今回の事故で注目されたのが、幸騎手が一時は現役引退を考えていたという事実だ。
30年以上にわたって騎手を続け、数々の記録を打ち立ててきたベテランにとっても、2025年11月の事故はそれほど大きな出来事だった。
「このまま辞めようかな」と思った背景
2026年1月28日のnetkeibaのインタビューで、幸騎手は事故後の心境を明かした。
8月の右足骨折から復帰したばかりだったにもかかわらず、再び大きな落馬事故に遭った。
10本の肋骨骨折、肺挫傷、気胸などの治療を受け、3カ所の手術も経験した。
加えて、当時50歳を迎えたばかりだったことも心理的な負担になった。
本人は、家族にこれ以上迷惑をかけられないという思いから、初めて引退を考えたと語っている。
「このまま辞めようかな」
長年、騎手として走り続けてきた幸騎手が、初めて口にした引退への迷いだった。
息子の大斗さんが伝えた言葉
引退を思いとどまるきっかけになったのは、長男の大斗さんだった。
大斗さんはJRA競馬学校の騎手課程第43期生。父の背中を追って騎手を目指しており、2024年4月に入学した。
2026年1月の報道では、翌2027年春のデビューを目指していると紹介されていた。
幸騎手を再び前向きな気持ちにさせたのが、息子からの次の言葉だった。
「デビューするまで乗っておいてほしい」
息子が騎手としてデビューする姿を見届けたい。その思いが、もう一度競馬の世界に戻る決意につながった。
幸騎手は、息子と調教で併せ馬をする機会がなかったことも心残りだったと語っている。
2025年秋、大斗さんが栗東で研修をしていた時期、幸騎手は8月の落馬による療養中だった。そのため、父子で一緒に馬に乗る機会を持てなかったという。
また、妻は引退を考えた幸騎手の気持ちを理解していたと報じられている。
このエピソードから分かるのは、復帰の背景には騎手としてのプライドだけでなく、家族との約束や次世代への思いもあったということだ。
【2026年11月現在】幸英明騎手は復帰後も現役!騎乗成績を確認
2026年11月現在、幸英明騎手は競馬の現場に復帰し、騎乗を続けている。
1月31日の復帰戦だけでなく、その後も通常の競走や重賞に騎乗していることが確認できる。
2026年1月31日、京都3Rで実戦復帰
幸騎手が実戦に戻ったのは2026年1月31日の京都競馬場だった。
復帰戦となった京都3Rでは、9番人気のワイドシャッフエンに騎乗。結果は5着だった。
レース後には、肺の負傷が騎乗に影響するのではないかと心配していたことを明かしながら、次のように振り返った。
「思ったより大丈夫でした。肺もやっているので息の入りとかもどうかと思いましたけど、意外と大丈夫でした」
このコメントは、復帰直後の本人の状態を知るうえで重要な発言だ。
単に馬に乗れるようになっただけではなく、呼吸の状態や身体の感覚を確かめながら実戦に戻ったことがうかがえる。
2026年2月22日にはJRA通算2万5000回騎乗を達成
復帰後の大きな節目が、2月22日の阪神競馬場で達成したJRA通算2万5000回騎乗だった。
この記録は史上2人目、現役2人目の快挙。
2024年8月には史上最速・最年少でJRA通算2万4000回騎乗を達成していたが、そこからさらに騎乗数を積み重ねたことになる。
JRA発表を伝えたラジオNIKKEIによると、達成時には次のようなコメントを残している。
「これからも一つでも多く騎乗して、一つでも多く勝てるように頑張ります」
大きな事故を経験した後も、騎手としての目標を持ち続けていることが伝わる。
2026年の騎乗成績は?
競馬ラボの2026年騎乗成績データでは、11月1日までの掲載成績として次の数字が確認できる。
| 項目 | 2026年成績 |
|---|---|
| 騎乗回数 | 643回 |
| 1着 | 41回 |
| 2着 | 47回 |
| 3着 | 46回 |
| 勝率 | 6.4% |
| 連対率 | 13.7% |
| 3着内率 | 20.8% |
注目したいのは、復帰後も年間を通じて600鞍を超える騎乗を重ねている点だ。
2026年10月31日には京都競馬でソルチェリアとサイモンレコルトに騎乗して勝利。翌11月1日の天皇賞・秋ではセイウンハーデスに騎乗し、10着という結果だった。
少なくとも、2026年11月初旬の段階で騎乗機会を失っているわけではない。重賞にも参戦し、平場でも勝利を挙げている。
ただし、競走に復帰したことと、事故前とまったく同じ身体の状態に戻ったことは同義ではない。医療面で完全回復したという新たな診断発表と、競馬で騎乗を続けているという事実は分けて考える必要がある。
【プロの結論】幸英明騎手が「鉄人」と呼ばれる理由と今後の注目点
幸英明騎手は、単に落馬から復帰したベテランというだけではない。
JRAの騎手として長いキャリアを築き、年間騎乗数や通算騎乗数でも歴史的な記録を持つ人物だ。
幸英明騎手の主な経歴と実績
| 年・時期 | 主な出来事 | 実績 |
|---|---|---|
| 1994年3月 | JRA騎手デビュー | 中京7Rで初騎乗 |
| 2003年 | スティルインラブとのコンビ | 桜花賞・オークス・秋華賞の牝馬三冠 |
| 2010年 | 年間騎乗数の記録 | JRA史上初の年間1000回騎乗 |
| 2012年 | 年間最多騎乗数を更新 | 1081回 |
| 2024年8月 | 通算2万4000回騎乗 | 史上2人目、史上最速・最年少 |
| 2025年 | 2度の落馬事故 | 右足骨折、肋骨10本骨折など |
| 2026年1月 | 実戦復帰 | 京都3Rで5着 |
| 2026年2月 | 通算2万5000回騎乗 | 史上2人目 |
2003年スティルインラブで牝馬三冠を達成
幸騎手の代表的な実績として欠かせないのが、2003年のスティルインラブとのコンビだ。
その後も高松宮記念、ヴィクトリアマイル、エリザベス女王杯などのGⅠを勝利。JRAのGⅠだけでも8勝を挙げている。
年間1081回騎乗という記録
幸騎手が「競馬界の鉄人」と呼ばれる理由は、長年にわたる騎乗数にもある。
2012年には年間1081回騎乗し、JRAの年間最多騎乗記録を樹立した。
加えて、2004年から2018年まで15年連続で年間800回以上騎乗。2010年にはJRA史上初の年間1000回騎乗も達成している。
2024年にはJRA通算2万4000回騎乗を史上最速で達成した。
これだけの実績を持つ騎手だからこそ、2025年の2度の落馬は大きな衝撃を与えた。
今後注目したい3つのポイント
幸騎手の今後を考えるうえでは、次の3点が注目される。
1. 騎乗数と勝利数の推移:復帰後も騎乗を継続しているため、今後の年間成績が一つの指標になる。
2. 重賞での活躍:セイウンハーデスなど、これまでコンビを組んできた馬との関係や新たな重賞騎乗が注目される。
3. 息子・大斗さんのデビュー:親子が騎手として競馬の世界で活躍する日が近づいている。
特に3つ目は、幸騎手自身が引退を思いとどまった理由とも深く関係している。
父として息子のデビューを見届けること、そして騎手として現役を続けること。この2つが今後のキャリアにおける大きなテーマになりそうだ。
【幸英明の落馬と現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:幸英明騎手の落馬事故はいつ起きましたか?
A1:2025年8月9日に中京4Rの馬場入場後、2025年11月22日に京都3Rで発生しました。8月は右足踵骨骨折、11月は複数箇所の骨折や肺挫傷などの重傷でした。
Q2:幸英明騎手は肋骨を何本骨折したのですか?
A2:2025年11月22日の京都での落馬事故で、肋骨10本を骨折しました。そのうち3本が肺に刺さっていたと、2026年1月の本人への取材で報じられています。
Q3:幸英明騎手の復帰日はいつですか?
A3:2026年1月31日です。京都競馬場の3Rでワイドシャッフエンに騎乗し、5着でレースを終えました。
Q4:2026年11月現在、幸英明騎手は引退していますか?
A4:いいえ。2026年11月現在も現役です。10月31日の京都競馬で勝利を挙げ、11月1日の天皇賞・秋にも騎乗しています。
Q5:幸英明騎手の息子・大斗さんも騎手になるのですか?
A5:大斗さんはJRA競馬学校の騎手課程第43期生です。2026年1月の報道では、2027年春のデビューを目指していると紹介されました。父の幸騎手も息子のデビューを楽しみにしていると伝えられています。
まとめ:幸英明騎手は2度の落馬を乗り越え、2026年も現役を続行
幸英明騎手の2025年の落馬事故は、8月と11月の2度にわたって発生した。
8月9日の中京4Rでは右足踵骨を骨折。その後、11月8日に復帰したものの、11月22日の京都3Rで再び落馬し、肋骨10本骨折や左肺挫傷など、生命を脅かすほどの重傷を負った。
一時は引退を考えるほど心身ともに追い込まれたが、息子・大斗さんの「デビューするまで乗っておいてほしい」という言葉が再起のきっかけになった。
2026年1月31日に京都競馬で実戦復帰し、2月にはJRA通算2万5000回騎乗を達成。11月現在も重賞を含めて騎乗を続けている。
今回の事故で最も重要なのは、単なる骨折からの復帰ではなく、肺や胸部に深刻な損傷を受け、本人も生命の危険を感じた状況から競馬場に戻ってきたという事実だ。
長年積み重ねてきた騎手としての実績、家族の支え、そして息子のデビューを見届けたいという思い。これらが幸英明騎手の復帰を支えた。
今後は騎乗成績の推移とともに、息子・大斗さんの騎手デビューにも注目したい。