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城島茂の若い頃はイケメン?15歳の入所からTOKIO結成、2026年の現在まで徹底解説

真壁 直樹 真壁 直樹 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

元TOKIOのリーダー・城島茂は、若い頃どのような姿だったのでしょうか。現在は親しみやすい笑顔や独特のダジャレ、落ち着いたリーダー像で知られていますが、デビュー前はジャニーズ事務所に15歳で入所した、正統派アイドルとしての一面も持っていました。若い頃の写真が公開された際には、その端正な顔立ちや現在とは異なる雰囲気にも注目が集まりました。

城島茂の歩みを振り返ると、少年隊への憧れ、高校時代のギターとの出会い、平家派での活動、山口達也とのバンド結成、そして1990年のTOKIO結成へとつながる物語が見えてきます。さらに2025年のTOKIO解散を経て、2026年1月には株式会社城島ファームを設立。55歳となった現在まで、若い頃からの経験がどのようにつながっているのかを、写真や報道、公式発表を交えて解説します。

【若い頃の写真】城島茂は本当にイケメンだった?10代・20代のアイドル時代

城島茂若い頃

城島茂の若い頃を語るうえで欠かせないのが、現在の親しみやすいリーダー像とは異なる、アイドルとしての姿です。

1970年11月17日生まれの城島は、奈良県で少年時代を過ごしました。ジャニーズ事務所に入所したのは15歳。10代後半から20代前半にかけては、アイドルとしてテレビや雑誌などに登場していました。

若い頃の写真で注目される端正な顔立ち

2018年12月に放送された日本テレビ系『1周回って知らない話』では、城島のジャニーズ時代を振り返る映像が紹介されました。

番組で若い頃の城島を見た岡田結実は、当時の華やかな雰囲気に驚いた様子を見せています。この放送を取り上げたWEBザテレビジョンの記事も、若き日の城島のキラキラした姿を伝えていました。

また、2019年11月の文春オンラインの記事では、49歳の誕生日に合わせて城島の若い頃からの歩みが紹介され、当時の写真も掲載されました。

こうした写真や映像から分かるのは、現在の穏やかな表情とは異なる、若々しくアイドルらしい雰囲気です。髪型や衣装も当時の男性アイドルのスタイルを反映しており、長年のファンにとっては懐かしい姿でしょう。

なぜ「若い頃はイケメン」と話題になるのか

城島の若い頃がイケメンと評される理由は、単に顔立ちだけではありません。

現在はダジャレや自然体のトーク、農作業に取り組む姿など、親しみやすいキャラクターが定着しています。一方、若手時代はステージに立つアイドルとして、衣装や髪型を整えた華やかな姿を見せていました。

つまり、若い頃と現在では、活動する場所や求められる役割が大きく変化しています。そのギャップこそが、過去の写真を見た人に新鮮な驚きを与える理由です。

【15歳でジャニーズ事務所入所】城島茂が少年隊に憧れた理由とは?

城島茂が芸能界を目指したきっかけは、先輩グループの少年隊でした。

2018年12月放送の『1周回って知らない話』で紹介されたエピソードによると、中学3年生の冬、進路に悩んでいた城島はテレビで歌う少年隊の姿を見て、大きな衝撃を受けたといいます。

それまで将来の目標が定まっていなかった少年にとって、テレビの中でスポットライトを浴びるアイドルの姿は、憧れの対象になりました。

少年隊を見て芸能界入りを決意

当時の城島が惹かれたのは、歌やダンスだけではなく、ステージで輝くアイドルの世界そのものだったと報じられています。

番組では、少年隊を見たことをきっかけに、自分もジャニーズでアイドルになろうと決意した経緯が紹介されました。

その後、高校に進学してからジャニーズ事務所に履歴書を送付。約1か月後、当時のジャニー喜多川本人から実家に電話がかかってきたといいます。

オーディションなしで合格した15歳

興味深いのは、城島が通常のオーディションを受けずに入所したというエピソードです。

2018年の番組報道によれば、ジャニー喜多川本人から直接連絡があり、高校1年生のときに合格。いわゆるオーディションなしの入所でした。

1986年、15歳で芸能界への第一歩を踏み出した城島は、期待の新人としてファッション誌『Seventeen』のモデルの仕事も経験しています。

しかし、華々しいスタートの後、約1年半は仕事が少ない時期を過ごしました。この空白の時間に地元の同級生とバンドを組み、ギターの練習に打ち込んでいたことが、後の人生を大きく変えることになります。

【平家派時代と高校時代】奈良商業高校で磨いたギターが人生を変えた

城島茂の若手時代を理解するためには、平家派での活動と、奈良で過ごした高校時代を切り離せません。

光GENJIのバックダンサーグループ・平家派

城島はジャニーズ事務所に入所した後、平家派に所属しました。

平家派は、当時大きな人気を集めていた光GENJIのバックダンサーとして活動したジャニーズJr.のグループです。後にTOKIOで活動する山口達也や国分太一、V6のメンバーとなる坂本昌行、長野博、井ノ原快彦らも関係したことで知られています。

ただし、平家派は現在の固定メンバー制のグループとは異なり、活動の場によって参加者が入れ替わるユニットでした。

当時の城島は、バックダンサーとして経験を積みながら、自分の進むべき道を模索していました。

奈良商業高校に通いながら芸能活動

城島が通っていた高校は、奈良県立奈良商業高等学校です。

高校時代は奈良に住みながら芸能活動を続け、卒業後に上京しました。芸能界に入ったからといって、すぐに東京で華々しい生活を送っていたわけではありません。

むしろ、仕事が少ない時期には地元の友人と過ごし、文化祭でバンドを組むなど、一般の高校生に近い時間も経験していました。

ダンスが苦手だった城島を支えたギター

城島のアイドル時代には、意外な弱点がありました。それはダンスが得意ではなかったことです。

2019年9月のスポニチアネックスのインタビュー報道では、城島自身がダンスレッスンを受け始めたのは18歳頃だったと振り返っています。振付の先生からリズム感について指摘されたエピソードも明かしていました。

一方、ギターは高校時代から練習していた得意分野でした。

同級生に誘われて文化祭でバンドを組んだことをきっかけに、ギターを熱心に練習。ダンスが苦手という課題を抱えるなかで、楽器という自分の強みを見つけていったのです。

アイドルとしての弱点を別の才能で補おうとしたことが、後にロックバンド形式のTOKIOを生み出す重要な土台になりました。

【年表で徹底整理】城島茂の若い頃からTOKIO結成・CDデビューまで

城島茂の芸能人生は、事務所への入所からCDデビューまで約8年間の下積みを経ています。主な出来事を時系列で整理すると、その成長の過程が分かります。

時期 出来事・関係者 主な内容と意味
1970年11月17日 城島茂誕生 千葉県生まれ。奈良県で育つ。
1985年 少年隊への憧れ テレビで少年隊を見て芸能界を目指す。
1986年 ジャニーズ事務所入所 15歳、高校1年生で入所。
1988年頃 平家派・光GENJI 光GENJIのバックダンサーとして活動。
1988年 ドラマ出演 『あぶない少年III』でドラマ出演。
1989年 城島茂バンド 山口達也らとバンド活動を展開。
1990年4月 TOKIO結成 国分太一、松岡昌宏らとグループを結成。
1994年9月21日 CDデビュー 「LOVE YOU ONLY」で5人組TOKIOとしてデビュー。
1995年 『ザ!鉄腕!DASH!!』 TOKIOの活動を音楽以外にも広げる。
2025年6月25日 TOKIO解散 公式発表により31年のグループ活動に区切り。
2026年1月1日 城島ファーム設立 城島茂が代表取締役として新会社を創業。

この年表で特に注目したいのは、1986年の入所から1994年のデビューまでに長い時間があったことです。

早い段階で芸能界に入ったものの、すぐにトップアイドルとして活躍できたわけではありません。平家派での活動、仕事が少なかった時期、ギターの練習など、複数の経験が重なってTOKIOの結成につながりました。

なお、1994年9月21日の「LOVE YOU ONLY」の発売日は、STARTO ENTERTAINMENTの公式ディスコグラフィーにも記録されています。

【山口達也との若い頃】城島茂バンドからTOKIOへつながった音楽的な絆

城島茂の若手時代を語るうえで、山口達也の存在も重要です。

2人は平家派で活動した仲間であり、後に城島茂バンドを結成した音楽的なパートナーでもありました。

ギターの城島とベースの山口

高校時代からギターを練習していた城島と、ベースを弾くことができた山口達也。2人はそれぞれの楽器の経験を生かし、城島茂バンドを結成しました。

文春オンラインの2019年の記事によれば、2人は光GENJIのバックを担当することもありました。ただし、当初からバックミュージシャンとして十分な仕事があったわけではありません。

この時期の活動は、現在のTOKIOのように知名度のあるグループの仕事とは大きく異なります。まだデビューも決まっていない若手が、音楽を武器に自分たちの居場所をつくろうとしていた時代でした。

城島茂バンドからTOKIO結成へ

城島がギターを弾いていたことは、後のグループ構想にも影響しました。

めざましmediaが紹介した城島の回想によると、合宿所でギターを弾く姿を見たジャニー喜多川から、楽器が好きならバンドを組んでみてはどうかと提案されたことがTOKIO結成のきっかけの一つになったといいます。

城島はその後、松岡昌宏や国分太一らに声をかけ、音楽活動の仲間を集めていきました。長瀬智也も加わり、1994年のデビュー時には城島、山口、国分、松岡、長瀬の5人編成となります。

つまり、城島の若い頃のギター練習は、単なる趣味ではありませんでした。アイドルとしての進路を模索していた少年が、自分の得意分野を見つけ、それをグループの個性に変えていったのです。

【2026年最新】城島茂の現在は?TOKIO解散後と城島ファーム設立

2026年11月現在、城島茂は55歳です。1970年11月17日生まれで、同月17日に56歳の誕生日を迎えます。

現在の活動を理解するには、2025年から2026年にかけての大きな変化を押さえておく必要があります。

2025年6月25日にTOKIOが解散

2025年6月25日、TOKIOは公式サイトを通じてグループの解散を発表しました。

国分太一のコンプライアンス違反を巡る問題を受け、メンバー間で話し合った結果、グループとしての活動に区切りをつける判断に至りました。

1994年のCDデビューから31年。城島、松岡、国分を中心とするグループの歴史は、ここで幕を下ろしました。

また、STARTO ENTERTAINMENTとの契約も満了し、城島は新たな活動体制へ移行することになります。

2026年1月1日、株式会社城島ファームを設立

2026年の大きな転換点となったのが、株式会社城島ファームの設立です。

同社の公式情報によると、創業日は2026年1月1日。城島自身が代表取締役を務め、資本金は1,000万円です。

会社のコンセプトとして掲げられたのは、次の言葉です。

「今日を耕し、明日を育てる。」

城島ファームが掲げる事業は、主に次の4分野です。

  • 芸能活動:テレビ、ラジオ、雑誌、執筆活動など。
  • 講演・教育連携:暮らし、子育て、地域、農業、福祉などに関する講演や教育活動。
  • EC・地域連携事業:地域産品や生産者の思いを伝える販売・発信。
  • 社会的連携・プロジェクト推進:農福連携、事業承継支援、地域課題の解決など。

ここで注意したいのは、城島ファームという名称から、農場経営だけを目的とした会社だと理解するのは正確ではないという点です。

実際には、芸能活動を継続しながら、教育、地域、福祉、ECなどを横断する事業を展開する会社として設立されています。

2026年現在も芸能活動を継続

城島ファームの公式サイトでは、城島の出演番組として『ザ!鉄腕!DASH!!』『らくらく茂』『リーダーズサーチ!街でウワサの匠さん』などが掲載されています。また、MBSラジオの『アッパレやってまーす!』も紹介されています。

2026年11月上旬の番組表にも『ザ!鉄腕!DASH!!』やBS12の『城島茂 昭和の名曲!〜あの年あの歌あの記憶〜』などの出演情報が掲載されています。

若い頃はアイドルとしてステージに立ち、TOKIOではギターを担当。その後は農業や地域活動にも携わってきました。2026年は、こうした経験を自身の会社を通じて次の事業へつなげる段階に入っています。

【プロの結論】城島茂の若い頃を知ると現在のリーダー像がもっと分かる

城島茂の若い頃を振り返ると、単に昔はイケメンだったという話だけでは終わりません。

15歳でジャニーズ事務所に入り、平家派で経験を積みながらも、すぐにCDデビューできたわけではありませんでした。仕事が少ない時期にギターを練習し、山口達也とバンドを組み、自分にできることを探してきた経歴があります。

ここから読み取れるのは、城島のキャリアが得意分野を見つけ、それを長期的な活動の軸に育ててきた歴史だということです。

ダンスが苦手だったことは、アイドルとしては不利に見えた可能性があります。しかし、ギターという強みがあったからこそ、バンド形式のTOKIOという独自の個性が生まれました。

加えて、長年のテレビ活動で培った経験は、農業や地域との交流、教育・社会連携といった新しい分野にもつながっています。

若い頃の写真を探す際にも、単に「イケメンかどうか」だけで判断するのではなく、当時の番組映像や雑誌写真、本人の後年の回想を合わせて見ると、より立体的に人物像を理解できます。特に2018年の『1周回って知らない話』や、2019年の文春オンラインの記事は、若手時代を知る手がかりになります。

若い頃の城島茂は、華やかなアイドルであると同時に、デビューまで時間をかけて自分の強みを探していた青年でした。その経験が、現在の落ち着いたリーダー像を形づくる大きな要素になっています。

城島茂の若い頃に関するよくある質問(FAQ)

Q1:城島茂は何歳でジャニーズ事務所に入所しましたか?
A1:1986年、高校1年生の15歳で入所しました。少年隊のパフォーマンスに憧れ、自ら履歴書を送ったことが芸能界入りのきっかけです。

Q2:城島茂は若い頃、どこの高校に通っていましたか?
A2:奈良県立奈良商業高等学校です。在学中も芸能活動を続け、同級生とバンドを組んでギターを練習していました。

Q3:城島茂と山口達也は若い頃から一緒に活動していたのですか?
A3:はい。2人は平家派で活動し、城島茂バンドも結成しました。城島がギター、山口がベースを担当し、後のTOKIOにつながる音楽活動を経験しています。

Q4:TOKIOの結成とCDデビューは何年ですか?
A4:TOKIOは1990年4月に結成され、1994年9月21日にシングル「LOVE YOU ONLY」でCDデビューしました。

Q5:城島茂は2026年現在、何をしていますか?
A5:2026年1月1日に株式会社城島ファームを設立し、代表取締役を務めています。テレビやラジオなどの芸能活動を継続しながら、地域連携、教育、農福連携などの事業にも取り組んでいます。

まとめ:城島茂の若い頃から2026年の新たな挑戦へ

城島茂の若い頃は、15歳でのジャニーズ事務所入所、平家派での活動、奈良商業高校時代のギター練習など、現在の姿からは想像しにくい下積みと挑戦の連続でした。

山口達也との城島茂バンドを経て、1990年にTOKIOを結成。1994年の「LOVE YOU ONLY」でCDデビューを果たし、長年にわたって音楽やテレビの世界で活躍しました。

2025年のTOKIO解散という大きな節目を経た後も、2026年には株式会社城島ファームを設立し、新たな事業に挑戦しています。

若い頃の写真に映るアイドルとしての輝きと、55歳となった現在の穏やかな表情。その間には、長い下積みと音楽への情熱、そして活動領域を広げてきた歴史があります。

城島茂の魅力は、若い頃のルックスだけではなく、時代や環境が変わっても自分の強みを生かし、新しい役割に挑戦し続ける姿勢にあるのと考えられます。2026年に始まった城島ファームの今後の展開にも注目が集まります。

主な事実確認資料: 文春オンライン、WEBザテレビジョン、スポニチアネックス、STARTO ENTERTAINMENT公式ディスコグラフィー、城島ファーム公式サイト、テレビ朝日ニュース、番組表.Gガイド。

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真壁 直樹

美容・ファッション担当として8年以上の取材経験。beauty領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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