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【若い頃の写真】19〜20歳の徳井義実はどんな顔だった?

榊原 纱英 榊原 纱英 • 更新: • 公開: • 読了約 17 分
目次

NSC時代の履歴書写真が話題に

徳井義実の若い頃の写真で特に注目されたのが、1994〜1995年ごろ、19〜20歳のときに撮影されたNSCの履歴書写真だ。

2021年5月、吉本興業の公式Instagramがこの写真を公開。ITmedia系のニュースサイト「ねとらぼ」も取り上げ、当時の姿と現在の印象を比較している。

写真の特徴は次のとおりだ。

- 左目にかかるほど長く伸ばした髪
- 真ん中分けのヘアスタイル
- 口元をわずかにゆがめた表情
- カメラを鋭く見つめるような視線

現在テレビで見せる柔らかな笑顔とは異なり、少し近寄りがたい雰囲気が漂う一枚だった。

興味深いのは、吉本興業がこの写真を紹介する際にも、昔と現在のどちらもイケメンという趣旨で取り上げていたことだ。若い頃から整った顔立ちだったことがうかがえる。

20歳の頃に撮影されたワイルドな写真も

2018年3月には、徳井自身が20歳ごろの写真をInstagramに投稿したことも話題になった。

J-CASTニュースによると、写真には黒い半袖シャツの胸元を開き、首にスカーフを巻いた若き日の徳井が写っていた。隣には福田充徳とみられる人物も写っていたという。

現在の清潔感のあるスタイリングとは違い、当時の流行を感じさせる少しワイルドな装いだった。

この写真に対する反応も一様ではなく、若々しさや格好よさを評価する声がある一方、当時らしいポーズやファッションを懐かしむ反応も報じられている。

若い頃からイケメンだった理由は?

徳井の魅力を考えるうえで、外見上の特徴として挙げられるのが、次の3点だ。

1. 178cmの長身で、全身のシルエットがすっきりしている。
2. 顔立ちが整っており、髪型や服装によって印象を変えやすい。
3. 端正な外見と、漫才で見せる独特の表情や妄想的なキャラクターとのギャップがある。

特に3点目は、徳井が単なるルックスのよい芸人にとどまらなかった理由でもある。

【学生時代】京都府立北稜高校で過ごした青春と漫才の原点

徳井義実若い頃

京都府立北稜高校時代はバレーボールに熱中

徳井義実は京都府京都市出身で、出身高校は京都府立北稜高校として紹介されている。

高校時代の徳井を語るうえで欠かせないのが、バレーボールだ。

2026年5月1日公開のWEBザテレビジョンのインタビューでは、徳井本人が中学・高校の6年間、バレーボール部で活動していたことを振り返っている。

始めたきっかけは、仲のよい友人がバレー部に入ると聞き、自分も入部したことだったという。

高校時代には、先輩たちの強いチームに2年生でレギュラーとして加わり、近畿大会ベスト8まで進出した。

徳井によると、当時の高校は特別な強豪校ではなく、練習熱心な先輩たちの存在によってチームが強くなったという。

ポジションは現在のミドルブロッカーに相当するセンター。本人は、チームの中でもジャンプした際の最高到達点が高かったことを理由に挙げている。

高校1年生で始めた漫才が芸人人生の出発点

実は、徳井が芸人を目指すきっかけは、NSC入学よりも前にあった。

2026年2月15日公開の双葉社「THE CHANGE」のインタビューで、徳井は高校1年生の頃の経験を明かしている。

当時、仲のよかった同級生の辻野という友人がお笑い好きで、徳井に漫才をやってみようと誘ったことが始まりだった。

2人はクラスや文化祭などで漫才を披露するようになる。

徳井は当時を振り返り、辻野との出会いがなければ芸人にはなっていなかったと思う、という趣旨の話をしている。

このエピソードは、徳井の芸人人生を考えるうえで非常に重要だ。

現在の相方である福田充徳とのコンビ活動が始まるよりも前に、すでに人前で笑いを取る面白さを経験していたのである。

学生時代から福田充徳との関係は続いていた

福田充徳は、徳井にとって単なる芸能界の仕事仲間ではない。

2人は幼馴染として知られ、京都で学生時代を過ごした関係だ。

ただし、徳井の高校時代の漫才の相手は福田ではなく、辻野という同級生だった。

この違いは意外と知られていない。

高校時代にお笑いの面白さを知り、NSCで芸人としての経験を積み、後に幼馴染の福田とコンビを組む。この流れを理解すると、チュートリアル結成までの経緯がより鮮明になる。

【花園大学からNSC大阪校13期へ】芸人になるまでの意外な経歴

花園大学に進学し、大学生活を経験

高校卒業後の徳井は、大学進学を目指した。

受験に失敗して浪人生活を送り、予備校に通いながらNSCにも入学。その後、京都の花園大学に進学した。

2025年5月公開のGOETHEの対談では、徳井本人が花園大学に入学したことや、大学3年生のときにメルボルンへの短期留学プログラムに参加した経験を語っている。

大学時代には、芸人としての活動だけでなく、海外で異なる文化に触れる経験も積んでいた。

なお、花園大学への進学と卒業は別の話であり、大学を卒業した人物として扱うのは正確ではない。

1994年にNSC大阪校13期生として入学

徳井の芸歴を語るうえで欠かせないのが、吉本興業の芸人養成所であるNSCだ。

吉本興業の公式プロフィールでは、徳井の出身・入門歴は次のように記載されている。

- 入学年:1994年
- 養成所:NSC大阪校
- 期:13期生

NSC公式の卒業生一覧にも、徳井義実の名前が掲載されている。

同じ13期には、次長課長、ブラックマヨネーズ、野性爆弾など、後に活躍する芸人たちが名を連ねる。

NSC時代は別の相方とコンビを組んでいた

ここにも意外な事実がある。

2026年の双葉社インタビューによると、徳井はNSCで瀬戸という友人とコンビを組んで活動していた。

ただし、養成所に通う頻度は決して高くなかった。

徳井本人によれば、京都の実家から大阪のNSCに通い、週1回程度のネタ見せ授業に参加する生活だったという。

その後、瀬戸が芸人を辞めることになり、コンビは解散した。

つまり、現在のチュートリアルは、徳井が最初から福田と組んでいたわけではなく、別のコンビでの活動や解散を経験した後に生まれたものだった。

福田充徳からの誘いでチュートリアル結成へ

瀬戸とのコンビが解散した後、幼馴染の福田充徳から声を掛けられた。

福田の誘いは、徳井にとって大きな転機となった。

当時の福田は大学生。就職を控えた時期に、以前から話題にしていたお笑いへの挑戦を改めて考えるようになった。

2人はオーディションを受けることを決め、1998年3月、チュートリアルを結成した。

この結成年月は吉本興業の公式プロフィールにも記載されている。

ちなみに、NSC大阪校13期という経歴は徳井本人のもの。福田は吉本興業のプロフィールで1998年入門とされており、2人の芸歴の始まりには違いがある。

【徳井義実の芸歴・経歴年表】学生時代から2026年までを整理

ここまでの経歴を時系列で整理すると、徳井がどのようにして現在の地位を築いたのかが分かりやすい。

時期 出来事・関係者 主なポイント
1975年4月16日 京都府京都市で誕生 徳井義実の生年月日
中学・高校時代 バレーボール部 中高6年間活動
高校1年生ごろ 同級生の辻野と漫才 お笑いの原点
高校卒業後 大学受験・浪人 予備校に通う
1994年 NSC大阪校13期 徳井が入学
大学時代 花園大学 3年次にメルボルンへ短期留学
NSC時代 瀬戸とコンビ活動 その後解散
1998年3月 福田充徳と結成 チュートリアル誕生
2003〜2005年 吉本男前ランキング 3年連続1位・殿堂入り
2006年 M-1グランプリ チュートリアル優勝
2021年 YouTube活動 徳井videoの動画発信を継続
2026年1月 ドラマ『令和に官能小説作ってます』 桃月なしことダブル主演
2026年11月 芸能活動継続 51歳

この年表で注目したいのは、徳井が高校時代に漫才を始めてから、コンビ結成までに複数の段階を経験している点だ。

高校時代の友人との漫才、NSCでの活動、別の相方とのコンビ解散、福田との再結成という流れが、現在のチュートリアルにつながっている。

【男前ランキング3年連続1位とM-1優勝】若い頃の人気が全国区へ

吉本男前ランキングで2003〜2005年に3連覇

徳井義実の若い頃を語るとき、外せないのが吉本男前ランキングだ。

同ランキングは、吉本興業所属の芸人を対象にした人気企画で、当時の芸人のルックスやファン人気を知るうえで象徴的な存在だった。

徳井は2003年から2005年まで、3年連続で1位を獲得。

この実績によって殿堂入りを果たした。

2013年のオリコンによる歴代受賞者の紹介でも、2003〜2005年の殿堂入り男前として徳井の名前が掲載されている。

ランキングで3年連続1位を獲得したことは、徳井の外見が一時的な話題にとどまらず、長期間にわたって支持されていたことを示している。

ただし、ランキングは当時のファン投票による人気企画であり、現在の美男ランキングなどと単純に比較できるものではない。

2006年M-1グランプリでチュートリアルが優勝

男前ランキングで注目されていた徳井に、芸人としての大きな転機が訪れたのが2006年だ。

チュートリアルは2006年12月24日に開催されたM-1グランプリ決勝で優勝した。

公式大会記録によると、当時の成績は以下のとおり。

- 優勝:チュートリアル
- 得点:664点
- 参加組数:3,922組
- 2位:フットボールアワー(640点)
- 3位:麒麟(627点)

特筆すべきは、最終決戦で全審査員がチュートリアルに投票したことだ。

M-1公式サイトでも、2006年大会は史上初のパーフェクトな勝利として紹介されている。

イケメン芸人から実力派漫才師へ

徳井の芸人人生を考えると、男前ランキングとM-1優勝は別々の実績でありながら、どちらも重要な意味を持っている。

男前ランキングは、視聴者やファンに徳井という人物を知ってもらうきっかけになった。

一方、M-1優勝は、漫才師としての実力を全国に示す結果だった。

チュートリアルの漫才は、日常の何気ない出来事を題材にしながら、徳井が独特の妄想を膨らませていくスタイルが特徴的だ。

冷蔵庫や自転車のベルといった身近な題材から、予想外の展開を生み出す。

整った容姿と、ネタの中で見せる強烈な表情や独特の世界観。このギャップこそ、徳井の芸人としての大きな魅力だった。

【2026年現在】徳井義実は51歳!若い頃と現在を比較

徳井義実の年齢・身長・プロフィール

2026年11月4日現在の基本プロフィールを整理する。

項目 内容
名前 徳井義実
生年月日 1975年4月16日
年齢 51歳
出身地 京都府京都市
身長 178cm
体重 63kg(吉本興業掲載値)
血液型 A型
所属 吉本興業
コンビ チュートリアル
相方 福田充徳
NSC 大阪校13期生

プロフィールの生年月日や身長などは吉本興業の公式タレント情報に掲載されている。

2026年もテレビ・ドラマで活動

2026年の徳井は、漫才やバラエティーに加え、俳優としても活動している。

特に注目されたのが、2026年1月スタートのテレビ大阪のドラマ『令和に官能小説作ってます』だ。

徳井は桃月なしことダブル主演を務め、官能小説編集部の編集長・玉川丈治を演じた。

地上波連続ドラマ初主演という新しい挑戦でもあり、若手時代の漫才師というイメージだけでは語れない活動の広がりを示した。

また、2026年5月にはバレーボールの試合中継にゲスト出演し、自身の中学・高校時代のバレー経験を語っている。

10月24日にはカンテレの『おかべろ』に出演。10月26日には日本テレビの『しゃべくり007』にも出演者として名を連ねている。

昔と現在の違いは顔立ちよりも表現の幅

若い頃と現在を比べると、印象を左右しているのは顔立ちだけではない。

比較項目 若い頃 2026年現在
年齢 19〜20歳ごろの写真 51歳
髪型・印象 長めの髪、鋭い表情 年齢を重ねた落ち着いた印象
芸能活動 NSC・若手芸人 漫才・テレビ・俳優・動画
主な話題 男前ランキング 多方面での活動
代表的実績 2003〜2005年ランキング1位 2006年M-1優勝後も活動継続

若い頃の写真は、髪型や表情によって少し尖った印象を与えていた。

一方、現在はテレビ番組でのトークや俳優としての演技など、さまざまな表情を見せている。

特に、YouTubeチャンネル「徳井video」では、料理やキャンプなど、テレビのバラエティーとは異なる日常的な姿も発信している。2026年の双葉社のインタビューでも、撮影・編集を自ら行う活動について紹介されている。

【プロの結論】徳井義実の若い頃の魅力は3つの要素にある

徳井の若い頃を振り返ると、単にイケメンだったという評価だけでは、その人物像を十分に説明できない。

重要なのは次の3点だ。

1. 外見的な魅力

178cmの身長と整った顔立ちが、吉本男前ランキング3年連続1位という結果につながった。

2. 学生時代から培った表現力

高校時代に漫才を経験し、バレーボール部ではチームプレーを学んだ。人前で表現する経験と、仲間と協力する経験の両方があった。

3. 芸人としての独自性

NSCでの活動やコンビ解散を経て福田とチュートリアルを結成。妄想を膨らませる独自の漫才スタイルでM-1優勝を実現した。

徳井義実の魅力は、若い頃のルックスを出発点としながら、芸人としての実績や表現の幅を広げてきたことにある。

【徳井義実の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:徳井義実は若い頃からイケメンだった?

A1:はい。19〜20歳ごろのNSC時代の履歴書写真や、20歳ごろに撮影された写真が公開されており、端正な顔立ちが注目されている。2003〜2005年には吉本男前ランキングで3年連続1位を獲得した。

Q2:徳井義実の出身高校と大学はどこ?

A2:高校は京都府立北稜高校、大学は花園大学。中学・高校時代はバレーボール部に所属し、大学3年生のときにはメルボルンへの短期留学も経験している。

Q3:徳井義実と福田充徳はいつチュートリアルを結成した?

A3:1998年3月。幼馴染だった2人が芸人としてコンビを結成した。徳井はNSC大阪校13期生で、福田とは入門経歴が異なる。

まとめ:徳井義実の若い頃はイケメンだけでなく才能も際立っていた

徳井義実の若い頃は、端正な顔立ちと178cmの長身が印象的で、19〜20歳ごろの写真からも当時の雰囲気が伝わってくる。吉本男前ランキング3年連続1位という実績も、その人気を裏付けるものだ。

しかし、芸人人生の原点は高校1年生のときに同級生と始めた漫才にあった。京都府立北稜高校でのバレーボール経験、花園大学への進学、NSC大阪校13期への入学、そして幼馴染の福田充徳とのチュートリアル結成。こうした経験が2006年のM-1グランプリ優勝へとつながった。

2026年現在は51歳。バラエティー、ドラマ、YouTubeなど活動の幅を広げている。若い頃のイケメンぶりだけでなく、長年にわたって変化し続ける表現者としての姿にも注目したい。


主な参考資料:吉本興業公式プロフィール・NSC卒業生一覧、M-1グランプリ公式大会記録、双葉社「THE CHANGE」(2026年2月)、WEBザテレビジョン(2026年5月)、GOETHE、オリコンニュース、ねとらぼ、J-CASTニュース、カンテレ公式番組情報。

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デジタルマーケター 榊原 纱英
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