兄弟説を検証するうえで、見逃せないのが、それぞれの実際の兄弟関係だ。2人にはそれぞれ実の兄弟がおり、報道や本人の活動を通じて家族の存在が紹介されている。
平野紫耀の実弟はアーティスト・平野莉玖
平野紫耀の弟として知られるのが、アーティスト・実業家として活動する平野莉玖(ひらの・りく)だ。
1999年3月1日生まれ、愛知県名古屋市出身。アーティスト活動のほか、アパレルブランド「RKS RICKY」の代表としても活動している。
幼少期には兄の紫耀と同じダンススクールに通い、兄弟でダンスに取り組んでいた。2025年6月のJ-WAVE出演時にも、莉玖本人が幼少期のダンススクールについて語っている。
また、2024年5月のTBS NEWS DIGの報道では、平野莉玖が映画の製作発表に登壇した際、平野紫耀の弟として紹介された。兄弟でありながら、それぞれ別の活動領域を持っている点も特徴的だ。
平野歩夢の兄は英樹、弟は平野海祝
平野歩夢は、兄の平野英樹と弟の平野海祝を持つ3兄弟の次男だ。
兄の英樹もスノーボード競技に取り組んできた選手で、歩夢が幼い頃から競技の手本となる存在だった。一方、弟の海祝もスノーボード選手として活動し、2022年北京冬季オリンピックでは兄弟そろって男子ハーフパイプに出場した。
日本テレビが2022年11月に公開した特集では、平野英樹、平野歩夢、平野海祝の3兄弟を取り上げ、幼少期から新潟県村上市のスケートパークで一緒に練習してきた経緯を紹介している。
さらに2026年4月15日には、3兄弟がユニクロのトークイベントにそろって登壇。競技を始めた頃の思い出や、家族で支え合ってきた経験について語った。
このイベントでは、歩夢が兄の背中を追いながら競技に打ち込んできたことや、3人で地元のスケートパークで練習していた思い出も紹介された。
つまり、平野紫耀には平野莉玖という弟がおり、平野歩夢には平野英樹という兄と平野海祝という弟がいる。名字が同じでも、実際の兄弟関係はそれぞれ別に紹介されている。
【共演歴を検証】平野紫耀と平野歩夢に直接の接点はある?
2人の共演歴についても関心が集まっているが、平野紫耀本人と平野歩夢が同じ番組や映画、イベントで直接共演したと確認できる代表的な実績は見当たらない。
ただし、完全に接点がなかったわけではない。注目したいのが、Number_iのメンバーを通じた間接的なつながりだ。
2025年、神宮寺勇太が平野歩夢のドキュメンタリーでナレーション
2025年4月21日放送予定として報じられたNHK BSのドキュメンタリー番組『スポーツ×ヒューマン』では、平野歩夢を特集。その語りをNumber_iの神宮寺勇太が担当することになった。
この情報は2025年4月16日のSmart FLASHの報道で取り上げられ、平野歩夢と神宮寺勇太の組み合わせが話題になった。
神宮寺勇太は平野紫耀と同じNumber_iのメンバーである。そのため、歩夢と紫耀の兄弟説を知っていたファンにとっては、思いがけない接点として受け止められた。
2026年の五輪中継でもNumber_iとの縁が話題に
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、NHKの中継に神宮寺勇太がスタジオゲストとして登場したことも報じられた。
神宮寺は以前、平野歩夢を特集したドキュメンタリーでナレーションを務めていた。今回の五輪中継では、歩夢の競技を見届けたうえで、負傷を乗り越えて挑戦した姿に感銘を受けた様子を伝えている。
ただし、これはあくまで神宮寺勇太と平野歩夢の番組上の接点であり、平野紫耀本人との直接共演ではない。
兄弟説の話題が再燃する背景には、こうした間接的なつながりも影響していると考えられる。
【2026年最新】Number_i平野紫耀と平野歩夢の現在・活動状況
2026年は2人にとって、それぞれの分野で大きな節目となる出来事が続いた。紫耀はNumber_iの世界展開、歩夢は大けがを乗り越えた冬季オリンピックへの出場が大きなニュースとなっている。
平野紫耀:Number_iとして初のワールドツアーへ
平野紫耀は、神宮寺勇太、岸優太とともに結成したNumber_iで活動している。
ワーナーミュージック・ジャパンの公式アーティスト情報によると、2026年の主な音楽活動は次のとおりだ。
- 1月29日: 平野紫耀プロデュースのデジタルシングル「3XL」をリリース。
- 4月27日: 3rdシングル「3XL」をリリース。
- 2月: 世界的エージェンシーWMEとのエージェント契約を発表。
- 5月: 米国のAtlantic Recordsとのレーベル契約を発表。
- 7月13日: 神宮寺勇太プロデュースの「BUGS LIFE」を配信リリース。
- 9月23日: トリプルAサイドシングル「REBON / BUGS LIFE / DIGITAL GIRL」を発売。
特に「3XL」は、平野紫耀自身がプロデュースした楽曲として注目された。ワーナーミュージック・ジャパンの発表では、Billboard JAPANの主要チャートで初週1位を獲得したことも紹介されている。
また「BUGS LIFE」も、Billboard JAPANの総合ソング・チャートやダウンロード・チャートなどで初週1位を獲得。グループとしての音楽制作力と発信力を示す作品となった。
さらに2026年8月には、Number_i初のワールドツアー「Number_i 1st World Tour」の開催が発表された。
日本公演は「Chapter 1:Japan」として、全国5都市の5大ドームで開催。2026年10月24日の札幌公演からスタートし、12月には大阪・東京、2027年1月には名古屋・福岡での公演が予定されている。
さらに2027年には「Chapter 2:Asia & North America」として海外公演も予定されている。紫耀の活動は、国内のアイドル・音楽シーンにとどまらず、海外市場へと広がっている。
平野歩夢:ミラノ・コルティナ2026男子ハーフパイプ7位
平野歩夢にとって2026年最大の出来事は、4度目の冬季オリンピックとなるミラノ・コルティナ大会への出場だった。
2022年北京大会で金メダルを獲得した歩夢は、今大会で2大会連続の金メダルを目指していた。しかし、五輪直前の2026年1月17日、スイスで開催されたワールドカップで転倒。骨盤を含む複数箇所の骨折や打撲を負う大けがをした。
出場自体が危ぶまれる状況だったが、リハビリと調整を重ねて本番に復帰。2026年2月13日の男子ハーフパイプ決勝では、2本目にダブルコーク1620を決めて86.50点を記録した。
最終順位は7位・入賞。3本目では転倒し、4大会連続の表彰台には届かなかったものの、けがを乗り越えて決勝の舞台に立った。JOCの公式記録にも7位、86.50点と記載されている。
日刊スポーツの試合後の報道では、歩夢は大会を振り返り、次のように語った。
「生きてて良かった」
この言葉からも、今回のオリンピックが単なる順位争いではなく、競技人生を懸けた挑戦だったことが伝わってくる。
2026年4月のユニクロのトークイベントでは、今後について、もう一度オリンピックを目指す気持ちと、新しいことにも挑戦したいという思いを明かした。競技以外ではファッションや音楽にも関心を持っており、今後の活動の広がりにも注目が集まる。
2人の2026年を比べると見えてくるもの
紫耀と歩夢は、どちらも同世代のトップランナーだが、2026年の挑戦は対照的だった。
紫耀はグループの楽曲制作や海外展開を通じて音楽活動の可能性を広げている。一方の歩夢は、競技人生を揺るがすけがを乗り越え、オリンピックという大舞台に戻ってきた。
共通するのは、過去の実績にとどまらず、新しい目標に向かって活動を続けていることだ。同じ名字や似た顔立ちだけでなく、それぞれの分野で挑戦を続ける姿勢も、2人が比較される理由の一つになっている。
【平野紫耀と平野歩夢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平野紫耀と平野歩夢は本当の兄弟ですか?親戚関係はありますか?
A1:2人が兄弟や親戚であると示す公式発表や公的な情報は確認されていません。同じ名字と顔立ちの類似から兄弟説が広まりましたが、公開されているプロフィール上では、それぞれ異なる出身地と家族構成が紹介されています。
Q2:平野紫耀と平野歩夢の年齢差と出身地は?
A2:平野紫耀は1997年1月29日生まれで愛知県名古屋市出身。平野歩夢は1998年11月29日生まれで新潟県村上市出身です。年齢差は1年10か月で、紫耀が年上です。
Q3:平野紫耀の弟と平野歩夢の兄弟は誰ですか?
A3:平野紫耀の弟はアーティスト・実業家の平野莉玖です。平野歩夢は3兄弟の次男で、兄が平野英樹、弟がスノーボード選手の平野海祝です。
まとめ:兄弟説の真相と2人の今後の活躍
平野紫耀と平野歩夢の兄弟説・親戚説は、同じ名字、約2歳以内の年齢差、そして顔立ちが似ているという印象から生まれた話題だ。
しかし、公表されているプロフィールや家族に関する報道を整理すると、2人を親族として結び付ける確かな情報はない。紫耀には平野莉玖という弟がおり、歩夢には平野英樹という兄と平野海祝という弟がいる。
2人の関係を正しく理解するためには、次の3点を区別することが大切だ。
- 名字が同じこと: 親族関係を証明するものではない。
- 顔が似ていること: 外見上の印象であり、血縁関係の根拠にはならない。
- 実際の家族構成: それぞれの本人情報や信頼できる報道で確認する必要がある。
2026年11月現在、平野紫耀はNumber_iとして初のワールドツアーに挑み、平野歩夢は大けがを乗り越えたミラノ・コルティナ五輪を経て、次のオリンピックや新しい挑戦を見据えている。
兄弟ではなくても、それぞれの分野で日本を代表する存在として活躍する2人。同じ名字から始まった興味が、異なるキャリアや挑戦の歴史を知るきっかけになるのも、この2人ならではの魅力だろう。