ホーム 芸能人プロフィール・現在 RIKACOと渡部篤郎の結婚・離婚の真相は?2人の息子と2026年の現在を徹底解説

RIKACOと渡部篤郎の結婚・離婚の真相は?2人の息子と2026年の現在を徹底解説

穂積 彩花 穂積 彩花 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

RIKACO(リカコ)と俳優・渡部篤郎は、1993年に結婚し、2人の息子をもうけた後、2005年12月に離婚した。離婚から20年以上が経過した2026年現在、RIKACOは60歳を迎え、タレント・モデルとしての活動に加え、ライフスタイル事業にも取り組んでいる。一方、渡部篤郎も2016年に一般女性と再婚し、新たな家庭を築いている。

2人の離婚理由として報じられたのは、仕事と家庭のバランス、理想とする家庭像の違いなどだ。RIKACO自身も離婚後の生活や息子たちとの関係、再婚に対する考え方をテレビ番組や自身のSNSで語ってきた。現在も注目されるのは、離婚後も渡部姓を名乗る理由や、父親である渡部篤郎との関係、長男・渡部樹也と次男・渡部蓮の近況である。

【結婚から離婚まで】RIKACOと渡部篤郎の出会い・結婚・家族の歴史

rikaco渡部篤郎

RIKACOと渡部篤郎は、1990年代に結婚した芸能界の夫婦として知られている。

当時、RIKACOはモデルやタレントとして幅広く活動し、ファッションやライフスタイルを発信する存在だった。一方、渡部篤郎は俳優としてキャリアを積み重ねていた時期である。

2人の結婚は、年齢や当時の知名度の違いからも話題になった。

結婚後は2人の男児に恵まれ、家庭生活と仕事を両立。RIKACOは育児や暮らしに関する発信でも注目され、渡部篤郎も俳優として代表作を増やしていった。

しかし、夫婦それぞれの仕事が忙しくなるなか、2005年12月に離婚を発表する。

結婚年は1993年が中心だが、一部資料には1994年の表記もある

結婚時期については、1993年とする報道が多い。一方、渡部篤郎のプロフィールや一部の過去記事には1994年と記載されているものもある。

このため、結婚年を扱う際には報道媒体による表記の違いにも注意したい。

長男は1994年11月生まれ、次男は1999年生まれと報じられている。

2人の結婚から離婚までの年表

時期 出来事 詳細
1993年 結婚 RIKACOと渡部篤郎が結婚
1994年11月 長男誕生 長男・渡部樹也が誕生
1999年 次男誕生 次男・渡部蓮が誕生
2005年12月 離婚 約12年間の結婚生活に区切り
2016年6月 渡部篤郎が再婚 30代の一般女性との再婚が報じられる
2016年10月 RIKACOが再婚観を説明 子どもが成人するまでは再婚を考えないと発言
2018年6月 渡部姓について説明 息子たちの意思を尊重した経緯を公表
2024年 息子たちとの交流 長男の30歳の誕生日や親子ショットが話題に
2025年2月 再婚を否定 テレビ番組で「絶対にない」と発言
2025年11月 長男31歳 RIKACOが長男の誕生日を祝福
2026年 60歳の新しい挑戦 息子たちとの交流や新事業への取り組みが報じられる

結婚生活を振り返ると、2人とも仕事上の転換期を経験していた。

渡部篤郎は1998年のドラマ『ラブ・アゲイン』や1999年の『ケイゾク』などで俳優として知名度を高めた。RIKACOもタレント活動だけでなく、雑貨や子ども服などのプロデュースに取り組んでいた。

それぞれの仕事が発展する一方、家庭に求める役割や時間の使い方に違いが生まれていったことが、後の離婚につながる背景として報じられている。

【離婚理由を検証】渡部篤郎の仕事と家庭観、RIKACOが語った本音

RIKACOと渡部篤郎の離婚について、長年検索されているのが「本当の離婚理由」だ。

当時はさまざまな報道や憶測が流れたが、本人たちの発言から読み取れる中心的な論点は、夫婦間の価値観と家庭生活のバランスだった。

渡部篤郎が説明した仕事と家庭のバランス

日刊ゲンダイの過去の芸能報道では、渡部篤郎が離婚理由について、仕事に熱中しすぎて家族とのバランスがうまく取れなくなったという趣旨の説明をしたと紹介されている。

俳優として仕事が増え、活動の幅が広がるなかで、家庭に十分な時間を割くことが難しくなったという背景だ。

この説明は、単純な夫婦げんかや一時的な感情の問題ではなく、生活の優先順位や家族に対する責任の受け止め方が関係していたことを示している。

RIKACOが考えていた家庭像との違い

RIKACO側については、当時の離婚会見で、理想としていた家庭像や父親像と渡部篤郎が求めるものとの違いがあったという趣旨の説明が報じられている。

家庭を大切にしたいという思いがあっても、夫婦が思い描く家族のあり方が一致するとは限らない。

RIKACOは離婚後も、子どもたちを第一に考えた生活を続けてきた。2016年にはシングルマザー向けのキャリア支援イベントに出席し、離婚について次のように話している。

離婚はお互いの責任。その結果を受け入れて、次の1歩を踏み出すのが重要。

この発言からは、離婚を一方だけの責任にするのではなく、自分自身の人生を前向きに進めようとする姿勢がうかがえる。

浮気や女性問題が離婚の原因だったのか

ネット上では、渡部篤郎の女性問題が離婚の原因だったという見方も繰り返し取り上げられてきた。

しかし、2005年の離婚会見について報じた内容によると、女性問題が離婚原因なのではないかという質問に対し、RIKACOは「全くないです」と否定していた。

また、渡部篤郎は2014年のテレビ番組で、過去の浮気が発覚した経験について語ったことがある。

ただし、過去に浮気があったという話と、2005年の離婚の直接的な原因は別の問題だ。

本人の説明を踏まえれば、離婚を女性問題だけで説明するのは正確ではない。夫婦双方の仕事、家庭観、価値観の違いを含めて理解する必要がある。

【離婚後の関係】RIKACOが渡部姓を名乗り続ける本当の理由

RIKACOと渡部篤郎の離婚後の関係で、特に注目されたのが名字の問題だ。

離婚して20年以上が経過しているにもかかわらず、RIKACOは渡部姓を名乗っている。その理由については、2018年6月15日に自身のInstagramで説明している。

息子たちが名字を変えたくないと希望した

RIKACOによると、2005年の離婚時、息子たちは名字を変えたくないという意思を強く示していた。

そのため、RIKACOは息子たちの気持ちを尊重し、自分自身も渡部姓を名乗る形を選んだと説明した。

当時の投稿では、離婚について次のように述べている。

離婚は子供達にはなんの関係もなく親の都合です!

加えて、息子たちにできるだけ負担をかけないよう、子どもたちを優先して人生の選択をしてきたことも明かした。

RIKACOは親権を持ち、息子たちを育ててきた。離婚によって両親の婚姻関係は終わっても、子どもたちにとって父親は1人であるという考えを示している。

渡部篤郎への感謝も公表していた

同じ投稿で、RIKACOは元夫への感謝も記していた。

私に命より大切な可愛い2人を授けてくれたのは間違いなく彼ですから。

この言葉は、離婚した相手を否定するのではなく、子どもたちの父親としての存在を認めていることを示すものだ。

また、息子たちが父親を尊敬していることにも触れていた。

離婚後も2人は良好な関係なのか

2016年、渡部篤郎の再婚が報じられた際、RIKACOはテレビ番組で、再婚相手が誰であっても祝福したいという趣旨の発言をしている。

また、離婚後の子育てについては、父親と母親として協力していくという考え方が報道されていた。

ただし、2026年現在、元夫婦が頻繁に会っている、あるいは現在も友人として親密に交流していると確認できる公表情報はない。

整理すると、次のようになる。

- RIKACOは息子たちの父親として渡部篤郎を尊重してきた。
- 渡部姓を維持した背景には息子たちの希望があった。
- RIKACOは過去に渡部篤郎の再婚を祝福する意向を示していた。
- 現在の元夫婦間の具体的な交流頻度は公表されていない。

離婚後の関係を理解するうえでは、夫婦としての関係と、子どもたちを通じた親としての関係を分けて考えることが大切だ。

【2人の息子の現在】長男・渡部樹也と次男・渡部蓮の仕事と親子関係

RIKACOと渡部篤郎の間には、2人の男児がいる。

離婚当時、長男は11歳、次男は7歳だったと報じられている。RIKACOはその後、シングルマザーとして2人を育ててきた。

現在は2人とも成人し、それぞれの分野で活動している。

長男・渡部樹也は脚本家・演出家・俳優

の長男は、渡部樹也。

俳優としての活動に加え、舞台の脚本や演出にも携わっている。

RIKACOは2022年にテレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した際、長男について、作家を目指して舞台の脚本を書いたり演出を担当したりしていると紹介した。

その後も長男との親子共演や仕事上の交流が報じられている。

2024年11月には、長男の30歳の誕生日を祝う親子ショットをInstagramに投稿。家で一緒に料理を楽しんだことも紹介していた。

さらに2025年11月25日には、31歳の誕生日を迎えた長男を祝福。

RIKACOは、幼い頃の親子共演や舞台での経験を振り返り、大人になった現在も脚本・演出・俳優などさまざまな活動に挑戦していることを伝えた。

長男がRIKACOのYouTubeチャンネルの立ち上げを後押ししたことも明かされている。

次男・渡部蓮はモデル・俳優として活動

次男は渡部蓮。

2022年の『徹子の部屋』出演時、RIKACOは次男について、モデルとして活動しながら海外の仕事にも取り組んでいると説明していた。

将来的には海外でも活躍できる俳優を目指しているという話も紹介されている。

2025年5月の報道では、次男も俳優として紹介されており、芸能分野で活動の幅を広げている。

RIKACOは2025年5月のSNS投稿で、次男の新車の助手席に乗り、一緒に食事へ出かけたことも報告した。

幼少期の記憶を息子と振り返る何気ない会話からも、親子の距離の近さが伝わってくる。

RIKACOのシングルマザー子育て方針

RIKACOは、離婚後の子育てについて自身のYouTubeチャンネルなどで振り返っている。

2024年の子育てに関する発信では、子どもたちが20歳になるまでは子ども中心の生活にすると決めていたことを明かした。

子どもに特定の職業や将来像を押しつけるのではなく、さまざまな経験をさせることを重視していたという。

スポーツでは、長男と次男がテニスを経験。次男はその後、ゴルフやサッカーなどにも取り組んだ。

また、2人がインターナショナルスクールに通っていたことも報じられている。

RIKACOの子育てで特徴的なのは、子どもの将来を親が決めるのではなく、本人が興味を持ったことを経験できる環境を整えようとしていた点だ。

離婚後の生活は決して簡単なものではなかったはずだが、現在の息子たちとの交流からは、長い時間をかけて築いてきた親子関係がうかがえる。

【2026年最新】RIKACOと渡部篤郎の現在・再婚・家族の近況

2026年11月現在、RIKACOは60歳。渡部篤郎も俳優として活動を続けている。

2人はすでに別々の家庭生活を送っており、それぞれの近況にも違いが見られる。

RIKACOは60歳を迎え、息子たちとの交流を継続

2026年3月31日、RIKACOは息子たちが誕生日を祝ってくれたことをSNSで報告した。

家族で過ごす時間について、60代も家族仲良く笑いの絶えない日々にしたいという思いをつづっている。

また、2026年9月には、1年間スクールに通ってフラワーアレンジメントを学ぶ決意を公表した。

この挑戦については、息子たちが背中を押してくれたことも明かしている。

さらに2026年11月1日には、自身が手掛けるライフスタイルブランドの新しい拠点「LOVE GIVES LOVE HOUSE」のオープンを報告した。

世田谷に設けたウェルネスをテーマにした空間で、手料理やゲストを迎える様子も紹介されている。

離婚後のシングルマザー生活を経て、息子たちが成人した現在は、自分自身の新しい挑戦にも力を入れている。

渡部篤郎は2016年に再婚、現在は3人の子どもの父親

渡部篤郎は2016年6月末、30代の一般女性と再婚したことが所属事務所の確認を伴う報道で明らかになった。

2023年の『徹子の部屋』では、現在の妻との生活や3人の子どもについて語っている。

そして2026年10月9日、NHK『あさイチ』に出演した際には、現在の家庭について改めて話題になった。

報道によると、渡部篤郎は現在、長男・長女・次女の3人を育てている。

RIKACOとの間に生まれた2人の息子とは別に、再婚後の家庭でも父親として子育てを続けているということだ。

同番組では、家族との旅行についても触れ、俳優であると同時に普通の父親として子どもたちとの時間を大切にしていると語った。

RIKACOはなぜ再婚しないのか

RIKACOの再婚観は、過去の発言から現在に至るまで変化している。

2016年10月、シングルマザー支援イベントに出席した際には、子どもが成人するまでは再婚を考えないと説明した。

その理由として、息子から「お母さんは再婚しないよね。僕のお父さんは一人でいい」と言われたことも明かしている。

その後、子どもたちは成人した。

しかし、2025年2月17日、フジテレビ系『ぽかぽか』に出演したRIKACOは、再婚について次のように発言した。

絶対にない。

加えて、恋愛についても率直な考えを語り、スタジオの笑いを誘った。

同月22日には自身のSNSで、現在恋愛をしていないことを過去の結婚に執着していると解釈されることへの違和感を表明。

「離婚して良かったと心から思っている」という趣旨の言葉も投稿し、自分の価値観を大切にして生きていく姿勢を示した。

ここで注目したいのは、RIKACOが再婚しない理由を、単に子どもたちのためだけに説明しているわけではないことだ。

子どもが成人した後も、自分の人生を自分で選び、パートナーを必要としない生活に満足しているという考え方に変わっている。

2026年11月現在、RIKACOの再婚が発表された事実はない。

【よくある質問】RIKACOと渡部篤郎に関するFAQ

Q1:RIKACOと渡部篤郎はいつ結婚して、いつ離婚した?

1993年に結婚したとする報道が多く、2005年12月に離婚した。一部資料には結婚年を1994年とする表記もある。2人の間には長男・渡部樹也と次男・渡部蓮がいる。

Q2:RIKACOと渡部篤郎の離婚理由は浮気だった?

本人たちの説明や当時の報道では、仕事と家庭のバランス、理想とする家庭像の違いなどが背景として伝えられている。RIKACOは離婚会見で女性問題が原因という見方を否定していた。

Q3:RIKACOが現在も渡部姓を名乗っているのはなぜ?

離婚時に息子たちが名字を変えたくないと希望したため。RIKACOは息子たちの意思を尊重し、自身も渡部姓を名乗る形を選んだと2018年に説明している。

Q4:RIKACOの長男と次男は現在何をしている?

長男の渡部樹也は脚本・演出・俳優として活動。次男の渡部蓮はモデル・俳優として活動している。

Q5:渡部篤郎は現在再婚している?

はい。2016年6月末に一般女性と再婚した。2026年10月の報道では、現在は1男2女の3人の子どもを育てていることも紹介された。

Q6:RIKACOは今後再婚する可能性がある?

2025年2月のテレビ出演で「絶対にない」と発言している。2026年11月現在、再婚の発表はなく、自分の人生や仕事を大切にする生活を送っている。

まとめ:RIKACOと渡部篤郎の離婚後、それぞれが選んだ人生

RIKACOと渡部篤郎は、1993年に結婚し、2人の息子を育てた後、2005年12月に離婚した。

離婚理由として伝えられてきたのは、仕事と家庭のバランス、家庭に対する価値観の違いなどである。女性問題だけを離婚の原因とする説明は、本人の当時の発言とは一致しない。

離婚後、RIKACOはシングルマザーとして長男・渡部樹也と次男・渡部蓮を育てた。渡部姓を名乗り続けた背景にも、息子たちの意思を尊重する母親としての判断があった。

渡部篤郎は2016年に再婚し、現在は新しい家庭で3人の子どもを育てながら俳優活動を続けている。

一方のRIKACOは2026年に60歳を迎え、息子たちとの交流を大切にしながら、新しい事業や学びにも挑戦している。

この2人の歩みから見えてくるのは、離婚によって夫婦としての関係が終わっても、親としての役割や子どもたちとの絆までなくなるわけではないということだ。

そして、RIKACO自身が繰り返し発信しているのは、過去の結婚に人生を縛られず、自分の価値観でこれからの時間を選んでいくという姿勢である。

2026年現在、2人はそれぞれ異なる家庭と人生を歩んでいる。今後も注目すべきなのは、過去の離婚の噂だけではなく、成人した息子たちの活動と、RIKACO自身が切り開いていく新しいライフステージだろう。

主な事実確認に使用した報道資料:

同じカテゴリの記事

穂積 彩花
トレンドリサーチャー 穂積 彩花
プロフィールを見る →

取材デスクとして10年以上の取材経験。geinou領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事