元NMB48のメンバーとして活動し、吉本坂46を経て、現在は日本酒事業を手がける実業家として歩んでいる高野祐衣。アイドル時代を知る人にとって、芸能活動から酒販店の経営者へと進んだキャリアは大きな変化に映るはずだ。2026年現在の高野は、日本酒専門店「ゆい酒店」を中心に、日本酒を楽しむ和モダンビストロ「yuito.」のプロデュースにも取り組んできた。
注目したいのは、単なる芸能界からの引退ではなく、日本酒との出会いをきっかけに、自分自身が事業を立ち上げる側へと転身した点だ。NMB48卒業の背景、吉本坂46での経験、利き酒師とSAKE DIPLOMAの資格、日本酒プロデュース、そして結婚に関する本人の発言まで、これまでの歩みを時系列で整理する。
【2026年最新】高野祐衣の現在は?ゆい酒店とyuito.を手がける実業家
高野祐衣は1993年12月6日生まれ、大阪府出身。2026年11月時点で32歳になる。吉本興業の文化人プロフィールでは、職業を「利き酒師・経営者」と紹介している。
現在の活動の中心は、株式会社ゆい酒店の経営と日本酒の魅力を広める仕事だ。芸能活動で培った知名度や発信力を生かしながら、酒蔵と消費者をつなぐ事業を展開している。
日本酒専門店「ゆい酒店」の経営
高野が立ち上げた「ゆい酒店」は、日本酒を専門に扱うセレクトショップ。2022年1月にオンライン酒屋としてスタートし、同年7月16日には東京都台東区西浅草に実店舗をオープンした。
店づくりの特徴は、知名度の高い銘柄だけを並べるのではなく、女性杜氏や若手杜氏が手がける酒蔵にも目を向けていること。日本酒に詳しい人だけでなく、これまで日本酒にあまり親しんでこなかった人にも、新しい銘柄との出会いを提供することを目指している。
高野は日本酒の味わいだけでなく、造り手の思いや背景を伝えることにも力を入れてきた。酒販店という形を選んだのも、日本酒を購入する人と造り手をつなぐ場をつくりたいという考えがあったからだ。
西浅草の和ビストロ「yuito.」もプロデュース
もう一つの事業が、和モダンビストロ「yuito.」である。株式会社ゆい酒店が2024年5月に発表したプレスリリースでは、2025年2月の開業予定として告知されていた。その後、2025年3月12日の日刊スポーツの報道では、4月3日に正式オープンする店舗として紹介されている。
「yuito.」のコンセプトは、日本酒をよりカジュアルに楽しめる飲食空間だ。日本酒を飲むことに敷居の高さを感じる人でも、食事を楽しむ店なら入りやすい。そんな発想が店舗づくりに反映されている。
高野自身が日本酒のセレクトだけでなく、料理や内装にも関わった点も特徴的だ。日刊スポーツの取材では、壁や床、天井の色まで自ら選んだことを明かしている。酒販店で日本酒を買う体験から、料理と一緒に味わう体験へと事業を広げた形だ。
2026年2月には、大阪のKITTE大阪で「出張ゆい酒店 in KITTE大阪」を開催する企画も告知された。大阪の秋鹿酒造や山野酒造を紹介し、試飲や日本酒と料理のペアリングを提案する内容で、東京の店舗にとどまらず、地元・大阪にも日本酒の魅力を届ける活動が確認できる。
高野祐衣の基本プロフィール
- 名前:高野祐衣(たかの・ゆい)
- 生年月日:1993年12月6日
- 出身地:大阪府
- 主な芸能活動:NMB48、吉本坂46
- 現在の肩書:株式会社ゆい酒店代表取締役
- 専門資格:唎酒師、SAKE DIPLOMA
- 主な事業:ゆい酒店、日本酒プロデュース、yuito.
- 主な活動拠点:東京都台東区西浅草
【経歴年表】高野祐衣のNMB48時代から吉本坂46卒業まで
高野祐衣のキャリアは、NMB48の2期生として始まった。アイドルとしての活動、卒業後のタレント転身、吉本坂46への参加、そして日本酒事業への転換という流れを追うと、現在の経営者としての活動につながる経験が見えてくる。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な意味・転換点 |
|---|---|---|
| 2011年 | NMB48第2期研究生としてデビュー | 17歳で芸能活動を開始 |
| 2012年 | チームMの正規メンバーに昇格 | グループの中心メンバーの一人として活動 |
| 2015年4月 | NMB48卒業を発表 | タレントへの転身を目指す |
| 2015年7月 | NMB48卒業公演 | 約4年間のアイドル活動に区切り |
| 2018年 | 吉本坂46第1期生に合格 | 新しいグループ活動に挑戦 |
| 2018年 | 唎酒師を取得 | 日本酒の専門知識を深める |
| 2020年 | SAKE DIPLOMAを取得 | 日本酒の知識をさらに専門化 |
| 2021年10月 | 吉本坂46卒業・Showtitle退所 | 約10年間の芸能事務所所属に区切り |
| 2022年1月 | ゆい酒店を開業 | 日本酒専門のオンライン酒屋を開始 |
| 2022年7月 | 西浅草に実店舗をオープン | 日本酒の販売と対面での発信を本格化 |
| 2025年4月 | 和ビストロyuito.をオープン | 日本酒を飲食体験として届ける事業へ拡大 |
| 2026年 | 出張ゆい酒店の大阪イベントを告知 | 地元大阪への日本酒普及活動も展開 |
この年表で注目したいのは、芸能活動を終えた後も、過去の経験を切り離さずに新しい仕事へつなげている点だ。2018年に取得した唎酒師の資格は、当初から酒屋を開業するためのものではなかった。本人のインタビューによると、当時はタレント活動に生かせる自分だけの強みをつくる目的があったという。
【卒業理由を検証】高野祐衣はなぜNMB48を辞め、吉本坂46へ進んだのか
NMB48卒業の背景は「上に行きたい」という気持ちの変化
高野は2015年4月15日、大阪のNMB48劇場で行われた公演で卒業を発表した。当時21歳。日刊スポーツの報道によると、卒業発表時にはタレントへの転身を目指し、芸人との仕事にも挑戦したいという考えを語っていた。
一方、2022年の文春オンラインのインタビューでは、卒業を決断した内面的な理由について、さらに踏み込んで振り返っている。
「上に行きたい」と思わなくなったからです。
高野が説明したのは、アイドルグループ内で常に比較される環境の厳しさだった。握手会の人気が順位として可視化され、周囲と自分を比較する日々が続く。以前は「負けたくない」「もっと上に行きたい」という気持ちが努力の原動力だったが、その意欲が薄れていったことで、競争の環境に居続けることが難しくなったという。
また、当時のNMB48では自身が最年長だったことも、将来を考えるきっかけになった。17歳で加入し、21歳で卒業するまで約4年間活動した高野にとって、卒業は単にアイドルを辞めるという判断ではなく、次の人生を考えるための選択だった。
吉本坂46への参加はキャリアの引き出しを増やす挑戦
NMB48を卒業した後も、高野はタレント活動を続けた。その中で2018年、吉本坂46の第1期生オーディションに合格。REDのメンバーとして活動することになる。
酒小町のインタビューでは、吉本坂46に参加した理由について、芸能活動の幅を広げ、経験したことのない仕事に挑戦して引き出しを増やしたかったと説明している。
吉本坂46は、芸人やタレントなど幅広いジャンルの人物が参加するグループだった。NMB48とは異なる環境で活動した経験は、後に日本酒を扱う事業者としてイベントやメディアに出演する際にも生きていると考えられる。
2021年9月24日、吉本坂46公式サイトは高野の卒業と所属事務所Showtitleからの退所を発表。同年10月1日をもってグループを卒業した。これにより、アイドルやタレントを中心とした活動から、新しいキャリアへと軸足を移すことになった。
【実業家への転身理由】高野祐衣が利き酒師・酒ディプロマを取得した背景
日本酒との出会いは芸能活動中の酒蔵訪問
高野が日本酒に本格的に興味を持つようになったきっかけは、芸能活動中に訪れた新潟県の酒蔵だった。
日刊スポーツの2022年の取材では、酒蔵で日本酒の製造工程を見学し、造り手の話を聞いたことで、日本酒への見方が変わったと振り返っている。米、水、麹という原料が同じでも、造り手によって異なる味わいが生まれることに魅力を感じたという。
加えて、コロナ禍で自宅でお酒を楽しむ機会が増えたことも転機となった。SAKE Streetのインタビューでは、さまざまな銘柄を知る中で、日本酒にはまだ知られていない魅力が多くあると感じ、もっと多くの人に伝えたい気持ちが強くなったと話している。
唎酒師とSAKE DIPLOMAの取得時期
高野は日本酒の知識を深めるため、段階的に専門資格を取得した。
- 2018年:唎酒師(ききさけし)を取得。
- 2020年:日本ソムリエ協会のSAKE DIPLOMAを取得。
興味深いのは、これらの資格が最初から酒屋経営を目指して取得されたわけではないことだ。本人はSAKE Streetのインタビューで、NMB48卒業後にタレントとして活動するため、自分の強みになる知識や資格を持ちたいと考えたことが取得のきっかけだったと説明している。
好きなことを仕事の武器にするために始めた学習が、結果として独立後の事業基盤になった。資格を取ること自体が目的ではなく、知識を実際の接客や銘柄選び、商品開発に活用している点に特徴がある。
なぜ芸能人ではなく経営者を選んだのか
高野はSAKE Streetの取材で、日本酒を本気で仕事にすると決めた以上、タレント活動の一環として商品を紹介するだけでは納得できないと語っている。
酒屋を選んだ理由も明確だ。酒蔵と消費者の両方に直接関われる立場であり、自分自身が日本酒の魅力を伝える場所をつくれるからである。
2022年には株式会社ゆい酒店を設立し、代表取締役に就任。オンライン販売に加えて、西浅草で実店舗を展開するまでに事業を成長させた。
日本酒との出会いを偶然で終わらせず、資格取得、酒蔵との関係づくり、販売、店舗運営へとつなげた点が、高野のキャリアチェンジの本質だ。
高野祐衣が手がける日本酒プロデュース
高野の活動は酒販店の運営だけではない。新潟県柏崎市の阿部酒造と協力したオリジナル日本酒「あべとゆいと」の開発など、商品づくりにも携わっている。
2022年の文春オンラインのインタビューでは、クラウドファンディングによるオリジナル日本酒の企画が目標額の280%を超えて達成したことも紹介された。アイドル時代から応援してきたファンも支援に参加しており、これまでの人脈が新しい事業の後押しになった。
さらに2025年1月には、大阪・西成の醸造所Derailleur Brew Worksとコラボレーションした「DB-69 Paragraph y(U)i 2024」を発表した。高野がプロデュースした日本酒は3品目に達していたと日刊スポーツが報じている。
同商品では酸味のある味わいを好む高野の希望を反映し、美容をテーマにした飲みやすい酒づくりにも取り組んだ。日本酒というカテゴリーの中で、造り手との共同開発を通じて新しい飲み方や楽しみ方を提案している。
【結婚・恋愛観】高野祐衣は結婚している?本人が語った仕事と将来
高野祐衣について検索されることが多いテーマの一つが結婚だ。元アイドルという経歴に加え、本人が過去の取材で結婚について触れているため、現在の結婚状況や恋愛観に関心を持つ人も少なくない。
2026年時点で結婚発表はある?
2026年11月時点で確認できる公表プロフィールや主要報道では、高野本人の結婚発表は確認できない。配偶者や子どもについても、本人から公表された情報は見当たらない。
そのため、結婚していると断定できる情報も、特定の交際相手がいると裏付けられる情報もない。結婚の有無をめぐるネット上の推測と、本人が実際に発言した内容は分けて理解する必要がある。
2025年には「この1年は結婚せず仕事を頑張る」と発言
結婚について本人の考えが伝わる代表的な発言が、2025年1月8日に大阪市内で行われた日本酒の新商品発表会でのコメントだ。
「私は今、仕事が勝負の年」
日刊スポーツとデイリースポーツの報道によると、高野は芸能界で相次ぐ結婚発表を目にする中で、いつか自分も結婚したいという気持ちが増えていることを明かした一方、2025年は新しい事業に集中するため、結婚を控えて仕事を頑張りたいと話していた。
当時は新商品のプロデュースに加え、初の飲食店「yuito.」の開業を控えていた時期でもある。酒販店の経営に加えて新規店舗の準備も進める必要があり、仕事を優先するという判断には事業上の背景もあった。
結婚を意識したことが実業家への転身にも関係していた
2025年3月の日刊スポーツの取材では、高野がセカンドキャリアを考えた際、「このまま誰かと結婚するのか」と考えた時期があったことも紹介された。
そのとき、酒屋を経営する先輩との出会いがあり、日本酒を仕事にする選択肢が具体的になったという。会社を設立し、クラウドファンディングや融資を活用して事業を立ち上げた経緯も明かしている。
この発言から読み取れるのは、結婚そのものを否定しているわけではなく、自分の将来を考える中で、仕事を通じて新しい人生を切り開く道を選んだということだ。
恋愛や結婚の価値観は本人の人生とともに変わるもの。2025年の仕事優先発言を、そのまま2026年以降の結婚観として固定して捉えるのは適切ではない。
【プロの結論】高野祐衣のキャリアチェンジが示すセカンドキャリアの可能性
高野祐衣の歩みを振り返ると、NMB48卒業、吉本坂46参加、日本酒資格の取得、酒販店の開業、飲食店のプロデュースという各段階が、ばらばらの出来事ではなく一つのキャリアとしてつながっている。
アイドル時代の経験は経営にも生きている
集英社オンラインの取材では、アイドル時代の握手会で培った経験が、現在の接客にも生きていることが紹介されている。ファンと直接会話し、相手の反応を受け止める経験は、酒販店でお客さんに商品を提案する場面にも通じる。
また、芸能活動で身につけた発信力は、一般的な酒販店とは異なる強みになる。商品の紹介だけでなく、酒蔵の背景や日本酒に対する自分の考えを伝えられることが、ブランドづくりにもつながっている。
ゆい酒店とyuito.の事業モデルの違い
ゆい酒店は日本酒を選び、購入する場所。一方、yuito.は料理とともに日本酒を味わい、その魅力を体験する場所だ。
この二つを組み合わせることで、日本酒に詳しい愛好家だけでなく、初心者や若い女性、食事を楽しみたい人にも接点を広げられる。日本酒を売るだけでなく、日本酒を楽しむ文化そのものを提案する事業モデルと捉えられる。
今後の活動を見るときの判断基準
高野祐衣の活動を追うなら、単純な芸能ニュースだけでなく、次の3点に注目したい。
- 事業の広がり:ゆい酒店の販売活動やyuito.の飲食事業がどのように展開されるか。
- 商品開発:酒蔵との新しいコラボレーションやオリジナル商品の発表があるか。
- 日本酒の普及活動:イベント、講演、地域との連携など、専門知識を生かした活動が増えるか。
2026年の大阪での出張イベント告知も、地域に根ざした日本酒の普及活動という点で注目できる動きだ。芸能人としての知名度に頼るだけでなく、専門知識と実際の店舗運営を組み合わせて事業を継続できるかが、今後の評価を左右するだろう。
高野祐衣に関するよくある質問(FAQ)
Q1:高野祐衣は現在何をしている?
A1:株式会社ゆい酒店の代表取締役として、日本酒専門店の運営や日本酒のプロデュースを中心に活動している。和モダンビストロ「yuito.」のプロデュースにも携わっている。
Q2:高野祐衣はなぜNMB48を卒業した?
A2:本人は2022年のインタビューで、グループ内で上を目指す気持ちが薄れ、競争環境に身を置き続けることが難しくなったと説明している。2015年の卒業発表時には、タレントへの転身を目指す考えも語っていた。
Q3:高野祐衣は結婚している?
A3:2026年11月時点で、本人による結婚発表は確認できない。2025年1月には、仕事に集中するため、その年は結婚を控えたいという考えを明かしていた。
Q4:高野祐衣が取得した日本酒の資格は?
A4:2018年に唎酒師、2020年にSAKE DIPLOMAを取得している。日本酒の知識を深め、商品選びやプロデュース、普及活動に生かしている。
Q5:ゆい酒店とyuito.はどこにある?
A5:どちらも東京都台東区西浅草に関連する事業として展開されている。ゆい酒店は2022年7月に実店舗を開業し、yuito.は2025年4月3日に和モダンビストロとしてオープンした。
Q6:高野祐衣はオリジナル日本酒も作っている?
A6:作っている。阿部酒造との「あべとゆいと」をはじめ、2025年にはDerailleur Brew Worksとのコラボ商品「DB-69 Paragraph y(U)i 2024」も発表した。
まとめ:高野祐衣の現在は日本酒を軸にした新しいキャリア
高野祐衣は、2015年にNMB48を卒業し、吉本坂46での活動を経て、2021年に芸能事務所を退所した。その後、日本酒専門の「ゆい酒店」を立ち上げ、西浅草の実店舗、和ビストロ「yuito.」へと事業を広げてきた。
唎酒師とSAKE DIPLOMAの資格は、もともとタレントとしての強みをつくるために取得したものだった。しかし、日本酒との出会いが本格的な事業への挑戦につながり、現在では酒蔵と消費者をつなぐ経営者として活動している。
結婚については、2025年に仕事を優先する考えを本人が語っているものの、2026年11月時点で公表された結婚発表は確認できない。本人の発言と、ネット上の推測を混同しないことが大切だ。
アイドルとして培った発信力、人と向き合う経験、日本酒の専門知識を組み合わせて新しい仕事を築いた高野祐衣。今後は日本酒プロデュースや地域イベント、店舗事業を通じて、どのような新しい価値を生み出すのかが注目される。
主な取材・確認資料
- 吉本興業「よしもと文化人」公式プロフィール
- 吉本坂46公式サイト「高野祐衣 卒業のご報告」
- 文春オンラインの本人インタビュー
- SAKE Streetの本人インタビュー
- 日刊スポーツ、2025年1月・3月の取材記事
- オリコンニュースの「yuito.」内覧会報道
- 2026年2月のKITTE大阪イベント告知資料