか?
A2:デビンさんはアメリカ人で、村主さんより13歳年下の男性です。映画・映像制作の仕事に携わっており、ラスベガスでの出会いを経て、村主さんと共同で映像・映画制作会社を立ち上げました。フルネームなどの詳しいプロフィールは公表されていません。
Q3:村主章枝と夫の出会いはどこですか?
A3:アメリカのラスベガスです。同じアパートの同じフロアに住んでおり、エレベーターで偶然顔を合わせたことがきっかけでした。
Q4:村主章枝は現在どこに住んでいますか?
A4:アメリカのテキサス州ダラスです。フィギュアスケートのコーチや映画プロデューサーとして活動しています。
Q5:村主章枝は妊活で体外受精を何回受けましたか?
A5:本人の説明によると、日本とトルコで合計4回挑戦しました。流産も経験しており、治療を続けたものの妊娠には至りませんでした。
Q6:村主章枝は夫と離婚したのですか?
A6:離婚が成立したという発表はありません。夫の将来を思って円満離婚を考えることがあると語りましたが、2026年9月の本人インタビューでは、今後について夫婦で話し合っている段階だと説明しています。
Q7:村主章枝は現在何歳ですか?
A7:1980年12月31日生まれで、2026年11月4日時点では45歳です。2026年12月31日に46歳になります。
まとめ:【プロの結論】村主章枝の結婚と夫婦の今後を正しく理解する
村主章枝さんは、13歳年下のアメリカ人男性デビンさんと結婚しています。2026年7月10日にABEMAで初めて公表し、9月には本人が結婚生活や夫婦の将来について詳しく語りました。
2人の出会いはラスベガスの同じアパート。映像制作という共通の仕事を通じて関係を深め、共同会社の設立を経て結婚に至りました。現在はテキサス州ダラスで暮らし、仕事でも人生でもパートナーとして歩んでいます。
一方、流産や4回の体外受精を経験したことで、子どもを望む気持ちと夫の将来を考える気持ちの間で葛藤していることも明らかになりました。離婚という言葉は出ていますが、実際に離婚したという話ではありません。
今回の報道から読み取れるのは、村主さんがフィギュアスケート選手としての人生を終えた後も、アメリカで新しい仕事や家庭を築き、自分なりの幸せを模索している姿です。
プロの結論として注目すべきなのは、結婚の事実だけでなく、7月の告白と9月の本人インタビューを合わせて夫婦の現在を理解することです。一時的な離婚への言及だけで夫婦関係を判断するのではなく、本人が語った仕事への思いや、将来について夫婦で話し合う姿勢まで見ることが大切です。
競技生活で培った挑戦する姿勢を、映画制作やコーチ業、そして新しい家庭生活にも生かしている村主章枝さん。夫婦が今後どのような人生を選ぶのか、引き続き本人から発信される言葉に注目が集まりそうです。