1990年代、カラフルなファッションと独特のハイテンションなキャラクターで一世を風靡した「シノラー」こと篠原ともえさん。かつてバラエティー番組で見せていた個性的な姿を覚えている人も多いのと考えられます。
しかし、2026年現在の篠原ともえさんは、デザイナー・アーティストとして国内外で評価されるクリエイターへと活躍の場を広げています。夫でアートディレクターの池澤樹さんと設立したクリエイティブスタジオ「STUDEO」を拠点に、ファッション、テキスタイル、企業ブランディングなど幅広い仕事を手がけています。
さらに2026年10月には、高校1年生向け英語教科書への掲載が話題になったほか、2028年には日本女子大学の特別招聘教授に就任することも発表されました。47歳を迎えた現在も、新しい分野への挑戦を続けています。
この記事では、篠原ともえさんの現在の仕事、シノラー時代からデザイナーへ転身した理由、夫・池澤樹さんとの結婚やSTUDEO設立、ニューヨークADC賞・東京ADC賞の受賞歴まで、2026年11月2日時点の情報をもとに詳しく整理します。
【2026年最新】篠原ともえは現在何してる?デザイナー・アーティストとして活躍
2026年11月現在、篠原ともえさんは、芸能活動で培った表現力を生かしながら、デザインを中心とするクリエイティブな仕事に取り組んでいます。
1979年3月29日生まれの篠原さんは、2026年11月2日時点で47歳。東京都出身で、文化女子大学短期大学部服装学科ファッションクリエイティブコース・デザイン専攻を卒業しています。
現在の主な活動は次のとおりです。
- アーティストや企業の衣装デザイン
- ファッション・テキスタイルデザイン
- 企業やブランドのビジュアル制作
- ユニフォームデザイン
- 日本の伝統素材や職人技術を生かした作品制作
- アートディレクションやクリエイティブプロジェクト
公式プロフィールでは、松任谷由実さんのコンサートツアーや嵐のドームコンサートなど、著名アーティストの衣装を手がけてきた実績が紹介されています。
現在は衣装だけにとどまらず、企業のブランドイメージや商品、空間など、デザインの対象を広げています。
2026年10月には自作のワンピースも披露
2026年10月2日、篠原さんは自身のInstagramを更新し、自作のレイヤードワンピースを披露しました。
撮影で使用したシアー素材を生かし、立体的なドレープを取り入れたデザインを制作。衣装を着用した姿だけでなく、制作過程も紹介しています。
めざましmediaの報道でも取り上げられ、芸能活動だけではなく、実際に自ら手を動かして服を作るデザイナーとしての一面が注目されました。
また、2026年7月1日には歌手デビュー31周年を迎え、Instagramのストーリーズでシノラー時代を振り返っています。
過去の活動を懐かしむだけではなく、歌や服作り、アクセサリー制作など、当時から続く創作への思いを改めて発信していました。
つまり、現在の篠原ともえさんは芸能界を完全に離れたわけではありません。タレント・アーティストとしての活動も続けながら、デザイナーとしての仕事をキャリアの中心に据えています。
【シノラー時代から現在まで】篠原ともえの経歴と人生の転換点
篠原ともえさんの現在を理解するには、1990年代のシノラー時代から、服飾を学び直してクリエイターとして独立するまでの流れを知る必要があります。
1995年、16歳で歌手デビュー
篠原さんが芸能界で注目を集めるきっかけとなったのは、1995年7月1日の歌手デビューです。
電気グルーヴの石野卓球さんがプロデュースしたシングル「チャイム」でデビューしました。
その後、「クルクルミラクル」「ウルトラリラックス」などの楽曲でも知られるようになります。
特に人気を集めたのが、フジテレビ系の音楽バラエティー番組『LOVE LOVE あいしてる』です。
番組内のコーナー「篠原ともえのプリプリプリティ!!」などで見せた、独特のキャラクターが話題になりました。
前髪を短く切りそろえた髪型、お団子ヘア、カラフルな服装、大量のアクセサリーなどが特徴で、当時の若者の間で「シノラーファッション」と呼ばれるスタイルが広がりました。
もともと服作りが好きだった
実は、篠原さんのファッションへの関心は芸能活動を始めてから生まれたものではありません。
母親が洋裁を好きだったこともあり、幼い頃から服を作ることが身近にあったと、J-WAVEのインタビューで語っています。
自身の衣装やアクセサリーを手作りするなど、芸能活動の裏側でも創作を続けていました。
その後、文化女子大学短期大学部で服飾を専門的に学び、衣装デザインの仕事へとつなげていきます。
篠原ともえの経歴年表
| 年・時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1979年 | 東京都で誕生 | 3月29日生まれ |
| 1995年 | 歌手デビュー | 「チャイム」でデビュー |
| 1990年代後半 | シノラーブーム | 『LOVE LOVE あいしてる』などで人気に |
| 文化女子大学短期大学部在学・卒業時 | 服飾を専門的に学ぶ | ファッションクリエイティブコース・デザイン専攻 |
| 2013年・2016年 | 衣装デザイン | 松任谷由実のコンサートツアーを担当 |
| 2018年 | デザインの学び直し | 芸能活動を一時休止し、服作りの技術を深める |
| 2019年1月 | 池澤樹と結婚 | アートディレクターと結婚 |
| 2020年4月 | STUDEO設立 | 夫婦でクリエイティブ事業を開始 |
| 2022年5月 | ニューヨークADC賞 | 革の着物作品で銀賞・銅賞 |
| 2022年 | 東京ADC賞 | 革の着物作品で受賞 |
| 2026年10月 | 教科書掲載 | 東京書籍の高校1年生向け英語教材 |
| 2026年10月 | 特別招聘教授就任発表 | 日本女子大学で2028年就任予定 |
この経歴で注目したいのは、芸能人としての人気をそのまま利用してデザイナーになったのではなく、専門的な技術を身につけ直し、実績を積み重ねてきたことです。
【なぜデザイナーに転身した?】篠原ともえが選んだ学び直しの道
篠原ともえさんがデザイナーとしての活動に本格的に力を入れるようになった背景には、以前から続けてきた創作活動と、専門技術を身につけたいという思いがありました。
芸能活動と並行して衣装デザインの仕事が増加
歌手やタレントとして活躍していた篠原さんですが、芸能活動の合間にも洋服やアクセサリーを制作していました。
やがて、松任谷由実さんや嵐など、著名アーティストのステージ衣装を担当する機会が増えていきます。
衣装デザインは、単純に美しい服を作れば完成する仕事ではありません。
アーティストの世界観、ステージの演出、照明、動きやすさなど、さまざまな条件を考慮する必要があります。
篠原さんはこうした仕事を経験するなかで、デザインを職業として続けていくための専門知識の必要性を感じるようになりました。
2018年に芸能活動を一時休止して技術を学び直す
大きな転換点となったのが2018年です。
篠原さんは芸能活動を一時休止し、デザイナーとしての基盤を整えることに力を注ぎました。
Forbes JAPANの2021年のインタビューによると、40歳のときに母校である文化女子大学短期大学部のオープンカレッジに通い、服飾の基礎を学び直したといいます。
特に、洋服の型紙を作るパタンナーの技術など、実際の服作りに欠かせない知識を深めました。
2022年の毎日キレイの報道でも、2018年に芸能活動を一時休止し、パタンナー技術を一から学んだ経緯が紹介されています。
ここで重要なのは、篠原さんが単に芸能界から離れたのではなく、仕事の方向性を明確にするために準備期間を設けたことです。
デザイナー転身を後押しした出会い
もう一つの大きな転機が、夫となる池澤樹さんとの出会いでした。
池澤さんは広告や企業ブランディングを専門とするアートディレクターです。
篠原さんは、池澤さんの仕事に対する姿勢や、作品の品質を追求する姿勢から大きな刺激を受けたと、WWDJAPANなどのインタビューで語っています。
また、シンガー・ソングライターの吉田拓郎さんも、篠原さんがデザイナーを目指すうえで背中を押した人物として知られています。
こうした出会いと学び直しが重なり、篠原さんは芸能活動で培った表現力を、専門的なデザインの仕事へと発展させていきました。
【夫・池澤樹との結婚】STUDEO設立で夫婦の仕事がスタート
篠原ともえさんの現在を語るうえで欠かせないのが、夫の池澤樹さんです。
池澤さんは1981年生まれのアートディレクター・クリエイティブディレクター。武蔵野美術大学を卒業後、東急エージェンシーや博報堂を経て独立した経歴を持っています。
2019年1月に池澤樹と結婚
篠原さんと池澤さんは2019年1月に結婚しました。
結婚が報道されたのは同年5月4日で、日刊スポーツなどが伝えています。
2人の出会いは、篠原さんが2018年に開催した原画展「TOMOE SHINOHARA emotion in motion 篠原ともえ150の原画展」に関係しています。
池澤さんが同展の監修を担当したことをきっかけに交流が深まり、交際、結婚へと発展しました。
2020年、夫婦でクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立
結婚の翌年となる2020年4月、2人はクリエイティブスタジオ「STUDEO(ストゥディオ)」を設立しました。
STUDEOは、アートディレクションやブランド戦略を中心に、商品、広告、ウェブ、空間、ファッション、テキスタイルなどを手がけるクリエイティブスタジオです。
公式サイトでは、池澤樹さんがアートディレクター・クリエイティブディレクター、篠原ともえさんがデザイナー・アーティストとして紹介されています。
夫婦で同じ会社を立ち上げたからといって、仕事内容が同じというわけではありません。
池澤さんは企業やブランドのコンセプト設計、アートディレクションなどを得意とし、篠原さんはファッションや素材、衣装、テキスタイルなどの創作を担っています。
それぞれの専門性を組み合わせることで、幅広いプロジェクトに対応できる体制を築いています。
STUDEOが手がける代表的な仕事
| プロジェクト | 篠原ともえとの関係 | 特徴 |
|---|---|---|
| THE LEATHER SCRAP KIMONO | デザイン・ディレクション | 革の端材を生かした着物作品 |
| OMO7大阪 | ユニフォームデザイン | ジェンダーフリーと普遍性を意識 |
| Tokyo Planetary Cafe | ロゴデザイン | ラジオ番組のビジュアル制作 |
| SHIKAKU | ファッション・作品制作 | 四角い生地と絵から生まれた服 |
| 企業との協働 | デザイン・ブランディング | 素材やブランドの魅力を視覚化 |
特にOMO7大阪のユニフォームは、星野リゾートの都市型ホテルブランドのコンセプトを反映した仕事として知られています。
世代や性別を問わず着用しやすいパンツスタイルを採用し、ドット柄を取り入れたデザインが特徴です。
こうした実績を見ると、STUDEOの活動は単なる個人ブランドの展開ではなく、企業や地域と連携する総合的なデザイン事業であることが分かります。
【ニューヨークADC賞・東京ADC賞】篠原ともえの代表作品と世界的評価
篠原ともえさんのデザイナーとしての評価を大きく高めたのが、2022年に発表された「THE LEATHER SCRAP KIMONO」です。
この作品は、日本タンナーズ協会による日本の皮革産業の魅力を発信するプロジェクトから生まれました。
THE LEATHER SCRAP KIMONOとは?
作品の大きな特徴は、通常なら廃棄されることもあるエゾ鹿革の端材を使い、日本の伝統衣装である着物に仕立てたことです。
篠原さんは革の端の不規則な形状に着目し、それを山の稜線に見立てました。
加えて、水墨画を思わせるグラデーションによって、自然の風景を表現しています。
素材を無駄にしないというサステナブルな考え方と、日本の伝統的な衣服の構造を組み合わせた作品です。
単なるファッションアイテムではなく、革の素材としての魅力や、職人の技術、日本のものづくりの価値を伝える作品として制作されました。
2022年にニューヨークADC賞で銀賞・銅賞を受賞
2022年5月19日、篠原さんの公式サイトは、第101回ニューヨークADC賞での受賞を発表しました。
受賞したのは次の2部門です。
- ブランド・コミュニケーション部門:シルバーキューブ(銀賞)
- ファッションデザイン部門:ブロンズキューブ(銅賞)
同賞は世界的に知られる広告・デザイン分野の国際賞です。
加えて、同作品は2022年度の東京ADC賞も受賞しました。
東京ADC賞については、篠原さんとSTUDEOのデザイナーである香川真知さんの連名による受賞として紹介されています。
つまり、この作品はニューヨークADC賞の2部門と東京ADC賞という、国内外で高い評価を獲得したプロジェクトなのです。
受賞が評価された理由
注目すべきなのは、単にデザインが美しいという点だけではありません。
この作品には、次の3つの価値があります。
1. 廃棄される素材に新しい価値を与えたこと
通常は使いにくい革の端材を作品の中心的な素材として活用しています。
2. 日本の伝統文化と現代デザインを融合したこと
着物という伝統的な衣服の構造を使いながら、現代的なデザイン表現に仕上げています。
3. 職人との協働によって作品を完成させたこと
デザイナーだけで完結するのではなく、皮革産業や加工技術を持つ職人との協力によって実現しました。
篠原さんのデザインは、素材の背景や制作に関わる人々の技術まで含めて作品として表現する点に特徴があります。
この受賞は、シノラーとして知られた芸能人がデザインの世界でも本格的な評価を獲得したことを示す、大きな節目となりました。
【2026年の大きなニュース】高校英語教科書への掲載と日本女子大学の特別招聘教授
2026年の篠原ともえさんには、デザイナーとしての評価がさらに広がるニュースが続きました。
高校1年生向け英語教科書に12ページ掲載
2026年10月20日、篠原さんは自身のInstagramで、高校1年生向け英語教科書に自分の活動が取り上げられたことを報告しました。
出版社は東京書籍です。
掲載された題材のタイトルは、
「Never Too Late to Learn and Relearn」
日本語では「学ぶことや学び直すのに、遅すぎるということはない」という意味です。
内容は、篠原さんのこれまでの活動や、ものづくりに対する考え方、服飾を学んだ母校での学び直しなどを紹介するものです。
MANTANWEBの2026年10月21日の報道によると、英語の文章で12ページにわたり掲載され、質問や例題も含まれています。
今回の掲載で興味深いのは、シノラー時代の芸能活動だけではなく、デザイナーとしての仕事や再学習の経験が教育教材になったことです。
篠原さん自身も、教科書掲載について喜びを伝えるとともに、英語を勉強していることを明かしています。
2028年、日本女子大学の特別招聘教授に就任予定
さらに2026年10月8日、日本女子大学が公式発表したニュースも注目を集めました。
篠原さんが、2028年4月の開設を構想している「ファッションデザイン学部(仮称)」の特別招聘教授に就任するというものです。
同大学は、江角泰俊さん、リシャール・コラスさん、篠原ともえさんの3人を特別招聘教授として迎えると発表しました。
新学部では、デザイン、テキスタイル、アート、ビジネスという4つの分野からファッションを学び、社会課題の解決につながるデザイン力を育てる構想です。
篠原さんは大学の公式発表で、自身のものづくりについて次のように説明しています。
素材に触れ、現場を訪ね、つくり手の声を聞き、自分の手を動かす。
この考え方は、これまでの作品制作にも一貫して見られるものです。
特別講義や素材を扱う実習などを通して、学生と一緒に創作について学んでいくことが期待されています。
なお、2028年4月の新学部開設は現段階では構想中であり、大学も設置計画が変更される可能性を明記しています。
そのため、2026年11月現在、すでに大学で通常の授業を担当しているという意味ではありません。2028年の就任予定として発表されたものです。
【篠原ともえのInstagram・最新情報】現在の姿や作品はどこで見られる?
篠原ともえさんの現在の活動を知るうえで、公式Instagramも重要な情報源です。
本人の公式アカウントは「@tomoe_shinohara」です。
投稿では、次のような内容が紹介されています。
- 自身がデザインした衣装やファッション
- 制作中の作品や素材
- 撮影やイベントへの参加
- デザイナーとしての活動報告
- 過去の芸能活動の振り返り
2026年10月には自作のレイヤードワンピースを公開し、同月には高校英語教科書への掲載も報告しました。
こうした発信からは、完成した作品を披露するだけでなく、素材選びや制作過程も大切にしている姿勢がうかがえます。
また、STUDEOの公式サイトでは、篠原さんや池澤さんのプロフィール、スタジオの事業内容、制作実績などを確認できます。
最新の仕事を知りたい場合は、本人のInstagramとSTUDEOの公式情報をあわせて見ると、芸能活動とは異なるクリエイターとしての仕事の広がりが分かります。
【プロの結論】篠原ともえの転身が示す、キャリアを築き直す力
篠原ともえさんの歩みで注目すべきなのは、芸能人からデザイナーへ肩書きを変えたことだけではありません。
大切なのは、以前から持っていた才能を、専門技術と実績によって新しい仕事へ発展させた点です。
シノラー時代には、ファッションを通じて自分の個性を表現していました。
その後、服飾の専門知識を学び直し、アーティストの衣装を手がけ、企業とのプロジェクトにも参加するようになります。
加えて、池澤樹さんとSTUDEOを設立したことで、個人の創作活動を会社として展開する体制も整いました。
革の端材を使った着物作品が国際的なデザイン賞を受賞したことは、こうした積み重ねの成果といえます。
そして2026年には高校英語教科書への掲載、2028年の特別招聘教授就任予定という新たな展開が生まれています。
ここから読み取れるのは、キャリアチェンジを成功させるためには、次の3つが重要だということです。
第一に、過去の経験を捨てないこと。
篠原さんの場合、芸能活動で身につけた表現力や人に伝える力が、現在のデザイン活動にも生きています。
第二に、専門性を磨き続けること。
経験や知名度だけに頼らず、40歳前後でも母校で学び直し、服作りの技術を深めました。
第三に、異なる専門分野の人と協働すること。
池澤さんや職人、企業との共同制作によって、個人では実現が難しいプロジェクトを形にしています。
篠原ともえさんのキャリアは、かつての人気や知名度だけで現在の評価を得ているのではありません。過去の経験を土台に、学び直しと実践を重ねて新しい専門領域を築いてきたことに、大きな意味があります。
【篠原ともえの現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:篠原ともえは2026年現在、何をしている?
A1:現在はデザイナー・アーティストとして活動しています。夫の池澤樹さんと設立したSTUDEOを拠点に、衣装、ファッション、テキスタイル、企業ブランディングなどを手がけています。芸能活動も続けています。
Q2:篠原ともえの夫は誰?
A2:夫はアートディレクター・クリエイティブディレクターの池澤樹さんです。2019年1月に結婚し、2020年には夫婦でクリエイティブスタジオSTUDEOを設立しました。
Q3:篠原ともえはなぜデザイナーに転身した?
A3:以前から洋服やアクセサリーを作ることが好きで、芸能活動と並行して衣装デザインにも取り組んでいました。仕事が広がるなかで専門技術の必要性を感じ、2018年以降、服飾の学び直しやデザイナーとしての基盤づくりに力を入れたためです。
Q4:篠原ともえが受賞したニューヨークADC賞とは?
A4:2022年に「THE LEATHER SCRAP KIMONO」で、第101回ニューヨークADC賞のブランド・コミュニケーション部門で銀賞、ファッションデザイン部門で銅賞を受賞しました。同作品は東京ADC賞も受賞しています。
Q5:篠原ともえが高校英語の教科書に掲載されたのは本当?
A5:本当です。2026年10月、東京書籍の高校1年生向け英語教科書に、ものづくりや学び直しをテーマとする内容が12ページにわたって掲載されたと本人が報告しました。
Q6:篠原ともえは大学教授になるの?
A6:2026年10月、日本女子大学の2028年4月開設構想中のファッションデザイン学部(仮称)で、特別招聘教授に就任することが発表されました。2026年11月現在は、2028年の就任予定です。
Q7:篠原ともえの現在の年齢は?
A7:1979年3月29日生まれのため、2026年11月2日時点で47歳です。
まとめ:篠原ともえは現在も進化を続けるデザイナー・アーティスト
篠原ともえさんは、2026年現在、デザイナー・アーティストとして確かな実績を積み重ねています。
1995年にシノラーとして人気を集めた後、服飾の専門知識を学び直し、2019年に池澤樹さんと結婚。2020年には夫婦でSTUDEOを設立しました。
2022年には革の着物作品「THE LEATHER SCRAP KIMONO」でニューヨークADC賞の2部門と東京ADC賞を受賞。国内外でデザイナーとしての評価を獲得しています。
そして2026年には、高校英語教科書への掲載と、2028年の日本女子大学特別招聘教授への就任予定という新たなニュースも発表されました。
かつてのシノラー時代を知る人にとっては、大きな変化に感じられる可能性があります。しかし、その根底には昔から変わらない「自分の手で何かを作り、表現する」という姿勢があります。
篠原ともえさんは、芸能人からデザイナーへ単純に転身したのではなく、表現者としての経験を生かしながら、専門性と社会的な評価を積み上げてきた人物です。
2028年の教育活動も含め、これからどのような作品や新しいものづくりを発信していくのか、引き続き注目されます。
主な情報確認先: 篠原ともえ公式プロフィール・公式ニュース、日本女子大学公式発表、STUDEO公式サイト、ソニーミュージック公式プロフィール、Forbes JAPAN、WWDJAPAN、日刊スポーツ、J-WAVE、MANTANWEB、めざましmedia。