俳優・歌手として活躍する柴咲コウさんは、2020年に北海道に一軒家を建て、東京と北海道を行き来する二拠点生活を始めました。北海道出身の両親との縁や、自然に囲まれた暮らしへの憧れが、その背景にあります。
2026年4月19日放送のTBS系「日曜日の初耳学」でも、北海道に家を建てた本当の理由や、父親のために用意した家を現在は自分で利用しているというエピソードを披露。加えて、冬にはマイナス20度に達する環境で、薪割りや畑仕事を楽しむ姿も紹介されました。
【2026年最新】柴咲コウは北海道に完全移住した?東京との二拠点生活の実態
最初に気になる疑問への答えを整理すると、柴咲コウさんは北海道へ完全移住したわけではありません。北海道に自宅を持ちながら、東京にも生活拠点を残す二拠点生活を送っています。
2026年4月19日放送の「日曜日の初耳学」では、2020年に建てた北海道の家と東京の家を行き来する現在の生活が紹介されました。森に囲まれた北海道の自宅で過ごす姿や、薪ストーブのために薪を割る様子なども放送されています。
また、2025年6月放送のTBS系「櫻井・有吉THE夜会」でも、北海道と東京の二拠点生活が取り上げられました。東京の自宅では、愛猫のクレアとのえると暮らす様子も紹介されています。
北海道と東京では暮らしの役割が異なる
柴咲さんの生活を理解するうえで重要なのは、二つの拠点を単純な自宅と別荘という関係だけで捉えないことです。
東京は俳優・歌手としての仕事や会社経営など、都市型の活動を進める場所。一方、北海道は自然の中で生活を楽しみ、食や農、環境について実践的に学ぶ場所という性格を持っています。
本人も2021年の北海道テレビ放送のインタビューで、当時は東京で過ごす時間のほうが長いと説明していました。仕事の予定によって北海道で過ごす時間が変わるという柔軟な生活スタイルです。
2026年も俳優・歌手としての活動は継続しており、公式サイトでは11月から2027年1月にかけて全国14都市15公演のライブツアーが告知されています。北海道だけに生活の中心を移したという状況ではありません。
【いつから北海道に?】2020年の家の完成と二拠点生活の始まり
柴咲コウさんが北海道に自宅を構えたのは2020年です。
ただし、北海道との縁そのものはもっと以前からありました。両親が北海道出身で、子どもの頃から夏休みや冬の旅行などを通して北海道の自然に親しんでいたためです。
2021年4月に公開された文藝春秋の福岡伸一さんとの対談では、北海道への移住を考え始めたことや、家を建築していた当時の状況について語っています。2020年には建築中だった家が完成し、東京で仕事がないときに北海道で過ごす生活が始まっていました。
柴咲コウと北海道をめぐる主な出来事
| 時期 | 出来事 | 関係・意味 |
|---|---|---|
| 幼少期 | 北海道を訪れる | 両親の故郷で自然に親しむ |
| 2016年11月 | レトロワグラース設立 | 持続可能な社会を目指す事業を開始 |
| 2018年7月 | 環境特別広報大使に就任 | 環境や自然への関心を社会的な活動へ広げる |
| 2020年 | 北海道の家が完成 | 東京との二拠点生活を開始 |
| 2021年 | 北海道の家や畑仕事を公開 | 自然と共に暮らす生活が広く知られる |
| 2024年3月 | 環境省のインタビューに登場 | 畑仕事や自然との共生について説明 |
| 2025年6月 | テレビ番組で食生活を紹介 | 自家製の味噌や納豆、畑仕事などを公開 |
| 2026年4月 | 「日曜日の初耳学」に出演 | 父親のために建てた家と冬の暮らしを紹介 |
注目したいのは、北海道での生活が単なる休暇のための別荘利用から、実際に自分の手で暮らしを作る活動へと発展している点です。
2020年に家を建てた後、畑づくりや食材の加工などにも取り組むようになりました。住まいを確保することがゴールではなく、生活そのものを見直すための新しい挑戦だったことがうかがえます。
【なぜ北海道を選んだ?】移住理由は両親のルーツと父親への思い
柴咲コウさんが北海道を選んだ理由には、家族とのつながりと自然への思いという二つの大きな背景があります。
父親は旭川、母親は礼文島の出身
柴咲さん自身は東京都生まれ、東京育ちですが、両親はともに北海道出身です。
2021年8月の北海道テレビ放送「SODANE」のインタビューでは、母親は礼文島、父親は旭川の出身だと本人が明かしています。
子どもの頃には父親にスキーへ連れて行ってもらうなど、北海道は幼少期から身近な場所でした。本人にとって北海道は、旅行先というだけではなく、家族の歴史につながる土地でもあったのです。
北海道の家はもともと父親のためだった
北海道に家を建てた直接的な理由として、柴咲さんは父親への思いを語っています。
父親が北海道を好きで、故郷に帰りたいという気持ちを持っていたことから、北海道に住める場所を用意しようと考えたのです。
2021年に公開された北海道の自宅紹介でも、本人は父親が東京の暑い夏を避けて過ごせるように家を建てたと説明していました。
ところが、実際に家が完成しても父親はなかなか北海道へ来なかったそうです。
2026年4月の「日曜日の初耳学」では、改めて当時の経緯を振り返り、次のように話しました。
「父が北海道好きだし、“帰りたい”と言っていたので、作った」
「実際作ったら、全然行ってくれなくて。なので、自分が利用しているって感じです」
父親のために建てた家が、結果的には柴咲さん自身の生活を豊かにする場所になったというエピソードです。
新型コロナ禍が生活を変えるきっかけに
家族との縁に加えて、二拠点生活を具体化するきっかけになったのが新型コロナウイルスの感染拡大でした。
2021年のSODANEのインタビューで柴咲さんは、緊急事態宣言によって思いがけず余暇ができ、東京での暮らしの中で自然に触れたいという気持ちが強くなったと説明しています。
また、2022年のフジテレビ系「ボクらの時代」では、東京で仕事をするだけの生活に飽きてきたことや、動物や植物を身近に感じられる時間を大切にしたいという考えを語りました。
つまり、北海道への移住理由は一つではありません。父親の故郷に住める場所を作りたいという家族への思いと、自分自身の人生を自然に近い場所で再構築したいという願いが重なった結果なのです。
【自宅は北海道のどこ?】東川町と報じられた森に囲まれた一軒家
柴咲コウさんの北海道の自宅について、報道で名前が挙がっているのが北海道上川郡東川町です。
2021年の週刊新潮による報道では、北海道中央部に位置し、大雪山を望む東川町の一角に自宅があると紹介されました。
ただし、本人の公式発表で自宅の正確な所在地が公開されているわけではありません。町内の詳しい住所や敷地の位置を特定できる情報は公表されていません。
森に囲まれた一軒家の特徴
2021年7月、柴咲さんは所属会社レトロワグラースの公式YouTubeチャンネルで、北海道の自宅をルームツアー形式で公開しました。
本人の説明によれば、東京の住まいがマンションであるのに対し、北海道の住まいは森に囲まれた一軒家です。
公開された映像からは、次のような特徴が確認できます。
- 森の景色を眺められる大きな窓のあるリビング
- 冬の暖房に使う薪ストーブ
- 木のぬくもりを感じるダイニング
- 広いキッチンと和室
- 雪かき用品や長靴を置いた玄関
- アンティーク家具を取り入れた室内
単に豪華さを追求した住宅というより、自然の景色や木材の質感を生かした落ち着きのある住まいです。
建築を依頼したのは北の住まい設計社
北海道の自宅づくりで柴咲さんが出会ったのが、東川町にある家具メーカー・建築関連企業の北の住まい設計社です。
2021年のSODANEの取材では、北海道産の木材を大切に使い、長く続くものづくりを実践する同社の姿勢に共感したことを語っています。
文藝春秋の対談でも、地元の設計会社に依頼し、なるべく合成的な素材を使わず、木材が呼吸できる家を目指したと説明していました。
こうした選択からも、柴咲さんが北海道の家に求めたものが、単なる居住空間ではなく、自然との調和を感じられる生活環境だったことが分かります。
【畑仕事・牧場経営】柴咲コウの北海道での農業と共同ファームの実像
柴咲コウさんの北海道生活を特徴づけるもう一つの要素が、畑仕事やファームでの活動です。
ネット上では「牧場を経営している」「自給自足の生活をしている」と紹介されることがありますが、実際には複数の活動を分けて理解する必要があります。
畑仕事は土づくりから始めた
2021年8月のSODANEでは、柴咲さんが有機栽培に挑戦する様子が紹介されました。
指導役として参加したのは、長崎で長年有機野菜づくりに取り組んできた吉田俊道さんです。「菌ちゃん先生」の愛称で知られ、微生物の力を生かした土づくりを広めている人物です。
柴咲さんは、雑草を刈り取り、もみ殻を使った土づくりや畝づくりなどを体験。最初から完成した畑を利用するのではなく、土壌の状態を整えるところから取り組みました。
2024年3月に公開された環境省の公式インタビューでも、北海道で畑仕事を続けていることを説明しています。土づくりから始め、自分が食べたい野菜を育てているとのことです。
実際に育てた野菜として、空心菜やキュウリなども紹介されています。一方で、畑には鹿やイノシシなどの野生動物による被害もあり、自然と共に暮らす難しさも経験しています。
牧場は友人との共同運営
柴咲さんには、北海道で友人と共同運営するファームがあることも、本人の公式サイトで紹介されています。
2020年9月12日付の公式ニュースでは、北海道を巡る旅の企画として「ポロファーム編」を公開。広大な土地で馬や羊などを飼育する共同運営のファームを紹介しました。
加えて、2021年の女性自身の報道では、牧場の共同経営や農畜産物の生産・加工・販売、ポロ競技馬の生産・調教などについて伝えられています。
この報道で重要なのは、柴咲さんが一人で牧場を運営しているのではなく、友人との共同事業として関わっている点です。また、2020年の公式発信でも共同運営であることが明示されています。
完全な自給自足ではなく、暮らしを実験する姿勢
柴咲さんの北海道生活を自給自足という言葉だけで説明するのは正確ではありません。
2025年6月の「櫻井・有吉THE夜会」では、味噌や醤油を一から作ってみたいという思いや、大豆をつぶして納豆を作る取り組みを紹介しました。
梅干しや梅酒、梅ジュースづくりにも取り組んでいますが、本人は梅そのものを栽培しているわけではなく、取り寄せた梅を加工していると説明しています。
この点は重要です。北海道の生活は、すべての食料を自分で生産する完全自給自足ではなく、食材の生産や加工を自分で体験しながら、生活の一部を循環させていく試みなのです。
【冬の暮らしは過酷?】マイナス20度の北海道生活と薪ストーブ
森に囲まれた北海道の暮らしは魅力的ですが、冬には厳しい寒さとの付き合いが欠かせません。
2026年4月19日放送の「日曜日の初耳学」で、柴咲さんは北海道の冬について、マイナス20度ほどになることがあると説明しました。
加えて、つららが約1メートルになることもあると話しています。テレビでは薪ストーブ用の薪を割る様子も紹介されました。
薪ストーブのある生活は手間も伴う
北海道の自宅には薪ストーブが設置されています。
薪ストーブは炎のある空間を楽しめる一方、薪の準備や保管、火の管理などが必要です。柴咲さんも薪割りを実践しており、暖房を使うだけではなく、暖を取るための準備にも参加しています。
2021年の文藝春秋の対談では、自然の中で暮らす理想と現実の違いについても語っていました。
特に野菜づくりについては、北海道の冬が長いため、初心者が食べるための野菜を育てるのは簡単ではないと実感したそうです。そのため、近所の人から教わりながら、まず土づくりからやり直そうと考えていました。
自然を楽しむだけではなく、自然の厳しさも受け入れる
2024年の環境省インタビューでは、車の運転中に鹿が目の前を横切った経験や、野生動物との適切な距離についても話しています。
自然の中で暮らすことは、景色を眺めたり、野菜を育てたりする楽しさだけではありません。動物との接触、気候の変化、農作物への被害など、都市生活では意識しにくい問題にも直面します。
柴咲さんの北海道生活は、こうした自然の厳しさも含めて体験する暮らしです。華やかな別荘生活というイメージだけでは見えてこない、日々の作業や学びがそこにはあります。
【プロの結論】柴咲コウの北海道移住の真相とよくある誤解
柴咲コウさんの北海道生活をめぐる情報を整理すると、ネット上で混同されやすいポイントがいくつかあります。
誤解1:北海道に完全移住して東京を離れた
これは正確ではありません。2026年4月のテレビ出演でも、北海道と東京の二拠点生活を続けていることが報じられています。
誤解2:北海道の家は父親が現在住んでいる
家を建てた当初の目的は父親に住んでもらうことでしたが、2026年の本人の説明では、実際には父親があまり利用せず、自分で使っているとのことです。
誤解3:北海道で完全な自給自足を実現している
畑仕事や味噌づくり、納豆づくりなどに取り組んでいますが、すべての食材を自分で生産しているわけではありません。自給自足の完成形というより、食や農を自分で体験する過程を大切にしています。
誤解4:牧場を一人で経営している
公式発信では友人との共同運営と紹介されています。牧場経営という表現は間違いではありませんが、単独経営と理解するのは適切ではありません。
北海道での生活から読み取れる本質
柴咲さんの選択で興味深いのは、東京での仕事を捨てて北海道に移ったのではなく、異なる環境を組み合わせることで、自分にとっての豊かさを追求していることです。
2016年に持続可能な社会を目指すレトロワグラースを設立し、2018年には環境省の環境特別広報大使に就任。北海道での畑仕事や自然との暮らしは、こうした以前からの活動ともつながっています。
環境問題を言葉で発信するだけでなく、実際に土に触れ、食べるものを育て、自然の変化を経験する。その生活自体が、本人の表現活動や価値観にも影響を与えているのです。
北海道移住を考える人にとって参考になるのは、豪華な家や広大な土地ではありません。仕事と生活をどちらか一方に限定せず、自分に必要な環境を複数持つという考え方です。
【柴咲コウの北海道生活】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:柴咲コウは2026年現在、北海道に完全移住していますか?
A1:いいえ。2026年4月のテレビ出演でも、北海道と東京の二拠点生活を続けていることが紹介されています。
Q2:柴咲コウが北海道に家を建てたのはいつですか?
A2:2020年です。北海道出身の父親に住んでもらうことを当初の目的として家を建てました。
Q3:柴咲コウの北海道の自宅はどこにありますか?
A3:週刊誌報道では北海道上川郡東川町の一角とされています。ただし、本人が正確な住所を公式に公開しているわけではありません。
Q4:柴咲コウの父親は北海道出身ですか?
A4:はい。本人のインタビューによると、父親は旭川出身、母親は礼文島出身です。北海道は両親の故郷にあたります。
Q5:柴咲コウは北海道で牧場を経営していますか?
A5:友人と共同運営するファームがあることを公式サイトで紹介しています。馬や羊などを飼育する施設で、2021年の報道ではポロ競技馬の生産や調教なども伝えられています。
Q6:北海道ではどのような畑仕事をしていますか?
A6:有機栽培に向けた土づくりや野菜の栽培に取り組んでいます。環境省の2024年のインタビューでは、空心菜やキュウリなどを育てていることも紹介されました。
Q7:柴咲コウの北海道の冬の暮らしはどれくらい寒いですか?
A7:2026年4月のテレビ出演では、マイナス20度ほどになることがあり、約1メートルのつららができると話しています。薪ストーブを使い、薪割りも行っています。
まとめ:柴咲コウの北海道生活は東京との二拠点で続いている
柴咲コウさんは2020年に北海道に家を建て、東京と北海道を行き来する二拠点生活を始めました。2026年現在も完全移住ではなく、俳優・歌手としての活動を続けながら、北海道で自然に囲まれた生活を楽しんでいます。
北海道の家を建てた最初の理由は、北海道出身の父親に故郷で過ごしてもらいたいという思いでした。しかし、父親があまり利用しなかったことで、結果的に柴咲さん自身の大切な生活拠点になりました。
畑仕事や有機栽培、友人との共同ファーム、味噌や納豆づくり、薪ストーブのある冬の暮らし。これらは単なる田舎暮らしの演出ではなく、自分の生活を自分の手で作ってみたいという本人の好奇心から生まれた取り組みです。
北海道への移住の真相を一言で表すなら、東京を離れるための移住ではなく、東京での仕事と北海道での自然な暮らしを両立させるための選択です。
今後、北海道で過ごす時間の比重がどう変化するかは分かりません。しかし、仕事も暮らしも一つの場所に限定しない柴咲コウさんの生き方は、これからの多様なライフスタイルを考えるうえでも興味深いものがあります。